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【第二部完結】新たなセカイの神話  作者: 御誑団子
地に落ちた星、天に咲く花
22/59

新たな『セカイ』の神話

「なんなんだよもぉぉぉ!」

 大きく傾いた船体の中、冬樹が大きな声で愚痴を溢した。

「毎度毎度何でいきなり襲われるんだよこんちくしょうが!」

 けれど今回は状況がまるで違った。直前に行った総力戦により立て直す力はなかった。船は大きく傾き、船内にシャルロットの声が響き渡る。

『船体亀裂拡大!術式維持できません!』

「ッ……!できるだけゆっくり着地しろ!衝撃緩和に集中!」

『了解しました!』

 船底がアスファルトにぶつかった瞬間船体が大きく揺れる。体が飛び、同時に強く重力操作が行われる。

『アラクネ着地、怪我がある人はすばやッ……』

 船内のスピーカーから発せられるシャルロットの声が途絶した。

 それは、とうに限界を越えてい死にかけていることを想像させた。冬樹の背中に悪寒が走り、全身から嫌な汗が滲み出る。

 操舵室から飛び出し駆ける。彼女の安否を確認するために。

「シャル!」

「は……はい」

 重い扉を蹴破って飛び込むと血を吐きながら辛うじて息をする彼女の姿があった。

 視界がぐらつく。それでもやらねばならない事に体を動かす。

 シャルロットに近付き肩に手を置いた。

「術式の七割が破損……船は」

「どちらに……しても、先程の衝撃で……アラクネの術式は壊れました……これ以上は……」

 船も動かない、シャルロットももはやまともには動けないし動かせない。十分な時間をもって治療と術式修復が必要な状況。

「東雲隊長!シャルロットちゃん!」

 飛び込んできたのは十輪だった。入ってくると即座にシャルロットに対して魔術治療を行った。

「血管破損……神経系が魔力の回しすぎで焼き切れてる」

「治せるか?」

「もちろん。私を誰だと思ってるの」

 肩で息をするシャルロットに冬樹は優しく触れて言葉をかける。

「無理をさせた。ゴメン」

「……いえ、断ろうと思えば、いつでも出来たのですから、これは私の意思です」

 血涙が流れる瞳を瞑り頬を吊り上げ笑う。それが、彼女が今できるせめてもの強がりだった。

「いつでも出来るわけないだろ。だから、今からは存分に休んでくれ」

 コクンと頷いたシャルロットは気を失うように眠りについた。

「大丈夫、気絶しただけだから。心臓も動いてるし、脳もちゃんと機能してる。後は任せて」

「あぁ」

 冬樹の目が外に向き、名残惜しくもシャルロットから手を離した。

「取り敢えず報告、今一番不味い状態なのはシャルロットちゃんだけ、他の船員は全員軽傷。船から振り下ろされた子達は咲哉とレーヴァテインちゃんのお陰で無傷。さぁ、行って。そして、皆を助けて」

「……言われるまでもねぇ」

 駆け出す、その足取りは重く、けれど軽やかな音を出しながら、東雲冬樹の瞳に三度目の覚悟が宿る。




 赤い髪の毛が風に靡きながら、赤い瞳はまっすぐと咲哉を見つめる。

 身の毛がよだつ、悪寒が走る。その瞳に咲哉以外映す気がなく、その奥で炎のようなものが揺らめいている。

「本当にお久しぶり。神様」

 恋する乙女のように振る舞った彼女が少し首を傾け上目遣いをする。

「さぁ、帰りましょう。ワタシ達の花園に」

「そんなもの何処にもないよ」

「無いなら作ればいいんです。人類皆殺して」

 その瞳は確かに炎を宿している。けれどそれは咲哉を見ているときのみであり、それ以外を見るときは氷のように冷たかった。

「あの日、お前死んだよね」

「死んだ。神様に殺された。この女もワタシを殺したけど」

 そう言うと右手の中指を鳩尾の少し上、胸の間に真っ直ぐと当てる。

「懐かしいねぇ、あの時は神様はまだ幼かったからもしかしたら覚えてないじゃ無いかと思ってたけど……」

 咲哉の目が少しばかり据わる。

「レーヴァテイン、皆をお願いしていいかな?」

「しかし……」

「大丈夫、いざって時は頼るから」

 信用ならない『大丈夫』がレーヴァテインを不安にさせる。何より、人と喋るときは相手の目を見て喋る咲哉が一切レーヴァテインを見ない。

 二人は今、余裕がなかった。ずっと昔に片付いたと思っていた因縁が亡霊のように現れた。それでも、平常心を心掛ける咲哉はレーヴァテインを、そして皆を案じた。

「……わかりました」

 歯切れの悪い返事だったがちゃんと従った。それが確実と信じて。

 咲哉の腕から離れて背を向けてその場に居る楓を含む人々を退避させる。

「……二人っき」

「何で、ハルの体に寄生してる」

 咲哉が左手を背後に翳すと刀が飛んできた。

「神様が喜ぶと思って、初恋の人だよね?」

 ノイズが走るように脳裏に焼き付いた記憶がフラッシュバックする。

 赤い髪の毛、赤い瞳、眩しく笑う彼女の事を。目の前の少女と同じ顔で、けれど決定的なものが違う笑みを思い出す。

「その反応、もしかして、まだ想ってるの?」

 ナナが大きな声で笑い出す。

「百五十年だよ!?一途だねぇ、羨ましい」

 同時に冷たく言い放つ。

 けれど、彼女のその言葉にこそ咲哉は笑う。

「ハッ、残念だがこの『僕』、天条咲哉は思いの外恋多き人生を歩んできた。多分純愛を育んできた。ハルの事は片時も忘れたことはないが今も想い続けてはいない。だが、思い出ではあるんだ」

 瞬間ナナの瞳が大きく開く。

「……やっと、やっと素で喋ってくれた」

 嬉しそうに笑い赤面する。が、その直後に冷たい表情に変わる。

「だけど、天条咲哉って名前と恋多き人生?そんなもの要らない」

「さぁ?人間としての『俺』には必要なものだったよ」

 彼女の口調がコロコロと変わる。内に在るもの潜めているものがナナに多面性を与える。

 だからだろうか情緒も安定しない。笑っていたと思えば怒り、泣いていたと思えば途端に状況を楽しむ。

 天条咲哉の神として祀られていた頃の在り方を模倣した結果、複数の人格と複数の感情がごちゃ混ぜになって表に現れていた。そのはあまりにも歪んでいて、壊れている。

 眉を潜めて、咲哉はその在り方を憎み、同情した。

「ワタシの神様にそんなもの必要ない」

 が、その瞬間潜んでいたものが表出る。

「躾が必要ね。別世天津神(とこよのあまつかみ)様」

 嫌な記憶が蘇る。幼少の頃の母親役であり、自分の代わりに信奉へ来た人々に言葉をかけ、女として常に近くに居た。

 本当の母親と、初恋の女性に醜い嫉妬を向けるほど、初めから壊れていた。だからこそ、あの日、咲哉は引導を渡したと言うのに。

「僕の優しさすら踏みにじるか」

「優しさなど要りません。神様さえ居れば」

 刀が抜かれる。相対してナナの力が起動する。

「今度こそ、僕のこの手で引導を渡してやる」

 神の目は真っ直ぐとかつての忌まわしき過去の体現を見据える。

 その姿がかつて恋した女性の姿だとしても、咲哉の覚悟は変わらない。変わりはしないけれど時折覗かせる恋した笑みは、確かに咲哉の心を削っていった。




 船の外では敵味方関係なく助け合いできる限り咲哉から遠くへと逃げていた。

「アイン!」

「隊長!」

 アインの傍らには咲哉と戦っていた騎士アリウスがジェイドを抱えて居た。

「儂が言うのもなんだが、ここは魔境か?」

「知らんし!取り敢えず後方に!生きることだけ考えてくれ」

 そこは物陰になっていた。覗けば咲哉の戦闘が見える位置、冬樹は少しだけ顔を出して様子を見た。そして固唾を飲む。

「咲哉が……」

「圧されておる」

 一日程度の関係、それでも咲哉の人間性を知り、強さを知っている者は二重の意味で驚いていた。

 鬼のような形相、怒り、憎しみが露になった顔は何処か苦しんで居るようにも見えた。

 加えて劣勢、咲哉の刃に陰りが、技にブレがあるように見える。

「あんたはその子を連れでさっさと下がってくれ。武器も持ってないからな」

「いいのか?儂らは」

「どうでもいい。死なれたら気分が悪い」

 アリウスは少しだけ頭を下げその場を後にした。

「どうするです?」

 再び物陰から顔を覗かせる。

 咲哉がほとんど防戦一方、敵の攻撃を防ぎきる以外に手立てがない。もちろん、それが咲哉の戦い方、この後に攻勢し敵前めがけて打って出る。だが、冬樹は咲哉がその戦法を取れないと断言できる。

 攻撃の範囲と規模が全くの桁違いだった。

 咲哉が近接戦闘において強みを発揮できるならばさせなければいいだけの話、長距離から一方的に早い咲哉でも避けきれないだけの攻撃を雨のように続けていれば攻撃できない。じり貧になって押しきられる。降り止まない絨毯爆撃、むしろコレを防いでいる咲哉に驚く。

 故に、街がどんどんと破壊されていく。

「神様ぁ!そろそろ堪忍してくださーい」

 空に浮く少女がさらに攻撃を激しくしていく。

「神話体系内包」

 その手には黄金の弓が握られていた。

「アポロン」

 弦を引き絞り、光の矢を放つ。それはたちまちに辺り一体を吹き飛ばした。

「なッ!」

 同じ攻撃、同じ力、にもかかわらず威力が跳ね上がっていた。それはすなわち、手を抜いていたことを意味する。

 加えて間髪入れずに次の矢を放つ。これは想像以上に油断も隙もない。

「……咲哉が攻撃できる隙を作る。それが、俺達にできる最善だ」

 幸運にも咲哉事態を殺すつもりはない。あの速射性能ならば大技二回で咲哉はとっくに死んでいる。

「やれるか?」

「相手は十字教以外の神様です」

「……奥の手だけは使うな。意識が俺達以外に向きかねない」

 アインはその言葉に強く頷き納得する。

「いくぞ、せーのっ!」

 冬樹とアインが同時に走り出し咲哉の前に出る。神の光の矢、なんとか防げている咲哉はともかく冬樹とアインが食らえば確実に死ぬ。なれば、防げる手段はただ一つ。射たせない事。

 星一つ魔眼を使わずに作り出し、十字の奇跡あらゆる者の苦痛を一身に。

我が元に集え(スタートアップ)大地を照らす星(ザ・サン)』」

 星が爆発し目映い光が視界を奪う。そして……。

「やれ!」

 アインの手に槍のようなものが現れる。それこそはキリスト教における神の死を確認した槍。逆に言ってしまえばこの槍で刺されれば神は死んでおかなければならない。

「聖遺物『ロンギヌスの槍』」

 瞬間、アインが大量の血を吐きながらそれでも、その槍を神の紛い物に投げつける。

「超絶罰当たりです、が!皆を守るためにこの罰当たりをお許しください!」

 矢を射るその前に槍は届いた。レプリカであるためオリジナルほど力は出ないが動きを止め、全身を駆け巡る激痛がナナの意識をぐらつかさせる。

「この……、寄生虫ども!」

 激昂し判断が鈍った。速射で辺り一帯を爆撃していれば、確実に殺すために力を溜めさえしなければ、咲哉の斬撃は届くはずなかったのだ。

 両腕が切り落とす拡張斬撃による攻撃。

 ナナの視線が咲哉を捉える。どこか悲しそうな表情で。

「隙を見せたな」

 一瞬の攻防の果て、咲哉の瞳はナナの死を映した。

 瞳が青くなって、冷たくなって、残酷に確実に切り伏せる。

「椿落とし」

 拡張斬撃と首狙いによる確実な一撃をもって勝敗は決した。ナナの体はバラバラになって空中から落ち地面と強く衝突した。

「……さようなら。ハル」

 辛そうに死体を見つめる咲哉を冬樹とアインは背を叩いて励ます。

「大丈夫か?」

「……大丈夫、大丈夫だよ」

「…そうか。まぁ、詳しいことは今度聞く、今は雨降ってっから急いで帰るか」

「そうです、風邪引かないように、です」

「……雨なんて降ってないよ。雪じゃん」

 さすがに苦しい言い訳を聞きながら咲哉は俯いて頬をつたう物を拭い、ナナに背を向けて歩き出す。

「通信が早く回復しねぇかなぁ」

「もう少し粘るです」

「……咲哉とかの言い訳考える時間になっていいんだけどな」

 瞬間、違和感無く不自然無く、しかし、全身に纏わりつくような気味悪さを孕んだ声がした。

「うーん、泣くかぁ」

 冬樹とアインと会話を聞く咲哉達に馴染むように割って入る声が一つ、ありえないその声に三人とも振り返った。そこにいたのはナナの遺体一つ、だけ。

「咲哉……」

 真っ先に動いたのは咲哉、刀身を黒く染めた刀をとっさに心臓に突き立てようとする。

「……遅いよ」

 一瞬にして死体は炎に包まれ再生し咲哉を牽制する。

「……油断したね。彼女が完成させたのが不老だけだと思っていたこと、ワタシの目の前で権能を使ったこと、首を切る時に不死殺しを使っていれば全部解決したのにね」

 咲哉の顔に焦燥が露わになる。冬樹とアインが見ても何かまずい事が起きようとしているのが直感的に理解できた。

「神話大系内包、別世天津神」

 世界が終わるその序章、神の時代が始まるその先触れ、黄昏を越えて太陽が沈み、長い長い夜がようやく終わりを告げた。

「大権能模倣完了、人の時代よ幕引きの時だ」

 空が砕け散る、大地が割れる、それは二十年前の悲劇よりも遥かに大規模な惨劇。

「さぁ神様、一緒に新しい『セカイ』を創りましょう」




 皆が船に集まって肩身を寄せ合い震え恐怖に耐える。彼ら彼女らを守るようにレーヴァテインは立っていた。

「……咲哉様」

 割れた空を見て奥歯を噛み締める。悲劇が繰り返される。その予感を、不安を押し殺しながら。

「……大丈夫……ですよね……」

 僅かな願いに、希望にすがり付く。

 それら全てを嘲笑いながら踏み潰される。たった一発の爆発が如き攻撃によって。

 彼方より飛んできた何かが船の残骸に叩きつけられた。レーヴァテインが恐る恐る振り替えるとアインが鉄板にめり込んで苦悶の表情を浮かべていた。けれど、そんな状況にありながら空に飛ばされた彼を見た。

「隊長!」

 軽い冬樹は空へと打ち上げられていた。大量の血反吐を出しながら、自由落下し始めるその隙に咲哉が捕まえて地上に降り立つ。

「冬樹、大丈夫?」

「……だい、じょうぶだ、まだいける」

 強気に返事するも体の方はもう持ちそうになかった。

 遠方、直線距離で一キロ先に彼女は佇む。まっすぐと咲哉だけを見つめ、不満そうな顔をしていた。

「咲哉様」

「レーヴァテイン…、冬樹達を頼むね」

「へ…?」

 駆け寄り、咲哉を心配する声で話しかけるレーヴァテインに冬樹を預け前に出る。

「だ、ダメです!これ以上は……、逃げましょう!」

「隠れ家は、あくまで迷い家、手順を踏めばたどり着ける。何より逃走を警戒されている状況で門を開けば追跡される。あの時だって、それで場所が割れたんだから」

 咲哉が手をかざすと刀を鞘が飛んでくる。それを手に取って構える。

「大丈夫、大丈夫だから。ね」

「何が……」

 大丈夫なはずがない。咲哉がそう言っている時は自分は何一つ大丈夫でない。けれど袖をつかんで止めることも、泣いて縋ることもできない。

 振り返って、浮かべる笑みは涙と共にレーヴァテインの手から零れ落ちた。

 フラッシュバックする、あの日が、泣きながら笑い『大丈夫』と機械のように繰り返しながら壊れた心を繋ぎ止め何処にもない思い出を必死に拾い集める彼の姿が。

「行ってきます」

 駆け出す姿を目の前に、レーヴァテインは何も出来なかった。

 そして、咲哉は閃光のように走る。一直線に対象を目指して。

「鬼神……抜刀」

 それは『人』を捨てる覚悟の現れにして、今、咲哉がとれる唯一の最善策だった。

「天上を裂く矢」

 瞳は赤く輝き、その殺気は死を予感させる。

 踏み込んだ地面は割れ、赤い眼光は真っ直ぐと殺すべき対象を見据えた。

 瞬間、直線距離一キロをたった数秒で駆け抜け、音よりも早くナナの目の前に姿を晒す。

 その行動に眉一つ動かさず黄色く輝く光の壁を展開し守りの体勢に入る。

 衝突、居合いによる切っ先がぶつかり尋常ではない衝撃が辺り一帯に駆け巡る。それでも、光の壁に傷一つ付かない。

「無駄なことって、わからない?」

「敵わないと知っても、諦めきれないのが人間だ!」

 踏み込む力を強めた刹那、壁に亀裂が入る。もはや叩き割る勢い、だが、それが光明になった。

 咲哉が振り切る、光の壁が砕け散る。その一瞬の隙を見逃さない。

「素っ首貰い受ける」

 刀身が黒く染め上がる。それは咲哉の魂と結び付きその属性を表出させる。しかし、人と神では根本から違う。人が持つ属性は神ならば在り方へと変わる。つまるところ、咲哉の剣にはこの瞬間、権能が宿る。

 振るわれる、首めがけて迫る刃は確実に不死を殺せる力を宿していた。

 瞳は『赤く』死を捉える。

「無駄だって……」

 振り切る、素っ首が飛んだ……はずだった。

 火花を散らして刃は止まる。皮膚に到達した瞬間何かに守られるように傷一つつかず停止した。

「言ってるじゃん」

 彼女がかざした手のひらに見えない何かがあり、それが膨れ上がって咲哉を包み地面に押さえ付ける。

「がぁッ!」

 水のような空気のような何かが重く咲哉にのし掛かっていた。

「神様さぁ、何で本気出さないの?」

 必死に立ち上がろうとする咲哉を端で眺めながらナナは問いかける。

「全盛期の、ワタシを殺した時の神様なら最初の一手で再起不能に出来たはず」

 しゃがんで見下すように見つめて、口を開く。

「失望しています。ここまで弱くなっていることに、神様になってくれないことに」

「僕は……誠に申し訳ないけど、神であることは捨てた!」

 立ち上がり瞬時に刃を振るう。けれどこの攻撃も傷一つ付けずにかわされた。

「僕を救ったのは人間だ、僕を育てたのは人間だ、僕を強くしたのも人間だ!」

 明鏡止水が崩れる。感情が昂り口調が強くなっていく。

「そんな人々に憧れた、成りたいって思ったんだ」

 その言葉に、ナナの目は睨み付けるように咲哉を見た。

「……人は、人類こそが神々を殺した……」

 奥歯を噛み締めてか細く吐き出した言葉だった。

「人の信仰によって姿形を維持できるならば、人に見捨てられれば神は在り方を失いただのなんの力もない記録と変わる」

 咲哉が唇を噛み自らの生まれた理由に目を向け、自覚させるようにナナは口を開く。

「生き残る術は人にすがり付き人の望むまま力を振るう、もしくは、別世天津神様のように肉体を手に入れるか、しかないのに」

 怒り、悲しみ、それら全ての感情が溢れ出る。

「人になりたい……ふざけていらっしゃるのですか?」

「……神の時代は終わった、なら、自然淘汰されることは必然だろう」

神々(ワタシ)に死ねって言うの!?」

「あぁ。人類に神は不要だ」

 ナナから溢れる感情の奥底にそれは眠っていた。ただ一つの、あたりまえの感情。

「嫌だよ、ワタシ、助けて……」

 零れる涙が、歪む表情が、強張り震える体が、同調してしまった。

「死にたくないよ……()()

 決定打だった。その言葉が、表情が、全てが、天条咲哉の心を乱した。

(咲哉……ごめんね)

 かつての声が頭の中を木霊し意識をグラつかせる。

 故に、ナナの歪む口元に気付けず、それが演技だと悟れなかった。ここに至り、彼女を殺せる可能性は完全に潰え、この瞬間、人類の敗北は決してしまった。




 崩壊した空の向こうは眩い星の光が見える。先のスカイホールによる異界浸食により肺が凍るほどの極寒になり、白い雪だけが元の世界の自然現象として残っている。

 そんな世界の大地で剣戟の音が鈍く高層ビルの隙間に響き渡る。

 多くの者がその戦いに目を向ける。

「咲哉……」

 その戦いに誰も介入できない。それほど高次元の戦い……、否、一方的な蹂躙だった。

 しかし、咲哉はその蹂躙を凌いでいる。刀一本で。

 空を飛ぶ翼の形をした巨大な刀剣の数々、その一つ一つが伝承や神話に登場してもおかしくない性能をしていた。

「何もないところから武器を取り出している……のです?」

「作り出してんだよ。鍛冶神、ヘァイストスの権能で」

「ギリシャ神話は……本当に何でもあり……」

 空中に浮き、ナナを中心に刀剣が円を描くように展開されていく。死の羽が天を覆いつくす。その全てがただ一人を殺すために地に落ちる。

 見守る他ない、冬樹も、アインも、楓も、レーヴァテインすら。

 刹那、黒い閃光が天を駆け上る。

「神楽舞い……」

 咲哉の秘奥義は、ナナが見せた救いを求める表情と瞳によって鈍る。

「あーあ」

 落胆の声、その主はナナからだった。

 飛んでくる無数の刃を凌ぐため構えを解き守りに入るも刀は手から離れ、遠くに飛ばされた咲哉はレーヴァテイン達に視認できるに落下した。

「あぁ…」

 楓の口から絶望に染まった声が漏れた。

 突如として風が吹き荒れ嵐が起きる。冬樹の背筋に嫌な悪寒が走る。

「終わりにしよう。劣化した貴方に興味は無いわ」

 感じ取る。それは世界を滅ぼせる攻撃と。命ある者全てが彼女の行動に恐怖を覚える。

 それは世界創世の大権能の再現にして、原初の力。その力を前に天条咲哉は立ち上がる。その後ろには、彼が憧れたものがあるのだから。

 だから(レーヴァテイン)は彼を選んだのだ。同じものに憧れ、力になりたかったのだから。

「咲哉様!」

 紫色の炎が一直線に前線めがけて飛んでいく。

「手を』

 左足を下げて後方に振り向いた咲哉に手を伸ばす。戸惑いを隠せず一瞬困惑するも彼女の声に応えるように叫ぶ。

「来い……レーヴァティン!!」

 手を取る、肉体は失われ胸に埋め込まれた赤い宝玉のようなコアだけが露出している。それこそが彼女の本体である。紫色の炎は肉付くようにコアを中心に形作られ、レーヴァティン本来の姿を取り戻す。

 何かの文字が刻まれた身の丈を優に超す紫色の両刃の大剣。巨人スルトが振るった終末剣である。小さくなっているとはいえその剣を咲哉は片手で振るう。

 天に振りかざすと真っ赤な炎を吐き出し、周囲の空気を取り込みながら青く輝いていく。

「無茶をしないでよ、レーヴァティン」

『それはこちらのセリフです。咲哉様』

 怒りはない、憎しみはない、そこに居たのは立った二人で世界を人類を守り続けていた永遠の少年少女だった。

 義務ではない。責任でもない。憧れたものを、大好きだった人たちがいた世界を守るため、終末を振るう。創世を打ち破る。

「神話体系内包、人類を排斥し、ここに新たなる神話の地を」

 ナナの声が響き渡る。それは、人類へ向けられた死刑宣告。

「抜刀、我が剣技、ここに」

『魔力貯蓄量4パーセント、全て回します!』

 か細く、消えてしまいそうな咲哉の声は優しく、けれど暖かい。

 その温かさをかき消すように、創世の星が落ちる。

「創世神話『始まりの星(エヌマ・エリシュ)』」

 嵐が収束し光の滴と化す。大地母神を打ち滅ぼした神話は地に落ちて行く。冬樹の『星の滴(ファーストスター)』によく似ているが、込められた力も成しえる偉業も格が違う。

 対するは終末の炎、焼き尽くすは創世の星。

「この星を焼き払う、未だ燻り続ける終末の炎をもって……」

 炎が消えるも刀身は熱によって輝き、灼熱は雪を溶かしていく。

 切っ先を星に向け、反動に耐えるように右足を下げ踏ん張る。

 同時に刀身に刻まれたルーン全てが起動する。

「ここに、神々の黄昏の再演を!」

 放たれるは終末の炎、成し得るは星の破壊、再演するは神話の終わり。

「終末神話『神々の黄昏(ラグナロク)』」

 咲哉の右足が置かれた地面に亀裂が入る。

 放たれた炎は星に向かっていく。が、先に創世が地に落ちた。

 瞬間、落ちた場所を中心に光と風の嵐が広がっていく。ありとあらゆる物を削り、切り刻み無に帰していく。さながらミキサーのように。

 広がっていく嵐の壁に炎が衝突し、そして、若干の均衡を見せたるも……。

「……お…されて…」

 嵐の壁は止まらなかった。

 加えて、圧倒的なバックアップがあった。

 権能の使用の際、消費するものは生命力、体力、魔力の三つである。どれか一つでも機能するが、もし不老不死や神であった場合、本来の使用者に限りなく近い場合、権能は無尽蔵に強化、持続する。

 ナナは限りなく神に近く、不老不死を完成させた肉体に憑依している。

 咲哉は神であることを捨て、その肉体は成長し死へと向かっていた。

 ならば、初めから勝負になどならなかったのだ。咲哉の心が乱れるよりも早く不死殺しで殺しておくべきだった。拡張斬撃による遠距離攻撃の際に刃に乗ったわずかな名残を元に最終調整をさせるべきではなかった。

 だから、咲哉とレーヴァテインの行動はわずかな延命処置で、時間稼ぎ程度にしかならない。

 余波が後方の船に届き始め、地面が抉れていく。

 肩身を寄せ合い、それでも震えるほどの恐怖が薄まらず、恐怖心を煽りながら一際大きな余波が建物や地面に傷をつけながら迫りくる。

 恐怖が、絶望が、心を殺しに来る。年端もいかない子供達はもう諦めるしかなかった。だからこそ、その声は救いだった。

『第三……術式……起動‼』

 シャルロットの声だった。

『ダメ!生身で術式を使ったら…』

『私は……まだ死んで……ない!』

 展開されるは不可侵の守り、戦女神の盾。

『魔力電池から直接魔力装填、展開範囲を前方に限定、固定なし!』

 彼女と接続された人工神経コードにより勝手に彼女が言いたいことと聞こえている音はスピーカーに入る。そのスピーカーから聞こえる彼女の声には血を吐いている様子がうかがえた。

『『機械仕掛けの輝盾(アイギス・マキナ)』緊急発動!』

 光の盾が敵の攻撃を防ぐように展開される。咲哉は場所的に離れていたため守れる範囲に居なかった。

 それでも、子供達や冬樹達を守るには十分だった。

 余波が届いたその瞬間、光の盾は一瞬で亀裂が入る。

『あ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"あ"あ"あ"あ"‼‼‼‼‼‼‼‼』

 それはもはや断末魔、シャルロットの悲鳴が響き渡って、そして、通信が完全に途絶した。

 強くなっていく嵐に、しかし光の盾は耐えきっている。それは彼女がまだ生きていることを、守り切っていることを証明していた。ならば続かねば。彼女の頑張りを無駄にしないためにも。

「……俺の祈りは、人々の幸せを、健やかなる成長を願ってのもの、ならば!守るべきものをこの手で守る……です!」

 固定されていないアテナの盾をアインは押し返す。爪が剝げ、手のひらの皮が削れ、指の骨が折れようとたった一人で、創世の嵐の余波全てを受け止める。

 それでも、守り切れない。盾の亀裂が大きくなり、削れていく。守れる範囲が狭くなっていく。

 その盾を、一人の男が強化する。七つの星を用いて。

我が元に集え(スタートアップ)守護の七星(グランシャリオ)』」

 七つの星が北斗七星を模り、命を削って補強していく。血を吐いて血涙を流しながら、それでも醜く生き汚く、生にしがみ付く。

 これら全てが時間稼ぎにしかならない。

 それを理解していながら愚かな行動をとったことにナナは心底失望し、索敵用と追跡用の権能も停止させ、少しだけ名残惜しくも咲哉の最後を見届けることにした。

 それを、レーヴァテインは見逃さない。

『今です!咲哉様!』

「来い!縁!」

 飛ばされた刀を咲哉は右手で引き寄せ握る。握りしめる。

「……冬樹、君はとても強い人、僕が憧れた人達に近い人……だから…」

 振り返る、名残惜しそうに憧れた者たちを見つめる。こんな状況でさえ生きる事を諦めきれず必死に足搔く彼らの在り方を醜いとも生き汚いとも思わず、美しく尊敬しながら。だからこそ…。

「後は、よろしくね」

 咲哉の表情の真意に気付いて、冬樹は致命傷の体を動かしてかけようとする。けれど、その体は言うことを聞かなかった。

「さようなら」

 剣を地面に突き立てる。瞬間、全員の近くに鳥居の門が複数開かれる。その先は咲哉の家だった。

『ルーン起動、緊急回避、皆様、どうかお元気で』

 レーヴァテインの寂しそうな声すら届かない。

 そして、半纏を羽織った際、着た者全員に特定の方向に引っ張られて移動するルーンが丸一日肉体につけられるように細工がしてあった。引っ張られる方向に門を用意しておけば短時間で大人数を門に誘導できる。

 つけられていないアルマ達には、最終手段である足元に開く方法で隠れ家に引き込んだ。身長分落とすので少々危険ではあるものの大きな怪我なく退避させれた。

「咲哉!」

 笑って、咲哉は見送った。隠れ家である家は迷い家、現世に繋がっている数少ない異界、故にこの嵐は届かない。

 たとえ世界中がこの嵐に飲まれても彼らだけは生き残れるようにと、咲哉が緊急時の対策として考えたもの。

 咲哉の覚悟を決めた悲しそうな、でも優しい顔を見たのは冬樹が最後だった。

 門を閉じる。そこには咲哉とレーヴァテインしかいない。でも、生きる事を最後まであきらめる気はなかった。

「レーヴァテイン!!」

『わかっています!残りの魔力全て出し切って……』

 けれど無情にも、レーヴァテインの魔力は残っていなかった。レーヴァティンが魂を砕いて魔力に変換しようとするも咲哉が剣を後方に投げ刀で嵐を切ろうとする。

 無茶なのは知っている。それでも……。

「死にたくないよ」




 木の机、木の椅子、安物の茶碗にめったに食えない白米を炊いたものがよそってある。

「ほら食え。天上家ほどご馳走じゃねぇが、まぁ、今出せる贅沢品だ。腹いっぱい食え」

「……味がわからない」

「……そうか」

「申し訳ない。僕は、いつも粟と漬物しか食べてこなかったから」

「気にすんな。いつか旨く感じる」

「……うん。ありがとう総一郎」

「堅苦しくすんな。お前は家族だからな」

「……ねぇ」

「んあ?どした(ほひた)

「左手で茶碗を持って食べるのが作法と聞いた。総一郎はどうして左手を出さない?」

「あー、昔、切り落とされてな。生活には困っとらんよ。慣れたからな。それと、作法はその場で指摘するなよ。後々ちょろっと耳打ちする程度でいいからな」

「そうなのか」

「あぁ」

「……」

「……」

「ねぇ」

「ん?」

「どうしてあの女は……死んでまで僕を助けた?命は、大事なものと教わった」

「……命よりお前が大事だった。それだけだ」

「どうして」

「息子だからな。自分の腹痛めて産んだ子供は母親なら大事だろうよ」

「でも……」

「……」

「ごめんなさい。総一郎の娘なのに、僕のせいで死なせてしまった」

「気にするな。あいつが勝手にやったことだ」

「…………………総一郎」

「なんだ?」

「僕は……、生きていていいの?」

「……生きていていいに決まってんだろ。死んだら償うこともできねぇんだからよ」

「……総一郎」

「なんだ?とっとと食って……」

「いただきます……」

「……俺に言ってどうする。食い物に言え」

「うん……ありがとう」

「教えることが、山ほどあんなぁ。世話が焼けそうだ」

 ……あぁ、これ、走馬灯……




 お花畑で、あの日は冠を作ったんだっけ…、彼女が異国の王妃様みたいなの望んでたから。それで…。

「レーヴァテインさん?そこで何をされているのですか?」

「監視するように言われまして」

 僕は僕に指さして、そしたらレーヴァテインが頷いて。

「監視?」

「何をしでかすかわからない、と、お聞きしまして」

「……総一郎に信用されてない?僕?」

 肩をすくめるとレーヴァテインは無表情で答えた。

「片腕の総一郎様に代わり刃物で魚を切ったらまな板ごと両断し、火を扱えば食材を全て炭に変えた方が何を言ってらっしゃるのですか?」

「失敗は誰にでもあると教わったが?」

「限度というものは教わりましたか?」

 あの時はまだ仲が悪かったけな。仕方ないか、互いに恋敵だったしね。

「……何を作っていらしゃるのですか?」

「花冠。立派なてぃあら?はないけれど、お姫様にしてあげるには必要だからこうして作ってるの」

「なんと計算高い行動、妨害もとい邪魔しなければ」

「……性格悪いよ」

「知りません」

「一緒に作るほうがいいと思うけど」

 あの時のレーヴァティンの驚いた顔は忘れられないなぁ。なんで、そんな手が、みたいな顔したんだろう。

「……そう、ですね。一緒に作りましょう」

「作ろ作ろ。ほらこうしてこう」

「こうですか?」

「ちがう。こう」

「こうですか?」

「ちがう。こう」

「……教えるの下手ですか?」

「自分の不器用さ棚に上げて……こうだって」

「こう?」

「そう!」

 これをきっかけにレーヴァティンと仲良くなりだしたんだったね。へったくそで、不格好だったけど喜んでくれたっけなぁ。




「なぁに怒ってんのよう!ごはん冷めるでしょ!総一郎怒るよ!」

「ぶーぶー、そうやって総一郎のこと言ってればいいヨーダ」

「ぐぬぬ、意地張ってないで食べなさい!前みたいにお腹空いたって言って夜中に言い出しても知らないよ!」

 あぁ、ハル……、怒らしたんだっけ……、後にも先にもこの一回だけだったけど、悪いことしたなぁ。

「もぉ、どうしたってのよ。いつもは一緒にご飯食べるの楽しそうだったのに……」

「……僕のほうが先に告白したのに……」

「はぁー?まさか総一郎と張り合って……えぇ、あれ本気だったんだ」

 本気です。遊びであんな面白さのかけらもない愛の告白なんてしないでしょう。花は、かなり地味だったけど。

「浮気だー!不貞だー!結婚して死ぬまで仲良くて死んでもあの世で一緒に居るって約束したのに!」

「重い!めっちゃ重い!あと不貞なんて言葉どこで……聞くだけ無駄だったわ」

「……でも、ハルは総一郎と一緒に居るほうがいいんだよね?」

「……まぁ、私の好みは年上の渋おじだけども」

 あの態度はそうじゃなきゃ説明付きませんもんねぇ!一体いくつ僕の仕事とられたことか!ほんと……。

「……でも、好きって言っても相手にされなかったし」

「断られたの?」

「ガキを抱くほど落ちぶれてないってさ。どうしたの」

「わかんないけど、今総一郎にとても怒ってる」

「いや、怒りたいの私……怒ってるの?」

「うん」

 怒ってたというより、ムカついてたんだよ。僕の好きな人が心の底から好きな人からフラれるって結構その相手ムカつくからな。殺したくなるくらいには。真っ先に呵責覚えさせやがってじーちゃんのこの野郎。

「フフッ、あははははは!」

「なんで笑うのさ!」

「いや、そう、怒ったんだ、怒ってくれたんだ、いっちょ前に嫉妬したんだ、あはは」

「嫉妬?」

「そう、自分じゃなくて別の誰かに私が一喜一憂してんのが気に入らないのよ。だから怒ってんの。自分じゃこんな事しないと私の心を変化させれないから」

 ショックだったけ。ハルに迷惑かけないと見て貰えないって自覚したときは。

「ごめんなさい」

「謝る必要ないわよ。真っ当に人に見てもらいたいって思ってきてんだからさ。あーでもご飯食べないのは悪いことだもんね。なら謝るか」

「全部だよ。迷惑かけてごめんね」

「……全く、それだけ落ち込まれたら本気て証明してるもんじゃん」

 胸柔らかかったな。大きくなかったけど。

「『咲哉』、ほら、指切り、しよ」

「呪いだよそれ」

「呪われていいよ」

「指切り……」

「ん……もし大きくなって、結婚できる歳になって、その時に私の事が好きだったら、ずっと一緒に居てあげる」

「呪いだよ」

「いいの。どうせ咲哉に呪い効かないし」

「魔術師だよね?ちゃんと考えたほうがいいよ」

「じゃあ、私が呪われてた時は……」

 ……。

「私の事、助けてね」

「わかった」

「ありがとう。じゃ」

 なんであの時、こんな約束したんだろう……。この呪いがなかったらあの時……。

「「指切った」」




「でも助けてくれたでしょう、咲哉」

「あ、れ?」

 真っ白い空間に赤い髪と赤い瞳を持つ少女と黒い髪と青い目を持つ少年が立っている。

「な、んで……僕死んだ?」

「残念ながら死んでませーん!死にかけではあるけど」

「じゃあ……」

「あの世じゃないよ。似たようなもんだけど」

 目まぐるしく彼女の表情が変わる。咲哉がいつも見たもの、惚れてしまったものが変わらずそこにはあった。

「まぁさか、あんな簡単な事で心が揺れるなんて誰が思うよ。わかるよ。私も死んだ人が生き返ってすり寄って来られたら泣きながら抱きしめるでしょう。そしてジャーマンスープレックスをですね」

「どこで覚えたのその言葉」

「百五十年幽霊として彷徨ってる間にかな。あの成長できない乳母気取りのあの女、私の不死を完成させるのに人間界で惨めに頑張ってたからなぁ」

「僕は、ハルを助けられなかったんだね」

「助けたよ。あの女が悪魔だったてだけ。ちゃんと咲哉が埋葬までしてくれた墓を掘り返して、協力者と一緒に憑りつけるようにした。その為に、死んだはずの私の魂まで呼び戻してね。あー、掘り返されたのは咲哉が結界出ってすぐだね。よっぽど警戒されてたんだね。臆病なくせして勝てるってわかったらこれだもんホントに……」

「愚痴がよく出るね」

「むかつくんだもん。神様神様って崇めながら、咲哉の事何にも考えないし。咲哉は偶像じゃないってのに」

 彼女から零れる涙がナナの狂気を表している。

「……まだ、私の事好き?」

「好きだよ。何当たり前のこと聞いてるの」

「いや、恋多き人生とか聞いたから」

「恋はしたよ。何なら愛も育みましたよ」

「……その、私の事本当にまだ好きなの?」

「嘘言ってないから。そのせいで何人かにぶたれてるんだから」

「私の事話したの!?なんて話したの!?」

「話してないよ。でも、桜を見るたびに浮かべる表情のせいでね」

「……成長したね。咲哉」

「僕ももう百六十歳ですから」

 笑いあう。どこか夢を見ているようで、どこかフワフワとしている。だから現実味がない。死んでいるかのような感覚。

 だから、泣いて喜べない。けれど、ずっとここに居たいと思ってしまっていた。

「そろそろ、時間かな」

「……そう」

「最後に、さ、看取ったのは何人?」

「二人、ハル含めたら三人」

「そっか。その二人は幸せだった?」

「それを決めるのは僕じゃなくって彼女たちだから。でも、幸せであったならこれ以上望むものはないよ」

「……それでこそ私が愛した咲哉」

「僕の事好きだったの?」

「わかってて言わせようとしてるでしょ」

「もちろん」

 その言葉を言おうとして、彼女は口籠る。それは、恥ずかしくってというわけでもない。むしろ積極的に言うだろう。あの時がそうだったんだから。最後の時がそうだったんだから。

「呪いになるよ」

「承知の上だよ」

「じゃ、いうよ」

「うん」

「……大好きだよ。私を堕とした口づけを思い出すぐらいに」

「うん」

「だから、殺して。助けて。咲哉」

 こんな心の奥底にハルの魂は押し込まれている。そんなことを許す性格ではない事は咲哉が誰よりも知っている。

「レーヴァティンにも言ったげればいいのに」

「会えないんだもん。仕方ないじゃん」

 一歩近づき、言葉をかける。本心を、思いのたけを。

「ちゃんと殺すよ。もう、苦しませない」

「ありがとう。そして、ごめんね」

「謝らないでよ。『俺』なら大丈夫だから」

「大丈夫じゃないくせに」

 咲哉は彼女が零す涙を拭って頬に触れる。彼女の頬はほんのりと暖かかった。長く、恋しかったものだった。

「ハル、また会えてうれしかった。さようなら」

「うん。幸せに、元気でね。レーヴァテインにもよろしく」

 名残惜しくも彼女から手を放す。きっとこれが今生の別れになってしまっても、後悔することはないだろう。最後の最後に言えなかった言葉を伝えたのだから。

「あぁ、そうだ咲哉」

「なに、後ろ髪引っ張るような真似して」

「いやぁ、ちゃんと言っとかないと思って」

 最後に向き直るとほんの少し浦和増しそうな表情をした後、重い口をハルは開いた。

「めんどくさいのに好かれたね。残りの人生、きっと苦労するわよ」




 意識が現実に戻る。同時に自らが置かれた状況を咲哉は思い出す。

 迫りくる創世の嵐、手にした終末の炎は尽き、唯一の得物である刀では心許無い。

 絶体絶命の状況下で約束を思い出す。助けてと言った彼女の言葉を思い出す。あの言葉が自分が作り出した幻であったとしても、彼女の遺体をこれ以上辱めるわけにはいかない。

 わずかに残った神の力を振り絞り、命の灯消えようと為すべき事を為すために。

 たとえ創世の権能といえど所詮再現、ほころびは存在する。ならばそこを突くまで。

 この身潰えようと彼女を殺す。それが救いになるのならば。

 その覚悟を思いっきり壊すように、それは現れた。

「術式起動」

 それは自らの右手で左腕に触れて改造し術式を刻んでいく。

 その術式は今日まで生きてきた中で絶対の守り、不可侵を誇った光の盾。

戦女神の盾(アイギス)!」

 前線に飛び出し左腕を突き出すと光の盾が展開される。シャルロットが使用したものではなく限りなくオリジナルに近くなってしまったもの。おそらく上辺だけのものを模倣して調整された部分が反映されなかった結果だろう。本来なら起動すらしないものが本人のポテンシャルによってほぼ無理やり発動したものだ。

 そして、レーヴァテインと咲哉しかいないこの状況でそんなことができるのは、いち早く事の異常に気付き、ルーンを無効化もしくは無理やり剝がす事のできる魔術師か能力者。

 黒い髪を靡かせて、さながらヒーローのように参上したのは……。

「楓!?」

 恐怖に身を震わせながら、それでも立ち上がって、勇気を振り絞って神の紛い物と対峙する事を選んだ雪村楓だった。

「ごめんね咲哉君。私自分の体の異常には敏感で……」

 咲哉よりも前の地面に着地し、左腕に刻まれたアイギスの守りで辛うじて凌いでいた。

 振り返り見せる、その瞳にはいまだ恐怖が残り、その表情は強がりが見える。

「なんで…」

「なんでって、とても苦しそうな顔してたし、私、貴方の戦いを目の前で見てたんだよ。だから」

 思いの他、他人をよく見ている。バレていたのだ。咲哉が心を殺しながら戦っていたことに。

「遅れて本当にごめん。私、私も戦う。出来ることは、少ない、かも、しれないけど!」

 瞬間、盾に亀裂が入り、押され始める。

 そもそもシャルロットの使っていたアイギスの術式は冬樹によって個人レベルで使いやすく調整されたもの。本来のアイギスの魔術と違い手順や必要なものを削っている。それを上辺だけ模倣すれば一部効果が発動しない。

 魔術を詳しく知らない楓の唯一の失敗だった。

「なんでぇ……」

「火力勝負をしないなら術者をたたく以外解決策はない」

「嘘ッ!?」

「安心して、アイギスには奥の手がある」

 けれどここには彼らがいる。魔剣と、その担い手が。

 咲哉はレーヴァテインを再び手にする。この嵐を止めるために、そして、残ってしまった者を守るために。

「俺の魔力を全部持っていって!」

『いえ、咲哉様の魔力は少量で……な、何をなさって、どうして神性による純魔力が!』

「捨てたものを多少拾った。気にしないで」

『気にします!何故…』

 焦るレーヴァテインの言葉を咲哉は遮る。

「ハルが……、よろしくって」

『…やはり、そういうことでしたか』

「うん。俺の幻じゃなかったらね。さ、協力して」

『了解しました。いつでも』

 左手でレーヴァテインを握りしめる。どこか、熱のようなものを感じ取り、すすり泣くような声を聴きながら。反対の右手を楓の腰の回す。しっかりと密着できるように。

「ちょ…」

「いいから集中!」

 赤くなる楓に渇を入れ、強く抱きしめる。

「冬樹みたいに術式の構造を知ってるわけじゃないし、解析と補強を同時進行で行うしかない。レーヴァテインが補強の材料の代わりになる。少しだけ待ってて」

「くっつくのは解析のため!?」

「そう!」

 咲哉は術式に流れる魔力とそれに伴う規則性などを読み解いていく。同時に、咲哉の権能によりレーヴァテインの準備を行っていく。

「儀式形式の魔術を極限まで簡略化してる……贄も詠唱も魔方陣もすべて害にならない程度に」

 しかしそれは持続させない場合の話。持続させれば神経が焼き切れるほど体内で魔力を回し続ける必要がある。

 一瞬、それの影響が一切出ていない楓に疑問がわくも、すぐに拭い捨ててやるべきことに注力する。

「……やるよ!レーヴァテイン!」

『はい!』

 レーヴァテインが再びコアになり、咲哉の左手の中に納まっていく。

「我が権能をここに!我、『境界を踏み砕く者』なりて」

『レーヴァティン第二権能起動します』

 二人の権能が同時に起動すると咲哉の髪が黒く、瞳が青く変わっていく。その姿を楓はよく知っている人物によく似ていた。

「お…ばあちゃん?」

 続いて、レーヴァティンのコアが白く輝きだした。その瞬間、彼女は魔剣ではなくかつての在り方、自らの意思で担い手を勝利に導く神の剣へと戻っていく。

「過去、未来、現在、ありとあらゆる可能性と、在りし日の異世界。我が手はあらゆるものへと届き、触れられぬものはなく、我が手に引き寄せられる」

『到達、アテナの盾。権能複製、形状記憶、神性獲得。完全模倣不可』

 咲哉が楓を見る。その瞳に宿る覚悟を受け取って力強くうなづいた。

「故に我が手はすくい上げ、故に我は手放す」

 黒い靄のようなものがアイギスを補強、光の盾から黒鉄のような色の盾へと変わっていく。

「『戦女神の盾よ、その視線を持って強大なる敵から我らを守り給え』」

 盾には模様が浮かぶ。蛇の髪、裂けた口に鋭い牙、そして動けなくなってしまうような蛇の瞳。

 それこそは女神ゴルゴーンが刻まれた女神の盾、その力は不可侵に加えもう一つ、この盾を構えられた側は石化する。

「不可侵はアテナの神性と処女性から、石化はゴルゴーンの逸話から。そして、俺らに攻撃を仕掛けているのは、つまりゴルゴーンと向き合っているのは……」

 瞬間、上空の向こうに居るナナに石化の呪いが届く。体内の魔力は滞り、血が、肉が固くなり石へと変わっていく。手足の先からじわじわと。こうなっては権能の維持もクソもない。

 嵐は緩やかに止んでいく。勢いが衰え、創世の力が薄れていく。

「なん…でぇ…」

 いきなりの事態に困惑し、空中浮遊の権能を手放して地面に向かって真っ逆さまに落ちていった。

「最後の最後で俺たちの勝ちだよ。名無(ナナ)




 アイギスが砕け咲哉が膝をつき口元を手で覆う。

「ど、どうしたの、咲哉君」

「……まずいかも」

 そう言った瞬間、大量の血を吐きながら血涙と鼻血が噴出した。

「ちょ…レーヴァティンちゃん!これどうしよう!」

『……申し訳ありません。私も、一時的に……休憩を……』

 意識を手放しかける二人にとりあえず治療行為を試みようとする。だが、一切の効果が見られない。

「こんな事なら十輪さんから治療魔術習っておけばよかった」

 明らかに尋常ではない血の量に焦る。レーヴァテインはコアのまま人の姿が取れないほど疲弊していた。

「……人の肉体で神の力にそもそも耐えられないのよ」

 ゾッとするような生暖かい声、楓がその声に反応し、振り向いた目線の先にナナはいた。石化により手足が砕けているが砕けた先から再生させている。アイギスが停止し石化の進行が失われた為だ。立ち上がれるのも時間の問題だった。

「神様、ほんの少しだけど、昔みたいに力を使ってくれたね」

 その顔は悦楽としている。喜んでいる。死にかけて、でも咲哉が自分を殺すために神としての在り方をほんの少しでも取り戻したことに。

 そして同時に、咲哉を神に戻せることを知って。

 楓が咲哉とナナの間に入ると悦楽としていた表情は一瞬で冷めた表情に変わり楓を睨みつける。

「退け女狐、お前みたいな尻軽女が神様の近くにいるだけで虫唾が走る」

「ど、どかない」

 一瞬怖気づくが、平静を保って睨み返す。

 このままだと咲哉が傷つくと、肉体ではなく心を壊しに来ると察して。

「なんで、なんでいっつも私を救える人達ばっかり!」

「あなたが救いようがないからでしょう!」

 石化した手足を完全に再生させ立ち上がり、その足で一歩、また一歩と近づいてくる。

「神様は私を救ってくれた。だからもう一度、救ってもらうんだ」

「身勝手、言えた性質じゃないけど」

 ナナが浮かべた笑みは狂気そのものだった。人の恐怖を煽り、不安にさせていく。だからこそ、雪村楓という女は立ち向かう。

 楓の本質は勇敢である。恐怖、絶望、不安、それらに真正面から立ち向かういわゆる英雄気質。けれど、彼女自身、自分に対する評価はかなり低い。他人を煽るだけ煽って人任せにすることは多々ある。少々性質が悪い。

 けれどこの日、彼女は冬樹に思いっきり叱られた。まずは自分が行動しろと。他人任せにするなと。

 そこまで言われたならば、彼女に迷いはない。誰かを守ること、だれかを救うこと、強大な敵に立ち向かうこと。

 それは、在りし日に咲哉が目にした憧れだった。

「ありがとう、楓」

 その声に、楓は振り向いた。

 レーヴァテインのコアを手に、血を吐いて、血涙を流しながら、体の内側がズタボロであることを知りながら、それでも倒すべき敵を見据え、限界の体を起こして立ち上がった。

 天条咲哉は、刃を手に笑っていた。狂気的な笑みではなく、微笑むように。

「だめだって、そんな無茶したら……」

「大丈夫、大丈夫」

 楓にそういうと彼女の前に出る。倒すべき敵に立ち向かうために。

 空を見上げると未だ元に戻っていない。

 咲哉の権能を模倣し、ナナは世界の隔たり、異世界との壁を破壊したに過ぎない。ならば権能を停止させたところで世界は元には戻らない。

 やることは一つ、最大深度の神性で権能を使用すること。

 そこに、世界を隔てる壁が破壊された状態が門であると仮定して、初めて咲哉の剣は空を裂けるようになる。

「神様……」

 ナナが咲哉を呼ぶ。かつて切り殺した相手は最初に恋をした人に憑りついて好き勝手していた。けれど、そこに憤りという感情は生まれなかった。

 あったのは憐み、そこまでしなければならない彼女の境遇への憐憫だった。

 だから、はっきり言っておかねばならないのだ。

「『僕』も、俺も、お前を助けない。助けられないよ」

 その言葉に、ナナは打ちひしがれる。

 そして、レーヴァテインの炎が収束する。

 炎の剣レーヴァテイン、その在り方は終末の剣であると同時に神の剣でもあった。

 明確な形を持たない。剣であり槍であり、矢であったり、故にレーヴァテインは担い手によって姿形と力を変え、最適解となる。

 けれど咲哉にだけは最適解はなかった。そこで編み出したものが咲哉の権能によりすべての神話や伝承の武器の情報を引き出しその形になることだった。

 すっかり権能の力が弱まり引き出せる情報が少なくなってしまったが、一つだけ即座になれるものがある。

「『神太刀』抜刀、これこそは、天条咲哉が捨てた神の力の一端である」

 身の丈を越える大太刀、それはかつて咲哉が自らの力を分断する際に使用した今は無き彼の神器だった。

 それを片手で握りしめ振り回し肩に背負う。

「『別世天津剣(ことよのあまつのけん)』」

 世界を分かつ、対世界の大権能を宿した大太刀。

「この一刀、冥府の土産に持っていけ!」

 ふと、放心状態だったナナの意識が巨大な神性を感知したとともに引き戻される。

「は、へ?なんで!?神の力は捨てたはずじゃ……!?」

「生憎と、失くした物を拾い集めるのは、得意でね」

 上段の構え、足を大きく上げるその構えは秘奥の技。

「神楽舞い・雪月花」

 一刀両断、彼の刃は世界を斬った。

 砕け散った空は刃が通った後、割れて元の空へと戻っていき、両断される寸前ナナは即座に空間がゆがむような門を開いて何処かへ退避しようとしたが間に合わなかった。

 その瞬間を後ろで見ていた楓は息を飲む。その姿は、かつて見た憧れのようで。

「……あー、逃げられ……」

 致命傷を負ったナナは死んだことを確認される前に門に飛び込んでいた。

 レーヴァティンは力を使い切り形を維持できずにコアだけを残して霧散する。

 そして咲哉は、神の力に耐えきれず大量の血を吐きながら意識を落した。

 最後に聞こえたものは楓の声。うまく聞き取れず何を言っているかわからない。視界も真っ赤に染まり焦点も合わない。泣いているのかすらわからない。

 でも、暖かかった。人の温もりに、触れてくれた楓の温もりに、いつぞやの恋を思い出して。

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