夢馳せる2
技量、技の冴え、気迫、全てにおいて負けている。唯一勝っていると思えるのは経験ぐらい。いや、それさえも今越えられようとしている。
インペリアルは頬を掠め、反った片刃の剣によるカウンターが瞬時に飛んでくる。それを防ぎ、一定の距離が開いたその刹那の後、全身に渇を入れ突撃する。
この拮抗がいつ破れるのかわからない。それは多くのしのぎを削った後なのか、瞬きの後なのか、一瞬も油断できない状況が続く。
神経が削れる、精神が磨耗する。で、あるはずなのに……。
「はっ、これほど……」
笑ってしまう。
あまりにも楽しくてなぁ。儂が、どこまで出来るのか……。
目に見えてその戦いは異常だった。
アリウスの烈火の如き槍技、剣槍を扱っても衰えることの無いその強さは最強と呼ぶにふさわしい様をしていた。にも関わらず、咲哉の守りは一切崩せない。それどころか必殺となりうる反撃を隙あらば永遠と打ち込んでくる。
レベルの高い戦い。楓が一切立ち入ることの出来ない、本物の殺し合い。
彼女の足がすくむ。本当にこのままで良いのかと。水を差してはいけないことなど理解している。その上で、咲哉が死んでしまうかもしれない、殺されるかもしれないという考えが頭から離れなかった。
ネガティブ思考、悪い方悪い方へと考えてしまうが、ある種、最悪だけは避けれるその思考回路を彼女は回してしまった。
瞬間、その考えに引っ張られたかのように咲哉から血が吹き出した。
先程一瞬だけ見せたアリウスの奥の手、瞬間的な超強化による刺突の攻撃が咲哉の右脇腹を浅く貫いていた。
しかし咲哉もただでは転ばない。瞬時に刀を振り下ろす。
が、一瞬ではあるが鈍った攻撃はむしろ隙となった。
片手で手首を掴まれ、肉に突き刺さった刃で傷口を広げようと力を込められる。それを察し咲哉は退いてしまった。そこに追撃するように傷口へ蹴りが入る。
「ゥグッ!」
咲哉が痛みに顔を歪めるも近付いたアリウスの首めがけ刀が振るわれる。けれどそこにアリウスは居らず、
少し離れた場所で雷を纏い、呼吸を整えていた。
「……いっつぅ……」
致命傷ほどではないが血が流れる。それを見た楓が手助けをする覚悟を決める。
それを見越してか、背を向けたまま咲哉は楓に話しかけた。
「手を、出さないで」
心を読まれたかのように楓は驚き、そして同時に自らの覚悟を口にした。
「……死ぬかも知れないんだよ!?」
「だからだよ」
やけに重い言葉を投げ掛けられる。
「楓を死なすわけにはいかない。死なせたら……」
少し口ごもった後にボソリと楓に聞こえないように言う。
「アイツにあの世でなんて言われるか……」
しかし楓は耳が良い。ボソリと呟かれたその言葉をしっかりと聞いていた。
けれどその言葉の真意を聞くよりも早く咲哉の意識は敵に向く。
「話は終わったか?」
「うん」
「そうか……では」
アリウスが槍を構え足に力を込める。
「そろそろ本気を出してもらおうかの」
雷を纏い高速で突撃する。喉元めがけて飛んできた切っ先を逸らすように咲哉は自らを守る。
「本気を出していないと?」
「おうとも!少なくとも、昼間程の殺気はない!」
再び距離を取る。次は命を貰うとその目が語りながら槍を構えていた。
「儂一人では役不足か?それとも……」
「いや、『僕』は本気で戦っている」
「ならばなぜ……」
「もし、アリウスがそう感じているのなら、それは『僕』の心の問題だ」
咲哉は大きく呼吸をする。肺が凍るほどの冷気は咲哉の体に害をなすこと無く吐き出される。
「気を引き締めろ咲哉、目の前の敵は」
瞬間、楓の目には咲哉の口元が一瞬だけ綻んだように見えるも、瞬きをすると元に戻っていた。
「強いぞ……」
もう一度呼吸をした。大きく吸って、白い息と共に吐き出す。そうして向けた瞳は蒼かった。
「無名一刀……」
それは異様だった。先程まであった殺気が一切無くなって……。
「椿落とし」
咲哉が駆け出した瞬間ゾクリと背筋が凍る。殺し合いを楽しむという余裕が一瞬で吹き飛ぶ。
アリウスは直ぐ様守りに入る。が、迫り来る刃の色が黒色へと変わっているのを見て体を仰け反って回避行動へと変えた。
勘は当たった。首元めがけて振るわれた刃はその延長線上にある建物を切り裂いた。
それは咲哉の拡張斬撃、例え当たっていなくともその先にあるものを切る咲哉の魂に付いた力によるもの。
「覚悟、殺すという覚悟が甘かったんだ」
咄嗟に槍を薙ぐが咲哉の姿はそこにはない。
「これぞ武芸が究極の一つ、心に滴波紋一つ立たず、鏡のごとく静まる」
真上、顔を上げると花が舞うように跳躍した咲哉の姿があった。
「明鏡止水の極致にて!」
アリウス目掛け落下の力が乗った刃が振るわれる。
刃は槍の柄で防ぐも膝が折れる。
「クッ……」
「ごめんねジェイド、約束……守れなくて。『俺』も悪い大人だね」
咲哉が地面に足が着くと反撃が開始される。防戦一方、しかし今度はそもそも防ぐこと自体しない。すべて避けていく。
「さぁ、僕と死合うか」
「……おうとも!」
笑うアリウスに瞳を青く輝かせる咲哉、再び距離をとって構える。
瞬間、咲哉の神気に当てられたのか、インペリアルの力が増していった。
それはまるで今にも槍そのものが動き出しそうなそんな雰囲気を醸し出しながら。
「……生きてたのか、その槍」
竜気が溢れ出し、雷に炎に風に変わっていく。
インペリアル、王家の人間にしか扱えない国宝、かつて建国時代の王が危機に陥ったとき自らを武器へと昇華させた年老いた竜王の剣槍。
その時の王は力を持たないただの頭の良い人間だった。ならば、アリウスにも国を滅ぼせるだけの力が扱えないわけが無い。
今その時の力を解放しているのはアリウスではなく、竜王インペリアルの意思であった。
『使え。今だけ許す』
人に過ぎた力を身に宿す。それこそは竜の鎧。刃を通さず、剛力を手にする。しかし……。
「鎧はいらん。機動力を寄越せ」
『ッ!……よかろう』
そうして身に宿すのではなく炎を吐く足甲、雷の如き駆ける脚力、目に見えぬ無数の刃、の三つを纏う。
咲哉を見る。刀を片手で持ち微動だにせず待ち構えていた。
「再三、すまぬな」
「……切っても良かったが、それだと僕が殺したいだけになるからな。それは納得がいかないだろ」
それこそは人外魔境、人の身で人を捨て、人外となってなを高みを目指す。
そこに誇りはなく、そこに願いはなく、そこに暖かみはない。
求めるものは最強という肩書き、闘争という名の殺し合い、死の果てにある冷たさ。
その先が地獄であったとしても、二人は笑って地獄を歩むだろう。
今まさに地獄の一丁目、その第一歩を歩み出した。
二人同時に動き出した。擦れ違い様に互いの刃が触れて火花が散る。
刹那に咲哉の皮膚に無数の切り傷が出来る。見えない風の刃、それを、最小限の傷で済ます。
視線が動く、瞬時に老いた瞳と青い瞳の目が合う。
体が動く、敵の攻撃を見極め守るか、敵の動きを見て隙を突くか、常に選択が迫られる。しかし、二人に迷いはない。
ノーガードの殺し合い、守りなど考えず目の前の命を死なす事を真っ先に優先した。
先手はアリウス、足の裏から炎が噴出し体の向きを真逆に向け、首目掛けて槍を薙ぐ。
それを読んでいたかのように咲哉の刃で受け止める。
咲哉の足が地面についた瞬間回転して槍を受け流しながら振り返る。
左下から右上に向けての切り上げ、それを龍の顎の形をした槍の鍔で受け止め刃の付いていない柄の反対側で咲哉を殴る。
咲哉の足がさらに回転する。それは舞うように足を運び体全体を回転させながらアリウスの攻撃の真下に潜り込み回避する。
刀を手放し間合いに入る。繰り出されるは武器を失った武士が戦うための技術、柔術。右手首、首を掴み背負い投げを繰り出した。
背中全体が地面と衝突し強い衝撃にアリウスの意識が一瞬飛びかける。続けざまに肩の関節を外しにかかるが纏われた雷と炎による加速により飛び上がり咲哉を空中に放り投げる。
アリウスが無理矢理肩の関節を外しながら空中で加速、拘束を抜け出し空に飛ぶ。
ゴキゴキと音をたてながら関節を元に戻し一定の距離を離れた瞬間、旋回しながら咲哉に向かって槍を構えて突っ込んでいく。
それを見ていた咲哉は手のひらを縁に向ける。
「来い!」
瞬間、地面にあった刀が空中の咲哉に向かって飛んで行き、右手でしっかりと掴み取る。
しかし間に合わない。手に取った時にはすでにインペリアルの切っ先は咲哉の面前に迫っていた。守ることしか出来なかった。
インペリアルの切っ先に刃を当てて身を守るも踏ん張る力のない空中ではそのまま押されて建物に衝突する。
そこからコンクリートの建物を薙ぎ倒しながら貫通する。
巨大な建造物、かつてスカイツリーと呼ばれた塔に衝突すると真上に向かって飛び上がる。
頂上付近まで飛翔すると咲哉はようやく体を捻って槍の攻撃から逃れる。見えない風の刃をその身に受けながら。
それでもまだ死んでいない。体は、心は、まだ折れていない。
咲哉の足裏に刻まれたレーヴァテインのルーンが輝き、その効力が復活したその刹那、アリウスと同等かそれ以上の速度で空を駆ける。
飛翔し旋回するアリウスと違い直角に鋭く曲がる咲哉の動きは応用力と柔軟性があった。そのせいか、防戦一方だった咲哉の動きが変わる。
空中で回避をし、拡張斬撃で広範囲を斬り倒す。それは空中でのアドバンテージが逆転した事を意味した。
だがこれで終わるアリウスではない。リーチで負けるならば懐に入る以外策はない。故に最速で直線に咲哉に向かって攻撃をする以外に勝ち筋はなかった。
それを理解した上で咲哉はカウンターの居合いの構えを取った。
「人よ恐れよ」
炎の噴射口が増える、力を溜めてそして吐き出した。
「竜王の一撃」
初速最高速で咲哉に向かって飛んでいく。翼を持たない人間が空を飛翔し、人外の一撃を見舞う。
それこそは、ありとあらゆる壁を破壊してきた無敵の突き、それを。
「無名居合」
咲哉は冷静に対処する。
「空亡」
皮肉にもそれはかの災害と同じ名を持った抜刀術。しかし、命を潰すという点は同じだった。
刀と槍の刃が衝突し、風が巻き上がる。
衝突した刃がずれ、槍と刀両方が勢いを落とすことなく火花散らしながら敵に向かって飛んでいく。
咲哉の左肩にインペリアルの穂が、アリウスの右肺に縁の刃が肋を避けて入る。
「「ガッ!」」
痛みに悶え双方の勢いが衰え得物から手を離してしまう。
一瞬の攻防、決着は後僅か。
故に、たとえ得物が変わったとしても、命尽きるその刹那まで、刃を振るい続ける。
咲哉が左肩に刺さったインペリアルを引き抜き手にする。もはや左腕は動かない。しかし、それは幾らでも補える。
アリウスが左胸に斬り込まれた縁を手にして痛みで飛びかける意識を高揚によって取り戻す。呼吸は浅くなり力が抜けていく。だが、そんなものこの戦いの前ではどうにでもなった。
力を振り絞り双方、空気を蹴って敵に迫る。
咲哉は空中で回転を加えながら槍を薙ぎ、アリウスは突きの構えで急所を狙う。
落下しながら、限界ギリギリでありながらそれでも戦った。
これが最後でもいいと年老いた騎士は思いながら。
二人が地面に衝突する。土煙を巻き上げて。
見る者は誰もいない。最後の決着は、寂しくも静かに二人の鬼の間で行われた。
「あ"ぁ"!」
アリウスがうなり声をあげながら立ち上がる。その手には咲哉の刀である縁が握られていた。
「……ッ!」
咲哉が痛みが走る左肩を押さえながら立ち上がる。その手には竜王の剣槍『インペリアル』が握られていた。
満身創痍、もはや戦う力など残っていないはず。にもかかわらず、二人は構えた。
「……」
「……」
静寂が包み込む。再び舞い降る雪花が彼岸花に見える。
そんな状況の中で、構えを解いたのは咲哉だった。
「何のつ……」
「得物を変えよう」
咲哉がアリウスの足元に転がるようインペリアルを投げた。
「そっちの方がフェアだろう」
「……そう……だな」
アリウスは笑ってその提案を受け入れた。
「ほれ」
縁を咲哉に投げると吸い込まれるように咲哉の右手に飛んでいき掴み取る。
「ありがとう。やっぱり、こいつの方がしっくり来る」
そう言うと咲哉は刀を鞘に納めて居合いの構えを取った。傷でまともに動かないはずの左腕をちゃんと添えて。けれど先程のものとは明らかに構えが違った。
「無名……いや、百花流秘奥技」
アリウスも構える。ゴロゴロと鳴る肺に空気を無理矢理いれて呼吸を整える。
「ドラゴンストライク」
笑う、これが最後だとしても悔いはないのだから。
再びの静寂、先に破ったのは咲哉だった。
昨日今日の戦闘でかつ同じ状況で咲哉はほとんど先に動くことはなかった。それ故にアリウスは一瞬戸惑うが、その動きを見てただ一点の隙を狙うことに注力した。
咲哉のそれは先の先、敵の動きを予測した上で行われる先手必殺の極致。
対するアリウスのそれは後の先、敵の動きを見た上で自らに有利な受けをする後手必殺の極致。咲哉が散々行ってきたこと。
この状況で有利なのはアリウス、戦闘経験が豊富なベテランならば圧倒的に優勢になる。
咲哉はむしろ功を急いでしまった。そう取れる動きをしていた。
踏み込み、溜めて、突き出し、咲哉が迫るべき場所に必殺の突きを繰り出したその時まではそうだった。
槍は空を穿つ。そこに咲哉は居なかった。居なければいけない場所に奴は居なかった。
咲哉が居たのはその少し後ろ、半歩後ろだった。
そこで気付く、先程の咲哉の高速移動に目が慣れきってしまっていたことに。
(あぁ……)
直線的に迫り来た咲哉が目の錯覚により少し速度を落としていることに気付かなかった。
(死ぬる)
瞬間、咲哉の重心が右斜めに落ち、槍から繰り出された見えない刃と灼熱の炎は誰もいない場所に吐き出された。
鯉口を切る、刃が光る。そして黒く染め上げられる。
「神楽舞い・桜流し」
鞘から抜かれた刃は容赦なくアリウスの胴を切り裂く。が、浅い。
アリウスの瞳は未だ死んではいなかった。
最後の抵抗、槍を引き咲哉に直接ぶち当てにかかる。その最後の攻撃は左腕に掴まれた鞘によって防がれる。
(ここに来て、ここに来て勝ちに来るか)
負けた、アリウスはここに来て完全に負けた。ならば後は死を受け入れるだけ。
片手の上段の構え。
「百花流秘奥技ノ弐」
足を上げ、地面にぶち当てる。震脚により地面が割れ、重くあらゆるものを砕き切り裂く一刀が振り下ろされる。
「神楽舞い・雪月花」
振り下ろされた刃はアリウスの右肩から真っ直ぐ下を切り落とした。
痛みはない、むしろ清々しいほどの敗北だった。
いつの日にか見た英雄の影が消えていくほどに全てを出しきったのだから。




