第七話 俺と私
俺は小さい頃は今と全然違う、真逆の姿だった。髪は長く、スカートやワンピースを着ていることが多く、ピンク色が好きなどこにでもいる普通の女の子だった。普通と違う点を挙げるとしたら、母親が異常だというところぐらいだ。でも、俺自身ごくごく普通の子供だった。そんな可愛らしい平凡な子が、こんな人間になったのには、あるきっかけがあった。
あれは小学校中学年、3,4年生ぐらいの頃のこと。俺は母親にお願いを受けていた。最初は『勉強しろ』といったごく普通のものだった。俺は母親の願いならと努力して、学年でもけっこう上位の成績をキープしてた。その様子をみて、俺は頼まれたら何でもやると勘違いしたのだろう、ある日『男の子になれ』というお願いをしてきた。最初はなにかの冗談とも思ったが、その考えはすぐに打ち砕かれた。
聞けば、母親はずっと男の子が欲しかったらしい。でも、俺を産んでから子供には恵まれず、ずっと悔やんでいたそうだ。
それを境に、買い与えられる服は男の子用へと変わっていったし、話す時の目がガチのものだと気付くくらい目がギラギラしていて気持ち悪かった。マジなことに気づき、抵抗したが、それに対して不満に思ったのだろう。母親は俺にビンタした。そして、お願いは命令へと変化してしまった。その時点で抵抗するのに疲れてしまった。
母親の要望通り、髪を切り、男の子の服を着て、一人称を「俺」にした。急に変化したためみんなは不気味です感じたらしく、当たり前だが学校ではとてつもなく浮いた存在となってしまった。友達は一人もいなく、もちろん彼氏なんているわけがない。そんなこんなで小学校,中学校を卒業して、今の高校へと進んだ。
高校1年の頃、俺はまだ母親に隠れて抵抗する程の余力がその時残っていた。自分の部屋や机の引き出しなどに鍵を取り付けた。そして、自分を見失わないように、自分を殺さないようにと、俺はひそかに自分らしさを詰め込んだ小説を書き始めた。ある1人のごく普通の女の子が、普通に友達と楽しそうに学校生活を過ごし、時には恋愛を経験する。俺が実際に体験してみたかった夢物語を。
最初は隼人と同じように原稿用紙に書いていたのだが、母親にバレる恐れがあったため、スマホの鍵の付いたメモ帳に綴るようになった。小説を書き始めてしばらくして、無性に人に自分が書いた小説を読んで欲しいと思うようになった。欲望に耐えきれず、俺はある投稿サイトに小説を投稿し始めた。最初は微々たる閲覧者数だったのが、徐々に評価され始めて、多くの人が俺の小説を見るようになった。
俺は間違いなく調子に乗っていた。絶対にバレるはずがないと。そして、絶対など存在しないことを思い知った。
母親に執筆活動がバレてしまった。詳しい経緯は聞けなかったが、父親から俺が小説を書いていることを聞いたらしい。
うちの父親は単身赴任していて、年に数回しか家に帰ってこない。だから俺は月に1回は必ず連絡するようにしていた。父親は優しくて好きだったから。そんな父に小説をかくことを伝えて、つい自分のペンネームをこぼしてしまったようだ。父親はその名前を調べて、娘の小説が評価されていることを知って喜んだんだろう。そして、その喜びを妻である俺の母親に伝えて喜びを共感して欲しかったのだろう。冷静になればそう考えられた。でも、冷静になれるはずがなかった。母親はその事実を聞いてヒステリックになった。暴れて、叫んで、家の中はめちゃくちゃになった。運悪く、執筆活動がバレた時期の少し前に俺の成績が伸び悩み始めてた。でも、小説と成績は関係ない。ただ、俺の能力に限界があっただけだ。高校では中学校とは段違いに勉強のレベルが上がり、ついていけなくなってた。ただそれだけの事だ。
それ以降、母親の監視はより強くなった。それと同時に俺は父親を拒絶するようになった。原因を作った張本人だから。母親は俺のスマホをいじり、連絡しか出来なくなるように設定した。机の引き出しの鍵も除去された。部屋の鍵も取られそうになったが、俺が最後の抵抗する力を使って阻止した。
母親は俺から小説を奪った。そして、俺は俺自身がわからなくなった。私は消えてしまった。
話し終えた。俺の過去を。