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「聖女さまだー」

「えっえっえっ」


 まさかここで正体を看破されるとは思っていなかった。 バレたら強制送還。それは事前に取り決められていたことだ。


「わ、わたた、わたたたたたたしは違います」


 否定したはいいものの、自分でもまずいと思うほどに狼狽しているので、逆に怪しいかもしれない。


「ははは。お前が聖女だって? よかったじゃないか」


 エドガー様は開き直って冗談でやり過ごすことにしたようだ。やっぱりこうして見ると嘘をつくのに慣れすぎているような気がしなくもない……。


「一緒におどろー」


 女の子は私の前で何やら珍妙な動きを……いや、これは儀式の時の舞だ!彼女はどうやら記憶を頼りに再現してくれているようだった。


「わあ、上手上手」


 女の子を褒めてあげると、母親らしき人が慌てて止めにやってきた。


「すみませんね、この子去年の感謝祭を見てから綺麗な人を見ると聖女様、聖女様って言うようになっちゃって」

「違うもん。今日は本物だもん」


 ぎくりとする。やはり、この母娘は仕事中の私を見たことがあるのだ。


「うちの妻は聖女様と髪の毛の色が似ていますからね」


 ああ、エドガー様が私のことを妻と呼んだ。照れる。そうです、私があなたの新妻ですとも。


「おじさんのお嫁さんなの。じゃあ違うんだ。聖女さまは王子さまと結婚するんだもんね」

「……」


 エドガー様は愛想笑いを貼り付けたまま無言になった。おじさんと呼ばれたのがこたえたのだろうか……。


「きれいだから絶対にそうだと思ったのにな〜」


 女の子はぶつくさ言いながら母親に連れられていった。


「可愛かったですね」


 将来は少なくとも一人は女の子がほしいですね。そう思って隣を見上げると、エドガー様は力なくうなだれていた。


「おじさん……」

「メガネをかけていると大人に見えますからね」


 エドガー様は別に視力が悪いわけではなく、ただ単に目の色を誤魔化すために認識阻害の効果のあるメガネをかけている。もちろん完全ではないのでよーーく覗き込むと、青ではなく若干色が違うことが見て取れるのだが、そこまでしげしげと男性の顔を見る人もいないし『星の瞳』だって実際に見たことがある人はそうそういないので、バレても構わない、ぐらいの話らしい。


 ちなみに私はメガネをしているエドガー様のほうが好きだ。賢そうに見えてかっこいいので。


「おじさんか?」

「親と同じくらいの年代の人はおじさんなのかもしれません」


 そういえば私はお姉さんと呼ばれたな、とは口にしないでおくことに決めた。



 午前中は色々あったのと、元々の睡眠不足がたたって眠くなってしまったため、午後は部屋でゆっくり過ごすことにした。


 夕食の時間になったので身支度を整える。この日のために新しく新調したよそ行きの服。ゆったりとしたシルエットで、肩は大きなフリルになっている。これはエドガー様が一緒に選んだ服なのだけれど、若干聖女宮で着ていた服に似ているのだよなあ……。


 非日常ではあるけれど、そこまでかしこまった場でもない。普通にしていれば十分と言ったところだろうか。しかし、あんまりはしゃいで変な事を口走っても困るので大人しく愛想笑いをして相槌を打つにとどめる。


「奥様、お飲み物はいかがですか」


 ま、奥様ですって、ほほほ……。まあ、本当のことなのだけれど。ちらっと見ると、エドガー様は同席になったご夫婦と談笑に勤しんでいた。まあ、なんてよそゆきの顔をしているんでしょう、と驚いてしまう。


 何かおすすめを、と注文すると透明な薄紫色のカクテルがやってきた。レモンとスミレの香りがする。普段の私ならここでぐいっと一気に飲み干してしまうのだが、今日はもったいないので温存する事にした。


 デザートのチョコレートケーキがやってきた。単体でも立派であるのに、果物とクリーム、しかもその上に花が飾られている。


「このお花、持って帰って押し花にしようと思うんですけれど」

「昨日もやっただろう」

「後でしおりにします」


 花をつまんでハンカチに載せようと思ったその瞬間に、船は大きく揺れてチョコレートケーキは真横にすっ飛んでいってしまったし、カクテルは服にかかったし、私はエドガー様に激突した。


 叫びと言うよりは何が起こったんだと、どよめきが広がっていく。


「これってよくあることですか?」


 チョコレートケーキさんには大変申し訳ないが、ぶつかった拍子に抱きとめてもらったので私にとっては不幸中の幸いであった。


「いや。大型の生物と接触してしまうことは稀にあるが……この船でここまで揺れるのは……」


 エドガー様は私のショールに引っかかっていた小さなフォークを外し、剥き出しの二の腕に擦り傷ができていないか確めている。


 再び船が揺れる。横というよりは、シーソーみたいに縦に揺れている感覚がある。流石に波ではなく『何か』の仕業だろうと、戸惑いは叫びに変わっていった。


「ど、どうしましょう」

「落ち着いて状況を確認するのが先決だが……」


 まさか新婚旅行二日目にして避難訓練の成果を発揮する時が来てしまうとは。いつも『いい波』に乗れるとは限らないと言う事だ。


 揺れはいったんおさまり、船員の『今は状況を確認中です。こちらで待機してください』との言葉に、乗客たちは大人しく従っている。


 水夫の服を着た船員が慌ただしくホールにやってきて、俺の話を聞いてくれと言わんばかりに両手を広げたので、視線が彼に集中する。


「え〜、お客様……お客様の中に……」


 これは知っている。「お医者様はいらっしゃいますか!?」というやつだ。もし「聖女はいますか!?」と尋ねられたら名乗り出る覚悟で私はじっと船員を見据えた。


「お客様の中に、ドラゴンスレイヤーはいらっしゃいますか!?」

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