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【第二部完結】新たなセカイの神話  作者: 御誑団子
黒い影
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エピローグ2

 白い湯気立ちこむ至福の時間。

 じんわりと体を温めていく、冷えた体には少しばかり熱く感じるお湯を張った湯舟へと肩まで浸かる。

 雪村楓初めてのぶっ倒れるまで能力酷使による男女別露天風呂建築は脱衣所と建物の外見まで含めて完璧な形で完成させた。

「はぁぁあああ、頑張って作ってよかったぁ」

「ドラム缶風呂も良いけど、こっちの方が良い。人目を気にしないで済む」

「念のため覗き防止を施しておきました」

 楓と、楓と同じ黒髪黒目の凛とした大人の女性十輪、紫の長髪とアメジストの瞳の少女の形をした魔剣レーヴァテイン、金髪に体を一部機械へと変換している幼い少女シャルロットの四人が一糸纏わず素肌を晒して露天風呂を堪能する。

「シャルロット様、お体の方は大丈夫ですか」

「まぁ、動き回れるぐらいには問題ない。スパイダーには乗れないけど」

「むしろそこまで回復させられる冬樹の術式技師の腕、本物以上、噂以上ね」

 シャルロットの体はぼろぼろと言っていいほど内部が傷付いていた。それもほとんど回復していたが。

「……眠くなってきた。お風呂で寝たい」

「死ぬわよそれ」

「死にますよ」

「死にたいのですか?」

「みんな心配してくれてありがとう」

 しばらくの沈黙、風呂好きの楓はウトウトしながら石作の湯船の端に頭を乗せて横になるようにして浸かり、十輪とシャルロットは座り足湯のように、レーヴァテインは肩までしっかりと、という状況だった。各々が心地よくリラックスしてこの時間を楽しんでいた。

「ねぇ、レーヴァテインちゃん」

「……はい、何でしょうか」

 十輪がレーヴァテインに軽く話しかける。

「彼、天条君の事好きなの?」

 バッシャーンと、大きな水柱を上げながら楓が飛び起きる。

「ななな何聞いてるんですか!」

「だって、ねぇ」

 長年連れ添ってきた夫婦のような、そんな態度の咲哉とレーヴァテインを周りは確信まではいってないが疑ってはいた。

「仲、良さげだったし」

 三人の視線がレーヴァテインに集まる。一人は好奇心を、一人はあわよくばなかなか進展しない関係の参考に、一人はただの疑いであってほしいと。

「そうですね」

 レーヴァティンは少し考えた後、答えを口にした。

「好きでございます」

「「おぉ」」

「ひぇっとあー、、、あ"ぁ"……」

 明日生きる気力を失ったかのように楓の目からハイライトが消えていく。

「そうだよねぇ、そりゃそうだよねぇ、あ、あはは、ははは……」

「ただ、誤解無きよう、恋人や、思い人、という意味ではありません」

「それは、好きに近い別の感情という事でしょうか?」

「はい。(わたくし)のそれはきっと『武器』としての感情です」

 一瞬にして楓は活力を戻し、十輪が会話を続けた。

「それは、えっと……、使ってもらえてうれしい……という事?」

「はい。まず、この少女の姿をしたレーヴァテインという存在は本来の在り方ではありません。神を焼き、命を焼き、星を焼いた巨大な炎の魔剣、それがレーヴァテインです」

 レーヴァテインは自身の胸に埋め込まれた緋色の丸い宝石のような物に触れる。

「ロキの作った魔杖(まじょう)、フレイの自らの意思で主人を勝利へ導く名剣、スルトの振るった終末の炎の魔剣、それら全ての要素を受け入れ傍に置いてくださる咲哉様は今までの主様の中で一、二を争うほど好きです」

「あなたにとって、人の姿はあくまでも主を助ける一つの要素でしかない……と?」

「大前提として、わたくしに人の心はおそらくありません。レーヴァテインという武器にあるのは武器の心です。前後は逆ですがわたくしは付喪神に近い存在なので。ですから、その憐みは侮辱です。人の姿をしているから人の心を持って道具のように使われることが可哀そうであると見る事は、ほかの誰でもない、わたくしを大事にし、丁寧に扱ってくれる咲哉様への侮辱であり、わたくしへの侮辱です」

 僅かに怒りのような感情を露わにする。いや、感性が完全に人間のものではないレーヴァテインの地雷を踏むなというのは明らかに無理な話だが。

「じゃあ、好きの意味も変わる?」

 そこにどうしてか、空気を読まない楓が割り込んできたがレーヴァテインは動じず返した。

「はい。私が道具ならば、大事に壊れないよう大切にしてくださる咲哉様の事が好きです。それはきっと恋人としてではなく武器として主が息絶えるまで、主が息絶えてもその名を後世に語り継ぐために仕えたいという気持ちです。そも、道具をたとえ消耗品でも壊すように扱う方や、大事になされない方は嫌いです」

 嘘偽りなく彼女は本心を語る。好き嫌いを語る。

「……私、まだチャンスあるかな?」

「え?」

「は?」

「ん?」

 故に、ある意味的外れではない抜けた言葉を楓は口にした。

「わ、私ね、咲哉君の事が」

「思ってもないことを口になさらないでください」

 ぴしゃりと、レーヴァテインが突っぱねる。

「で、でも」

「咲哉様はあぁ見えても自分が周りにどう見られているか、という事は重々理解されています。今まで傍にいらした女性の方々は全員外見ではなく中身を知って近くに居る事を選ばれました。一目惚れだけは誰一人いらっしゃいません」

 楓の胸の奥を何かが大きく跳ねた。レーヴァテインの言葉が心の奥に突き刺さる。

「まあ、彼は見た目こそ女性っぽいけど中身は男だもの。惚れる要素はそこしかない。そのギャップにやられたとか?」

「案外力持ちですし、頼りになるし、気付けば距離近いし、好きになってもおかしくはないのでは?」

 十輪とシャルロットがフォローを入れるもレーヴァテインが首を横に振る。

「そうであったならそれでよろしいです。ですが、仮にも咲哉様は神ですので。理想の押し付けで歪んでは欲しくないのです」

 揺蕩う、それこそが形を自らではなく信仰に頼った神の罰。願われたのならば人格を変えかねない咲哉の危うさを知ってのことであった。

「もう十分です。あのような事は……」

 深刻そうな表情で水面を見るように俯く。

「……ハイハイ、この話終わり。恋バナし出したら地雷踏みまくるとかもう金輪際しないから」

「わたくしだけしてほかの方々はなさらないおつもりで?」

「私は女の子が好き、以上」

「冬……東雲隊長が好きです」

「一人追い出したほうがいい方がいらっしゃいますが」

「なんでよ!手出してないんだからいいじゃない!」

 ガヤガヤと騒ぎ始め、暗い空気から明るくなり始めたその時、遮るように浴場の戸が開く音がした。音がしたのは隣、即ち男湯の方である。

 女湯の全員が静まり返った。




「おぉ、こりゃすげぇ」

「これ水源どこから引っ張てるんだろう」

「船に取り付けてあったろ過装置です。もとは海水です」

 立ち込める湯気、風呂場を照らすは淡い色の光、冬の雪降る闇夜に置いては理想郷とも呼べる環境だった。

 露天風呂に入ってきたのは冬樹、咲哉、アインの三名だった。

「貸し切りか、いいねぇ」

「湯加減……ちょっと熱いかも。大丈夫?」

「ちょっと熱い程度で根を上げるかよ。心配すんな」

 咲哉が湯船に指を入れて温度を測り、冬樹が木製の風呂桶を人数分用意する。

「水道管も引いてやがる。あいつどんだけ風呂好きなんだよ」

「でも、綺麗好きは良い事です」

「風呂好きと綺麗好きは別だよ」

 温水(熱湯)と常温水(冷水)が出る蛇口の前に左から大中小で座り、咲哉と冬樹は温度を調節しながら水を出して、アインは頭から冷水を被った。

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"」

「何やってんだバカ!」

「こっちがお湯だからね、熱いから気を付けて」

 と、慣れないアインを介護しながら三人は無事湯船に浸かるのだった。

「いっいゆだな」

「はははん」

「いっいゆだな」

「はははん」

 口から出るのは陽気な歌はアインだけ置いてけぼりにして奏でられる。

「お酒飲みたいな……」

「未成年居るから却下。つかこの後の事考えろよ」

「ふぐぅ、鰭酒飲みたい……」

 そこそこ広い湯船で足を延ばして三人並んで肩まで浸かり咲哉が拗ねて手で水を飛ばす。

「……しっかし、ほんと細いよなお前。年頃の男児が見たら性癖歪むぞ」

「冬樹は年頃の男児では……もう歪んでる?」

「生憎と歪んだ後だ!文句あっか!?」

「無いよ。てっきり、肉体を半分ぐらい機械に置換したロリっ子が好きはノーマル、ぐらいは言うかと思って」

 目元をぴくぴくさせながら何も言い返さない。

 そしてしばらくの沈黙の後、咲哉が腕だけ出して見せつける。

「……細いだけで中身は全くの別物なんだけど」

 白い肌、色の抜けたアルビノの体、神々しさすら感じるその姿を何も考えず漠然と見る。

 腕相撲した時拮抗してしまった筋骨隆々なアインが口を開く。

「きっとそういう体なのです。なので、気にする方が損です」

「……そうだね。長い付き合いなんだから気にする方が損だよね」

 その体は神を宿した身体に他ならないが、百六十年も生きていれば慣れる。慣れなければ。

「で、この並びは何?」

「身長だろう?」

「もしくは表彰台です?」

「ナニの大きさの?」

「ぶっ殺すぞてめぇ!」

 ケタケタ笑う最中、咲哉がおもむろに桶を投げた。

 それは高く、そして女湯と男湯を隔てる壁を越えて侵入した。

「いったい!」

 響いた声は甲高い、いつも弱音を吐いている彼女のものだった。

「ふつう逆だろうに。男湯なんて覗いて何が楽しんだろう」

「案外ムッツリなんじゃねぇか?」

 誰も誰がとは言わない。誰も。言ったら最後、な、気がするから。だってここ作った人なんだから。

 とまぁ、ゆったりしていたその時間をぶち壊すように男湯の扉が開かれた。

「む?先客がおるぞ」

「あ?ティアラなんでこっちに来てんだよ。女湯は隣……」

 冬樹が注意を言い終える前に子供たちがなだれ込んで来た。

「おぉー!ひれー!」

「およごーぜー!」

「ひろいんだよう」

 それは遊園地に来た子供のよう。一瞬で至福のリラックスできる時間は消し飛んだ。

「湯船で泳がないように、危ないからね」

 咲哉が立ち上がり恥部をタオルで隠して子供たちの前に立ちふさがる。

「ガキんちょども、頭と体を洗ってあげた後、ルールを守ってお風呂に浸からせてあげよう」

 少し悪い笑みを浮かべる咲哉を前にいかに出し抜いて遊んでやろうかと考える悪ガキをアインと冬樹が制止する、そんな子守りの入浴へと変わった。




 夜も更けすっかり子供は寝る時間となった。

 建物三棟に断熱材と寝袋を引いてしっかりと防寒対策をして就寝する。レーヴァテインがダメ押しのルーンまで施しているため万が一にでも凍死だけはしないだろう。仮に危険性があるとしても今晩は咲哉、アイン、冬樹の順で寝ずの番。万が一にも対策はしている。

 そして今はその一番目、咲哉が火にあたりながら暖を取りながら周囲を警戒する。室内の巡回はあまり行わない。扉を開けばその分室内の温度が低下するからである。

「……どうしたの?」

 ふと振り返るとそこには楓が立っていた。

「寒いから中に入っていたほうがいいよ。疲れているんだし」

「そうなん……だけど……」

 白い息が流れる。漂うようにどこかへ行って、消えてしまう。

 視線が泳ぐ。咲哉をまっすぐ見れない。

 ドクンと胸が高鳴った。体の温度が上がっていくのがどうしようもなく分かってしまう。

「……ごほうび」

「……あー、そうだったね」

 しかしどこか暗い楓の表情、予想を立ててゆったりと話しかけた。

「レーヴァテインに何か言われた?」

「分かるんだそういうの」

「過保護だからね。理想を押し付けるな、かな?」

「なんで分かるの?」

 まっすぐと見据える赤い瞳を直視できない。もう知っているかのようなそんな目が苦手だから。

「気にしなくていい。『僕』はもう天条咲哉だよ?ひと一人の理想の一つや二つ、背負えなくて何が人間だ」

 笑う彼の表情は明るかった。それを、見る事はしない。

「……ご褒美、いいよ。あげる」

「エッ!?」

 咲哉は座るのにちょうどいい瓦礫に座り暖を取りながら隣の空きスペースを軽くたたく。

「一回だけ、何でも言うこと聞いてあげる」

「なん……でも……?」

「うん、なんでも」

 ボシュッ、そんな音が聞こえた気がした。誰の頭が茹で上がったか言うまでもない。

「じゃ、じゃあ……」

 いや分かってるんだ、咲哉は楓が大層なお願いが出来ないことを。だからもう準備しているのだ。好きなだけ一緒に居てあげると、座り心地の悪いベンチまで用意して。

「……………………………………………………………………………………一緒に居ていいですか?」

 意気地なし。

「もちろん」

 ようやく咲哉をまっすぐ直視できた楓の瞳に屈託のない笑みが映った。




 パチパチと燃えやすい燃料が音を立てて燃えている。

 座り心地の悪かった瓦礫のベンチは思いの他快適だった。

 肩が触れ合う、心臓が止まったかもしれない。

 手が触れ合う、心臓が止まったかもしれない。

 視線が合う、心臓が止まったかもしれない。

 何か小さなことが起きても荒く呼吸をしてしまいそうになる状況はあまりよろしくない。というか、楓は真っ当な男性慣れをしていない。故に……。

「大丈夫?」

「だ、大丈夫でッッ!!!」

 こうやって舌を噛む。

「ふぎゅうぅぅぅううう」

 口元を押さえ舌の痛みを耐え忍ぶも、さすがにバレてしまった。

「あーあー、そんなに緊張しないでよ、ほら見せて、あー」

「だ、大丈夫です……うん、大丈夫」

「全然大丈夫じゃない、血が出てる。薬飴あげるから舐めなさい」

 そういうと小さな鳥居が空中に現れそこから小さな木箱を取り出した。

「はい、痛み引くから。変なのは入ってないからね」

 箱の中に入っていた包み紙に入っていた飴を食べさせる。

「……不味い」

「薬だからね。それでも甘いほうだよ」

 少しの沈黙、咲哉は火を見ながら特に何かをしようといった感じはない。むしろ和服で寒くないのかと思うほど。

 しかし、この服はレーヴァテインがすでに手を加えたもの、防寒対策は完璧だった。

 地力の違いを見せつけられているような、そもそもレーヴァテインの好きが恋人ではなく主従関係の居心地の良さであったとして、咲哉がレーヴァテインをどう思っているかの方が大事である。もし、その心に秘めているのが大きな好意であったならば、今の二人の関係性に楓が入る余地がなくなる。

 また、不安になる。怖くなる。定まった未来を見れなくて足をすくわれるような気がして、■■する。

 だから思い切って聞くしかない、心の片隅に置いてきた埃まみれの勇気を引っ張り出して。

「咲哉君は……レーヴァテインちゃんのこと、好き?」

「……どういう意味での好き?恋人?それとも道具として?」

「……それは、わからないけど、恋人…であってほしくはないかな」

 悪戯な笑みは浮かべていない。きっと、真剣に考えているのだろう。

「好きも、何もないよ。俺とレーヴァテインは、それこそ同居人。傷を舐めあって、慰め合って、たまに違う道に進んだり、別々に恋人作ったり、だから好きな人というよりは居て当たり前の人で、家族や兄弟、のほうが近いと思う」

 真剣なその答えに面食らう。もっと簡潔にかつ、大雑把に帰ってくると楓は思っていた。

「……まだ、本気?」

「え?」

「俺に、付き合ってって言ったこと」

 心臓が跳ねる。真剣な顔と声音がどこか男を漂わせる。

「ほ、本気です。……こんな気持ちになったのは、初めてだから」

 初めて咲哉の視線が地に落ちた。虚空を見つめるように、悲しそうな眼をして。

「……わかった。いいよ」

「ほん……」

「ただし、君が大人になってもその感情が残ってた場合、だけどね」

 まっすぐと楓の目を見て、誠実に清廉に告げた。

「そうだ、そもそも私まだ未成年……だった」

 咲哉が手を出さない理由が未成年だからだと気付いてどっと疲れたような気がした。

「そゆこと」

 ここにきて咲哉はいたずらな笑みを浮かべる。

 楓は何となく察した。自分はここで力尽きるまでからかわれると。




 夜が更けていく。楓はついさっき顔を真っ赤にさせながら疲れ果てたように眠りについた。

 少しからかい過ぎただろうかと思いもしたが一線は越えてない。そこは弁えている。

 問題は本当に彼女は本気だったか、という事だ。咲哉の目からは本気だが何か違うように見え、レーヴァテインは本気で好きなのではないと結論付けていた。

 からかいながら探り、やはり咲哉には彼女の好意は本物で、ただ向き合い方が分からないように見えた。

 ため息が出る。呆れている。彼女にではなく、自分自身に。

「なんであんなこと言った……咲哉」

 自分に問う。未練がましく、過去の影に縋る馬鹿を叱るように。

「はぁ、言った手前、後には引けないよね……、腹くくるかぁ」

 焚火に薪をくべて火力を維持する。実はさっきまで燃えていた焚火の残り火の中にサツマイモを忍ばせていた。そろそろ食べごろと思い取り出す。

 焼き芋を食べ終わるころにはアインと交代の時間、お裾分け用に一つ残そうか思案していたその時だった。

 何かが居た。いや、何もいない。

 背筋を走り抜けた何かの気配、とっさに咲哉は芋をおいて刀を門から取り出した。

 構えて、あたりを探る。けれどいない。けれど居る。

 五感を研ぎ澄ませるも引っかからない。直感のみに引っかかる気配。

 瞳は一点を凝視する、何もない闇夜の帳に視線を向ける。

「誰?」

 足音がする。しない。

 白い息が吐かれる。吐かれない。

 その瞳に映る。映らない。

 けれどそこに居て居ない誰かは小さく呟いた。呟かない。

「みつけて」

 聞こえた気がした。聞こえなかった。

 その言葉を境に気配は消えた。幻のように、幻聴や幻覚のような気がしたその存在は解ける雪のように去っていった。

 その声音を、咲哉は知っている。短い付き合いだったけれどいい奴だったかつての敵。

 遠い昔のそいつは死んでも嫌だと言った事をした。

『お前に泣き縋って助けを請うなんてそれこそ死んでも嫌だ』

 寒い寒い冬空の夜、しんしんと降る雪、揺らめく炎と影、その全てがあの日々の事を思い起こされる。遠い遠い昔の出来事を……。

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