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【第二部完結】新たなセカイの神話  作者: 御誑団子
黒い影
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幕間 【ある猟犬の走馬灯】

 一匹狼とは負け犬の事である。

 自然界に置いて孤独とは死を意味する。

 こと、群れで狩りを行う狼は孤立してしまえばいつか食べるものが手に入らず死に至る。

 俺の様に、群れから追い出された狼は特に。

 生きる事に善悪は無い。生きる事に頓着は無い。ただ死に対して恐怖と拒絶があった。

 群れを追い出され数日、食べる物も、違う群れを見つけ挑む事も無かった。

 そもそも俺は若くない。年寄りという訳でもないが、成体ではある。だが、強くもない。むしろ弱い。

 群れの中でも母乳を飲む量は少なく、食事の量も少なかった。兄弟の仲では一番小さくて、飯も少ない。いわゆる、生存競争に負けていた。奪ってでも育ち、喰らってでも強くなる気概が俺にはなかったんだろう。

 だから、こうやって細々とネズミなどで食いつなぎ、死に向かう。

 だが今日、良い獲物を見つけた。

 二足歩行になんか毛じゃない何かを羽織った生き物。食う場所は少ないけど死ぬよりかはマシだと。

 その生き物が知恵を進化させた人間という生き物だと知ったのはずっと後、その時の俺は目の前の罠に引っかかって足を負傷した。

 トラバサミ、金属の鋭い歯が肉に食い込み骨を軋ませる人の罠。目の前にあったのに引っかかった。

 バカか俺はと、内心嫌になった。それだけ腹が減っていたという事だが、こんな分かりやすい罠に引っかからなくてもいいのに。

 人間の手が伸びる、死神のようだ。逆光で顔が見えない。

 最後の抵抗で力一杯噛み付いたでも、すぐ力が抜けていく。

 こんな間抜けな死に方、したくなかった。




 俺は生きていた。しかも罠から解放され傷は手当てをうけていた。

 流石に噛み千切れない金属の縄で繋がれ、柵で覆われた庭に放り出されていたがそこには暖かそうな小屋に干し草が敷き詰められている。

 まるで俺を飼おうとしているようだ。バカめ、こんなものに釣られるか、と思いつつも怪我が完治しているわけではないし、治るまでは居てやろうと思う。

 文句があるとすれば、この小屋の中から嗅いだことの無い加齢臭がほのかに漂っていたことだ。




 今日、俺を罠にはめ、解放した人間の隣を付いて行った。つがいが居たらしい。子供は既に大きくなっていて旅立ち、その二人を含めた死体を埋めた三つの土盛りを前に人間は泣き崩れていた。

 昨日も、その前の日も、この人間はそうしていた。毎日同じことの繰り返し。同じことを言いながら。

 その光景に俺は耐えられなかった。さっさと帰ろうと催促するように静かに鳴いていた。

 その度に、人間は涙を拭いて少し明るくなる。そして知らない名前を呼んでいた。

 ヘリス、と。




 怪我が治った。もうここに居る理由もない。けれど、逃げようと思う度、人間の顔がちらついた。

 あの人間はこのまま生きて行けるのだろうかと、独りで歩いて行けるのだろうかと。

 不安、三つの土盛りの前で泣いた後、人間を待つ何かが居ない。その生活に彼は耐えれるのだろうか。

 ヘリスという名前を繰り返し、繰り返し、呼んで。

 ……仕方がない。しょうがない。こればかりは。弱い奴が死に、強い奴が生き残る。なら人間が死に俺が生きるのは当たり前のことだ。どうせほかに人間には怯えられるし。

 だから今日から俺の名前はヘリスにすることにした。

 もう負け犬じゃない。一体の人間と一匹の狼だ。

 俺はこの人間と一緒に生きる。強い奴が弱い奴を守るのは当たり前のことだからな。




 それからは人間と一緒に狩りをした。

 人間には大きな音と共に獲物を貫くなんかよく分からないすごい道具を持っていた。これで遊ぼうとしたら人間に怒られた。

 他の動物を鋭い刃物でバラバラにするのも上手かった。骨の髄までしゃぶるように綺麗に捌く。この道具で遊ぼうとしたら怒られた。

 罠での狩りもした。シカや猪も引っかかる工夫や罠の作り方も教わった。作れるわけもないのに。でも挑戦してみようとしたら怒られた。

 人間は、俺を大事にしてくれた。まるで慣れ親しんだ飼い犬を撫でるように頭に手を伸ばし、我が子の様にいろいろと教えてくれた。

 だからお礼に自慢の嗅覚で鹿と猪の場所を教えてやった。人間の強さなら場所さえ分かれば仕留めれるからな。

 でも人間も動きが悪いから怪我してほしくねぇな。




 人間が怪我した。幸い大きな怪我じゃなかったけど痛そうだった。

 今日は狩りはしない。獲物の臭いとかしないし足音もしないし、きっと近くに居ない。今日だけは、治すために休んでほしい。

 そんな事を想って何もしなかった。だから死んだ。俺も人間も。




 その日は曇りで昼間から森は暗かった。朝っぱらから転んで腰を痛めた人間の為にやる気が無いふりをして家に留まらせた。そしたら、人間でも獣でもない、得体のしれない怪物がやってきた。音も無く、臭いも無く、気配そのものも無く、いきなりやってきて、人間を真っ先に殺そうとした。

 人間を助けたくて俺はその怪物に噛みついた。首を噛み千切れば死ぬだろうと思った。なのに強い力で柱に叩き付けられ下半身が動かなくなった。無くなったの間違いかもしれない。

 そこから先はうろ覚えだ。

 銃声と、飛び散る血、泣きながら俺を抱えてくれる人間と血ではない暖かくてしょっぱい水を流していた事、頭の半分が吹き飛んだ怪物が人間を殺した事、そこまではうろ覚えで、そこから先は暗かった。




 怪物に再び噛み付いた。力一杯、殺すために、空かした腹を満たす為に。次は、噛み切った。

 腹が減ってどうしようもなかった。腹が減ってどうしようもなかった。ただただ満たす為に、無我夢中でしゃぶりついた。

 気付いたころには怪物は灰に変わり、小屋の中にはいつも優しくしてくれた人間が横たわっていた。

 いつもみたいに撫でてほしくて手の下に潜り込み、起きてほしくて顔を舐め、相手にしてくれなくて鳴いた。

 人間が死んだと気付いたのは夜陽が落ちて血だまりが固まって、人間が冷たくなった時だった。

 いやだいやだいやだ、目を覚まして。いつもみたいに叱って、狩りに行こう。食わず嫌いをする俺の為に生肉をくれ、ダメならもう我儘は言わない。おねがいだ、逝かないでくれ、俺を一匹にしないでくれ。一人は嫌だ、孤独は嫌だ、群れないのは嫌だ、いやだいやだいやだいやだ。

 もう一度だけでいいから、俺の頭を撫でてくれ。




 そんな願いが叶う訳なく、俺はまた一匹狼に逆戻りした。負け犬というやつだ。

 でも、俺は強かった。俺を追い出した群れにたまたま出くわして、群れのトップと戦い、一方的に殺した。別に殺すつもりは無かったが血の匂いを嗅いだ瞬間無性に腹が減って食い殺した。

 群れに居る気は無かった。群れる気自体が無かった。どこに行っても、何があっても、一匹で居たかった。俺が居たかったのは、あの人間の隣だから。




 何年経ったかわからない。

 俺は人の姿で人の街に居た。この姿の方が何か都合は良い。擬態の能力が初めから備わっていたのが良かった。あとは、使い方を教えてもらったのが良かったのだろうか。第三真祖あたりに。

 それに、人間の血より動物の血の方が俺は好きだ。別に誰かに危害を加えているわけじゃない。十字教にも追われない。まぁでも、動物の血だけじゃあ栄養が足りないんだけど。

 でもまぁいつかは死ぬんだ。その時はその時だ。そう思ってたのに、彼女に出会った。

 娼婦の子、母親を殺した誰かに吸血鬼へと変えられたどこにでも居そうな女の子。フィア。

 街の隅っこで出会って、一緒に過ごした。あの時みたいに頭を撫でてくれる子だった。

 他意は無い。ただ、一人が嫌だった。負け犬としてじゃない。寂しかったんだ。

 それはこの子も同じで、だから一緒に居てくれた。

 一匹狼と母無し子の傷を舐めあう生活の始まりだった。

「ワンワン、モフモフ」

「尻尾いきなり触るな、びっくりするだろ。触るなら先言ってくれ」

「やー」

 生意気なクソガキだな、全く。

 昔も今も、我儘な所だけ変わらずに育ちやがって。

 でも、助けなきゃな。お前は俺の、仲間だから。

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