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【第二部完結】新たなセカイの神話  作者: 御誑団子
黒い影
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邀撃作戦 【作戦準備】

 午後四時を回った頃、空はすっかり夕暮れ時になった。

 大広間に大規模結界を施し、外からではなく外に逃げていく存在を留める。

 その後、恒星を用いて焼く原初的な吸血鬼退治。

 不安要素もある。不確定要素もある。それら全てを考えた上で対処する手段を講じた。

 これらの対策が全て破られるという事は前提を間違えていた事になる。

 例えるならそう、敵は吸血鬼でない、以外ありえなくなる。

 とはいっても不測の事態に不幸が重なる事なんていくらでもあり得る訳で。

 だから万全を期すため各々は後悔が無いよう出来得る限りの準備をする。

 冬樹は二度寝に、体力が回復しきってない為である。

 十輪とアインはアリウスと最初の作戦が失敗した場合の戦闘を円滑に進める為、連携の特訓を突貫だが行っている。

 そして秘密兵器の彼女はいつでも発進できるように機械のメンテナンスを。

 レーヴァテインとアリスは子供達にご飯を。

 そして咲哉は何処か静かで落ち着ける場所を探して放浪し、誰も居ない温泉にやってきた。




 オレンジに燃える空、凍るような空気、白い湯気でそれら全てを覆う。

 咲哉が前に入った時は特に気にしながったが温泉の内装はかなり凝られている。まるで旅館のように。

「……ふぅひぃ」

 肩まで浸かり空を見上げる。立ち上る湯気が遮っているが。だから目を閉じて感覚を研ぎ澄ます。

 沁みる温かみは不安を押し流す。凍みる寒さは頭を冴え渡らせる。

 心、とにかく今は精神を落ち着かせなければいけない。

 咲哉自身フォルテを取り逃がしたことを後悔していた。きっと誰に何を言われようとも、自分を責める事を止めないだろう。

 だからこそ、フォルテは何を差し置いても殺さなければ。

 加えてフォルテは対多戦の方が相性が良いと来た。ならなおの事周りを巻き込めない。

 こいつだけは、天条咲哉とアリスが引導を渡さなければならないのだから。

 と、思い悩んでいた所に扉が開いた音がした。隣の女風呂からである。

 しばらく黙っていると、手早く髪と体を洗い湯船に浸かる水音と年寄りみたいな言葉が聞こえてきた。

「あ~……極楽ゥ……」

 楓の声だった。

 よほどお風呂が好きなのだろうか、湯船や装飾の凝り様は職人と言ってよかった。

「お風呂好きなの?」

「ひゃッ!?咲哉君?」

 相変わらず反応が可愛らしい。

「誰も居ないかと」

「ごめんね、落ち着ける場所探してたら勝手にお邪魔してた」

「いやいや、大丈夫だよ。皆に使って貰う為に作ったんだから」

 壁の向こうから聞こえてくる声は最初は驚嘆していたが次第に落ち着きを取り戻して優しくなっていた。

「作戦は大丈夫そう?一番強いのと戦うんだよね?」

「まぁ、何とかなると思うよ。そっちは?」

「わぁたしはぁ……足手まといという事で戦闘には参加しません。はい……」

 今度は落ち込んだ声になった。同情するが、まぁアイン達の心境は察する。

 でも、だからこそ、咲哉は問うた。彼女は、どうしたいのかを。

「戦いたいの?」

「戦いたい訳じゃないけど……誰かの役には立ちたいなって」

 役に立ちたい、という事はつまり、自分の価値を得たいという事だ。

 冬樹率いるこのメンバー達から。

「十分役に立ってると思うよ。こうして浴場作れるだけでも」

「そうだけど……、人が目の前で死んでいくのは、もしくは手が届かない所で死ぬのは、いやじゃない?」

「え?」

 それは予想外の答え、いな、理解を拒むような返答だった。

「理不尽に命が奪われる事、戯れに命が奪われる事は、嫌だなぁ……って」

「だから、吸血鬼にあれだけ怒ってたんだね」

「…………………………………………うん」

 傲慢と思いつつも、その心はきっと誰よりも気高い。

 人を家畜の様に飼い、腹が減れば食い殺す。傍から見れば残忍極まりないがそれは人も豚や牛、鶏にもしている事。むしろ食べない食用肉が出ている以上人の方が惨い。

 だがそれでも、人と吸血鬼では決定的な違いがある。食材に対して感謝があるという違いがある以上、人は吸血鬼と同類にはならない。

 それに怒っていたのだ。傲慢で、正しい、その心の在り方で。

「そんな事言い出したら、生き辛いよこの世の中」

「そう、だけど」

 思うところはある。だけれども、その生き方はいつか破綻する。どうしようもなく壊れてしまうから、少しだけ手を加える。

「先ずは、手の届く所に人達を助けたら?」

「なんか、前にも言われた気がする」

 誰に言われたのだろうか、なんとなく咲哉には見当がついた。

 母親か、祖母だろう。父親の方はむしろ同じ考えだろうから。あのストッパーが居なければ世界を三回は救う様な大馬鹿者と。

 だけれど、楓とあの大馬鹿者は違う。彼女は、世界を救える程の力を受け継いでいない。なんならば彼女の本当の親はきっと……。

「……まぁ、楓は自分が思ってるより普通の女の子だよ。普通の女の子で……、どこにでもいるような平凡な子、だから世界の全てを救うとかはできないよ」

「そう、なんだ。あまり周りと比べた事無いからわからないけど、でっかい竜巻防げる盾を造れる私は普通なんだ」

 めんどくさい方に拗ね始めた。

「普通普通、俺が出会った人たちの中じゃあぶっちぎりでね」

「……ちょっと待ってて」

 そう言って楓はザバァっと水音を立て、少しした後に水面を走るような音と何かが飛び上がる音を立てた。

 ふと、咲哉は上を見る。瞬間、男湯と女湯を隔てる三メートルはある壁を何かが飛び越えてきた。

「ハァ!?」

 何が飛び越えてきたかなど言うまでもない。楓だ。

 壁を飛び越えた楓は湯の張った湯船の中にでかい水柱を立てて跳び込んだ。申し訳ないがここはプールではない。水深は座れば胸まで浸かる程度である。

 であれば、彼が怒るのは当たり前の事だった。

「バカなの?アホなの?死ぬの?」

 覗き見防止の為の三メートルある竹柵を跳躍し男湯へと着水し、水底へぶつからず上手く横へ逃げる。

 が、しかしそんな危険な真似を咲哉が許すはずが無く。

「上手くいくかなぁって」

「上手くいくかなぁ、で実践しないでよ。怪我したらどうするの?」

「そんな、私はそんなやわじゃないもん」

「俺の方だよ!?」

 呆れ果てる、とはこのこと。楓はどうも普通と言われて拗ねているのだが、その果てに行った事は危険な事をして気を引く事、まるで敷かれたレールから外れるようにグレる不良娘の様に。

 ゆえに、咲哉の一言は彼女を強制するには強烈すぎる事だろう。

「……はぁ、これだからこの年頃の子は苦手なんだよなぁ」

 なんだか良く分からないが青天の霹靂の如き衝撃が走ったことは言うまでもない。




 ブクブクと水面に泡を立てるは拗ねて落ち込みテンションダダ下がりな上好きな人に恋愛対象としてすら見られていなかったことが判明しこの後の作戦のやる気がしっかり失われた楓である。

 それをジト目で見ながら普段と何も変わらない咲哉、全裸で真横に居るにもかかわらず平常運転の朴念仁が溜息交じりにどうフォローしようか悩んでいた。

 傷付けるつもりは無かったし、ここまで落ち込ませるつもりもなかった。ただ流石に目に余って本音がポロリと出てしまっただけだ。

「……楓さーん、機嫌直してー」

「うぶうぅぅうううぶぶぶうううぅぅぅぅぅ」

 咲哉が顔を向けると逃げるように顔を背けられ、威嚇するように泡を立てる。

 なので追撃を行う。

「お子ちゃまだね」

「誰がお子ちゃまですかぁ!」

 楓が怒りをあらわにしながら叫んび、その様子を見ながらケタケタと笑う。

「……子供……嫌いなの?」

「いいや。でも、恋愛となると、ね?」

 咲哉はしっかりと物事の分別が付いている。対して楓はそうはいかない。零か百か、好きか嫌いか、でしか判断ができない。

 子供特有の幼さに恋で出来なかった。なぜならば、幼さは無垢で、無邪気だから。

「元気一杯なのは良い事だし、いろんなものに興味を持つことは良い事だし、喧しさも愛おしいと感じるよ。でもそれは、恋愛を向けるべきものでなく親愛を向けるべき存在なんだよ。楓も含めてね」

「それは、つまり……」

 私を……女として見ていないと、はっきりとそう言った。

 しかしフォローではなく本心を、他人の理想に染まらない根幹を咲哉は語る。

「俺はさ、確固たる自分を持ってる人が好きなんだよ。子供は、大人に染まりやすいから」

 それがきっと全てだろう。染まらないという事は、大人が好きと言っているのだ。

 きっとこの根幹こそ、紫炎の女剣が何物にも侵されたくない彼の宝物なのだろう。

 知れば知るほど、雪村楓は思い知る。天条咲哉という人間にとって自分がどれほどの害悪かを。こんな時にさえ、自分がどう見られているのかしか考えられない愚かさを。

「そうなんだ……そっか」

 確固たる自分なんて、きっと永久に得られない。だって、あの日、雪村楓は、だった何かは、死んだのだから。

「でも、好きって言ってくれたことは嬉しかったよ」

 その言葉に顔を上げ、彼を見た。

 赤い瞳は青く光り、白い髪に黒髪が混ざる。

「楓、これはかなり卑怯な事だと思うけれど」

 ニコリと笑い、黒い髪と藍色の瞳、神秘を放つその存在に目を離せなかった。

 美しいと感じた事はある。可愛いと感じた事もある。けれど人を見てその在り方に綺麗、という感想を抱いたことは無かった。

「誰かを好きになった経験は、恋は、どんな形であろうと君を象る一要因になる。だから、楓が大きくなるのを楽しみにしておくね」

 卑怯と言ったとおりだった。人間のような恋に対する貪欲さがあった。醜さと言ってもいい。なのに綺麗だった。同じものを持っていても綺麗だった。楓が気にしている部分を持っていても立派だった。

 これが、きっと何物にも染まらないという事なのだ。

 ならばなおの事楓はまざまざと見せつけられる。

 天条咲哉の凄さと、己の落ちぶれっぷりを。

「だから」

 なのに、その在り方に目を離せない彼女が居た。

「先ずはその自分は悪い奴だーって考え方と顔を直そっか」

「……え?」

「顔に出てるよ」

 と言いつつ本当は心の声を感受していた。

 また随分と酷いネガティブ思考と思いながら。

「僕が言えばただの悪い奴だけど、もっと恋を楽しんだら?少しは前向きになれるよ?」

 なおフラれた時は勘定に入れないものとする。が、少なくとも手酷いフリ方はしないだろう。

「本当に酷いね。自分の事好きな女の子にそんなこと言うなんて」

 それは人生において初めての反論と罵倒だった気がする。

「それが言えるなら大丈夫そうだ」

 その言葉を皮切りに彼の雰囲気は元に戻った。いつもの白髪、赤い目に戻っていた。

「そろそろ上がろうか。もうじき作戦開始だ」

 少し、ほんの少しだが楓の中で何かが変わり始めた。縋るのではなく、染まるのでもなく、決定的な何かが変化を始めた。それを人は成長と呼ぶし、前進ともいう。少なくとも悪い物でないのだけは確かだった。

「……ん?」

 咲哉が立ち上がる。咲哉はお説教で、楓は純粋に落ち込んで忘れていたがここは温泉で二人とも全裸である。

 流石に咲哉は気を使った。隠すところは隠して上がろうとした。

 そんな気遣いで好意を寄せる人の全裸に耐えられる訳が無く、また自分が全裸を晒している事実に耐えられる訳が無く。

 盛大に鼻血を出して湯あたりを起こしたことなど言うまでもなかった。

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