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【第二部完結】新たなセカイの神話  作者: 御誑団子
黒い影
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陽染め花咲き

 空気が水のように重い、周囲の魔力濃度が急激に跳ね上がり本来作用しない物理法則へ干渉し始めたのだ。つまるところここは海。海洋生物に酷似した使い魔が十全にその力を発揮できる空間へと変わり始めていたのだ。

 それはもはや世界を侵食する異界。個人が持ちうる力を遥かに超えたそれは損得を無視して牙を剝く。

 今、この場で東雲冬樹を止める事が出来るのは、天条咲哉ただ一人だった。それも、わずかな可能性程度だが。

 それでも、咲哉は走り出した。友人を止める為、彼の大切なものを彼自身の手で傷つけさせない為に……。

 何の躊躇いもなく神の力を行使した。

「止まれ、冬樹!」

 瞬時に黒く染まる髪、青く光る瞳、それは天条咲哉が神に成った証だった。

 同時に、遥か上空に現れた宙を内包する鯨は低くて波打つような鳴き声を響かせる。いや、ようやく到達したというべきだ。

 水と化した空気は音の伝達速度も同じ速度になる。空気中の速度の約四倍、届くまでほぼ十秒、単純計算で一万五千メートル上空に居る。そこは対流圏と成層圏が交わる場所。

 そして同時に、鯨の全長が想像以上の巨躯を持っていることも理解できた。おそらく二千メートル以上、その上でその個体は全身を持ってきていない。

 咲哉ですら相手にしたことが無い、世界を飲み込む星の海。星を創る魔法なんて力のごく一部にしか過ぎない。

 (そら)ではなく(そら)を目指した人類の遥か先にあった理、到達なんぞ永遠に不可能な宇宙の始まりの力。

 その力、その理、その魔法を、真正面から斬り咲く。


 天上の桜の縁を断つ剣が、世界を両断した。


 ただ一振り、世界ごとはるか上空に居る鯨を切り裂き、二振り、吸血鬼二体を横に斬り、三回目、剣を手放し冬樹に触れた。

 空気が軽くなっていく、世界が正常へと戻っていく。

 時間にして一瞬、瞬きの間もなく咲哉は全ての問題を解決した。

 黒が砕け散り、青は色褪せ、いつもの白い咲哉に戻って……。

「冬樹!」

 咲哉が冬樹の肩を揺らしながら呼びかける。だが冬樹の魂は全焼している。灰になってしまっている状況だ。

 即座に楓とアリスの方へ振り向き助けを請う。

「二人とも手を貸して!」

 その呼び声に即座、楓とアリスは駆け出した。

 冬樹からシャルロットを引き離そうとするが想像以上の力で強く抱きしめている。

「大丈夫だから冬樹、大丈夫、放して……ね?」

 空虚な瞳の奥底、僅かに残った彼の残滓がか細く輝いて、力の緩まる腕からシャルロットを受け取った。

「アリスはシャルロットちゃんを!楓は俺と一緒に冬樹を!」

「わかった!」

「う、うん!」

 冬樹の足を引っかけ頭が地面にぶつからないように横にして咲哉が胸に触れないように手を置く。傍から見れば心臓マッサージのように。

 有り得ざるに触れる、それは人の魂。

 だが咲哉は分離は出来ても結合ができない。楓の時のように獣性のみを打ち消すのは根本的にできない。燃えて塵となって崩れて行く冬樹の魂を留めれない。故に、楓の出番である。

 自らの魂に触れてその性質を変化させれる楓ならば魂を知覚できる可能性はある。仮に他人にできなくとも咲哉が補助できる。

 咲哉の傍に来た楓に咲哉は視線を向けて。

「俺の手の上に楓の手を乗せてくれる」

「う、うん……」

 一瞬眉を顰める。きっと、自分がする事の重大さをこの瞬間に悟ったのだ。

 いつもの彼女ならば弱音を吐いたことだろう。けれど、咲哉の優しい笑みと助けるべき存在が自然と背中を押してくれた。

 咲哉の手に自分の手を重ねる。

「どうしたらいい?」

「今触れている物、分かる?」

「この熱くて、光ってるの?」

 楓はしっかりと魂を知覚していた。あくまでも、咲哉を通じてだが。

 だが、なら話は早い。

「今燃えてるのが冬樹の魂だから、これを散ったもの含めて集めて、元に戻す。出来る」

「……できる……、多分」

「大丈夫、楓ならできるよ」

 力を込める、繊細に触れる、素早く集め、くっつける。

 その間想う、冬樹の魂は輝かない星であるが、外が有る事、想像以上に広い事。それはまるで小規模であるが、他の星ができる土壌があったように思えた。




 冬樹の治療が終わった。潰れていた瞳は魂の再構築と共に元に戻り、たった数秒の、されど神経をすり減らした魂の再生は成功した。

 だが咲哉の瞳はゆっくりと斬ったはずのそれを見る。

 下半身と上半身が泣き別れになった吸血鬼二体の死体だったはずの物を。

「……あー、流石だぜ、天条……咲哉だったかな」

「なんで……、生きてる」

 即座に楓の瞳も吸血鬼に向いた。

「なんでって、吸血鬼は事実上のゾンビだぜ。死んでからが本番だろうが」

 死体だった肉体は再び吸血鬼へと変貌していく。

 不死殺し、不死という概念を打ち消し殺すその妙技は残念ながら死した後に不死を獲得する存在には効かない。

 もっとも、こんな事生きてきて初めてなのだが。

「残念だったな。フォルテのおっさんはてめぇの攻撃の弱点を見抜いてやがったぜ」

 歯が欠けたかと思うほど強く噛み締める。

「殺しきれてなかったんだ……、こうなったのは俺の落ち度だな」

「なんとか耐えきったって褒めてやれよ。かなりギリギリだったみてぇだしなぁ」

 ヘリスの口角が歪む。だが、それは攻勢だからではなく虚勢で笑って見せた。

 こうしている今も、膝を付き力尽き息を切らしていても、咲哉の瞳だけは延々と殺すという意志を絶やすことなく宿り続けていたのだから。

 朝日が空を染め上げて行く。世界を覆っていた闇が払われていく。

 ヘリス達にとっても時間だった。

「じゃあな、また来るぜ」

 それでも、彼女の中にあった怒りと疑問が晴れる事は無い。故に、問うた。

「なんで……」

 楓の言葉に一同視線を向けた。

「どうして、人類(わたしたち)を殺すの?」

 その言葉にヘリスは答える。今まで以上に真摯に。

「無論、生きる為だ」

「生きる為?」

「あぁ、お前たちだって肉を食うだろう?動物を殺すだろう?それと変わらない。変えられない」

 息を飲むように、彼女は怒りを堪えて再び問う。

「じゃあ、私達も家畜の様に殺すの?」

「もちろん、殺すとも」

「でも、私達は……私は!」

 言葉を遮って、真意を汲み取ったヘリスが答えた。

「だから、吸血鬼(おれたち)を殺してきたんだろう。人類(おまえたち)は」

 それ以上の問答はない。かける言葉も伝える思いも存在はしない。

 あるのは血で血を洗う殺し合い、生存をかけた戦争のみ。

 生憎と今日は敵が撤退により命からがらと言ったところだが。

「おんなじだな、あんたもそこのそいつと」

 楓の瞳を見てヘリスは呟いた。

 同じ、敵視の目をしていたから。

 そこから先は無かった。ヘリスはフィアを抱え太陽から逃げるように撤退した。




 ただ逃げ惑う吸血鬼を前に楓は安堵の溜息と、恐怖で何もできなかった悔しさで俯き涙を隠す。

 吸血鬼が現れた時、楓は一目散に咲哉の元へ駆けて行った。それはレーヴァテインがかつて不死の相手は咲哉が適任と言った事を覚えていたからだ。

 だが、傍から見れば真っ先に逃げ出したようにも見えたはず。

 もし応戦してほかの誰かが呼びに行けば冬樹とシャルロットがけがをすることは無かったかもしれない。

 でも、こうして吸血鬼の前にあって、相対しても負け犬の様に吠える事が精一杯だった。

 かつて見た英雄ならば、そして天条咲哉ならば、その背中はどれだけ安心できたことだろうか、と。

「気に病まないで」

 察してか否か、咲哉は慰めの言葉をかける。

「……私悔しくって……」

 寄り添い、背を咲哉は擦る。

「誰だってそうだよ。僕だって、悔しい」

 フォルテにちゃんと止めを刺しておけばこんな事にはならなかったのに、と悔やむ。

「だから、皆で、どうにかしよう」

 笑いかける、励ます、その心に噓偽りは無く確かに感じ取った。彼の暖かさを。

 目元を腫らして泣いていた。涙に濡れた瞳で咲いた花を見た。

 朝日に照らされて白髪は輝き、宝石色の赤い瞳は眩く、冬の朝に確かに桜が咲いていた。

 偽りと罵られようと、嘘の恋と暴かれようと、雪村楓はこの笑みを一生忘れない事だろう。

 彼女の、一生物の、トキメキを。

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