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【第二部完結】新たなセカイの神話  作者: 御誑団子
地に落ちた星、天に咲く花
24/59

エピローグ2『落ちた星、天の花』

 西の空が明るくなっていく。長い、あまりにも長かった夜が明ける。

 神の時代、多くの者が目に見えない存在を信仰し、多くの自然現象を神と崇めた。決して、その時代に逆行したわけではないが、力関係が逆転したとは言っていい。

 人が積み上げてきた多くの物が音もなく崩れていき、元々あった科学では証明できないものが色濃く浮かび上がる。

 人類は負けた。時代の、世界の逆行を望むものに。

 そんなことを憂い、思いながら白髪赤目の少年は初日の出を見るために隠れ家の外に出ていた。

「よぉ、咲哉」

 その声に白髪赤目の少年は振り向く。

「おはよう、冬樹」

 茶髪に黒目の少年は魔眼が宿る瞳の方だけ包帯で巻かれていた。

「……ビルの上……崩れそうだな」

「補強はしてるから崩れないよ」

 笑う咲哉に促され屋上の縁へと座る。

 横から見える彼の顔には陰りが見えた。暗く、影が落ちるような笑みを浮かべて。

「ごめんね」

 沈黙を破って咲哉が呟いた。

「何に対する謝罪だぁ?むしろ感謝してるほどだと思うが……」

「いや、これは、俺の、僕の、せい……」

 日が昇る、夜が明ける。そして闇に覆われた世界が光に照らされて露わになっていく。

 眼下に広がるは変容した街並み、この世界とは違う生態系を築いた異界の生物植物によって溢れかえっていた。

「この星を覆う門は完全に閉じれたけど、世界の壁そのものは、それこそ首の皮一枚程度の薄さになってる」

 愕然とする冬樹に咲哉は淡々と言葉を紡ぐ。ある意味で残酷に現実をたたきつけながら。

 それを、冬樹は平然と言葉を返した。

「まさか、仕留め損なったから自分のせいと?」

「うん」

「あほくさ、お前が居なきゃ俺ら全員死んどるわ」

 その言葉に咲哉は初めて顔を上げて冬樹を見た。

「どんな因縁があるかなんて知らねぇ。けど、お前のせいじゃねぇ」

「……もしも、百五十年前に『僕』が殺し損ねたからだとしても?」

 救いを求めるようなその声に冬樹は咲哉のほうを見て言い放つ。

「当たり前だろ」

 何も変わらない彼の表情に、咲哉は少しだけ言いよどむ。

「……レーヴァティンから聞いたの?」

「少しだけな。体と中身が違って……その両名をお前が手にかけたことぐらいはな」

 瞬間、咲哉の表情が涙ぐむ。

「どっちも、どっちも大事な人だったんだ」

 俯き、頬を涙がつたう。

「『僕』が憧れなければ、こんな事にはならなかった」

 冬樹は踏み込む。会ってわずかな時間しか過ごしていない、けれど友人といえる天条咲哉という人間の在り方に。




「深い山奥で名前の無い神様は生まれた。それが『僕』、別世天津神、意味は読んで字の如く、別世界からやってきた神様だよ」

 ビルの縁を歩きながら咲哉は語る。自らの出生を。

「本当に別世界の」

「違うよ。日本生まれ日本育ち。ただ、力の方は違ったんだ。神様の力、権能はさ、本物だったんだよ」

「権能……」

 正真正銘、神の力。現状において魔法すら上回る力であるが存在は確認されていない。それほどまでに貴重かつ、未開。

 それを咲哉は保持している。

「天上家の連中はその一点で神様扱い。でも、その扱い方はさ、およそまともといえるものじゃあ無かったんだよ」

 咲哉の瞳に恐怖が宿る。

「真っ暗闇の部屋に、食事は朝にだけ粟のかゆと漬物二切れ。時間になれば祭壇に連れて行かれて信奉者の言葉を聞き続けて、日が暮れればまた部屋に戻って、修行僧でももう少しまともな生活してるかも」

「……お前は……神具扱いだったのか」

「うん」

 足を支点に体全体で咲哉が振り向く。

「生き仏、即身仏、生き神、現人神、それら人の領域を脱した存在を……他者に強要する、邪教」

 目まぐるしく感情が振れている。にも関わらず咲哉の表情は変わらずその瞳の動きと色だけが全てを物語る。

「でもね、『僕』はどうやら本当に神様だったらしい」

 何処か色っぽく、動きが少しばかり艶かしい。

 とたん、冬樹に強烈な違和感が襲った。

「心が無かった。正確には神の精神を持ってたんだ」

 その違和感にすぐに気づいた。今日今の今まで見てきた天条咲哉は男だった。肉体的な意味だけではない。その心、その生き様、その在り方まで男だった。けれど……。

 咲哉の容姿はとても女性と見間違うほど、だからこそたどり着いた答え。

「女神として崇められてたのか」

 そもそも咲哉と言う名前も女性名。女神の名前だ。

「神は信仰によって姿形を得て、人が離れたことで消滅した。だが、もし、生まれたときから肉体を持っていて、信仰の意味がない神様が居たとして、本当に信仰に左右されないのか?」

 その答えを、咲哉は笑って答えた。

「いいや、左右されるよ。魂だけの神様ほどじゃないけど」

 なぜ笑うのか、それが冬樹にとって理解できないところだったが、疑問は、次の言葉の衝撃で掻き消える。

「信奉者の中に僕を性的な眼で見る人が居たからね」

 ドクン、と心臓が跳ねる。

 これは、崇められたとは言わない。歪められたのだ。本来の彼の姿から大きく離れ人の信仰とはおよそ呼べない欲望によって在り方を狂わされた。

 この瞬間だけナナと呼ばれたあの女の、人に向ける視線を思い出した。

 醜悪なる害虫、神殺しの獣共を見るその眼に宿るものはきっと、憎しみだった。

 そして、咲哉に向けた視線は……。

「ナナは、ずっと守ってくれてたんだ。産まれてから、『僕』が天上家に親から引き離された時から」

 生きる目的は忘執へ、醜く果ててもきっと腕の中に居たであろう子供に手を伸ばし続ける。

 ナナ、名の無い誰か。

「……お前は、俺が思ってたよりも……」

「それから先の言葉は侮辱と捉えるよ」

 ビルの屋上の端で、少年の姿をした何かはくるりと回って背を向けた。

「俺にも、幸福だった時はあった」

 しばらくの沈黙の後、重い口を咲哉は開いた。

「ハル、神としての『僕』が初恋した相手であり、神を人に、『俺』にしてくれた人……」

 声音がどこか嬉しそうに跳ねた。

「赤い髪、赤い瞳、魅力は語ればキリが無いほどに」

「見たから知っとるわ」

「でも、やっぱり、彼女と、レーヴァテインと、お祖父ちゃんと、一緒に居た時は幸せだった。もっと色んな事を探して学んで……」

 一瞬で声が震え、悲しそうなものに変わった。

「教えてほしかったのになぁ」

 聞いただけで彼が泣いているとすぐにわかった。

 それは、咲哉が見せたはじめての弱さ。彼という人間の心の綻びを垣間見た。

 いわく、男が永遠に忘れられない女性は二人だという。一人は母親。愛情を注ぎ育ててくれた人、そうでなかったとしても忘れられないらしい。咲哉にとってそれはナナなのだ。

 もう一人は初恋の女性、初めての胸の高鳴りが、初めての色付きが、そこから後の人生観や恋愛観に影響させる。それがハルという赤い女性。

 あろうことか、その二人を手にかけた。忘れられない人を殺した。

「……ナナは」

 捻り出すように、咲哉が呟く。

「……生き人形……だった」

「生き人形……呪いに使われるあれか!?」

 呪い除け、魔除けの人形は所持している人間に降りかかる悪いものを代わりに引き受ける代物。現代でもご利益があるものとして作用することはある。

 しかし、一度魔除けの人形にしたものは効果を逆転させると有象無象の混濁した数々の呪いが一度に降りかかる、呪物と化す。

 生き人形は、文字通り生きた人形。人間を呪いの捌け口にする、非道極まりない呪術である。

 その手段は数多、されど、咲哉の言葉とナナの執着が一つの答えが浮かび上がる。

 生きた人間を、存在しない者として扱い、誰の眼も届かない場所に幽閉する。例えば、暗闇に。

「呪いではなかったよ、呪いにしたのは他の誰でもない、『僕』……」

 咲哉が翻り瞳が冬樹に向いた。目元は腫れ、瞳は濡れて揺れていた。けれど、何か覚悟を決めたような顔をして居た。

「元から、神に等しい力を持っていたナナは死後もその魂は天上家の地下に幽閉されて……、何十年、何百年と。その間ずぅっと」

「それが、あまりにも可哀想だったから?」

 横に振る。

 そうだ、咲哉は自分に人の心は無いって……。

「あの時、ここまで報われない彼女のただ一つの願いを聞いてね。当たり前で、それが願いだと気付かないような願い事を」

「当たり前……」

「生きたいって、言ったんだ。その言葉に、生きればいいと言ってしまった。もう肉体が朽ち果てて、死んでしまっていた彼女に」

 残酷、しかし、希望となった。

 当たり前を当たり前と認識できなかった、少女の形をした死者に執着してしまう理由を与えてしまったんだ。

「それからは、手当たり次第に人に憑依して、実の母親に連れ出された僕を探して、彷徨って……」

 咲哉を見つけた。

 生きる意味を見つけた死者(ナナ)が、どんな感情をしたのかなんとなく理解できる。それは冬樹にも身に覚えがあるから。死んだように生きた覚えがあったから。

 だが目の前にいる咲哉は今を生きている。未来を見ている。ここから先が存在する……なのに。

「あの日、ナナは、ハルに、憑りついた。精神や魂を侵食して上書きするナナの憑依にハルは耐えきれなかった」

 過去に囚われているようだった。

 アッと、声を出した冬樹は見てしまった。

 咲哉の、壊れた心を。

「殺した。彼女が消えて失われるより良いと……、思ってしまったから」

 泣いて、怒って、笑って、壊れて、いた。女性の美しく端正な顔立ちがぐちゃぐちゃになるほど。

 一斉に溢れる感情の波に咲哉は攫われていく。加速する、歯止めが利かなくなる。

 彼の心の奥底に積もり続け、それを押し留めていたものが決壊した。

 それを表す言葉は罪悪感。自罰感情。自らに向いた憎悪。

「結局、『(オレ)』は『(ボク)』の手で、欲しかったものを壊して……」

 積もる怨嗟、吹き出す憎悪、それを宿すは天条咲哉、けれど、それは全て自らを責めるためにあるもの。

「なぁ冬樹」

 咲哉の眼がまっすぐと冬樹を捉える。笑いながら涙を流し、怒りを瞳に宿して壊れていく。

 すがるように訪ねる。

「……僕は俺は、死んだ方が良かったかな」

「んなわけあるか」

 冷たく言い放つ。天条咲哉にとっての救いは死ではない、あらゆる心を持つ生きとし生きる者の救済が明日を迎えない事ではないのだから。

 それを知っているから、冬樹は言葉を紡ぐ。誰よりも、今の危機的状況にある人類さえ及ばないほど強く救いを求め、限りなく永遠に近い、けれどいつか迎える死を待つ少年の形をした何かに、救いの手を伸ばした。

「死んで何になる。お前が死んでも、下手すりゃ生き返らされるだけだぞ」

 咲哉は視線を外さない。まっすぐと冬樹を見て、それに応じるように冬樹も決意を込める。

「お前の生き方に誰が口出しできようか、子離れできない親に叩き付けるのはただ一つ。自分という確固たる姿だけだ。一人で生きていけると、このまま生きていけると、示すことだけだ」

「……………………………………」

 涙を拭って、咲哉は目を逸らす。瞳を太陽に焦がす。

 か細く出たものは、どこか安心したような声。

「……昔に同じことを言ってくれた人が、何人かいたなぁ」

「そっか」

「うん」

 暁の陽に咲哉が包まれていた。光陽に照らされたその姿は花のように。

「神様紛いの人間もどき、鬼の肩書も譲ってもらって、獣にもなれなんだ」

「それは……」

「ねぇ、冬樹」

 天に咲く花は地に根を伸ばし、人の思うままに姿を色を変えて、けれどなりたい花に彼は……。

「俺は、人間かな」

 故に、信仰ありきでなければ人であり続けるすべを持たない彼は人に問う。

 自らは、君らと同類かと。

 その問いかけに冬樹は笑って答える。

「人間だよ。きっと、誰よりも」

 その答えに、咲哉は笑う。

「ありがとう」

 太陽に照らされる花の如く、その笑みは花のよう、太陽のようだった。




 帰路の途中、咲哉の異常なまでの多面性に冬樹は一つの答えを出した。

 きっと、人に憧れたその時から多くの人と触れ合い、人々の中にある善き行動や尊敬できる行動を真似ていたのだ。

 生まれついたものではなく、獲得できたものでもない。けれど、子供とはそういうものだ。

 親の真似、兄姉の真似、近所の大人の真似、幼いうちはそれがなぜ良い行動で、やってはいけない理由が分からない。けれど、それは習慣となり、大人になってその行動の意味を考えたり知ることができるようになる。

 継ぎ接ぎの心、傷付いたのではなく、人の善い部分を繋げただけの心。元々無いものを形作っただけ。

 それでも、それは当たり前の事だ。生まれたときから聖人とか精神が完成しているとか、きっと、誰よりも苦しむはずだから。

 だから、咲哉の心は未だに未完成。幼くも年老いている。

 いつの日か彼の心が完成したとき、その傍らに誰がいるのか。なんとなく冬樹には想像がついた。

 きっと、彼の前に出れる程の自己中心的な女だろうなと。




「肉食え肉!誰だ野菜焼いてんのは!」

「文句ある?私は好きなんだけど」

 狩りで獲った鹿を捌き、厨房に使わないで置いてあった鉄板で肉を片っ端から焼いていく。

「肉……久しぶりに食ったッス……」

「旨いな」

「異世界出身筆頭共!食うなら働けぇ!」

 冬樹がよく通る声を張り上げて指示を出す。

 そして咲哉の皿には山盛りの肉が。

「おい咲哉ぁ!」

「お裾分けだから許してね」

 塩と胡椒のみの味付けではあるが好評で、冬樹やアインが交代しながら庭で肉を焼く。

 そして、咲哉は山盛りの肉を片手に一人遠くで騒ぎを見守るだけの少女のもとへ。

「ティアラ、食べる?」

「余は良いと言ったが?」

「そうは言っても食べたほうがいいよ」

 竜の少女は輪に加わらない。なんせ、家族を、一族を殺した奴らが談笑しながら肉に貪りついているのだから。

 だが、どこか怒りという感情がわいてこない。その理由を咲哉は察していた。

「……優しいな」

「じーちゃんがさ、つらい時ほど沢山食べろって教えてくれてね。これぐらいじゃ足らないかもだけど、その時は取りに行くよ」

 よく見ると冬樹がティアラの分を取り分けており、横から楓が食べている。バレる三秒前といったところだろうか。

「……のぉ」

「ん?」

「……くれ」

 咲哉が笑って皿を差し出し、箸は使ったことはなく、故に手で食べ始める。

「何かあったら呼んでね」

 コクンと頷く。その頬から伝うものを咲哉は見てないフリをしてその場を離れた。

「ありがとう」

「どういたしまして」

 彼女は知っている。アルマの祖国で何があったのか。帝国に侵略され、風前の灯火であったことを冬樹の見た光景から聞いた。

 一族を殺し、家族を殺し、これから先頼る者も亡く生きていかなければならない。その糧に復讐心を燃やした。けれどそれは自らを越える復讐の炎を宿し、あろうことか慈悲と思い出で抑え込んだ咲哉を前に掻き消えた。

 消えて残ったものは、同情だった。

 彼らを殺しはしない。復讐もしない。それをしたら最後、後戻りができない気がして。

 そんな彼女の傍に一人の少年が寄る。黄金の剣に高貴な服を身に纏う皇子、シャルル。

 何も言わず、何もせず、けれど寄り添う。それは、王が犯した罪を償うために。ただ一人、一身に受け止めて。

 黄金の剣は王権の秘宝。次の王に選ばれた者だけが手にする代物。つまりは……。




 再び人の輪を外れ咲哉が遠巻きに彼らを見る。

 一息休むわけでも、疲れたわけでもない。かつて憧れたものを瞳に焼き付けようと、焦がれるほど脳裏に焼き付けようと遠くから見ていた。

「何をなされているのですか?」

「なんでもないよ。一息ついてただけ」

 その心情を知ってか否か、レーヴァテインは隣に立った。

「楽しそうですね。まぁ、互いに故郷がヤバい方々と、世界がヤバいのですが」

「仲良くなったというより頼らざるをえないだけだからね」

 けれどその様子を楽しそうに咲哉は見ていた。眼福というものだろう。

 レーヴァテインはそんな咲哉の背中を思いっきり叩いた。

「いッ!」

「気取らないでくださいませ」

 彼を縛るものはもうどこにもない。

 幸せになってほしかった。ただそれだけだった。

「お肉、無くなりますよ」

 フフっと笑って、手を引っ張られて咲哉は歩み出す。

 何かをくぐったような気がした。きっとそれは、何かを隔てる壁だった。

 大きく息を吸い込んで、声を張る。

「俺の分残ってるよね?」

 その声に肉を焼いていた冬樹達は答える。

「当たり前だろ」

 笑い合う。友と、これからを。

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