作戦会議2
「魔法とは、この世ならざる奇跡であるがしかし、この世に起きたものであるならば人は再現させられる」
という傲慢。
「故に、人は修める。あらゆる奇跡を魔術として」
到達不可の理念。
「魔術化とはその名の通り魔法を解析し終わり魔法と全く同じことができるようになった状態、魔術師の本懐はその達成」
散々見てきた、彼らの有様。
「そしてそれを、原理魔術という」
「原理魔術……」
「そして、魔法使いは、原理魔術を完成させるための標本として『本来』はあらゆる自由を制限させられる。それこそ、標本のように」
冬樹の語るその言葉の端々に僅かな憤りを感じる。
「なるほど、同じって言うのは自由が無いって事での同じ」
「あぁ」
咲哉の脳裏に神様としての日々を思い出す。
味のしない飯、薄暗い部屋、信者の前で仏みたいに奉られる日々、違いなんて研究対象か信仰対象かの違いしかない。
冬樹はどちらかと言うと普通と咲哉は感じていたが共通する部分は多かった。
けれど、そうは思いたくない。なんせ、冬樹は咲哉と違って人としてのあたりまえを持っているのだから。
だからこそ咲哉は聞いた。
「思ったんだけど、冬樹は今なんで自由に動けてるの?」
その言葉を受けてスッと視線を落とす。
「母さんと、師匠のおかげだな」
顔を上げる。その瞳の奥はどこか遠くを見ているようで。
「俺は五歳まで日本の地方の田舎に住んでてな。農作業の片手間に魔術を研究するような、三流魔術師の家だったんだが、いよいよ日本に居るのがきつくなって、母さんは最終手段に出たんだ」
「最終手段?アークに引っ越したとか?」
「いんやぁ、当時はもう救援活動は打ち切られてて、引っ越すも何も太平洋のど真ん中にある人工島まで移動する手段が無かった。だから、船を寄越させたんだ人工島で術式の研究を行っていた魔術師に」
「どうや……なるほど、魔法使いが居るって言えば」
「あぁ」
だが冬樹は少し落ち込む。今言った情報の中におそらく個人的に言いたくない事を含めていない。
「で、俺を引き取った人は自分の娘を許嫁として監視させた。もう一つの目的、魔法の継承者も目論みつつな」
「体外受精と代理母、急ぐ事でもないと思うけどなんでそんな早くに子供を授かりたかったの?」
「一番の目的は魔法の継承、継承者は相性を見て継がせるが、完璧に相性がいい奴なんて絶対に居ない。居たとしたらそれは俺だ。遺伝子も、心も、魂と呼べる物があるならばそれも、全くの同じ物でないといけねぇ」
「あくまでも魔法の起源は冬樹から生まれたものだから?」
「そうだ」
だとすればなおの事、なぜ今標本とされていないのだろうか。
その理由が明確にされたのは二つ目の理由だった。
「二番目の目的は魔術師の量産、しかも質の良いやつだ」
「……もしかして冬樹の子供って」
「魔術師としての才は別格だ。例外は無い。魔法使いの子供は魔術師としての才能が桁並外れて生まれるんだ」
それは初耳だった。
「量産の目的は単純に魔術師の数が激減したからだな。例の一件で」
「虚空の門……」
小さく、咲哉は呟き、その声を冬樹は拾う事は出来なかった。
「ん?スカイ……なんつった?」
「スカイホール、だったよね」
「あぁ?ん?」
一瞬、咲哉が見せた深刻そうな表情が気になったが当の本人が話の続きをせがむせいで問題を先送りにしてしまった。
「まぁ、俺も魔術は一応使えたんだが、三年ほど標本状態でな。特に外に出る事も無く生存に必要な生活だけを続けていたんだが、たまたま俺を見た女の人が『こいつに術式の作りかたを教える』っつって勝手に弟子にした挙句、五年後、十三の頃には人工島トップクラスの術式技師になって貢献しまくって自由を勝ち取り、そして出しゃばったマネしてここに至るっつーわけだ」
「ほうほう、いい話では?」
「……これまではな」
「これからは?」
「……ちょっと、雲行き怪しい」
出しゃばったマネ、又聞きで聞いたハワイの一件と咲哉は推察する。
「今俺が死ねば魔法は失われる。そして、ここまでの大事になった以上、帰れば少なくとも自由は無い」
つまり帰れば冬樹に会う機会はほぼ無いと言っても差し支えないだろう。好きになった人に会う事も無くなる。
彼にとって今は思い出作りなのだ。人の命を預かっておきながら、本当はその責任を放棄して遊び惚けたいのだ。
だが、使命が、責任が、何より自他に厳しいその在り方が許さない。
だったら尚更、その心の内を吐露すべきだ。僅かな自由の間に恋を成就させるべきだ。
恋に落ち、恋を知って、燃えるような恋心を宿した咲哉は人に成った。今の冬樹を留めれるのは好きな誰かへの思いだけだ。
「じゃあなおの事、シャルロットへ思いを伝えなきゃあね」
「……二度と会えないのにか?」
「二度と会えないからこそだよ」
笑って言った。微笑んで諭した。
「良ぃい?恋は一方通行、その思いは伝える事しかできないんだ。良い返事が来るとは限らない。それが恋だよ」
得意げに言う。咲哉には恋以外に他人に教えられることは無かったから。
だからこそ、今の冬樹に最も必要なものと悟った。大人びた少年のまだ純粋な部分の成長の為に。
「なら、伝える事を怠れば叶う事は無いし、きっと一生引きづるよ」
「だとしても、この思いは無かった事にした方が良いだろ」
「そうだとしても、冬樹、きっと見るよ。その右目で、自分の手で幸せにしたかった人の幸福を」
返す言葉もない。ある筈がない。
だって、後悔したくないのだから。
「心持ち変わる筈だよ。伝えるのと伝えないのじゃあきっとね」
その先が、叶わない恋路であったとしても、ささやかな幸せを放棄する未来だとしても、後悔と虚無の人生よりは遥かにマシだと、冬樹は言われた気がした。
「……考えとく」
「うむ!」
心折れた。納得させられた。考えないようにしてたものを考えさせられた。
ここで話したことを実行しなければ重圧と共に詰められる事だろう。漫画家や作家にとっての編集者みたいな感じで。
なんか、目の前の問題とは別のやるべき事が生まれて溜息が出る。
「……退かせるべきか?」
「シャルロットちゃんと、楓と、十輪は対吸血鬼戦に出ない方が良いと思う」
話を切り替える。冬樹は一息置いて、咲哉は間髪入れず、双方声音を正して意見を出し合う。
「さっきも言ったけど一番適してるのは冬樹、結界張って捕らえて太陽で焼けば勝てるよ」
「結界が無効化、もしくは突破されたら?」
「その場合は俺が三人を相手する。さっきの作戦より確実性が落ちるけど」
「だったらダメだ。確実性が落ちるって要するに根性でどうにかするって事だろ」
「大丈夫大丈夫」
「な訳あるか」
ふざけた作戦とはいかないがかなりガバガバな作戦を笑って言い出す。
というか、咲哉は今までこうやって戦ってきた事が今露呈した。いわゆる、根性で何とかします、みたいな感じで。
そんなもの受け入れる訳が無かった。
「まず結界だが、多分破られる。方法は知らんがな」
「えッ!」
ほとほと呆れたという顔で苦言を呈し問題点を指摘する。
「死体がある以上復活する、である場合お前の剣じゃあ殺しきれない。結局、俺とお前、仮にアインが入ったとしても戦力が圧倒的に足らない」
「んぐッ……じゃあどうする?」
「……じゃあこういうのはどうだ?」
陽がだいぶ傾き午後二時を回った頃、咲哉の家の庭先に招集がかかる。
灰色の大き目な鉄の板、船の一部をホワイトボード代わりに油性ペンで何かを書き記す咲哉と冬樹の姿があった。
「……絵ぇ下手だなお前」
「でも特徴捉えてるよね?」
「どこがだ」
そこに描かれた誰が誰かわからない、大きい犬歯のおかげで吸血鬼と分かる絵が三つ描かれていた。
そしてその下に『A1』『A2』『A3』と書かれている。
「ん、集まったな。じゃあ邀撃作戦を発表する」
その場に現れたのはアイン、十輪、楓、アリス、子供達と遊んでいたが楽しそうという事で顔を出したアリウス、咲哉の剣技が見れると思い顔を出したジェイドの計六名がそこに居た。
「いやなんで居るのよ?」
「楽しそうと思ってなぁ、居るだけなら問題ないじゃろう?」
「同じくッス」
「問題ないけど……ないならいっか」
向かって咲哉が右に、冬樹が左に、鉄の板を挟むように端に退いて話し始めようとした矢先、アインが疑問を投げかけた。
「邀撃、迎撃とは違うです?」
その質問に冬樹は丁寧に答える。
「迎撃ってのは読んで字の如く迎え撃つ事だ。敵が攻め込んできたら対処するってな感じでな。対して邀撃ってのは攻め込んできた敵を戦術的に引き寄せて対処することだ」
「つまり何処かに誘き寄せるです?」
「そうだ。こっちが有利な場所で戦う」
そう言うと冬樹は左手でノックするように鉄の板を叩いた。
「『A1』はフォルテ、これは咲哉が対処するから特に無し」
「一人?無謀じゃない?」
水を差したのは十輪、だが言葉を返す。
「咲哉は一回こいつを倒してる。最悪時間稼ぎでも問題ないしな」
「出来る?」
咲哉の方を見て十輪は話しかける。
「やるよ」
「……なら信用する」
そう言って十輪は笑った。
「残りのメンツが対処するのは『A2』と『A3』、名称が不明だからこう記してるが、『A2』が男の方、『A3』が女の方だ」
「そ、それでどうするの?」
楓が思っていたよりも真剣な眼差しをしている。
「作戦その一として結界内に閉じ込めて太陽で焼く。ただ……」
「結界を破る方法がある可能性が大きい。故に、物理的に固定するよ」
咲哉と冬樹の視線が一点に集中し、視線に気づいた他のメンツが二人の視線の先に目を向ける。
真剣な眼差しをした人物へと。
「……へ?」
「あー、儂を拘束した時の」
「そういう事」
「……まさか、地面を軟化させて、形変えて……」
「なんなら銀に変換して弱体化させてるっつー役割もある」
真剣な眼差しから一転、責任重大な役割に軽く涙目になる。
「出来るかなぁ?」
「無理なら無理で作戦その二がある」
そう言うと『A2』、ヘリスを指差した。
「もし作戦その一が失敗した場合、『A2』を俺が、『A3』を残りの奴で倒す。これが作戦その二だ」
「ちょっと待った!咲哉はともかくとして冬樹!あんたが一人で戦う必要はないでしょう!?」
「いや、こいつは俺以外対処できない」
そう言うとアインを見る。
十字教の聖人加護を施された苦肉の戦闘員製造によって力を得たアイン、その彼が一撃で沈められた。その事実を前に冬樹はこの策を取る以外に他は無い。
「アインが防御に徹して一回しか耐えられないなら、遠距離から俺が倒すほかない。納得してくれるか?」
「ならせめて誰か」
「誰か一人欠けても吸血鬼『A3』は倒せないと思うからダメ。そもそも冬樹は対吸血鬼だと切り札に近いから、切るならここだよ」
全員が口を紡ぐ中、外野のジェイドが口を開く。
「あのちっこいねーちゃんとドラゴンのねーちゃんはどうッスか?」
「シャルとティアラか」
冬樹は少し思案して、口を開いた。
「シャルは比喩表現だが神経が焼け爛れてる。とても戦闘に出して良い状況じゃない」
「ティアラは負ける可能性がある。あくまでも相性が悪ければだけど」
と、唐突にアリスが口を開いた。
「ドラゴンいるの?」
「異界の竜王、まだ幼いけど」
「どこ住み?」
「儂らが住んどるのは極寒の雪国だが、確か、火山……の、火口付近……」
「もしかしたら寒いの苦手かも。幼かったら鱗もまだ発達してないだろうし」
「故に冬に攻め込んだのよな儂ら」
結果、二人を戦闘に出せない理由だけが出た。
「……よし、儂がどこかに入ろう」
そう言ってアリウスが一歩前に出た。
「好きに使ってくれ」
「なら、『A3』に」
「そっちでしょう!?何考えてんの!?」
「接近戦するとこっちが戦いづらいし」
「なら私が、銃器で戦えば邪魔にならないでしょ?」
「なる。お前空飛べないじゃん」
正直、連射可能移動砲台である冬樹と相性が良いのは機動力で勝るシャルロットかティアラだけである。
「隊長なんだからさ、生きててもらわないと困るのよ」
「安心しろ。死ぬ気はねぇ」
「だとしても不安要素が」
「だとしてもよ、これより良い案があるか?」
十輪が終始怒っている。それほど冬樹の行動は現実味が無い。
「俺も咲哉と同じで最悪時間稼ぎができればいい。日の出まで」
「出来る訳」
「出来るさ。俺には奥の手もあるしな」
そこでようやく十輪が折れた。悔しそうに唇を噛んで。
「分かった。けど、死んだら……許さないから」
「……あぁ、分かってる」
咲哉が口を挟むまで無く、二人の間で承諾と納得があった。もしかしたら妥協かもしれないが。
「じゃあさっそく罠なり下見なりするぞ。あとバレないように誘き寄せる方法もな」
「「「「了解」」」かい!」
今回、咲哉の相手はフォルテのみ。冬樹主導の誘き出しには特に混ざる必要はない。
だからその場を後にする冬樹達に付いて行かず家の中に入っていく。
決戦前の腹ごしらえでもしてあげようかなと、そう思っていた。
「……もしかして起きてた?」
耳が赤く、一瞬咲哉を睨みつける少女がずっと前からそこに居た。




