作戦会議
パッパと、布の皺を伸ばす音が聞こえる。
その音をきっかけに微睡む意識が浮上する。
未だ冷たい空気がそっと頬を撫で、まるで目を覚ませと言っているようだった。
そしてその要望通り、東雲冬樹は目を覚ます。
「さくや……」
その声に庭に出て洗濯物を干していた咲哉が振り返る。
「おはよ、冬樹」
「……この光景寝起きに見たらダメな奴だわ」
「なんで」
思いの他破壊力が高い咲哉の未亡人妻感。
この儚さがおそらく咲哉の武器なのだろう。
「……はぁ、皆は」
「準備だよ。防衛の」
その言葉を聞いて冬樹は即座に起き上がる。
「ダメだって、まだ回復しきってないんだから」
「言ってる場合か、もう昼過ぎてんだろ、時間ねぇよ」
だが立ち上がった瞬間、強烈な眩暈と脱力感に襲われ、それを予感していた咲哉は冬樹を支えに縁側から家の中に入っていった。
「言わんこっちゃない、もう少し自分を大事にしなよ。冬樹の為に泣く人はいっぱい居るんだから」
「……クソッ……」
明らかに冬樹の顔色は良くない。まるで死にかけ、もしくは死人の顔。
「ほら、おちついて。対策は十輪さんが率先して行ってるし、防衛の為にレーヴァテインも結界を張ってる。少なくとも今日一日は持つから」
「もたない」
「え?」
悔しそうに、冬樹は唇を噛み締めた。
「どっちかは結界破りができる。そもそも、結界なら俺が事前に張っておいた。俺が使える物の中でもかなり強力な奴を」
冬樹は決して弱くない。それどころかレーヴァテインにも遅れは取らない。その冬樹の結界が破られている。
「レーヴァテインの結界でも、不安材料はある……ね」
「あぁ」
人で守りを固めても咲哉や冬樹でもない限り動きを捉える事は至難で、レーヴァテインでもない限り決定打に欠ける。
つまり、追い込まれているという事。
「……とりあえず、冬樹は休んで」
「でも……」
「ほら、シャルロットちゃんと一緒に寝てね」
無理矢理冬樹を寝かせ、ビシッと言いつける。
「陽の中で動ける事、これは人類が吸血鬼に勝っている部分だから、だからまだ時間はある。日没までまだある。仲間を信じないとね、冬樹」
笑う、いつもと変わらぬ花のような存在が。
「……策はあんのか?」
「冬樹が動けるまで回復すればね」
慈愛に満ちる、神のような優しさで。
太陽が頭上を少し過ぎた頃、咲哉と冬樹の二人だけで作戦会議を始める。
「ちゃんと食べてる?」
「うま……うま……」
「食べてるね」
咲哉が用意した粥を少しづつ食べながら戻ってきた思考を巡らせ始める。
「まず状況整理、どうなってんだ?」
「うん、じゃあ、敵の特性について」
そう言うと咲哉は話始める。
「敵吸血鬼ヘリスとフィア、この二体は俺が地下で両足をぶった切って生き埋めになっていた」
「まぁ、それだけ聞くと生きててもおかしくはないが、お前の不死殺しの剣技で斬ったんだよな」
「もちろん」
「不死殺し……そもそも、これはどういうメカニズムなんだ?」
「そこ突っ込まないでよ」
しかめっ面をする両者、渋々咲哉が説明をし始めた。
「……高い技量、その御業はいつしか神仏が宿る。じいちゃんが教えてくれた武芸の最奥、つまり……」
「神性が宿るまで鍛え上げたただの技?」
「その領域に人が生きて到達するのはほぼ不可能だけどね」
ずる、とまでは言わないが咲哉は元々は神でその肉体は不老、全盛の肉体で剣技を鍛える暇は途方もないぐらいあった。
ならば、その最奥に行き付いても何らおかしくは無い。
「で、その不死殺しで斬っても死ななかった」
「これについては二回目で大体ネタが割れたよ」
即座に返した咲哉の返事に冬樹が前のめりになって聞く。
「ソウルイーター、魂のストックがあれば蘇生ができる、と思う」
「ソウルイーター……第二真祖のエナジードレインか」
「うん。だから……」
フォルテ、因縁のある老人姿の吸血鬼はストック込みで殺しきった。にも拘らず生きている事を仄めかす事を言われた。
「生きてる、と思う」
認めたくはないが現状がそう言っている。
天条咲哉は吸血鬼フォルテを仕留め損なったと。
「あの老けジジイか。まぁ、生きてたのはしゃあねぇ。これも要対策か」
「怒らないの?」
「怒る訳ねェだろうがアホか」
視線を泳がせた後、冬樹は言う。
「切羽詰まった状況でお前は最善と思える行動をとった、一秒も無駄に出来ないと判断して。だから、この状況は力になれなかった俺たちの責任もある」
友人として、彼ははっきりと口にする。
「俺が足を引っ張った。出来る事はもっとあった筈なんだがな。知らず知らずの内にお前に頼り切ってた」
器用万能な咲哉に甘えていた。甘やかす咲哉が一番の元凶なのだが、その状況に冬樹は喝を入れる。
「……あー、こっぱずかしい。次だ次、後は、俺が気を失っている間何があったのか、だ」
冬樹の言葉に寂しくも何処か嬉しい。懐かしくて古い友を思い出すようで。
「……そうだね、じゃあ、こっち側の一番の不安材料から」
「おう」
だから、咲哉も覚悟を決めて残酷な事を突き付ける。
「シャルロットちゃんが好きなら好きって言えば?」
「なぁんの事でしょうかねぇ!?」
冬樹の目が泳ぎまくる。冷汗も噴き出した。
「いや真面目に」
「……いやいやいや、恋バナなんて柄じゃ……」
「恋バナじゃなくって、結構深刻な話」
「………………………………はい」
借りてきた猫のように静かに改まる冬樹。そんな彼に突き付ける。
「前線に出るのは、シャルロットちゃんか冬樹のどちらかだけにした方がいい」
「はい」
「あの取り乱しようは異常だよ。冬樹」
「……この話やめようぜ」
「やだ」
面白半分、もう半分は心配していた。
「冬樹は今いるメンバーの中で最も吸血鬼に強い。天敵と言って良いと思う。そんな君が一隊員の死で自殺に走るなら、彼女に後ろに下がっててもらった方が事は円滑に進む……と思うからさ」
「……最後の最後で言葉を濁そうとするなよ」
三十秒ほどの長考の末、冬樹は口を開いた。
「お前には知っておいてもらった方が良いかぁ」
堪忍したように冬樹は語る。自らの出自を。
「俺にはもう子供が居るんだ」
一瞬、思考が固まる。開いた口が塞がらないとはこのこと。
「……子供いるの!?」
「代理母と体外受精だけどな」
「じゃあ……結婚してる?」
「結婚はしてねぇけど許嫁、婚約は一応」
咲哉は瞬時に悟る。自分より先に行っていると。
「お、おぉ、ならなおさら生きて帰らないと」
偏見のない素直で正しい咲哉の本音、けれど、冬樹の置かれた立場を彼は知らない。
「……なぁ咲哉」
「ん?」
何処か迷いが消える。東雲冬樹の瞳に曇りが消える。
「……俺には、無いんだ。ある意味ここに居るのも寄り道で、死ぬ以外に運命から逃げる術が無い」
死が決まっているからこそ、限られた時間の中を全力で駆け抜ける。それが人間だと咲哉は学んだ。
しかし、全ての人間がそうだとは限らない。
「星を創る俺に北極星は見えない。ウラノメトリアは俺を導かない」
「冬樹?」
「俺は、俺はな咲哉……、お前と同じだ」
「同じって……」
「境遇か、立場か、どちらにせよ魔法使いは魔術師にとっての標本なんだ」
瞬間、元魔術師であるハルを思い出した。
炎の魔術師、炎の魔法の魔術化に成功した偉人と。
「ごめん、魔術の事はレーヴァテインに投げっぱだから詳しくは知らないけど、魔術化って事かな」
「よく知ってるな。いや、ハルか。あれと交流があったのなら知ってるか」
「詳しく教えて」
「あぁ」
冬樹は瞳を瞑る。瞼を閉じる。心を開く。
つくづく咲哉は人に甘えさせるのがうまい。気付けば親身に話を聞いてくれる。心が軽くなる。




