真祖『処女』
一人部屋の角、丸くなって膝を抱える。
ぶつぶつと呟きながら流れそうな涙を必死に堪えて。
雪村楓は、失意の底にいた。
浅ましく、卑しく、最悪な思考をもって天条咲哉へと思いを伝えた。
それは恋心に在らず、それはただただ、手に入りやすかったものに手を伸ばしただけにすぎない。
それ事態は悪いことではない。問題は咲哉にそんなことをすれば元の人格が簡単に歪む事と、楓がその行為に強い嫌悪感を持っていることだった。
手に入りやすいものを手に入れる。手にしたものを手放すことなく欲深く、他の女に手を出すが如く。
浮気に不倫、移り気に不貞。
あの時みたいに、蔑ろにされることが、することが……。
瞬間、楓に強い吐き気が襲う。
手で口元を覆うが間に合わず胃の中にあったものを全て床にぶちまけた。
吐瀉物にはあんこと溶けかけの餅が混ざっていたのに口の中は石鹸のような味が広がっている。
揮発して鼻を突く胃酸の匂いは再び吐き気を催すものだった。
なのに、もう吐く体力すら残っていない。だから出ない。
「掃除……しないと」
なにか仕事が出来たことは良いことだ。きっと。手を動かしているうちは何も考えなくて済む。問題を先送りにできる。今日ダメなら明日やればいい。明日の自分が解決してくれると思って。
けれど、そんなことで抑えが効くほど彼女の心は安定していなかった。
吐き出したものと一緒に涙が流れる。嗚咽すら置いていって。
胸に渦巻くは自己嫌悪、蘇るはかつて好きと言ってくれた好きでもない誰か、すがるはこんな状況でさえ過る初恋の人の顔。
もう、心は限界だった。
(あぁ、死のう……)
「誰か助けて……」
(死ねよ、私なんて)
「死にたくない」
言い聞かせるように幻聴に対して独り言を延々とぶつける。
だから、そばに誰か来ても気付かない。誰かが声をかけても分からなかった。
気付いたのは暫く後、楓の前にバケツと吐いたものを雑巾と水で洗い流して、白い髪の彼が慰めてくれた時だった。
「気分悪い?ムカムカする?痛いところある?」
「……強いて言えば胸が痛い」
「胃潰瘍かな……?専門家じゃないから断言しちゃダメだけど……。すぐに十輪さんのところに行こう」
眉をひそめて顔を覗き込む赤い瞳、真白な、純潔の色を纏わす髪、端整な顔立ちの少年が心配そうに楓の背を撫でる。
「立てる?」
「……うん」
「歩ける?」
「……うん」
重い足をゆっくりと動かして咲哉に手を引っ張られて彼の後を付いて行く。
零れる涙を袖で拭って、心の内を悟られないように病弱なフリをする。けれど、そんなもの初めから効かなかった。
「レーヴァテインに何か言われた?」
「……」
黙秘は肯定と同義だった。返事が無いのが答えだった。
見る事が出来ない、彼の瞳。どんな眼をしているのか容易に想像できたから。
「僕からちゃんと言っておくよ」
何処か咲哉の口調に違和感を覚えながらも楓は小さく頷いた。
でも、その言葉は楓を落ち着かせる言葉というよりはあの紫髪の剣を想ったからこその言葉にも思えた。
ペタッ、と冷たい床に裸足の足音が連続して聞こえるその音が楓自身からでも咲哉からでもないことに気付いたのはひょっこりと部屋に顔を覗かせた白髪赤目の少女が見えた瞬間だった。
「みんな運び終えた……Oh……お取込み中?」
「違う、この子、楓も連れて行こうと、吐いてたから」
「マジ?……あッ、あぁ~、アリスも手伝ったげる。一人じゃ危ないもんね~、咲哉は狼だから」
「誤解を与えるようなこと言うな。でも手伝ってくれてありがとう」
「アリスと咲哉の仲だもん。楓ちゃんだっけ?ほら、歩ける?肩車したげよっか?」
とても見た目通りの性格をしているとは思えない。それどころか咲哉に似た抱擁感と安心感を覚える。
「肩車は……大丈夫です」
「ありゃりゃ、ま、いっか大丈夫なら。ほら行こう」
「まだ体力回復て無いんだから無茶しちゃダメだよ」
「咲哉が言う?寝起きはお互い様でしょ?」
会話の内容に付いて行けない。いやそれどころか、二人の間に入る事すら、一緒に居る事も耐えられない感覚が蘇る。
恋人同士の傍に友人だからと一緒に居る時の感覚。自分に気遣って過度に触れ合うする事を抑え余計に気まずくなる感覚、一人、取り残されて除け者にされる感覚。
楓の胸の奥底、きっと心と呼べる物に何かが深々と突き刺さる。鋭い痛みがズキズキと酷くなって行く。
ガラスに映る三人、白髪の二人に先導されて歩く楓は自分の姿を直視する。
嘔吐物で汚れた服、昔のように前髪で瞳を隠して、でも、揺れる前髪の隙間から垣間見える自分の目は吸い込まれるような何かが宿っている。
そして何より、笑っていた。酷く醜く、地獄で笑うように不気味に無様に嗤っていた。嘲りを交えて。
外に出ると慌ただしく人が行き交う。
「なに……が」
楓は事態を把握できず咲哉の顔を見て目で訴えかける。
「子供が十何人か重篤な状態で見つかってね。十輪さん大忙しだよ」
その言葉通り大声で指示を出す。
「行くよ」
咲哉が引き続き手を引っ張って楓の診察の為に十輪の元へ連れて行こうとする。しかし、楓は立ち止まって手を振りほどいた。
「だ、大丈夫、ほら、ちょっと気分悪かっただけだし、こんなに忙しいのに邪魔しちゃ悪いもん」
「だけど」
「大丈夫大丈夫、これぐらい一晩寝たら治るから大丈夫」
その言葉に咲哉は深呼吸をした後に怒っているような声音で話し出す。
「……人間、大丈夫って言ってる時が一番大丈夫じゃないんだからね」
「え……」
と、咲哉は大声で人を呼び出した。
「十輪さぁーーーん!」
「何ィーーー!?」
それは楓を安静にさせるための強行策、内心慌てている咲哉がとった作戦だった。
「ちょっ!?」
咲哉が再び楓の手を取って、今度は振りほどかれないように強く手を繋いで、止まろうとする楓を無理やり引きずって十輪の前まで連れ出した。
「……どうしたの?」
状況が呑み込めない十輪が間の抜けた声で問い首を傾げる。
「楓が吐いてて気分が悪そうだから診てあげてほしいんだけど」
「ほんとに!?ほんとだ!!」
服に付いた吐瀉物、真っ青な顔色、どう見ても健康優良な状態ではない。
「歩ける?眩暈とかない?」
「いや、大丈夫で」
「全然大丈夫じゃない!今の自分の状況分かってる?」
その言葉に押し黙ってしまう。
咲哉が楓を丁寧に引き渡すと十輪が背を擦りながら容体を確かめる。
「歩ける、意識はしっかりしてるわね、着替え持ってきてもらうからそれまで座って、気分が優れなかったらすぐ言って」
「……はい」
素直に十輪の言う事を聞いて付いて行く。
去り際の、振り向き咲哉を見る名残惜しそうな眼は何かを訴えかけているが、咲哉はそれを知ろうとは思わなかった。何を言いたいか、なんとなく察しがついたから。
だから姿が見えなくなるまで手を振って見送った。それだけが彼にできる事だから。
「……ほの字?」
アリスの小さい頭がひょいと視界に飛び込んでくる。咲哉と同じ白い髪、赤い瞳、なのに決定的に咲哉とは違う、髪色の問題ではなく瞳色の問題でもなく、純粋なイメージの問題だった。
咲哉が花ならアリスは死者だ。瞳は血の色、髪と肌は血の気の無い青白さ。とても、咲哉と同じイメージを抱けない。咲哉の方の肌がちゃんと血の気があってほんのり桜色だからだろう。
「なんで?」
真っ赤な目が血の色の目と視線を交わす。
「好きでしょ。あんな感じの女の子」
下世話で気持ち悪い笑みを浮かべるアリスに心底蔑むジト目を向ける咲哉がため息交じりに内心を吐露する。
「分からないけど、好きになっちゃダメだと思う」
「……そう、まぁ、あたりまえかぁ、楓だもんね仕方ないよね」
「まだ子供だから、大人になる頃には忘れられると思う」
悲壮にも見える顔、遠い日の、けれど咲哉にとって大事な誰かの思い出との重なり。
「まっ、咲哉があの子を手籠めにしても仕方ないって」
「手籠めって……かなり最低な事だよ、あれ」
「マ?」
「うん」
真顔で指摘する咲哉の顔に悲壮感は既に消えていた。こういった所をよく見ていなければ咲哉はすぐ自分の心を殺して本心を隠す。
殺してもその残骸は降り積もるというのに、それでも止められない。
周りにいる誰かが、その一瞬を見逃さず、そして殺す前に救い出さなければ、後押ししなければ。
昔はそんなことなかったのになぁ、と、内心アリスは思う。
情緒が安定していない、何なら前より酷くなっている。
生まれた時から人よりかけ離れた精神性、神仏に近いその心はどれだけ人間性を学び獲得しようと善き物のみしか獲得できない。
悪心を理解できず、悪しき者であってはならないという道徳心がこうしている。
「アリスには、したのに?」
だから、こっちに少しだけ引きずり込む。
ちょっとだけ屑になってもらう。
それぐらいが咲哉にとっては良い。のに……。
「不可抗力だったような……、あの時はごめんね」
その願いが一瞬で壊れた。
「……ねぇ、悪い物食べた?」
「?……食べて無いよ……」
一息置いて、答える。
「食べ物は、蔵から取り寄せてるから。皆の分も、だから悪いものなんて無い筈」
この一言が、今現在どれだけ深刻な状況を物語った。
咲哉の心は今、神様寄りに傾いていて、他人の影響を受けやすい。しかも、かなり。
それに昔の彼ならばきっと、
(不可抗力だったよ?アリスが仕掛けたよね?)
そう言ったはず。
諸悪の根源は、あの女、楓。
そして皮肉にも、今の咲哉がギリギリ人で居られるのは、過去、愛した女性たちとの悲しくも尊い思い出の数々だろう。
後は、今の咲哉を人と定義している冬樹だ。
アリスは仕方なく、レーヴァテインに付く事にした。
今の咲哉を放置できないから。
日が暮れて五時間ほど経過した夜、慌ただしさは無くなり廃墟の街に静けさが取り戻される。
治療は上々、十輪の扱う医療魔術が優秀だからか、すぐに食事可能な所までは回復させられる。栄養失調による治療はそこからだが一先ず一命を取り留めた。
「ありがとう十輪さん」
ニコニコ顔の咲哉がえらく怖くて引きつる。
「え、えぇ、これぐらいはしないと……。で、この集まりは何?」
子供は寝静まった。咲哉の家に集まったのは冬樹、シャルロット、アイン、十輪、楓。そして咲哉が囲炉裏を囲んでいた。
「あれ、真祖の子に呼ばれて」
「私も小さい子に」
同様にアインと楓も頷く。
十輪だけ冬樹から聞いてわざわざ足を運んでくれた。
「レーヴァテインは?」
「見張り、彼女はいちいち攻撃的だし。焦ってるんだけどね」
奥の部屋からふすまを開いて現れた白髪赤目の少女、真祖の怪物がなんか引っ張ってきた。
「電気使ってよ、せっかく設置したのに意味ないじゃん」
そう言って何か、おそらくはコードをおもむろにコンセントに突き刺し、家の裏手にある昔は使われていた発電機に向かっていった。
「あっとは~はっつでんき~」
「……えっ、電気来てんのここ!?」
「いや、あれ?使えないはず……、ちが、ダメだよ!?アリス!?それ魔力式の!」
「知ってるぅ―、ダイジョーブ!」
焦って飛び出す咲哉が駆けつけるより早く電源を入れる。
魔力式、すなわち魔力電池と利用方法はほぼ一緒の物と仮定できる。
で、肝心の魔力は……。
「はぎゃぁああああああああああ!!!!!」
電源を入れた者から吸い上げる。
「言わんこっちゃない!!!!!」
だが、部屋中に電気が流れ明かりが灯される。
部屋の明かりに使われる蛍光灯はスカイホールが開いた時代よりほんのちょっと古い代物が使用されていた。
「た、魂が削れる音がした」
「でしょうね!弱ってるんだから忠告ぐらい聞きなよ」
「長年使ってないそっちが悪い。すっからかんじゃん。あとで魔力頂戴」
「ハイハイあとでね」
アリスを抱きかかえ咲哉が家の裏手から帰ってくる。
「ほら、なにか話があるだよね?」
「ん、ありがと」
土間から上がったアリスが全員を前に礼儀正しく礼をする。
「改めて、初めまして。真祖『処女』と言います。気安くアリスって呼んでね」
最後はあざとくウインクをして明るい顔をして見せる。
「ヴァージン……第五真祖か」
冬樹が彼女の正体を看破しながらじっとその体を舐めm……矛盾点を指摘する。
「真祖の割にはちっちぇな」
「わぁ、やらしい目……お好みで?」
「ちげぇよ!!」
全員の冷ややかで白い眼を一身に受けながら東雲冬樹は指摘する。
「真祖の名前、あんたなら『処女』がそのまま力の象徴になる。幼児性を持った稚拙な心、純粋無垢、少女としての全盛期の姿を象った対人類殺戮生物。それが吸血鬼の祖、十三の捕食者」
「懇切丁寧にありがと♪でも……」
アリスの瞳孔が割れる。ほんの一瞬だけその本性を曝した。まるで威嚇するように。
「気安くアリスって呼んでって言ったよね?ほんとに殺すよ……星の魔法見習いさん」
その言葉に笑みを浮かべて返す。
「出来るもんならやってみろよ、クソ雑魚吸血鬼」
言ったなと言わんばかりに牙を剥き出しにして猟奇的な笑みを浮かべたアリスに対し冬樹は魔眼を既に開いている。
一瞬で空気が張り詰め二人の近くに居たほかの全員は逃げ出そうとする。
ただこの状況、冬樹の方がかなり有利である。夜で、星が出ていて、太陽を最も少ない魔力量で作れる冬樹は吸血鬼の天敵と言っても過言ではない。日の元を歩む吸血鬼でさえ弱体化は免れない。故に、冬樹は真祖相手でも十二分に通用する。
目の前の真祖はたとえ宇宙空間に放り出されても再生で肉体を保ち続けられる超個体であるという事を除けば。
その空気をぶち壊すように、咲哉がアリスの頭をしばき倒す。
「喧嘩売らないで、彼は僕の友人なんだから。冬樹も、挑発されたからって乗らないでよ」
「……ぶー」
「すまん」
「分かればよろし。で、もひとつ聞きたいんだけど」
全員の視線が咲哉に集まって、間もあけずに咲哉が言った。
「誰かあんころ餅食べた?」
約一名、とっさに口元を押さえ何も知らない風を装うももう遅い。リアクションしないことがこの場での正解なのだから。
「……楓、詳しく聞いてもいいかな?」
作り笑顔の、ものすごく怖い作り笑顔を浮かべる咲哉が明らかに怒っている目でそう問い詰めた。
「ごめんなさい」
「いいよ。美味しいって言ってくれたから」
とか言いつつ実際はまだレーヴァテインに対する若干の怒りを覚えたまま楓を許す咲哉の姿がそこにあった。
「……いいんです?」
アインが話の腰が折れているその間にアリスへと尋ねる。
「真祖は名前が無いから強いです。曖昧こそ強さの一端、それを手放すです?」
その質問にアリスは言う。誇らしく、胸を張って。
「『私』は人並みの恋をした。だからアリスは、アリスで良い」
と、ここで楓が声を上げた。
「……真祖とか、十三の怪物とか、あまりわからないんですが……何?」
「楓ちゃん、出発前に勉強とかした?」
「してないです。する暇なく決まったので」
咲哉が冬樹に「なんで連れてきたの?」という目線を送り、受け取った側は「さぁ?」と肩をすくめて返答した。
「基本?」
「魔術と協会に属してる人ならだれでも知ってる……は言い過ぎかもしれないけど」
「ほぼ全員が知っていて、一部の人たちがぼんやりと知っている、ぐらいです」
十輪とアインが二人で楓に説明しているがいかんせん誰もが知っていて当たり前の事、説明がある程度飛ばし飛ばしで理解するのが若干難しい。
その二人を見かねてか、もしくは気分がいいだけなのか、アリスが説明を始めた。
「フフン、ならこの真祖アリスが直々に教えてあげる」
とっさに咲哉が止めに入ろうとするが、まぁ任せてと言わんばかりに抵抗する。
そしてあろうことか全員が聴く体勢に入った。
「十三の怪物は十三体の真祖の事で、真祖って言うのは生まれた時から人の天敵で捕食者。そして生まれた順から番号で呼ばれる。アリスは第五真祖、五番目に生まれた生まれつき吸血鬼の存在って事ね」
「十三体……十三人兄弟って事ですか?」
「正確には十二人兄弟、最後の第十三真祖は……、同じ物から生まれてないから」
僅かに陰りの見える表情をした後に、アリスは続ける。
咲哉はようやく観念したようで手を放した。
「で、真祖はそれぞれが持つ機構、いわゆる特徴。それに準じた名前を付けられてんの。第一真祖『女王』、第二真祖『悪夢』、第三真祖『鮮血』、第四真祖『夜霧』、第五真祖『処女』、第六真祖『銀弾』、第七真祖『戦士』、第八真祖『火鳥』、第九真祖『異形』、第十真祖『腐敗』、第十一真祖『病巣』、第十二真祖『奴隷』、第十三真祖『青薔薇』」
一人楓だけが浴びせられる情報をしっかりと記憶していく。
反面、アインや冬樹達は退屈そうに聞いていた。
「新しい情報あった?」
「『女王』討伐の際に教会が聞き出した情報と差異はないです」
「だよなぁ」
「ハイそこぉ!姉上倒した時の事言ってるね!」
嬉々として話を広げるアリスはこう口にした。
「唯一、人間サイドに協力している『銀弾』は弟なんだけど結構歳が離れててね、人が金属製の武具を作り出した時代に生まれ、人と一緒に育って、その性質上、人類を内側から破滅させる。故に兵器製作を加速させて……」
「新しい情報でたな」
「申し訳ないです……『銀弾』はもう……」
「本当に!?『女王』討伐の立役者なのに」
「で、姉上もとい姉上の能力は……」
アリスの説明はその後二時間に渡って続けられた。
『女王』の能力は最強の魅了で、バラバラにして各国の教会の地下に封印してあるが未だ死なずに肉片のみで生きて魅了の呪いをばら撒いている事。
『悪夢』は今どこに居るかわからず完全な行方不明だが、人の夢に現れては夢の主の生気を吸って生きている事。
『鮮血』は血を操る能力なのに吸血を嫌った挙句自身の血を自分の従僕の方が多く持ってしまった為に飼われる形になってしまった事。
『夜霧』も現在行方不明で場所はわからないがかつてロンドンで大量殺人を起こし、十三の怪物の中では唯一の快楽食人鬼だったという事。
これに真祖と吸血鬼の違いは生まれつきと元人間である事とか、真祖には上の存在が居る事とかを面白おかしく冗談を交えながら説明してくれていたが、日を跨いだ辺りで咲哉が止めに入った。続きは明日と笑いながら言って。
人好きの人類嫌い、個人を愛して群体を憎んだ死体の少女はその言葉にとても喜んでいた。
明日も、一緒に居ていいと言っているようで。
だから楓は聞いた。日が暮れたあの時に感じた感傷、二人の関係性を。
「二人は……どういう関係なの?」
勘付いていたアイン、十輪はアッと声を漏らす。
「昔の知人……」
「あー、元カノ!」
シャルロットも声が漏れた。
「……知人……」
「てか、別れてないから今カノだね!」
無言でアリスの口を塞いで目が泳いでいる咲哉が三度目に。
「知人ダヨ。一緒に住んだりしてたけどネ」
「それで言い逃れできると思うなよてめぇ!マジふざけんな!ぶっ〇す!」
ドタバタ音を立てながら無言で外に飛び出す咲哉を星を展開しながら追いかけまわす冬樹が居た。
生憎ながら今日は快晴、一万を超える星々が咲哉めがけて落ちていた。
「つか元カノ助けに行かせてたのか!マジホント……あんな可愛い幼女とイチャイチャしてたのかお前はぁぁぁぁ!!」
声が遠ざかっていく。弁明の声は聞こえてこなかった。
「……楓ちゃーん」
「……あっ、魂抜けてらっしゃる……」
聞かなければ良かった事を聞いて自爆した楓は意識がすでになかった。
「……話があったのです?」
アインが腰が折れすぎた話を思い出したかのように直す。
「そうそう、話さずに終わるところだった。あのね、咲哉、今かなり無理してる。魂が神様寄りに成っちゃうほど。特に蔵の中の食べ物」
「結構ありましたが……、まさか」
「うん、そのまさか。あの蔵は全国津々浦々から食べ物をかき集めて腐らせずに保管し続ける事が出来るけど、量が増えればその分咲哉の負担が大きくなる。このままいけばいつか、咲哉は人じゃなくなる」
冷汗が背筋を伝う。逃れられない悪寒が、聞いていた全員を襲う。
「なんでそんな大事な事、言わなかったです?」
「言わないよぉ、咲哉は。過保護だもん。人にも、人類にも、ね」
笑わず、冷たい、それこそ死体のような顔で、声音だけは明るく伝えた。これからにとって大事な事を。




