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 その女を通せ。その声で、私たちの前に道は開かれた。


「もう一度確認しますけど……作戦はあるってことでいいんですよね」

「ある。が厳密に言うと私は全く必要ない」


 もしかして、まだ船上で猫さんに『お前はいらん』的なことを言われたのを気にしていたりするのだろうかと思い、ばんと背中を叩く。


「私はエドガー様のひらめきに期待してますからね!」


 崩れて斜めになったホールの扉をくぐると、中はめちゃくちゃで──玉座に一人の少年が座っていた。


 椅子の下まで垂れ下がるほどに長い真紅の髪を持つ少年。歳の頃は私よりは年下に見えるが、彼は人間ではないと、その異様な雰囲気が物語っている。


 アーチボルド王とブリギッテさんはなんとか立ってはいたものの、周りには逃げ遅れたらしき人たちが壁際で倒れていた。死んでいる……いや、威圧感に押し潰されて気絶しているだけのようだ。


 突き刺すような視線を感じながら、一歩ずつ接近していく。玉座へと伸びる階段の手前まで来た時、少年はゆっくりと口を開いた。


『お前は船に乗っていた聖女だな』


「やっぱり……岬の鐘を壊したのもあなたね?」


 見上げると、少年は──真紅の竜は唇の端を釣り上げて、ニヤリと笑った。


『いかにも。ちなみにパンを拝借したのも儂だ。美味であった』

「……何が目的なの?」


『特別に教えてやろう』


 竜は頬杖をつきながらホールをぐるりと見渡した。


『儂は竜王。番でも探そうかと、観光がてらこのあたりを散歩していたのよ。その途中、魔力を感じて船に立ち寄った。まあ、老いぼれにすげなく追い返されたがな』


「番を探す……?」


『ああ。聖女ならわが伴侶に相応しいと思い、この地にやってきたがすでに番っているものを引き離すほど無遠慮ではない。そう考えていたところ、物珍しい人間を再び見つけた。これも何かの縁と、様子を伺っていた』


 竜はゆっくりと階段をおり、私たちの前までやってきた。


『お前で良い。儂の番になれ』


「……私は人妻なのですが」


 つまりあちらの二人はラブラブだが、私たちはそうでもないので分割しても構わないでしょ? と言うわけだ。


 むしろ二人は恋人で、こちらは既婚者なのだ。その理屈はおかしい。ならばブリギッテさんが連れて行かれてもいいのかというとそれは違うが。


 竜はふっと笑い、首を振った。


『馬鹿馬鹿しい。番の匂いがしない。白い結婚では番っていると言えない。大方、人間の世界で言うところの契約、というやつだろう』


 自分の喉からヒュッと嫌な音がした。それを言われてしまうと何も反論できない。


『お前を連れて行くことにする』


「二人は俺の友人で、我が国の恩人だ。いかに竜とは言え、そのようなことは俺の国では認められない」


『黙れ』


 アーチボルド王の苦言に、竜は冷たく答えた。ぶわ、と噴き出た魔力がひどい圧力となり、ますます息苦しくなる。


『人間は寿命が短いからな。美醜にはそれほど拘らんが、若ければ若いほど寿命が長いからいい』


「私の夫はこの人です」


 この場で会話をしているのは私と竜だけで、他の三人は一言も喋らない。……声が出せなくなっているのかもしれない。


 私はエドガー様の影に隠れているので、彼の表情は窺い知れない。


『そんな半端者、お前には相応しくない。少し毛色が違うだけの、脆弱な人間だ。つまらない。お前も本当は理解しているから、そうやって侍らせているだけで番に選びきれないのだろう?』


「ち、違……私はちゃんと選んで……」


 なんとかして反撃できないかと考えるけれど、全く魔力が湧いてこない。さっき使ってしまった事がこんな所で仇になるなんて。


『竜は嫉妬深い。前の番もどきなど、ここで塵にしてしまうところだが、大人しくついてくるならば見逃してやろう』


「……それって、私が言うことを聞かなければエドガー様を殺すと?」

『反抗されなければ、わざわざアリの巣をつつく理由もないがな。目的が達成されれば、ここを去る。小さな国の観光には飽きた所だ』


 私がここで彼についていけば、全てが丸く収まると言う。


「私は聖女だから、誘拐した所で……国が黙っているとはとても……」


『心配せずとも、お前ごと国を守ってやろう。さすれば、人間どもにも文句はなかろう。現に、こうしてお前を自由にさせているのだからな』


 体がしんと冷えて、嫌な汗が出る。どうしよう。どうしたらいいのだろう。私は竜に勝てないし、エドガー様の身にもし何かあったら。国には手出しをしないと言われたら。ついて行かない理由があまりないのだ。


 竜の目が金色に光っていて、そらすことができない。思わずふらふらと手を伸ばしてしまいそうになり、ぎゅっとエドガー様の袖を掴む。


『さあ。手を取れ』


「フィオナに触れるんじゃない」


 伸ばしてきた竜の手を掴んだのは私ではなく、エドガー様だった。

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