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「どうなされましたか? 何やら剣呑な雰囲気でございますが……」


 入室してきたのはダリル王子の補佐官だ。彼は普段はとても腰が低いけれど、その実なかなかに裏表が激しい。いわゆる気位の高い悪徳貴族……ってところだろうか。


 もしこの場にやってきたのがエドガー様だったならば、全員の頭に雷が落ちるだろう。


 しかし彼はここにはいないし、私の腹は先程決まった。


「実は……私は偽聖女でございまして……」


「え?」

「え?」

「え?」


 私が小芝居に便乗したことにより、背後に置物のように控えていた王子のお付きの人たちからもツッコミが入ったが、聖女たるもの簡単に嘘をついてはいけない。やり遂げるのだ。


「ええと、私が聖女と言うのは書類上の……いえ、何かの超然的な力による手違いで……本当の聖女はエスメラルダ様なのです。そういう事に、なりました……?」


 自分でもかなり無理やりな設定だと思うが、引き下がることはできない。


「生活が貧しく……聖女になればいい暮らしができるのかと……思いましたが……ダリル王子? が真実の愛に目覚め、こりゃあ私の出る幕ではないと、心を入れ替えて聖女をやめる事にしたの……です?」


「あ、そ、そ、そうでごじゃりますか? 偽聖女? それは……大変遺憾でございました……なぜそのような事態に陥ったのか、これは管理局の不手際ですな」


 補佐官はすっかり話を信じているようだ。なるほど私の人望とか信頼度はこの程度でしかないのだろうか。それとも異常な状況に、彼もとりあえず話を合わせているだけなのかいまいち判別できない。


 小芝居は続く。


「い……今まで、大変申し訳ありませんでしたぁ。どうぞ命だけはお助け……いえ、このまま五体満足で解放してくださいますか? あと装飾品も、記念に持って行っていいですか?」


「あ、ああ。大人しくするなら、命までは取らない」


「それでは、ダリル王子。繰り返しますが、本物の聖女はエスメラルダ様で、私は偽物。つまり一般人ですので、ここから出ていく。間違いありませんね?」


「相違なく。くれぐれもしっかりな」


 流石に自分で言い出した事のため、ダリル王子もこの茶番をやり遂げるつもりのようだ。彼と出会ってから初めて気持ちが通じあったような気がする。


「それではこちらの聖石はお返しします! あとはよろしくお願いします!」


 後ろから「お、お待ちください! じょ、冗談ですよね!?」とお付きの人が私を呼ぶ声がしたが、王子が「偽聖女」と言ったのだから、私が偽聖女に違いない。


 何だかわからないけど、とにかくここから逃げられるっぽい!



 王宮に鎮座している聖石に日々祈りを捧げ、国の結界を守護するものが聖女。


 選ばれし女は、手に聖石のかけらを握って生まれてくる。


 それが私だ。


 幼児の頃に連れてこられてから長らく聖女としての訓練を受け、代替わりしてからずっと休まずに一日複数回の祈りを捧げてきた。


 厳しい戒律があり、食べるものも、外出も、人付き合いも制限される。休みはない。


 でも、それももう終わりだ。


「追放」されるのだから、こことはおさらばだ。お別れが言えないのは悲しいけれど、仕方がない。聖女でなければ、私はあの人とは何の関係もないのだから。


 小走りに自室に戻る。身の回りのものはほとんどない。いくつかの貴重品をもち、ギリギリ地味そうな服に着替え、ティアラを外してぶん投げる。鞄は持っていないので、カーテンで包んで背中に背負う。


「私に乱暴してみなさい! 呪いますよー!」


 両手をバタバタさせ、周辺の職員たちを威嚇しながら外に出る。


 この一言で、だーれも手出しはできないのだ。勇気のある人がいても「私は偽の聖女です!」と「王子が私を追放しました!」と言えばなんとかなった。


 番兵の人たちが引き止めてきたが、聖女には乱暴どころか、婚約者以外の男性は触れてはいけない。最新の研究によると全くなんの根拠もない規律らしいが、とにかくそのような決まりになっている。


 せめて馬車で送らせてくれと言うので、ありがたく乗せてもらい王宮を脱出するつもりだ。せっかくならば、行きたいところがある。


「さようなら、エドガー様……」


 馬車から顔を出すと、管理局の人たちが巣を埋められたアリみたいにうろちょろしていた。


 いいかげん、誰かがエドガー様を叩き起こしに向かっている頃だろう。引き留められてしまったら、私はきっと逃げるのをやめてしまうから、急いでここから去らなくてはいけない。


 私は婚約者ではなく、聖女管理局の上司、エドガー様を愛している。


 いるけれど……彼は私の気持ちにはいつだって答えてくれないだろう。上司と部下でしかないのだから。


 代わりの聖女がいれば、そのまま私は存在しなかった事になり、すっかり過去の人として忘れ去られてしまうのだろうか。


 それはそれで、なんとなく寂しい。しかしダリル王子が私とエドガー様の、いや私の気持ちに気がついている以上、このままにしておくと彼の立場を悪くしかねない。


 ここはやはり、あとの事はダリル王子に任せるべきだろう。


 馬車は進んでゆき、王都の門をくぐり抜けた。窓から顔を出し、私は十五年ぶりに城門の外の空気を吸った。

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