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【第二部完結】新たなセカイの神話  作者: 御誑団子
黒い影
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追想 誰そ彼に花束を

 吸血鬼にとって登山なんざ楽勝、真祖ならばなおの事。だが先客が居るとは思わなかった。

 咲哉の事ではない。咲哉はゴールだ。そのゴールに人の身でありながら先に行き着いたものが居た。

 あの女狐だ。あの良い女だ。

 ちょっと距離離れてるし、咲哉の死角になってるし、女狐気付いてないし、岩場を影に近寄ったら話聞けるかな。

 アッ、キコエル。

「行かないで。おねがい」

 サキコサレタ。

 ハハハ、いやホント、良い女だ。私が覚悟するのにフォルテの言葉と気付きと色々必要だったのにあの女は……。時間を考えれば即追いかける事を選んだろうなぁ。

 出ないで、このまま居ないフリした方が良いかな。

「ありがとう。でも、僕は行くよ」

『僕』?いや僕か。ちょっと発音が違う。神様の方と精神が分離してないのか。そりゃそっか。今から世界救いに行くんだから、精神統合は出来ておかなきゃ危険だもんね。

「嫌だよ!貴方が死んで、誰も救われた事知らないで、人がのうのうと生きていくのは我慢できない」

 同意、なんで知らない奴助けようとするんだろう。

「でも、雪乃が居る。神凪がいる。翔、雫、サンジェルマン、僕の事を友として付き合って、僕の事を師として敬って、僕の事を弟子として受け入れて、僕の事をライバルとして努力した人がいる」

 ……皆の中に大事な人がいる、かぁ。なら、行動起こすよね。咲哉なら。

 本当は臆病で、寂しがり屋で、泣き虫で、なのに死ぬかもしれない事を出来るんだからやっぱり咲哉ってすごいよね。

 でも、あたしも立ち向かわなくちゃあいけないんだ。もう逃げない為に。

「咲哉……」

「……アリス」

 ニッコリと笑っちゃって、その満面の笑みに何度絆された事か。

「アリスも行くなって言うの?」

 ……そうだね、その通りだよ。でも……

「……正直迷ってる。咲哉の事だから行かないでって言っても行くだろうし」

「うん」

「感情的に言えば行かないでほしいし」

 それは咲哉を苦しめる。世界を救える力を持ってる咲哉は必ず救わなかった世界では幸せになれない。

 絶対に。

 だから、この選択に迷いはない。迷いがあってはならない。

 咲哉を幸せにするには、咲哉が自分の足で歩かなければならないのだから。

 その道に、ほんの少し、パンの切れ端を落すぐらいは許してほしい。

「でも、いってらっしゃい。アリスは咲哉の選択を尊重するよ」

 豆鉄砲を喰らった鳩のような顔をした後、笑ってくれた。笑って、あたしの選択を受け入れてくれたんだ。

「でも、死ぬかもしれないんだよ!?」

 雪乃が言う事もわかる。死ぬかもしれない。それは当たり前のこと、咲哉に死んでほしくは無い。それは交流があった人間ならば誰だって言う。でも、そんな言葉一つで止まれるほど咲哉の覚悟は甘くない。それは誰よりもあたしが分かっている。

「死ぬかもね。でも死ぬつもりは無いよ」

「つもりは無くったって、人は死ぬ時は死ぬの!」

 涙を零して懇願する彼女をあたしは剥がして距離を取らせる。

「咲哉、お願い行かないで。私を一人にしないで……」

「人の彼氏にべったりくっつくなお前―!」

「むぎゅうぅ」

 あの咲哉が苦笑いするほどの強引さである。もうホント、良い女の面影どこ行ったし。

「私、貴方にフラれても別に良かった、でも死んでほしくは無いの、無いんだよ……」

 その言葉に咲哉は少し俯いて、きっと今まで以上の笑顔を浮かべて答えた

「大丈夫、僕帰ってくるから。絶対に」

 こういう時は一番信用できない。あたしの経験上、咲哉はこういった約束を破る。守る時ほど曖昧な言い方をする。

 人を安心させるための優しい嘘。あたしは良く知っている。こういう時まで意地を張らなくてもいいのに。

「だから行くね。──────またね」

「まって……お願い……」

 観念、諦観か、放心か、雪乃は泣き崩れ座り込んでしまった。心が折れたんだ。

 ……最後かもしれない、か。

「……咲哉」

 黄昏時、それはこの世とこの世ならざる世を繋げる時、空の穴に向かって飛ぶにはおあつらえ向きの時間。

 夕日を背に、咲哉は振り返る。名残惜しいそうにしているその背を隠すように。

「女性泣かして謝罪も無し?偉くなったね」

「いや、そういうつもりじゃ」

「知ってる」

 最後だ。思う存分からかってやろう。

「そっち行くね」

「う、うん……」

 雪乃一人置いてあたしは咲哉の傍に寄った。律儀にあたしが着くまで待ってくれていた。

「…………ねぇ屈んで」

 咲哉は無言で膝を付いてあたしに視線を合わせてくれた。

 白い髪が、赤い瞳が、あたしとは違う美しい白と赤がじっと見つめてくれた。

 言うべきことを忘れ、あたしは頭の中が真っ白になっていた。なにか、何か言わないと。

「好き」

「うん」

「アリスね、ずっと……ずっと貴方に恋してた。愛してた。この三十と七年間、ずっと好きだった。きっとこれからも、咲哉の事好きで居続けると思う」

 坂を転げ落ちるが如く湯水の様に心の内を吐露し始めてしまった。いいやもう、全部言っちゃえ。

「好き……大好き……咲哉、あたしの初めての人、アリスにしてくれた人、ずっと傍に居るって言ってくれた人、だからお願いがあるの」

「うん、何?」

「絶対に、帰ってきて。アリスの事忘れてもいい、あたしの事忘れてもいい、だから絶対にまた元気な姿を見せて、死なないで」

 長い間ずっといた。一緒に居た。だから泣く場面とかに出くわしたことはある。でもこの時は初めて見たかもしれない。

 堪える涙が流れ、無理に笑おうとする咲哉なんて、初めて見た。

「や、ッ約束は……でッきない……かも」

 嗚咽が零れて気付いた。あぁ、そっか、咲哉も怖かったんだね。無理してたんだね。死ぬことに対してもだけど、きっと一番は帰る場所が無くなってる事に。

「あたし待つよ。いつまでも」

「うん……ありがとう」

 あたしは咲哉を抱きしめて、咲哉も抱きしめ返してくれた。どれほどの月日が流れ、どれほど世界が様変わりしてもあたしはやっていける。咲哉の為なら千年の孤独だって耐えられる。

「……行ってきます」

「……行ってらっしゃい」

 名残惜しくも手と手は離れ、あたし達の間には距離ができた。それでも後悔は無い。覚悟はできた。覚悟を決められるだけの希望は得られた。あたしには勿体ないぐらいの希望が。

 誰そ彼に花束を、涙を拭って見届ける。いつかまた出会うために。

 きっとあたしは選べた。咲哉の背を押すという選択が。




「ゆーきの」

「まー〇の、みたいに呼ばないでくれます?」

「じゃあ女狐」

「……もういいです」

「にへへ」

 仕方がないから雪乃を抱えて下山してやろう。

 恋敵で横から咲哉をかっさらって行こうとした忌々しい奴だけど、それ以外は良い奴だし。

「……咲哉……帰ってきますか?」

「帰ってくる。アリスが断言していいよ」

「そう……ですか」

「寂しい?」

「寂しい……けど、なんとなくこうなるような気はしてたんです」

 ほう?

「咲哉は、止まらないだろうなぁって」

「そうだね。そうだったね」

 止まれるような奴なら世界なんて救うっていう事出来ないもんね。

「……帰ってきたら、咲哉が嫉妬するぐらいの幸せを享受しないと割に合わないな」

「そうだね……。今から名前でも決めておく?」

「え……そうですね」

 しばらく考え込んで、木野風雪乃は口を開いた。

「男の子なら、紅葉、女の子なら、楓、なんてどうでしょう」

 両方女の子に付ける名前では?まぁ、でも……

「いいんじゃない?」

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