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【第二部完結】新たなセカイの神話  作者: 御誑団子
黒い影
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餓鬼

 民間伝承【瓜子姫】

 美しい女子、瓜子姫を主人公とした物語であり、何ともむごい結末を迎える伝承。

 婚姻の前日、彼女を育てたお爺さんとお婆さんは街に服や様々な物を買い出しに行き、瓜子姫ただ一人が家に残り、そこへ怪異が現れる、というもの。

 結末は数あれどもっとも有名なものは招き入れた怪異に食われその生涯を終える。

 ただ、物語はそれでは終わらない。

 瓜子姫を食らった怪異はその皮を剝ぎ、自らが被って瓜子姫と成り変わる。そして帰ってきたお爺さんとお婆さんに食いきれなかった瓜子姫を……。

 この物語はいわゆる教訓、家に子供を一人にしてはいけないという親に向けたメッセージの伝説なのだ。

 そしてこの【瓜子姫】にとある怪異が現れる。ちいさい、小さい、子供のような小鬼。

 天探女(あめのさぐめ)と呼ばれた悪神とも、仏教においては煩悩の鬼とも言われるその小鬼。

 無論、それは説の一つであり、真実はわからない。

 だが、今、咲哉の前に姿を晒した小鬼は瓜子姫を食らった怪異、餓死しそうな人々の集団の中に発生し飢え死にした人から食っていく、対処さえ早ければ何とかなる類。

 だが、もし、手遅れだった場合、それは世界を食らう呪いと化す。

 それは六道輪廻が一つ、下から二番目の欲深き者が落ちる世界、餓鬼道の再現。

 口にする食べ物すらまともではない、他者を食らい、己を食らい、世界を食う、満たされる事の無い無限飢餓。

 その餓鬼道に、小鬼は生きたまま落ちた。




 子鬼の魂が世界の常識を上書きしていく。

 瞬きの間に生命力を吸い上げ生き物の終点、飢饉での死へと加速する。

 そこは地上に這い出た餓鬼の世界、零れ落ち腐った食い物を口に運び、糞尿を喰らい、それでも欲深かったものには火を放り込まれるまさしく地獄絵図。

 これでも、まだ地獄よりは生ぬるい。

「はらへった」

 世界の中心点、餓鬼道の再現の最も内にそれが居る。世界を食い潰さんとする鬼が居る。

「はらぁ……へっっっったあああぁぁぁあぁぁあああああああああああああ!」

 バチンと、小鬼が歯が割れる勢いで口を閉じた瞬間、地面を抉りながら周囲の物が虚空へと消える。

 そしてガリゴリと音を立てて粗食している。いま、小鬼は瓦礫を食ったのだ。

 もはや見境は無い。唾液と一緒に瓦礫を吐き出しながら目に映る者全てを食わんと口を開く。

 視線が交わされる。最初の標的は、唯一結界の外に居る咲哉だ。

「ああああああああああああああ」

 口を開き大量の唾液を垂らす。

 飢えに喘ぎ、食事という行為に欲情する。

 なのに、相対するその男は毅然としていた。

 その佇まいは花のよう、その生き様は炎のよう、その視線は鬼には程遠い鬼のよう。

 この世界の内にありながら死なない、飢えない怪物。その心が一時の快楽の為に波紋を広げる事は無かった。

 餓鬼道には決して堕ちる事の無い、高潔なる魂の持ち主は死にかけの体に鞭を打ち、刃を手にする。

「……」

 呼吸は絶え絶え、ふらつく足は踏ん張るのが精一杯、それでも呼吸を整え身構える。

 これは鼓舞、自らに渇を入れ、力を一滴まで絞り出す、故の掛け声。

「鬼退治……承る……」

 刹那、咲哉の一刀が小鬼の首を切り落とす。

 刀身は既に黒く、不死を殺す斬撃を放ち終わった。

 その上で、跳ね飛ばされた鬼の首は、目は蠢いた。

 開かれる口、現れる幻視の捕食機構、食い殺すための狂気は迷わず咲哉目掛けて飛んで行った。

 だが、咲哉の機動力に付いて行けるほど早くはない。即座に距離を取りまだ動く首に狙いを定める。

 それを察知したのか、天邪鬼の幻視の口は急旋回し体と頭を飲み込み、そうして吐き出されたものは首の繋がった奴だった。

「まさか……真祖よりも……強い」

「ッ?はらへった?」

 人を捕食する怪物よりも強い、そんなもの同族として扱う人類はきっといない。

 咲哉の内に居る『神』と同じように。

 呼吸を整える、再度構える。

 首を刎ねても死なない、不死を殺せる妙技でも死なない。ストック性の不死身。

 ストックは確かに【心】で破壊した。にも拘らずストック自体が回復している。

 操り人形(マリオネット)のようなものだ。今ある肉体はあくまでも入れ物、魂か精神が操っている。

 肉体と魂は相互作用しながら形成され、肉体は成長と老化を、魂が学習を、その生涯し続け死をもって一生を終える。

 だがこの小鬼は魂から肉体を形成している。死体を喰らって入れ物を作っている。でなければ、吸血鬼の姿をしていた意味が付かない。

 変化、しかもかなり高度で楓に匹敵するほど。

 なんせ吸血鬼の力を再現できているのだから。

 そしてその情報を処理できる魂、最後の一つこそ小鬼唯一の弱点であり本体。

 言葉を理解できずとも本質を解読し己が力と化すまさしく化生、化けの皮を被ることに特化した餓鬼。

 これに対抗するには、人間ではもはや不可能だ。

『神』の力を振るう程度では足りぬ。回帰でもしない限りは。

「……チクショウ……」

 だが戸惑った。躊躇した。咲哉の髪が黒く染まり瞳が青く光る程度に抑えてしまった。

 その選択が、この勝敗を左右する。




 対人用剣術も対怪異用剣術もこの小鬼には通じない。そもそも、鬼という怪異自体日本においてはかなり特殊事例なのだ。

 そもそも、日本から神が居なくなったのは百六十年ほど前、他の国と比較してもかなり最近である。また、八百万の神という概念から言葉は交わせずとも人の身近に存在していた。付喪神として。

 妖刀【腐り断ち】二振、長刀【縁】と大太刀【心】は付喪神として現代でも生きているように、日本は未だ神の生きる土地でもある。

 しかし、神が生きる土地であるのなら、信仰とは真逆の感情、恐怖によって象られ存在する怪異も生まれやすい土地でもあるという事。

 鬼とは、吸血鬼同様の生きた怪異。ただし、不死ではない。殺せば死ぬ。それは他の怪異も同様である。

 問題は日本独特の価値観、荒魂(あらみたま)和魂(にぎみたま)の概念、一つの魂が二つの側面を持ち、一つの怪異に二つの怪異現象を起こせる力を持つ。

 妖刀が呪われた武器であると同時に優れた武器であるように、日本の怪異は人から生まれたものでありながら元々存在していたものである。救いを求める存在でありながら、人を呪う存在でもある。

 その小鬼は、神であった、鬼であった、けれど怪異(ヒト)に身を落した。

 人の恐怖と共にある異常存在になった彼または彼女はしかし、たった一つの行動原理で動いている。

 空腹を満たす、それだけがその存在の居る意味。

 この小鬼は死なない。咲哉の剣で斬っても死なない。何故ならもう死んでいるのだから。

 ここに居る小鬼、小さな怪異は遠い昔に死んでいる。今動いている物はただのゾンビ、死にきれなかった残留思念が人の恐怖によって補強された怪異擬き。

 その小鬼の名は、嘘つき、素直でない人の代名詞。その名を、咲哉は看破した。




 咲哉の大太刀は小鬼の胸を貫いた。心臓を確かに穿った。それなのに小鬼の動きは止まらない。止まるどころか動きが良くなってゆく。

 違う、そもそも異界浸食を行われている空間化で咲哉の動きがどんどん鈍くなっているのだ。

 飢え、栄養失調、体の機能不全。代謝の良すぎる空間と言ってもいい。

 だが咲哉は呪いそのものに対して耐性がある。だが、全く効かないわけではない。

「ウグぅ……」

 力の入らない体を無理矢理動かして距離を取る。直線距離にして十メートル。動かない敵を目の前に一旦冷静に敵を分析しようとする。このままでは埒が明かないから。

(何か、敵の弱点を……)

 幻視の捕食機構と餓死の呪いを孕んだ世界の展開、この二つが主な攻撃手段であり、誰かの姿に変身する能力、こちらは能力まで完全再現できる。

(そもそも怪異なら名前だけでも分かれば……)

 切っても死なない怪異など初めての咲哉にとって正攻法での怪異攻略を行うしかない。

 だが原型からかけ離れた小鬼の正体を看破するのは難しい。

 時間をかければ勝ち目は無くなる。体はどんどん弱くなる。

 もしくは時間がかかっても良い、代わりにこの異界浸食の外に逃げる。

 冬樹の星落としならばもしくは勝てるかもしれない。

「……アリス……」

 悔しいがこの存在は、真祖すら凌ぐ殺戮能力の塊だ。

 逃げの一手しか選べなかった。




 門を開いてビルの屋上に居るアリスを抱え、別の遠くのビルに開いた門を潜る。

 距離にして十キロ離れた所に出ると目視で異界浸食の影響範囲が見えた。

 まるでずっと息を止めていたのではないかと思える程空気が美味しかった。同時に脱力、膝から崩れ落ち肘が地面に着く。

「咲哉!大丈夫!?」

「カヒュー……ヒュー……」

 息がまともに出来ない。横隔膜が痙攣を起こして過呼吸に似た状態になっていた。息を整えようと口の前に手で窪みを作って覆い、応急処置をする。

「だだだ大丈夫、少し、落ち着い……」

「はらへった」

 ゾクンッと、背筋に悪寒が走った。そして再び強烈な飢餓感が襲い来る。

 咲哉の目の前、小さな素足がいつの間にか合った。

 見上げたその先、見下ろす小鬼の顔が見えた。その瞳は底知れない闇で曇っている。

 恐怖、被食者の恐怖、死への恐れ。

 行動を取ろうにも体に力が入らない、スタミナが無い。

 冷静だった精神は焦燥に焼かれたその瞬間、大量の涎と共に小鬼は口を開き、幻視の捕食機構も口を開く。

 咲哉を食い殺すために開かれた幻視の口の奥に咲哉は初めて正体を見た。

 ちいさなちいさな小鬼の本当の姿を。

 その幻視の口を、アリスは砕いて小鬼本体の顎目掛けて左手を伸ばした。

「させるかぁぁああ!」

 不死の怪異、吸血鬼、特に真祖であるアリスにとって餓死は無く、また飢えもない。この空間下でも難無く動ける。

 動揺した小鬼はとっさに体を反って避けようとするも爪が喉に刺さり血が噴き出す。

 小鬼の右腕を足で、左腕を右手で抑え込み左手で顔を地面に押し付ける。

「まッ、ダ……アリス!」

 彼女は別に信条などがあった訳ではない。ただ、人を食う事を嫌っていた。と言うより殺す事を嫌がった。

 血を飲まねば吸血鬼である以上死んでしまう。だから必要最低限のみを人から貰っていた。

 それは彼女を表す呼称【処女】、吸血鬼の不老性を象徴する為、人の血を浴びずとも若さと美しさを維持できる故の吸血鬼性の放棄。

 単純に人の血の味が不味く感じるだからでもあるが、アリスは嫌悪感を吐き捨てた。

 最愛を、不要と断じた自分を受け入れた人を殺そうとした怪異を殺す為、真祖アリスは剥き出しになった死体のような首に噛みついた。

 真祖の吸血行為、それは相手に激痛を伴わせ意識を手放せる魂の捕食行為。

「ギヤあああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 鼓膜につんざく悲鳴が響いた。

 真祖アリスの瞳に薄っすらと涙が滲む。吐き気を催す程忌み嫌ったその行為、それを咲哉を守るために、為だけに行った。

 人間なら即死していただろうその攻撃はしかし、小鬼に対しては時間がかかった。再度幻視の捕食機構を作るまでには。だが激痛でステルス効果が上手く反映できず見えてしまった。見えてしまっていたのだ。

 捕食機構が現れたのは小鬼とアリスの真上。

 自身の命を守る事には動かなかったのに、こういう時、誰かを守る時には自然と足が動いてしまっている。

 気付いた時には、咲哉は駆け出していた。

 弱った体で、動き出していた。




 異界浸食の発生源が近くに一瞬で移動した。

 盾で何とか防いでいた冬樹とシャルは近くの発生源に駆け出す。

『空間震はありませんでしたが、どういった性質なのでしょうか?」

「ただの垂れ流しだよ。結界領域の結界無し版、スカイホールと比べればなんてことはねぇ。規模も俺のより遥かに小さい」

 盾によって防いでいるからこそ、この異常世界の呪いを知りようが無かった。

『……ッ!生命反応二つ!一つは酷く弱っています!」

「急げるか?」

『はい!」

 敵の最後の悪あがき、咲哉が負けるはずがないと冬樹は心のどこかで確信していた。

 だから遠目で黒い髪の毛が見えた瞬間、どこか安堵した。けれど、同時に見えてしまった。

 夥しい、血だまりを。

『生命反応、徐々に弱っていきます!」

 魔眼を開く、まだ距離がある、ただの間違いだ、何かの間違いだ、見間違えだけだ、お前じゃない、咲哉、お前じゃないと……。

 切に願い、現実は裏切った。

 悲鳴をあげて名を叫び涙を零すアリス、その腕の中には鳩尾から下が無くなった、辛うじて息のある咲哉が、虚ろに横たわっていた。

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