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【第二部完結】新たなセカイの神話  作者: 御誑団子
黒い影
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邀撃作戦 【分断】2

 霧とは最も吸血鬼らしい呪いと言える。

 逃げる、騙し討つ、隠れる、姿を見せないという一点に置いてどの能力よりも優れている。

 第四真祖『霧夜(ミスト)』はこの能力を最も効率よく殺人へと転化させた快楽殺人鬼。女ばかりを狙い、怪異絡みの、表舞台には名前が残らない多くの怪異退治者達を殺してきた。

 その血脈であるフィアはあろう事か直属の眷属、直接血を分け与えられた吸血鬼だった。その能力は真祖(オリジナル)に最も近く、またその人格形成においても『霧夜』に従うようになるはずだった。

 子供であったが故に人殺しと人食いに抵抗し、加えて元が獣の吸血鬼と共に行動したため、即ち第四真祖が教育を放棄したため今のような人格となった。

 自らの為に他を踏みにじる、そんな性格に。

 それは彼女の吸血機構にまで現れる。

 まるで、とある時代のとある事件の様に。




 晴天の夜の廃墟街、月は無く、寒さが身を切る。

 どこか遠くで星が落ちるその最中にて、フィアと三人の人間の戦闘は激化した。

 一斉に変形する建物とアスファルトの地面、それら全てを空中に放ち冬樹の様に自らの周りに漂わせ必要に応じ足場にしたり弾丸のように飛ばしたり常に援護として立ち回る楓。

 足場を駆け瞬間移動する吸血鬼に自前の速度と身体能力で追いつくアリウスとアイン。

 その二人に妨害を受け楓の攻撃を捌ききれないフィア。イラついた表情に目に見えてフラストレーションが溜まっていくのが分かる。

「この、この、この……」

 最も早くどうにかしなければいけないのは楓である。『銀弾』なんて目じゃない、『鮮血』なんて比にならない。最も危険だったのはこの女だった。

 周囲全ての物が武器になる、硬度も質量も無視して物体を操っている。錬金術なんて何のその、あらゆる物理法則を無視して異能を行使する。気体と液体はまだうまくできない事が唯一の救いと言って良い。

 否、そんなものは気休めである。

 事実、雪村楓は個体の操作のみで、半端者の状態で手助け有りとはいえ互角に戦えているのだから。

 そもそも人間では吸血鬼には勝てない。何人束になろうとも、人よりも上位の存在が前提として作られた生き物なのだから。

 それを互角にまでもっていくという事は、その時点で人間の中でも上澄みである。

 雪村楓、自らの評価と反比例するようにその潜在能力は人類最高峰である。

「死ねぇ!女ぁ!」

 直後、楓が自らの体に術式を刻み込むのを見た。

 生体電気の光と肉が焼けこげる音。痛みを無視し刻まれた術式はこの場において最強の魔術。


「『夜空を映す星図(ウラノメトリア)』」


 四千の星が一斉に空から降り注ぐ。冬樹のと違い生成を行っていない。故に、最初の起動のみに魔力を消費する。

 その魔力は物体に宿る僅かな量を抽出し起動にあてた。草木は枯れ命は潰えるがしかし、背に腹は変えられない。

 楓の瞳はいつもの弱弱しい濁った瞳ではなく、力強い光ある瞳をしていた。

 星を組み合わせた特殊機能は何一つ知らない。だが、基本性能だけでも十分決定打になりうる。

 事実、フィアは降り注ぐ星をどうにか出来る手段を持ち合わせていなかった。

 瞬間移動による回避も即座に軌道を変えられ、連続しようとも二人の妨害がある。だから、一か八かの賭けに出た。

 操作も精度も東雲冬樹に届かない。この一点に欠けて。

「うクッ……」

 空中に投げ出され、舞う瓦礫を足場に全速力で楓に向かって駆け出す。

 死角から繰り出された鋭い突きに首を刎ねられ、盾のように進行方向を遮ったアインにぶつかる。そこからはただひたすら力業、吸血鬼特有の身体能力で華奢なフィアがアインの体を盾に楓に向かって突き進む。

「なんて力です」

「首が……ないのに」

 アインを盾にされればまだまだ精度の甘い楓の星は仲間を貫くし、最悪殺してしまう。

 想像すれば強い動揺が、彼女の瞳を曇らせる。

 そういった窮地にこそ、もう一人の能力は発揮される。

 楓の遥か後ろにあるビルの屋上、一瞬何かが輝いたと思った刹那、銃弾がフィアの足を吹き飛ばした。

 アインとフィアには体格差があり、アインの影でフィアが見えなかった。にも関わらず狙撃手は僅かな隙間を縫ってアインの股下から弾丸を通した。

 冬樹に次ぐ精密さの達人、重火器の扱いに精通した魔術医師。十輪の狙撃だった。

『とどめ!』

 片足を失った事で踏ん張りが効かずアインとの押し合いに負け始める。

 足は再生を初めるも一歩遅かった。

 思いっきり投げ飛ばし宙に体が浮く。霧になる暇も無く、空は輝いた。

「一斉掃射!」

 四千の星がフィアの体を貫き続ける。時間にしておよそ十秒、衝突し貫いた星は効力を失い消えた。まるで流れ星の様に。

 全ての星が流れ終わる頃には、フィアの体は原型を留めておらず、再生も遅く、決着は着いたと言って良いものだった。




 肉は焼け、骨は砕かれ、心は折れた。

 フィアにはもう戦う気力は無かった。いや、端からそんなものは無かった。

 だって、この土地に吸血鬼が生きていけるだけの土壌は無い。例え獣の血だけを啜って生きていたとしても人の血は要る。少量でもいいから。

 けれど、この土地には人そのものが居ない。居たとしてもフィアとヘリスは血を少し飲むだけでよかった。ヘリスは最初共存の道も考えていたのだから。

 フォルテが、その幻想を壊した。

 彼が自暴自棄になって沢山の人を殺し、抵抗したかったけど、あれは真祖食い、死ぬか従うかしか選択肢は残っていなかったのだから。

 この結末も、自業自得、そう思っていると笑いが込み上げていた。

 そうやって笑っていると、最初に何を想っていたのかを思い出す。

(あぁ、そうだ……私……)

 枯れたと思っていた涙が零れ落ちる。血も涙もないと言い聞かせていた心が叫ぶ。

(死にたくないんだった)

 その願いを聞いていたからこそ、あの場でヘリスは彼女を助けたのだ。

 ならば最後まで、足搔こう、生き汚くとも、地面を舐めようとも、嗤われようとも。

 生きる事を願い限りを尽くす事は、例えどのような生物であろうとも許される事なのだから。

 焼けた肉と砕けた骨を霧に、折れた心をかき集め、最後の攻勢へと転ずる。

 血で染め上げる、人の心を。

 霧夜に紛れるは、快楽衝動。

 求め彷徨い迷う、回帰殺人。

 叫び、歪み、零す、生きる事すら許されぬ、生まれた事すら罰せられる、その血脈の怒りを思い出せ。

吸血機構(ミスト・ザ・リッパ―)

 自らの体を溶かし、霧に変えていく。その霧は広範囲にかつ濃い。

 自分と世界の境界線が曖昧になり、意識が溶けていく。

 その最中でさえ目標を忘れない。

 人間を殺す事を。

融解霧街(ロンドンシティ)

 酸性の霧があたり一面にぶちまけられる。

 走って逃げる事も叶わぬほどに。




 フィアの体は一瞬にして霧になった。突風を巻き起こしながら一瞬先も見えないほどに。

「みんなだいじょゴホッ……」

 楓が声を上げた瞬間、喉の奥を焼くような刺すような何とも言えない激痛が走る。それだけではない目も同じような痛みが走り、目と口を手で覆った。

「なに……これ」

「酸……酸の……霧だ」

 アインとアリウスも同じく酸性の霧の影響を受けている。

「クソが、どこ行きよった!」

 辺り一帯からフィアの気配が消えた。けれどそこに居ると直感が告げる。

「ここに居るよ、黒い狐さん」

 楓の耳元で囁かれる吸血鬼の言葉、しかし振り返っても何処にもいない。

「完全に同化してる……これじゃあ」

「槍が当たらんという事か」

 とっさに楓は地面に触れ隆起させて逃げようと画策する。その瞬間、目の前に白い手が伸びてきた。

 それこそはフィアの腕。その手には力強くナイフが握られている。

 指の隙間から見えたそれに即時反応した。バックステップで回避するもナイフの距離は変わらない。同じタイミングで距離を詰めたのだ。

 楓は腕を掴み反撃に出る。が、腕を引いた瞬間血の気が引いた。

 そこには腕だけしかなかったのだから。

「嘘でしょ……」

 掴まれた腕は霧に変わって同化した。

「やっと気づいたぁ?そうだよこの霧が私、この霧の中は私の中、胃袋って所かな」

 響き渡る少女のような声は純粋無垢のように聞こえた。

「奥の手まで使ったんだもん。絶対にぶっ殺す」

 最後の最後でドスの効いた声に変わった。

 だが、本性を現したのは吸血鬼だけではなかった。

「……いいよ、奥の手、真正面からぶっ壊してあげる」

 吸血鬼の体内という地獄の中、楓は笑った。

 刹那、自身の体に触れ酸が効かないように改造する。さらに眼球に触れある魔眼を再現する。そう、冬樹の魔眼を。この魔眼だけは敵を、この吸血鬼を完全に捉えていた。

 例え同化していても本体はどこかに居る。魂となって。

 問題は倒す方法、だがそれはアインが提示する。

「本体を引きずり出したら倒せるです。こっちも奥の手です」

「分かった!」

 だがその瞬間、アインの皮膚が焼け爛れるように溶け出した。今の会話を聞いてフィアが徹底的に潰し始めたのだ。

「アイン!」

「問題ないです!」

 とっさにそう言ったが流石に厳しかった。もって三十秒ほど、そうなれば全身大火傷で命が危うい。

 楓は即座に魔眼で辺りを見渡す。実体は無い、それでも魂の中心と呼べる部分は即座に判明した。

 楓の目には赤い血の霧のような魂が見える。

 駆け出す、その魂に触れる為。手を名一杯伸ばし触れる、魂の構造は咲哉を通じて理解していた。

 好き勝手弄れはしない。だが、情報の塊である魂を元の形に戻す事は出来る。

 触れた瞬間、フィアは実体化した。周りの霧を肉体に。

 事実上、吸血機構の発動を無かった事にした。

「なッ……!?」

 実体化した、射線も通っている。ならば、その頭蓋は穿たれる。

 再びビルの屋上で何かが微かに光る。それが銃口から見えた火薬の光であると悟った瞬間、フィアの面前に弾丸があった。

 とっさに霧化し、弾丸を避け、また辺り一面に霧が展開される。だが次は酸性ではなかった。

 そもそも、吸血機構はそう何度も使える物ではない。体力の消耗をはじめとする負担があまりにも大きかった。吸血鬼ならばとくに精神的な負担が。

「邪魔すんなぁ!」

 楓はすぐその魂がどこに飛んで行ったのかを見た。

「十輪さん!そっち行った」

『本当に来た!』




 ビルの屋上に陣取っていた十輪の背後にフィアは姿を晒す。

「死ねぇぇぇぇええええ」

 だが、二度も同じ手は通じない。次は万全の対策を取っていた。

 仕込んであった爆弾が眩い光を放って爆発する。小型の魔術を用いた爆弾は殺傷する威力は低いものの姿をくらませるにはちょうど良い。

 だが計算間違いがあったとすれば爆風で十輪が屋上の外に押し出された事である。だが、落下死を回避する手段は持ち合わせていた。

 だが二度目の想定外、フィアが落下する十輪向かって壁を蹴りながら落下し追いかけてきた。

 即座に腰だめでライフルを放つが掠める程度、その間にフィアの腕が面前に迫る。

 瞬間、霧の中から何かが勢い良く飛び出した。

 それは槍と、アリウスだった。

 咲哉に見せたあの超加速と意識外からの攻撃でフィアを穿ちビルに串刺しにする。

「嬢ちゃん!」

「大丈夫!」

 魔術によって着地寸前に減速しなだらかに地面に足を付ける。

 対するアリウスは殴られ飛ばされてしまうも上手く着地する。

「この……このぉ……負けて……たまるかぁ!私は、吸血鬼なんだ!」

 槍を無理矢理引き抜き投げ捨て、ビルに足を付けて突進の構えを見せる。

 霧の中では視界は良好ではない。とっさに十輪は霧払いの魔術を使った。気休め程度の周囲数メートルだけだが開けた周囲に楓が居た。

 クラウチングスタートの構えをしている楓は黒い光を纏いながら突進の構えをしている。

 その光景を見たフィアは楓を標的にして、そして同時。

 二人は空中で衝突した。

 音よりも早く飛び出した二人はそのコンマ数秒後、地面とビルを壊すほどの跳躍と突進の音が響き渡った。

 だが、フィアは軸をずらし正面からの衝突を回避、宙に飛び出した楓と地面に着地したフィア、とっさに再突進しようと二人は後ろを見ていた。楓は驚愕したような表情を、フィアは余裕がある表情をしていた。

 だが、楓が驚愕していたのはフィアの行動ではなく、フィアの背後に見えた影が理由だった。

 フィアが背を向けた霧の影の向こう、アインが拳を握り締めて姿を晒す。だが、音で背後に誰か居る事に気付いたフィア振り返り、とっさに霧化しようとしていた。

 だが、アインは加速した、銃弾より早く、音よりも早く、自らの肉体に宿った祝福の全てを用いて怨敵を打ち砕く。

 フィアの霧化は末端から、つまり手足と頭から始まる。そして最後は心臓が霧化する。弱点が最後に消える。

 つまりこの瞬間、アインの拳が貫いた物は最後に霧化した物、吸血鬼の弱点、心臓だった。

 貫かれた心臓、霧化がキャンセルされるフィア、それでも彼女は生きるべく牙を剥き出しにしてアインへと手を伸ばす。まだ血を飲めば心臓は再生できる。

 腕は引き抜かれ、数歩後ろに離れ、焼き爛れたかのような肌から血を流し、血の涙を流し、別れを告げるように祈りの言葉を捧ぐ。

「隠れ潜む我らの祈りよ、届き給え」

 瞬間、引き抜く時に置いてきたアインの十字架が眩い光の十字を放ち、内側からフィアの体を貫いた。

 その攻撃こそアインが使える究極の祈り、最高の奇跡、人の身で吸血鬼を倒すために編み出された聖者の力だった。

 フィアはもう再生すらできない。弱点である心臓に弱点である十字架から対吸血鬼用の奇跡が発動した。

 そうなればもう、彼女のストックとか関係なく即死する。

 そしてその通りに、吸血鬼フィアは炎に包まれ、動く死体である彼女は浄化の炎に包まれた。

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