3話:力を取り戻した途端に燃やされるんですか?!
リチャードの家で暮らし始めて数週間、私は段々と加護を取り戻していった。
始めは花の回復から。
ちぎった花弁をくっつけたり、枯れかけた花を満開の状態に戻したり、加護の制御がうまくできなかった時の練習をひたすら繰り返す。
強すぎる治癒は対象を余計に傷付けてしまうし、弱すぎると全く治らないから加減が肝心だ。
聖女だったころは無意識にやっていたことも、しばらくやらないだけで大分できなくなる。
「習得する3倍の速さで忘れるってほんとなのね」
ただ、最近は何とか勘も戻ってきて、今は食肉などに付けた傷を治す練習をしている。
植物と動物ではまた勝手が違って難しい。
私が今日の昼食の材料兼練習台である鶏肉と格闘していると、ドアを叩く音が聞こえた。
「はーい!」
誰だろう?
今日は来客の予定なんてなかったはずなのに?
「お久しぶりです、フローレンス様!」
ドアを開けるとそこには従者だったアンリがいた。
「え、嘘! アンリ? どうしてここに!」
「仕事でこの近くまで来たので、つい寄っちゃいました」
アンリはテヘっと舌を出して笑ってみせた。
「けど私どこに行くとか言ってないわよね?」
加護調べの後、有無を言わさず王宮から放り出されたので、アンリと話す時間なんてなかったか。
どこに行ったとかは知らないはずだ。
「最後の夜、リチャードの手紙を受け取った時点でここに来るって予想はしてましたよ。それに、ここにいなくても彼なら何か知ってると思っていたので」
アンリはいぇーい!とブイサインをしてみせた。
「大当たりだったってわけね」
やっぱアンリにはかなわないな……。
「上がっていくでしょ? アンリはお茶とコーヒーどっちがいい?」
「あ、すみません。今日中に上げたい仕事があるので、今日はこれで失礼させてもらいます」
アンリは残念そうに俯いた。
「そっか……。ならまた都合のいい時に来て! 加護がまた使えるようになったから、アンリにも見せたいし!」
「え? 加護は失ったんじゃないんですか?」
心底驚いた様子でアンリは私に詰め寄ってきた。
まあそれもそうか、私もついこの間まで加護を取り戻せるなんて知らなかったし。
「う、うん……」
「試しに私のあかぎれを治してくれませんか?」
アンリの手を見せてもらったが、ささくれやあかぎれで酷い様子だった。
私が追放された後、アンリもいろいろと苦労しているのね。
「やってみるわね!」
さっき格闘していた鶏肉と同じようにそっとアンリの手を包んで祈ると、みるみる治っていった。
やった!
生身の人間でも治る!
やっぱり加護が戻ってきたんだ!
「はい終了!」
「え? もうですか? すごい!」
アンリが驚いたように私の治癒スピードは力を失う前より早くなっていた。
これも、毎日地道に練習しているおかげだろうか?
アンリは綺麗になった手を宝石でも眺めるかのようにうっとりと見ていた。
「ありがとうございますフローレンス様! また時間あるときに絶対来ますから」
「うん、ありがとう! 絶対来て!」
「あ、そうそう。私が今日ここに来たことは、リチャードに内緒にしておいてください」
最後アンリは私の耳元でそっとそう囁くと、忙しそうに帰っていった。
「内緒に、か」
なんでだろう?
まあアンリにも都合があるんだろうし、別にわざわざリチャードに言わなくてもいいか。
◇
その日、帰宅したリチャードはなぜか血まみれだった。
出血がひどいのか、足元も目線も定まっていない。
「ね、ねぇ、リチャード、どうしたの?」
咄嗟に彼の身体を支えると、生ぬるいベタッとした液体がまとわりついた。
「なっ……、なんでもない。キツネ狩りにあっただけだ」
苦しそうにベッドに倒れこむと、リチャードは何も言わなくなった。
嘘だ!
今まで聖女として、何千何万回と治療してきたからわかる。
これはキツネ狩りなんでつく怪我じゃない。
明らかに誰かに切りつけられた跡だ。
「そっか……」
リチャードが私に話す気がないなら今はそれでもいい。
原因を特定したら怪我が治るわけじゃない。
私が今すべきことは、リチャードを治すことだ。
ただ、できるかしら……。
傷ついた彼を目の前にいたら途端に怖くなった。
今まで瀕死の兵士を治したことは何度もあったが、力を取り戻してからは初めてだ。
それに、もし私が失敗したらリチャードは死んでしまう。
私が悠長に考えてるうちに、シーツははみるみる真っ赤に染まっていく。
「やらなきゃだめよ……」
私は覚悟を決め、そっと傷口に手を当てた。
致命的な傷からひとつ、また一つと治していく。
そのたびにリチャードの苦しそうな顔が和らいでいくのがわかる。
「よかった……、これでなんとかなりそうね」
「あれ、俺なんで……」
痛みが引いて目が覚めたのか、リチャードが急に動き出そうとしたので、無理矢理寝かしつける。
「まだ動いちゃダメ!」
「リチャードすごい怪我だったのよ」
「そうだ! 早く逃げろフローレンス! ここはやばい!」
ふと我に返ったかのように叫ぶリチャードをさらに強く押さえる。
どういうこと?
急に逃げろだなんて。
私が困惑していると、けたたましくドアを叩く音が聞こえた。
◇
「誰ですか!」
こんな乱暴にドアを叩くなんてただごとじゃない。
もしかしたらリチャードを追ってきてのかもしれない。
私が声を上げるとさらに乱暴にドアを叩いてくる。
まるで、部屋が揺れているかのようだ。
「フローレンスだな! 貴様がいるのは分かっている! 開けろ!」
リチャードを追って来たのではないの?
それよりも、なぜ私だと分かったの?
「ねぇリチャー――」
いや、今は彼に頼れない。
私がどうにかしないと。
「こじ開けろ!」
その掛け声と主に、屈強な兵士たちがいきなり部屋になだれ込んできた。
「誰ですか! あなたたちは!」
「王宮保安省です。ついて来ていただけますね?」
目深にかぶった帽子から、氷のような目が覗く。
なんで私が!
王宮保安省なんて、王政に悪影響を与える者を捕まえるところでしょ?
驚きのあまり動けないでいると、たちまち拘束されてしまった。
「離して! 私は何もしてない! 誤解よ!」
彼らに連れて行かれたらマズい。
捕らえられたものは全員処刑されるという噂だ。
「わざと加護を失ったふりして王宮から逃げたのを忘れたのか? 魔女さんよぉ」
ほんとに失ったと思っていたのよ!
それに私は魔女なんかじゃない!
「聖女が加護を失った例は、今までこの国で確認されていない。仮に何かの偶然で加護を失ったとしよう。また偶然でそれを取り戻すか? 俺は偶然を1度しか信じない、2度起こったということは何らかの必然があるはずだ。身辺調査でほぼなにも上がってこない以上、貴様が魔術を使って意図的に加護を隠蔽したとしか考えられない」
違う……。
本当に偶然が2回重なったのよ。
なんて言う気力はもう私に無かった。
「連れていけ!」
「はっ! 中尉殿、寝ている男はどうしますか?」
先ほどの男はリチャードを一瞥すると冷たく命じた。
「女だけでいい。あの血の海だ、どうせ死んでるだろ」
「了解しました!」
「待って、私をどこに連れて行く気なの?」
「貴女は黒の広場にて裁判を受けてもらいます」
私は口を塞がれ、黒の広場まで連れていかれた。
◇
「んーっ! んンっ!」
私の声にならない叫びが傾きかけた空に木霊する。
黒の広場まで連れて行かれた私は、丸太に縛りつけられた。
周囲は油の薄汚いにおいが充満している。
裁判って言ったじゃない!
このまま火炙りにする気?
「さあ、始めよう!」
中尉と呼ばれていた氷のような眼の男が手をたたくと、制服を来た男たちがなにやら準備を始めた。
ある者は火種を持ってきて、またある者は、通行人の整理を始めた。
いつの間にか、通行人は足を止め、小さな見物人の塊になっていた。
「遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ! この者は、魔術を使い、王子の地位を危うくした大罪人ぞ! 誰がこの卑劣な魔女を許せようか?」
「やれ~!」
「そうだ燃やしちまえ!」
「天罰だ!」
見物人が思い思いに声を上げる。
違う……。
私はただの元聖女なのに……。
「火を放て!」
中尉が命じると足元に火が点された。
見物人たちの声が途端に大きくなる。
「「「うぉーっ!」」」
始めは小さくパチパチと燻っていた炎が、だんだんと大きくなる。
あ、熱い……。
いやだ……。
リチャード、助けて――。
胸の中で大きくそう叫ぶと、上から水が振ってきた。
雨なんて生易しいものじゃない。
それこそ、滝か桶をひっくり返したような水が降ってきた。
「何だ!」
中尉も気が付いたのか周囲に問いただす。
ただ、誰も何も言うことが出来ない。
そろいもそろって、間抜けな顔をして、首を傾げている。
「俺がやったんだよ」
突然見物人を割るように目深にフードをかぶった男が出てきた。
「んんっ! (リチャード!)」
私は叫べる限りの声で彼をよんだ。
口元を見るだけでわかる、あれは絶対リチャードだ。
「ごめん、フローレンス。待たせたね」
フードの下から出てきたのは間違いなくリチャードだった。
「なぜ生きている。貴様は死んでいたはず!」
いつの間にか中尉は剣を抜き、リチャードの喉元に突きつけていた。
その表情は些か怯えているように見える。
「あのままだと死んでたよ。ただ知り合いに腕のいい聖女がいてね」
「貴様っー!」
リチャードは中尉の思い切り振り上げた剣を通行人でも避けるようにさらりとかわすと、一瞬にして中尉が空を舞った。
それを見ていた者で、理解できた人は一人もいないだろう。
私も何が起こっているのか分からなかった。
当の中尉ですら、不思議そうに目をぱちくりさせている。
「簡単な武術だよ。理屈が分かれば非力な子供でも自身の数倍ある巨漢をも投げとばせる。こんなことも習わないのか?」
「くっ……」
リチャードは中尉がいないかのように横を通り過ぎると、私に話しかけた。
「迎えに来たよ、フローレンス」
リチャードは縄を切り、そっと私を下ろしてくれた。
「遅いわ、もう6年も待ったのよ。ところでそのナイフまだ持っててくれたのね」
彼の手には、私が幼いころあげたナイフが握られていた。
「フローレンスからのプレゼントだからね。それに、結構細かい作業をするときに重宝するんだ」
「そうなんだ、役に立ってるならよかった。ところでこれからどうするの?」
リチャードが軽々と中尉を投げ飛ばしたのに恐れを成したのか、はたまた、巻き添えを食らうのが嫌だったのかわからないが、見物人等は既に居なくなってしまった。
「近くに馬車が止めてあるんだ。それで隣国まで逃げよう」
「わかったわ」
どうせ私はもうこの国にいられない。
私を助けたリチャードも同じだ。
「ところで、リチャード……。私の着替え持ってないかしら?」
今までリチャードの動きに見とれていて、忘れたのだが、頭から水をかぶったのだ。
自覚すると、よほど体温が下がっていたのか、歯がカチカチと震え始めた。
「ごめん寒かったよね。馬車の中に着替え置いてあるから」
サッと上着を掛けるとリチャードは馬車まで連れて行ってくれた。