驚天動地
泣きながらながらドラゴンの少女は頭を下げる。
「ごめんなさい」
そして冬樹はすかさず言う。
「土下座はやめて!!」
「いやいや、隊長は幼女趣味のお持ちでしょう。ね?シャルロット」
十輪が不意にシャルロットに話題を振った。
「私に言わないでください。ノーコメントです」
「えっ、そうなんですか?」
「ノーコメントです」
「弁解して!シャルロット!」
わちゃわちゃし始めたの、アインが間に入って止める。
「隊長、貴方の指示に従うです」
「……わーったよ。わかったから」
少女の背を撫でる咲哉に一度視線をやる。すると、君が決めて、と声に出さず口だけ動かして伝えてきた。
「……前に、ドラゴンと戦った」
冬樹はそう切り出した。
「そいつは悪い奴じゃなくってな。だから」
優伏したままの少女の肩を持ち顔を上げて、優しい笑みを向けて言う。
「お前もそうだと信じた。だから後悔はない。後悔はしない」
その言葉に少女は唇を噛み締めて受け止める。
「死ななきゃオールオッケイ!飯が食えない事も、殺されそうになったことも、気にしねぇよ」
「……はい」
緊張の糸が切れたのか、ドラゴンの少女はようやく笑ってみせた。子供らしい、元気な笑顔を。
「さてと、どうしよう、朝食が」
「あー、そこまでしてくれたのは嬉しいけど流石にこれ以上はな」
「もう少し居て良いんだよ?」
「お前はな。俺らはそうもいかない。やること、やるべき事が山ほどあるから」
「そう」
見るからに咲哉のテンションが下がる。
「じゃあこの子は?」
「俺達の船まで連れていく。処遇とかはそれからだな」
「……手伝おうか?」
「何を言い出しているのですか咲哉様!」
怒鳴り声は部屋に響く。その場に居た全員が驚くほど大きくそして良く通った。
部屋の入り口、土間と繋がっているふすまが開いていてレーヴァテインがその場に立っていた。
その表情は怒っているようにも心配しているようにも見えた。
「様子見だけと言い、助けると言い出し、その挙げ句に手伝うというのですか!?」
「いや、でも」
「でももなにもありません!お節介はいい加減にしてください!やってることは田舎のご老人方と変わりませんよ!」
「はい」
咲哉は言い返せず、レーヴァテインの言葉に頷くだけだった。
「さっきのは取り消す」
「これ以上頼りっきりなのもあれだしな」
笑った咲哉の印象はもはや無表情だが無感情ではないという捉え方、在り方の認知はなくなっていた。
少しばかり心を開いて接すればすぐ仲良くなれるような、そんな『人間性』を持った人物だと思えた。
「寒いな」
「レーヴァテインの耐寒のルーンは丸一日持つと思う。けれど、油断はしないようにくれぐれも気を付けて」
咲哉が開いた鳥居型の門を潜り抜け、テントを張っていた空港に現れた。
「シャルロットさん」
『私の怪我なら認知してますが』
咲哉の言葉を先読みしてシャルロットがスパイダーの中から返答する。
「なら、分かりました」
「わ、私は?」
「ない。健康優良」
「そうですか」
楓が質問するも特に何もなく。
咲哉は優しい口調でドラゴンの少女に語りかけた。
「じゃあね、ドラゴンの女の子。名前は、もし今度会えたときにでも」
惜しむように、けれど覚悟して咲哉は別れを告げた。
「……ティアラ」
ドラゴンの少女はそう名乗る。
「ティアラです」
「……そう、ティアラ。良い名前だね。じゃあティアラ、また会えたら、また会おうね」
そして最後に、咲哉は冬樹に向き合う。
「元気で。たった一日程度の付き合いけれど、またね」
「あぁ、お前が居て本当に助かった。またな」
全員が背中を向け立ち去っていく。その後ろ姿を寂しげに見つめながら咲哉は手を振って見送る。
「……レーヴァテイン、そんなに不機嫌そうにしないで」
「不機嫌ですとも。問題ばかり連れ込んだのですから」
「疫病神みたいに言わないの。良い人達なんだから」
頬を膨らませるレーヴァテインは、けれど少しばかり嬉しくて。
「ですが、笑えたようで何よりです」
「……なら、良い事だね」
鳥居を潜り、閉じようとする。彼らの成すべき事が成就することを願って。
「寒くない?」
「大丈夫」
凍った海の上、アラクネへと一同は向かう。その道中、楓はティアラの気になってしかたがなかった。
鱗でどこがとは言わないが隠れている格好が気になって服を着せようと楓が躍起になる。が、どうも嫌がって着ようとしない。
「糸が引っ掛かるか。なんかあったっけな」
『私の普段着なら恐らく痛くないかもしれませんね』
「シャルロットも露出した金属部に引っ掛かるって言ってたもんな」
「私の貞操観念は遅れてるのかな」
「私も気になってたから、むしろ良く戦ったよ楓ちゃん」
わちゃわちゃと騒ぐなかアインだけが黙り混んでいた。周りを警戒するように見渡しながら。
シャルロットはその様子を見落とさなかった。
『どうかしたの?アイン』
「……なにか、おかしくないです?」
『スパイダーには全方位探知が可能です。今は私の調子とエネルギーが尽きかけているので制限していますが』
けれど、こういう時のアインの勘は侮れない。
「なんかこう、誰かに見られているです」
『誰かに?』
シャルロットは自身の探知範囲を確認する。接地面から上に五十メートル。そこから緩やかにドーム状になって直径二キロメートルを探知していた。
熱、音、生体反応に魔力反応に至るまで、そこに何かがある反応はなかった。
「……すみません。勘違いです」
『いえ、そのまま警戒し続けて。私も最大限警戒する』
探知範囲の設定を更新する。ギリギリまで広く、ギリギリまで高くした。
瞬間、無線機のコールが鳴る。
「俺が出る。少し休憩しててくれ」
「氷の、しかも海の上で?」
「文句言うな」
一度立ち止まって冬樹が無線機を手に取る。
「こちら東雲」
『こちらアラクネ!ご無事ですか!?』
「ギリ」
『ギリ?出来れば明確にしてもらえると』
「死にかけも死んでるやつもいない。治療は必要だが」
冬樹は全員の状況を事細かに知らせていく。シャルロットとスパイダーが一番の被害を受けていることや、アインの指の骨が骨折している可能性などを。
その間もシャルロットは探知を続けた。けれど何も引っ掛からない。
ふと、楓が自分の積み閉めている氷の地面を見ているのが視界に入った。
「なんか、足下が無駄に冷えるように感じる」
「足冷えてるんじゃない?耐寒のルーンの効果切れてきたかしら」
そのやり取りを聞いた冬樹はシャルロットに向き直る。
「申し訳ありません、少し失礼します。シャルロット」
冬樹が大声を出すとシャルロットは目を向けた。こちらに向いたことを確認した冬樹は人差し指を下に向ける。
その意図を汲み取ったシャルロットは探知範囲を接地面から下に探知範囲を変えた。
瞬間、巨大な影がモニターに映る。
一人息を飲むシャルロットは結果だけ伝えた。
『ありがとうございます。探し物が見つかりました』
極力気付かれないように返事する。
その言葉に頷いて冬樹は無線機に戻り、
「申し訳ありません。今戻りました」
何事も無かったように会話を再開した。
一同に緊張感が走る。楓とティアラを除いて。
『昨晩、何者かの接近を許しました。どうかお気を付けを』
「了解しました」
通信を切る。
「さぁ、行こうか」
出来るだけ何事も無かったように行動する。氷の下に居るものを刺激しないように。
けれど、ティアラはそれに気付いてしまった。それが何で、どういったものなのかを。
「兄……さん?」
瞬間、それは動いた。
同時、シャルロットが叫ぶ。
『巨影接近!回避を!』
アインが奇跡を起動させ前方に居た楓とティアラの二人を抱え船に向かって走る。
冬樹と十輪はスパイダーの前方副腕に飛び付きスパイダーと共に緊急回避する。
時間にしてわずか五秒、氷に亀裂が入り海中から何かが飛び足す。
青く厚い鱗が擦れる度に金属のような音が鳴り、四足の足で空気を蹴り四枚の翼で体勢と軌道を維持する。
全長にして約五十メートルの巨体を持った青き鱗のドラゴン。
その存在はあろうことか空中で佇む。
その姿はまるで神話に出てくるドラゴンそのもの。
「東雲冬樹からアラクネに緊急連絡!術式防壁の起動を!」
『しかし、あなた方が間に合わないかも……』
「全速力で向かってますのでご安心を!」
スパイダーに搭載された魔力電池は底を尽きているがシャルロット自身、そして冬樹の魔力はまだ残っていた。二人は残った魔力をスパイダーに込め出力を上げる。
「飛び乗れ!」
アラクネの上部から球状に薄い幕が伸びる。それは術式による魔力防壁。物理、魔力双方に対して高い防御力を誇る壁である。難点は起動から設置完了まで少々時間がかかることぐらい。
スパイダーで後部の格納庫に飛び乗り、ハッチをすぐさま閉める。
アインとティアラ、楓の三人はそのまま船の甲板に飛び乗った。
『術式防壁一層目展開完了、二層目を』
対ドラゴン戦は想定していないため籠城戦に持ち込む以外に道はない。ないはずだった。
ドラゴンが大きく息を吸う。息を吸って、吠えた。
轟く咆哮、それはティアラのものとは比べ物にならないほど重く響き渡る。
防壁に亀裂を入れるほど。
「ほう、我が咆哮を防ぐか」
ドラゴンの声が、聞いたことの無い言語なのに意味が分かる声で語りかけてくる。
「我が主、妹を見つけました」
魔力切れ寸前のスパイダーにいきなり多数の反応が現れ、シャルロットが唖然とした。
『敵影、十?』
それは小さく、けれど、良く見る反応だった。
『人間の……反応が……』
そこでスパイダーが活動を停止した。
「……最悪だ」
焦燥にかられ冬樹はシャルロットと十輪をおいて急ぎ見渡せる場所に移動を開始する。
それとほぼ同時に人間のものとは思えない叫び声が船内を響く。
「バカ……この大バカ者ぉ!」
甲板に出ると楓とアインの両名に取り抑えられているティアラが牙を剥き出しにして喉が潰れる勢いで罵声をあげていた。
とても、咲哉に叱られたり冬樹に平謝りしたり人にくっついて歩く少女には見えない。
そして冬樹が目視する。
甲冑を身に纏い、槍と盾を携え、膨大な魔力を保有した存在を捉える。
数にして十人、その一人はドラゴンに寄り添い手を当てる。
「■■■■■■■■■■」
「主、我が英知を貴女に」
一際大きな槍を持った甲冑の人物に頭を近付けると額に触れ微かな光が輝く。
そして、その人物は兜だけを取り外し、喉に手を当てて叫んだ。
「我が名はアルマ、北方騎士団団長である。我が要求はひとつ!その娘を引き渡せ。そうすれば危害は加えない!この要求は大地を照らすかの星が地平の彼方に沈むまで待つ」
流暢な日本語を話始めた。
雪を思わせる白い髪が揺れ緑の瞳がこちらを向く。それは蝋人形のような美しさを持ちながら明確な敵意を持っていた。
咲哉とは正反対に。
遠方にてドラゴンが一匹、アラクネに睨みを効かせ船内の様子を常にうかがっている。
シャルロットとアインを十輪が治療するために、ティアラには保護という名目で部屋を貸し与え、操舵室では冬樹、楓、船の船員達が集まって急遽会議が開始された。
「どうするんですか!これ!」
「あー、あー、うるさい」
楓が冬樹に詰め寄る形で慌てふためき大声で喚く。
「騒ぐな耳が痛くなる」
「で、でも」
しかし、彼女が騒ぐのにも訳がある。
「天使ちゃんはメンテナンスだし」
現行でドラゴンと真正面から戦えるのはスパイダーであり、そのパイロットはシャルロット一人しかいない。
つまるところ、ドラゴン一体で冬樹達の戦力を大きく上回る。
「まぁ、戦えんわな」
シャルロットの状態は予想以上に酷い。特に視力がやられかけていた。
刻んだ術式が熱を持ち、心臓の鼓動を早め圧力をかけて血の巡りを加速、急速に血流が早まった結果毛細血管が破裂し、特に多い眼球が一番のダメージを負っていた。
そうなれば最悪操縦ができなくなる。
「渋った上の責任か、俺の独断の責任か、運が悪かったか」
船員も動揺を隠せずにざわめき、小声での会話が止まない。
中には、かの少女、ティアラを差し出すべきという会話も聞こえてきた。
向こう側の国の問題であって、我々の問題ではないのだから、と。
「ごめんなさい隊長。もっとこの力が」
「言うな」
アインが項垂れる。
皮肉な話、アインの奇跡は使い勝手の良いものではない。人や神聖な生き物に使えば出力が格段に落ちる。ドラゴンは跳ね上がるが、そもそも個人で勝てるものではない。
「私は小さい奴以外は戦えないし。そも、治療特化だしなぁ」
十輪も銃器の扱いに慣れているが本来は治療を得意とした術式。全線には出せない。
となれば出れるのは冬樹か楓になる。しかし、冬樹の魔法と呼ばれる代物はそれこそ使い勝手が悪く、今戦っても勝てない。
楓は下手をしなければ拮抗できるだけの力を有しているが、本人のメンタルが出来上がっていない。今回が初任務で、出発前の実践訓練でも緊張で上手く立ち回れなかった話もある。
ならば、方法は一つだった。
「……俺の命を懸ければ」
「ふざけないで」
それは、操舵室の片隅から聞こえてきた。
「十輪さん。アインさんの治療は」
「肋が三本、腕の骨にヒビ。まだ終わってないけど、二人が見てこいってさ。特に、シャルロットちゃんの方が」
十輪が咲哉に近づくや否や胸ぐらを掴んで凄んだ剣幕で言う。
「あんたさ、それでも隊長なんだからさ、下の人間のこと考えて行動しなよ。正義面すんのは別に構わないけど、私たちまで巻き込まないで。仮にもあんたは部隊を受け持ってるんだからさ」
その言葉は正しかった。
任務を受け、部隊を持ち、大きな船まで出してもらって、故郷を取り戻し再興する作戦の第一歩の為にやるべき事をやらねばならなかった。けれど……。
「や、やめてください!」
船員の一人が口を開く。冬樹と同じぐらいか、上の年齢の少年だった。
「東雲隊長への当て付けでして、今回の隊長を受け持たされたのは」
言い出しづらい空気の中彼は口を開いた。
「あっ、わたくし、ハワイの時にいまして」
十輪が目線を向けて脅すように睨み付けるが怯まず続く。
「あの、ドラゴンを倒した一件、見ていまして、その」
話の要領を得ない。痺れを切らした十輪がキレ気味に聞き返した。
「その話今関係あるの!?この緊急事態に!?」
「上層部は彼を排除する動きがあったんです!本来ならば隊長という大役どころか隊員ですら無いんです!」
「……は?」
十輪が唖然とした。他の船員も、そして楓も。
彼が発した言葉の後、少しの沈黙が流れた。
「どういうことなの?」
十輪の声が沈黙を破る。一斉に向けられる視線、冬樹は覚悟を決めて重い口を開いた。
「俺は、一年前まで術式の調整をする術式技師、ただの魔術師だったんだよ」
「くわしく説明して、事と場合によっては私、隊長あんたをぶん殴るわよ」
十輪が掴む胸ぐらに手を置くとゆっくりと離される。
「魔術師は前線には出ない事がほとんどだ。術式技師も」
術式技師、それは肉体に術式を刻んだり、刻まれた術式を調整する役割を持つ魔術師の職業の一つ。
「ただ、ハワイの時同行する理由があってな。そこでドラゴンと戦って、そしたら上に目をつけられたんだよ」
「な、なんで?」
「……強かったから」
一瞬、冬樹は言うのを戸惑って目線を背けて言葉にした。
「上層部は魔術師の参入を嫌っている。これだけ魔術を利用しておきながら。けれどそこに魔術師がドラゴンと戦って勝ったなんて、しかも命令外の動きをしてだぞ」
でしゃばった、そう捉えられてもおかしくない行動。それが組織の上層部の人間にとって面白くなかった。それだけ、それだけの事だった。
「俺が魔術師から手引きを受けてしたと思って、やれるものならやってみろと日本大陸奪還作戦を投げられた」
それ以上でもそれ以下でもない。けれど、巻き込まれた人間にとっては関係ない話だ。
「……俺に指揮能力はほとんどない」
「……そう、あなたが無謀な事を使用としてたことは理解した。隊長としての自覚と経験がなかった、それだけね」
十輪が表情を曇らせて、覚悟したように言う。
「ティアラを引き渡す。それ以外にこの窮地を乗り越えられない」
「まっ、まって!」
楓が十輪の言葉に待ったをかけて袖を掴む。
「楓ちゃん……」
「ダメ!それだけは……それをしたら……、私は」
怯える、何かに、まるで見殺す事自体がまずいかのように反論する。
「わ、私はティアラちゃんを引き渡すのだけはダメだと思う。ティアラちゃんが殺されるかもしれない」
「でも……」
「咲哉君の家でのこと覚えてる?今日の朝の」
唐突に、冬樹すら黙っていた咲哉の事を話題に出した。
「私はあれを知ってる」
あれ、がどれを指すのかいまいち分からなかった。
「燃え盛るは憎しみの権化、積もりゆくは怨嗟、それは人が捨てた悪性の一つ。それが、彼女の中に既に灯ってる」
瞬間、冬樹は寝ていたときに見た夢の言葉を思い出す。
(主、側、怨嗟)
(人、捨てる、悪性)
歪む彼女の口角、それは殺しを楽しむ様にも見えた。
同時に、それは、復讐という行為に対する精神の最適解。殺人を娯楽とし、復讐を生きる糧とする。人を捨てる行為、故に獣のように飢える。尽きることの無い憎しみを宿す。
微かにだが、ティアラにはその兆候があったと楓はそう言いたいのだ。
今思えば雪村楓は今朝からティアラに対して親身に優しく接していた。それは、その兆候を知っていたからだろう。
「だから、ダメ!絶対に!私たちの為に、何より彼女の為に!」
冬樹は言葉足らずな彼女の意味を汲み取る。
「引き渡せば、俺達に復讐しに来ると?」
「ッ!は、はい!そうです!」
船員がざわつく。理不尽だ、と怒るものもいれば、納得する者も居た。
「だってさ、十輪さん」
「隊長お前だろ!」
「さっきので信用なくしたし」
十輪は歯を食い縛り覚悟を決めて吐き捨てる。
「どのみち八方塞がりなんだったら、結局、東雲冬樹の実績以外に頼るもの無いの!」
再び胸ぐらを冬樹の掴んで引き寄せる。
先程よりも怒りを込め、けれど、すがるしかないその有り様を恥と思いながら。
「いろいろ話が脱線して、全然言いたいこと言えなかったけど、あんた隊長なんだからさ、死なれたら私たちが困るのよ!」
冬樹は、面を食らったようにその言葉を受け止めた。
「あんたが放棄するなら私が指揮を執る。あの子を引き渡す。一応副隊長だから!けど、経験がないとはいえ東雲冬樹の指揮能力は本物なの。人を救えるの。まだ六時間もあるの。諦めたくないなら全員が助かる方法を捻り出せこのバカ!」
それは、責務を全うしろという喝だった。
船員も皆が期待を取り戻す。そう、目の前にいるのはハワイ諸島でドラゴンを倒した立役者。ただ一人で多くの人間を、そして異世界の人間とこちらの人類との架け橋を作った英雄。だから、志願して集まった人々なのだから。
けれど冬樹にとってはドラゴンを倒したという実績のみ、それだけで嫌がらせでこの地位に立たされ故郷を取り戻す最前線にいる。
「協力します。できることであれば何でも、申し付けください」
かのハワイの作戦に参加していた少年は力強く信頼の言葉を伝える。
久しく、信頼というものを向けられたことのない冬樹は仕方なく、けれど確かに奮い立つ。
「……わかった、十輪さん、シャルロットの治療とメンテナンスを急いでくれ」
「重症者を使う気」
「どちらにせよ、あいつ以外にアラクネの本領は発揮できない」
笑みを浮かべて続ける。
「この船が使えるなら、なんとかなる」
一同に船員が動き出す。
あるものは整備に、あるものは術式防壁を強めるために。各々が各々のやるべきことに動き出した。
冬樹もその一人だった。
複数の道具を用意する。しかしそれはペンチやトンカチ等ではなく、古いスクロールや不思議な形をした金属片。それは、彼が術式技師としての道具だった。
それをもって『彼女』の元へ行く。
その道中、ティアラを連れた楓とすれ違った。
「散歩か?」
「はい!外の空気を吸った方が良いと思いまして」
「わかった。くれぐれも船員達に出会さないように。渋々従ってる奴もいるからな」
「わかりました!」
優しい笑みを浮かべて通り過ぎる。するとティアラは救いを求めるような声で呼び止めた。
「何で、余を助けた」
絞り出されたその声があまりにもか弱くて、消えてしましそうだった。
「引き渡せば、事は丸く収まるだろう」
「あのねティアラちゃん」
「余は、お前に聞いているのだ。星を落とした子に」
楓が口籠りながら引き下がる。
「……俺は善人じゃない。だから、お前を見捨てることができなかった」
笑って、できうる限りの言葉を伝える。
「見捨てると目覚めが悪いからな」
じゃあなと、言って冬樹は手を降りながら背を向けてその場を後にした。
足取りは重く、けれど軽快に見える。その後ろ姿を延々とティアラは見続ける。
冬樹が入ったのは整備室。スパイダーがメンテナンスを受けていた。
その部屋の片隅に十輪と数人から治療を受けるシャルロットの姿があった。
「どうだ、経過は」
複数人に囲まれながらシャルロットは治療を受ける。
顔を見上げるように
「肉体と埋め込まれた機械の方はある程度、ただ、術式の方が」
「だと思った」
冬樹はスクロールを持ち出し金属片を手にする。
「変わってくれ。俺が調整する」
シャルロットの下にスクロールを敷き、金属片を体の上に乗せる。
「シャルロット、聞こえるか?」
「聞こえています」
シャルロットは笑って、手を握ってくる。
「私をまだこき使うつもりですか?」
「そうだな、それ以外に策が思い付かない」
「……酷いですね。まぁ、だろうとは思いましたが」
強く握る。シャルロットも冬樹も。覚悟を決めて。
「いくぞ。舌を噛むなよ」
「はい」
口にタオルを詰め込み冷や汗と共に彼女の術式に魔力を流し、術式を浮かび上がらせる。
瞬間、シャルロットの悲鳴か室内全体に響き渡る。
「ぎゃぁぁああああああああ!!」
喉が潰れるほどの悲鳴、全身を、神経を一つ一つ針で張り付けるような激痛。
術式は神経と繋がっている。それをいじればもちろん痛みを伴う。それでも、調整をやめない。
壊れた所を直し、綻びがある所を新しいものに変える。その手際にその場に居た全員が息を飲む。これだけの技術と才があれば優雅に暮らすことだって夢ではないのだから。
反して、冬樹は汗をかきながら作業をする。調整される側が痛みを伴うならば、調整する方は何があろうともその集中力を切らしてはならない。それが術式技師にとって絶対に必要な事。
数分の後、調整が終了した。
シャルロットの意識はなんとか保っていたが、息は浅く、意識を失う寸前だった。
「突貫だから、かなり痛かったろうがよく耐えたな」
「全部終わったらごほうびくださいね」
「あぁ、幾らでも」
頭を撫でて、シャルロットを労いながら次にやるべき事を考える。
最悪の事態を考えながら次の行動を選ばねばならない。
経験したことのない隊長という地位で経験したことのない事態を切り抜けなければならないのだから。
「シャルロットを頼む」
傍ら、手をいつまでも握りしめるシャルロットから手を離し、スクロールと金属片を片付けてその場を後にしようとしたそのとき、整備室の一室が開き、楓が焦った声で冬樹を呼んだ。
「東雲隊長!」
汗を流しながら息を切らして急いで駆けつけた事が容易に想像できるその姿に、似合わない涙を流しながら悲鳴に似た報告をする。
「ティアラちゃんが、連れ去られました!」