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【第二部完結】新たなセカイの神話  作者: 御誑団子
黒い影
36/59

幸福と記憶の味

「はらへった」

 その声を最後に、彼女の意識は途切れ、

「起きて!十輪さん!」

 そして、聞きなれた人達の声で目が覚めた。

 未だ浅く微睡んでいる意識は即座に自分が扉を飛び出したところで倒れた事を思い出し即座に覚醒させる。

「だッ…はぁ!」

 喉を押さえ、体を触り、顔を触り、自分に何ともない事を確認する。

「……ハァ……ハァ」

 大量の汗が吹き出し自分が生きていることに安堵しつつ最後に見た光景、死を思わせるような光景に背筋が凍った。

「大丈夫です?」

 傍らには巨漢の男と黒髪の少女が心配そうに顔を覗き込み、その二人がアインと楓であると認識するのに数秒を要した。

 それぐらい頭は混乱している。

「……私、なんで生きてるの?」

「吸血鬼にでも襲われた?」

 土間から静かに入ってきたのは咲哉だった。そしてその手には粥が。

「吸血鬼……、わからない。ただ……おぞましい何かが、居たような……」

 よほど混乱しているのだろうと、咲哉は手に持った粥を一旦下げて甘いものを取り出しに行った。

「実は昨夜にです、吸血鬼が襲ってきてですね」

「昨夜っていうか今朝なんだけど」

「今朝?」

「呼んだ?」

「「呼んでない」です」

 昨夜と咲哉を聞き間違えて彼がひょっこりと顔を覗かせ、秘蔵のあんころ餅を取り出す。が、既に誰かが食べた形跡があった。

「……まぁ、いっか」

 あんころ餅を取り分ける。咲哉を他所に会話が続けられる。

「今朝か、ごめん、気を失って」

「その件はもういいです。とても負担をかけたのですから、今はしっかり休んでくれってやつです」

 アインの視線が十輪の横にずれる。そこで眠っている冬樹とシャルロットに視線を移して、悔しくも下唇をかみしめながら。

「っと、そうそう、一つ聞きたいんだけど」

 咲哉が粥とあんころ餅を持って土間から上がり、脇に置いて真っ直ぐと彼女を見る。

「あの子達はもうご飯食べても大丈夫なのかな?」

「あの子達?あぁ、保護した」

「うん」

「大丈夫よ。ただ、魔術医療も完璧じゃない。食事可能な状態まで無理矢理回復させてあるだけだから、消化に良い物じゃないと」

「お粥は?」

「そうね、塩分を控えめにしていれば。本来は重湯とかからなんだけど」

 咲哉が時間にして二秒ほど視線を外して考える。

「水は多めかな、で、塩分は控えめと、漬物も無理……ここは思い切って七草粥とか薬味を入れた物にした方がいいね」

 確認を終えて咲哉は笑った。

「ありがとう、十輪さん。これ、まだ熱いからゆっくり食べてね」

 そう言って差し出された茶碗にはわずかに薬味が乗った粥が差し出された。

「アインも休んでて。一応、骨にヒビ入ってたんだし」

「そうさせていただくです」

 主力の四人が負傷している今、楓がしっかりしなければと意気込んで彼女は立った。

「では、頑張ってきます」

「えぇ、くれぐれも気を付けてね」

「暴走しないようにお目付け役お願いするです」

「分かってるよ」

 終始笑っている咲哉はどこか影を残して庵を発った。

 残された二人は静かに自らの不甲斐無さを噛み締める。けれど慰めるように、口にした粥の味は優しさに満ちていた。




「……どうしたの?」

 咲哉がせっせと米粥を作っている目の前で大量の魚を素潜りで獲ってきたであろうティアラがずぶ濡れなのに案外平気な顔で魚を差し出した。

「朝寝てたから」

 体調が万全でない彼女は寝起きが悪くなかなか目を覚まさない。故に今朝の事を思いの他気にしていた。

「だぁ、ハハ。大丈夫だよ気にしなくても」

 笑って、きっと後悔の詰まったこの行動の気持ちを受け取った。

「何か手伝う」

「うん。じゃあ、助けたあの子達をみんなでお風呂に入れてあげてね。温泉、お湯張ってあるからね」

 コクンと頷いてティアラが子供たちの方へ駆けて行った。

「レーヴァテイン」

「はい、いかがされましたか?」

「ティアラ達を見守ってて。出来る?」

「問題ありませんが、咲哉様はお一人で大丈夫ですか?」

「うん」

 大丈夫、とは言わなかった。なら逆に信頼できた。

「分かりました。何かあれば声をおかけください。すぐ駆け付けますので」

「ありがとう」

 巨大な鍋を楓に作ってもらった即席のかまどで火を掛け米を茹でる。その隣では大量のお湯を沸かす。

 米を茹でる鍋の水気が無くなると普通にご飯が炊けてしまうので都度お湯を足していく。そのお湯を沸かす鍋の火の番をしていたレーヴァテインはティアラ達と一緒に保護した子供達を楓製の温泉へと誘導しに行った。

「……で、何してるの?ア、リ、ス」

「……監視と、暇つぶし」

「暇つぶしって、楓も机とか出すの手伝ってくれているんだから何かしたら?」

「地面の形状と材質を変える手伝い?アリスに何が出来んだよう」

「応援」

「意味ないじゃん」

 少し離れた場所で地面から長机を造りながら高さなどの微妙な調整をしている。対してアリスは咲哉の傍の瓦礫に座ってじっと咲哉の方を見ている。

 監視、その言葉で何となく予想がついてしまった。

「俺は何処にも行かないぞ」

「嘘吐くな、責任感じてるくせに」

 どうも咲哉の心の内はアリスに見透かされている。

「咲哉の中に戻ってきた神の力が体を乗っ取ってアリスを殺しかけた時、我に返って一晩中泣き崩れて、大変だったんだから」

 もう、遠い日である筈の出来事を鮮明に思い出す。

「ごめん」

 咲哉もよく理解はしていない。ただ、感じた事の無い解放感に包まれて、それはダメだと、自制が働いたこと、そして、気付いた時には傷だらけの愛したアリスと彼女の首を絞める自分。

 何が起きたかなんて咲哉自身が知りたい。けれど、首を絞める光景と感触だけは忘れる事は出来ない。

「責めてない、けど、あの時はほかの誰でもなく咲哉自身が自分を許せなかったじゃん。だからこういう時、咲哉は自分を責めるでしょ?」

「だから俺が一人であいつらを殺しに行くと?」

「しょうゆう事、だからさ、アリスは見てるから。無茶しないように」

 それが、彼女なりの優しさと知っている。

 だから、きっと、見ていられなくなったあの時を悔いている。

「……分かった。しっかりと見ててね」

 念には念を押して。

「えぇ、脳裏に焼き付くぐらいね」

 優しい笑みを咲哉は見た。もう見れないと思っていた遠い日の笑顔を。

「ところでさぁ、あのティアラって子は竜化の呪いでもかかってる?鱗生えてるけど」

「ティアラは本物のドラゴンだよ」

「はぁ、……ハァあ!?」




 出来上がった粥を金属製のバケツへと移し、柄杓で茶碗へとよそった。

「なんでバケツ?」

「鍋ごと運ぶ気?」

「まぁ、それは確かに」

 手慣れている。明らかに柄杓の方が茶碗より最大量が多いのに均等に分ける。

 咲哉の手付きは明らかに初めてのこなし方ではない。

「……知らない所でまた人助けしてたな」

「ぎっくー」

 白々しくリアクションした咲哉が少し置いて返した。

「大変だったから。空が割れた時はね」

 一瞬、アリスの心にチクリと刺さる何かがあった。

「あの時もこんな風に炊き出ししたんだ」

「うん」

 その事を気に止まず咲哉は笑って言った。

 辛かったけど良い思い出だったと言わんばかりに。

「さ、ご飯できたよ」

 澄み切った青空の元、屋根もなければ壁もない晴天の食卓におよそまともとは言わない、けれど彼らにとってはご馳走が並べられた。

「質素だけど、どうぞ」

 我先にと手を伸ばし箸で粥を口に運び込む。

「急がずゆっくり、沢山あるからね」

 ニコリと笑って、余分に作った粥を見せる。四つの大きな鉄製のバケツに並々と入れられた米の粥は尽きる事の無い湯水のようだった。

「ありが、とう」

 何人かは涙を零しながら、感謝しながらご飯を食べていた。

「感謝は皆を治療してくれた女の人にね」

 食事前のマナーを今、説く気は無い。お腹いっぱい食べて、しっかり寝て、昨日より悪い今日ではなく今日よりより良い明日を迎えてほしい。

「ほーら、他の皆も食べて食べて」

「「「はーい!いただきまーす!」」」

 ティアラを含むほかの子供たちは手を合わせてご飯を食べる。

 冬樹が年長組と呼ぶ子供たちは保護してきた子供たちの面倒を見ながら食事をしている。

 流石に食べ方が汚い。が、冬樹に着いて来ただけはある。青筋立てる程度で収まっていた。

 ふと、ある光景が目に留まって咲哉は歩み出す。最初に助けを請うた、妹を助けてほしいと願った男の子の元へ。

「どう、おいしい?」

「うん!」

 裕の元へ。

「口の周りいっぱいご飯が付いちゃってるね」

 裕と、その隣で食べる奏の目線に合わせて腰を落とす。

 箸の持ち方はグーで握りしめている。けれど、咲哉に何かを言う気は無かった。

「奏ちゃんはどう?」

「おいしい!」

「そっか、なら作った甲斐があった」

 咲哉は子供の頃を思い出す。行儀だけ良くてこんな風に何かを美味しいと思いながら頬張るのはずっとずっと後の経験だったから。

(子供なら子供らしくわがままを言え。夢を見るのはガキの内しかできねぇんだからな)

「おかわりはいっぱいあるからね、何でも言ってね」

 祖父が咲哉にしたように、この子供たちにひもじい思いだけはしてほしくない。

「「おかわり」」

「はーい、ありがとう」

 茶碗を持って粥をよそいにバケツの元へ。

 他の子供達にもおかわりをねだられる中一人、一切粥に手を付けていない子を見つけた。




 おかわりを届けた後、咲哉は何も口にしていない子供の元へ歩み寄った。

 黒髪でみすぼらしい。風呂に入った筈なのに髪がボサボサ。なにより前髪が長くて目が隠れている。

 体もかなり細い、頬がこけている。

 服装だけはなぜか綺麗だった。

(もしかして、お風呂に入ってない?)

 風呂嫌い、ぐらいしか思いつくことは無かった。

 咲哉は目線を合わせるように腰を落し、顔を覗き込む。

 瞳が見えかけたその瞬間、グリン、と突如顔が向いた。

「……ごはん食べないの?」

 優しく、笑みを浮かべて話しかける。

「……?」

 口元の機微で感情を読み取るしかないが、どうも困惑しているようだった。

「何か食べたの?」

「……あー、うー?」

 その瞬間に咲哉は悟った。言葉が分からないのだと。

 なら、やることは決まっている。

 咲哉はその子の前に置いてあった粥と箸を手に食べる実演をして見せた。

「あー」

 粥を箸で掬い上げ、声を出しながら口に運ぶ。そして何回か咀嚼した後に飲み込んで見せた。これをその子の前で、見えるようにやった。

「はい、あーん」

「……あー」

 咲哉の掛け声とともに口を開いたその子の口に粥を運んだ。

「もぐもぐ」

「もっきゅもっきゅ」

 咲哉の口の動きに合わせてその子は粥を噛み、飲み込む動作で粥を喉に流し込んだ。

 同じようにまた食べさせてあげようとしたが、その子は手を伸ばし茶碗と箸を受け取ろうとした。

 自分で食べると意思表明したのだ。

「どうぞ」

「?……ど、うぞ」

 その子はどうも咲哉の動きと声を真似しようとしている。

 おそらくは食べていい言葉を探して。だからこの子だけ咲哉は教える事にした。食前のマナーを。

「いただきます」

 手を合わせて目の前の食べ物に首を垂れる。

 その子も茶碗を置いて手を合わせる。

「いららきます」

 少しだけ顔が咲哉に向く。咲哉は何も言わず頷いた。

 その瞬間、一気に食べ始めた。

 一瞬、咲哉も焦って止めようとしたがおいしそうに食べるその子を止める気にはなれなかった。

 立ち去ろうと咲哉が膝を伸ばすとその子から空になった茶碗が差し出された。

 もう食べ終わた事に驚きつつ茶碗を手に取ろうとして、なぜかその子から言葉が発せられた。

「はらへった」

 おかわり、とでも言いたいのだろうかと、咲哉はそう言葉の意味を受け取った。

「うん、今よそってくるね」

 見上げるその子の前髪の隙間から覗く瞳が輝いている。

 きっと咲哉は気が付かない。憧れるように輝く瞳の真意、まだかまだかと、この前菜はいつ終わるのだと待ちわびていることに。

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