邀撃作戦 【■■】
フォルテが死んだ回数は百を超えた。それでも未だストックは尽きない。
不死との戦いにおいて持久戦だけはしてはならない。無尽蔵のスタミナを持つ吸血鬼に体力の衰えだけは絶対にないのだから。
だがもし吸血鬼は持久戦を行ったのならば?
そこにあるのは必定の勝敗、人間側はどうあがいても、負ける。
現に、咲哉は息を上げ始めていた。
「疲れてきたんじゃあないかぁ!咲哉ァ……!」
「うるさい」
血の球体、空中で結界領域を使用し失血と再生で結界内を血で満たした物、球体から血の槍を雨が降るように飛ばし続ける。
その球体を拡張斬撃が真っ二つに切り裂く。
これで百一、復活のストックがあまりにも多すぎる。これほどまで溜め込んでいれば再会した段階で咲哉は気付いていたはずだ。魂は高濃度の魔力を生成する、それが百集まれば目に見える異常が発生するのだから。
咲哉の中で広がる違和感、誰かがフォルテのフリをしているだけと思っていたが下手をすればそれ以上のまずい何かを呼び起こしかねない。
咲哉は一旦距離を取って息を整える。頭に酸素を送って物事をしっかりと見極める為に。
そもそも、フォルテはアリスを狙っていない。囮にすらならない。まっすぐ咲哉だけを狙っている。
次に能力の使い方、明らかに強い力を単調に使い続ける従来の戦い方ではなく、上手く組み合わせ使いこなしている。
似ているのは口調と雰囲気、それ以外は全く知らない。
「なんだ?休憩か?」
咲哉の目の前に再生しながら着地したフォルテは隙だらけで切ってみせろと言わんばかりの煽りを行う。
そんなものに乗る咲哉ではなかったが、眉がピクッと反応し苛立ちを見せる動きをした。
「他の吸血鬼にどれだけストックを渡したんだよ……ほぼ無尽蔵……だよねぇ」
「二人には一つずつしか渡してないぞ」
「貧乏性?」
「慈悲と言ってくれ」
「────────────お前やっぱりフォルテじゃないだろ」
フォルテが僅かに慄く。咲哉の瞳が一際鋭い殺意を宿し、隠す事なく全てを敵にぶつけたのだから。
「根拠は?」
「あいつは身内には甘いんだよ。『僕』とか憎まれた事しか無いけど、吸血鬼相手にはすこぶる甘い。甘すぎてアリスが怒鳴りつけるぐらいには」
「…………ッ」
「なんで黙った。偽物。知らなかったのか?」
「……あぁ知らなかったよ。私がそのような性格とはね」
フォルテは手で口を覆い隠す。その手の内で口角を歪めている事など咲哉は見抜いていた。
初老の男性には似つかわしくない狂った笑顔、歪みに歪んだその表情は手で隠せる訳も無い。
狂気が、滲み出始めた。
「グプッ……、この期に及んでお前はたじろぐのか?その恨み、憎しみ、飢えを、満たせるのに」
その言葉は明らかに咲哉に向いた物ではない。まるで自分に語り掛けるような、もしくは立場を奪った誰かが元居た誰かに言う様な。
「乾くなぁ、飢えるなぁ、燃えるようだ」
それをフォルテと呼ぶには余りにも変わりすぎた。
「別に、フォルテ、君に何かを思う訳ではないし、こんな事を言えば絶対に怒るだろうね」
咲哉の殺気の籠った目に一抹の慈悲が宿る。
「お前は凄い奴だったよ」
だからこそ……
「今、殺してやるからね」
そんなものに利用される彼を、一刀の元に切り伏せる。
「来い、【心】」
地面を踏みつけ鳥居の門を呼び、手のひらをかざせば境界を失い吸い寄せられる。
それはもう一振りのくさり断ち。
縁が見えない繋がりを断つ刃ならば、これは身の内を切り捨てる刃。
刀身が百五十センチ以上、全長二メートル越えの巨大な刀。曰く、大太刀。
縁を納め門を通じてアリスに渡すと咲哉は軽々しく心を振るう。
「縁より痛いぞ、これは」
刹那、フォルテだった者は縦に上段の構えから振り下ろされた拡張斬撃に両断され左右に分かれる。
「無名一刀」
再生し咲哉へ挑む、地面が割れるほど強く蹴って走り出し、纏った血で刃を造る。
その全てを、真正面から木っ端微塵に斬り落とす。
「鯉登」
咲哉が跳ぶと空中で一回転し下から上へと刃を切り返す。ほぼ垂直に、まるで鯉が滝を登るように。
その攻撃は直前に止まろうとした事で浅く付く。しかし……
「無名一刀奥義」
咲哉は止まらない。ストックが尽きないほど持っているというのなら、全てのストックを消費しても復活できないほどの傷を与えればいい。
刀身は黒く、なお黒く、黒い光がその魂に傷を付ける。
「神楽舞・所直し」
振り下ろされる飛び上段の一撃。守りも攻撃も全て無意味の必殺。
斬るのではなく叩き潰し擦切る一撃がフォルテだった者の脳天に直撃し地面に顔面が付いた。
顔面も潰れ頭も潰れ、切り傷より再生が難しいミンチ状へ頭部だけ変わる。
加え咲哉の不死殺しが錬度を高められた状態で放たれ、心の効果で魂はストックとして使い物にならないぐらい傷付いた。
再生するならば再度切り伏せる。何度でも、何度でも。心臓を貫くよりこちらの方が遥かに効果的だった。
しなかったのは心が想像以上のじゃじゃ馬だからで、疲れるから以外の理由はないが対吸血鬼戦で疲れるという問題はある意味命取りである。
だからこその最終手段。天条咲哉の使いたくなかった手である。
だが最終手段に出てフォルテだった者を切り伏せ、状況は変わった。フォルテは動かない、空気は凍り付いている。
それはようやく動き出した。
残心、地上に着地した咲哉は警戒を解かない。
戦い方を変えたフォルテは明らかに強かった。まるで、別人になったかのように。
だから咲哉の心は穏やかにならない。
だが、肉体に入ったダメージは尋常ではない。百一回のストック削りの中、小さな傷口から垂れた血を領域結界内なら多少操れるとは思いもしなかった。そこの機転も含めうまく立ち回っていたように思える。
ふとした瞬間に眩暈が、立っているのも限界だった。膝を付くように崩れ落ち刀を突き立てながら必死に虚勢を張る。目線はしっかりと敵を見据えたまま。
その瞬間だった、フォルテの死体が何かを喋り始めた。
か細くて聞き取れない、掠れて今にも消えそうな声が……。
「は……ら、へ……った」
発動の合図だった。
瞬間、世界を押しのけて何かが侵食する。
「ッ!?しまっ……」
踏み出す、傷だらけの、もう動けないほど弱った体で浸食する世界の中心に刃を振るう。
だが浸食する世界は刃が届くより早く咲哉を吹き飛ばす。
現実を侵食する空想と同じものを最近見た。物理法則のみの真っ白な世界にシミを作るが如く異界の理で浸食する様をよく知っている。
異界浸食、スカイホールが開いた後の現象……。
問題はそれが異世界からの攻撃ではなく目の前の死体が行っているという事、そして、その死体にこの世界とは全く別の異世界が内包されているという事。
それは知らない。結界内を自らの力で満たし一定空間内を自分に有利なフィールドにする領域結界ならいざ知らず、結界で世界を区切らず身の内から際限なく漏らし、浸食し続ける業を咲哉は知らない。
だから、それの正体を知らない。見たこともない。けれど、彼を咲哉は知っていた。
「はら、へった」
フォルテの死体を食い破り、否、化けの皮を被りフォルテのフリをしていた誰かが化け物の皮を剝がして現れる。
それは、その子は、咲哉が粥をご馳走した言葉を離せない痩せ細った子供だった。
思考が揺らぐ、一瞬隙ができる。何か理由があるのではないかと……。
そんなものある訳が無かった。
それは世界を食らう、暴食、飢餓、人食いの化け物、食人『鬼』。
【捕食機構】
咲哉の足では間に合わず、子供のような怪物は身の内の世界を曝け出す。
結界が無いため無際限に、自らの力で満たすわけではなく世界そのものが武器、異界浸食に巻き込まれた時点で咲哉の死が決定したようなものだった。
急速に襲い来る飢餓感、空腹感、体中の力が抜けるような虚脱感、指一本動かすのも一苦労する弱体化が延々と呪いとなって襲い来る。
「君は……まさか」
咲哉がその子の直視して動揺を隠せない。
声が聞こえたのか、子供はまるでご馳走を前にした子供のように瞳を輝かせ、瞬間、歪に口角を釣り上げ涎を垂らす。
その顔はとても人とは思えず、笑みはまるで狩りをする怪物の威嚇にも思えた。




