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「……」


 ありえない。頬に触れてみる。暑い。しろと主張したのは私だけれども、されるとは思わなかった。


「や……やっぱり怪しい〜絶対に怪しいよ〜」


その場でしゃがみこみ、頭を抱える。


 私はエドガー様を追うつもりだ。このまま知らないふりをすることなど、できやしない。


 そう覚悟を決めて立ち上がると、一人の少女が舞台のポスターを眺めていた。ふと思いたち、彼女に声をかける。


「あの、ちょっとよろしいですか」


 彼女は私を見て、ギョッとした顔をした。まあ立場が逆でもびっくりすると思う。


「よ……妖精の女王様ですか……?」


 なんじゃそら、と思うが多分私が歳のわりに偉そうな女に見えるのだろう。


「この舞台に興味があるのですか?」

「ええ、はい……そう、ですね」


 少女はまるで恥じているように、ネズミ色のショールを胸の前でかき合わせた。一体全体なんの用事だろう、と訝しげな視線がこちらに向けられ、そして伏せられる。


「わたし、急用があって出なければいけないのです。よろしければ券をどうぞ」

「えっ、えっ、えっ?」


 少女は差し出されたチケットを見て、うろたえる。


「だって、これ、とても人気なんですよ」

「わかっているから誰かにお譲りしようと」


「でも、私、入れないですよ。こんな格好、貧乏くさくて恥ずかしい」

「仕切りのある席だと聞きましたので、気にすることはないかと」


頑張って『立派な若奥様』に見えるよう振る舞っているが、さすがに無理があるかもしれない。


 ネズミ色のショールの少女は、ますます不気味そうな目で私を見た。そうだろう。着飾って会場に来て、その場で高価なチケットを投げ捨てようとしているのだから、逆の立場だとしたら、なんて怪しいやつだと思うだろう。


「わたしが会場の方に確認してみますから……」


 彼女の手を引っ張り、ロビーに入る。


「あの、すみません。少々よろしいですか」


 タキシードに身を包んだ案内役の男性は優雅な笑みを浮かべた。


「いかがなさいましたか、マダム?」


「わたし、用事があってここを出ることになりまして。チケットは他の方にお譲りしても構いませんよね?」


 私が差し出したチケットを見やり、男性は静かに頷いた。


「もちろんですとも。せっかくの特別席ですから」


「ええっ、と、特別席!?」


 少女は両手で口を押さえ、必死に叫び出したいのを堪えている様子だった。


「そんなにきれいな服を着て、チケットを持っていて……どこに行こうって言うんですか?」


三人の間に、少しの沈黙が訪れた。ここは正直に言った方が話が早そうだ。


「夫の陰謀を暴くために、彼の跡をつけようと思うんです」


「ええっ。そんなこと……」


 少女はパンフレットの棚と私を交互に見た。


 そう。今晩の演目は、夫の不貞を疑った妻が、変装してこっそり舞踏会に忍びこみ、それと気がつかない夫に口説かれ、やり返す話。エドガー様にそんな皮肉めいた悪い冗談のつもりはないだろうけれど。


「なんと……。マダム、成功を祈っております」


「ありがとう。そう言う訳で、余っているんですよ」

「ええと、でも、こんなチケットの代金、払えません。とても……」

「それじゃあ、お代ににそのショールをいただけますか」


 彼女の体を包んでいるショールを指し示す。ゴワゴワで、毛玉がついていて、格子模様が曖昧になっている。


「ええっ」

「あ、別に思い出の品だったら別にいいです。ただ、変装するのに使いたいだけなので」


 彼女は古着屋で買ったものになんの思い入れもないと、ショールをくれた。代わりに自分が使っていた銀色のショールで彼女を包む。


「だ、だめですよ。こんな上等なもの……絹じゃないんですかこれ?」

「それじゃあ、さようなら」


 ネズミ色のショールをぐるぐると巻いてエドガー様が消えた方角に走る。指輪に魔力をこめると、細い糸が見えた。


 かつての聖女が森で遭難した夫を見つけるために使った指輪……。エドガー様がどこにいるか、私なら探せるはずだ。

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