夢馳せる
「これよりスカイホールの閉門に移る」
船がスカイホールの近くに移動し船首から冬樹が魔法を起動させる。
「どうするのだ?」
側でティアラが冬樹に問うた。
「閉門の魔方陣を星を使って向こうで描く。その後こちらと向こうから同時に起動させて閉じる」
「上手く行きそうか?」
「やってみせる」
冬樹の魔眼からの視点が門の中へ飛ぶ。
「なんだこれ……空間断層で……いや、重なってんのか……」
ある程度の解析と共に門を抜け、瞬時に星を飛ばした。
眼下に広がるは冬樹たちの住まう世界と良く似た、しかし全くの別物の世界が広がっていた。
そして視界に飛び込むは小さな炎の光だった。
「……は?」
それは、争いの光、戦火だった。
それなりに大きい街のあちこちで火の手が上がり、人々が甲冑を来た兵士から城に向かって逃げ惑う。
壁は制圧され外から内側に、逃げ場を完全に塞いで徹底的に攻め続ける。それはまるで、虐殺だった。
瞬間、冬樹に助けるという選択肢が浮かんだ。しかし、救いを拒むように、最後の最後に城から一条の光が打ち上げられ門へと突入する。
とっさにティアラを抱え伏せる。すると冬樹達の居る世界の門から船の甲板に人が当たればただではすまない速度で何かが投げ出され、停止した瞬間何かしらの加護が解けた。
同時、城に居た髭を生やした高貴な服を着た男性は自らの終わりを察してか否か、門が開いている空を見上げて声高々に叫ぶ。
「後は、任せるぞ!我が子達よ!」
その一瞬の後、遥か遠方に居る何かと冬樹の視線は交わる。何かがこっちを見ていると察せれる悪寒があった。
助けるという思考が一瞬で吹き飛ぶ。今すぐ閉じなければもっとヤバイ何かがこっちに飛んでくる予感があった。
下唇を噛み締め立ち上がり拳を握りしめ、冬樹は瞬時に決意する。
「我が身の内より現れろ」
向こうの世界に星が届くと瞬時に陣を描く。
「俺が挑むは世界の亀裂、世界の異常、ならば!俺が行うは世界の修正!」
門の下と上に星の陣を何層も重ねて確実に門を閉じにかかる。
「『世界調律・異界幽閉』」
一筋の光が空から門を貫く。それは向こうの世界も同じく。
光の柱が門を閉じ、閉じると同時に視点と星の制御が消え、役目を終えたように魔術が消えた。
勝った。逃げ道を塞ぐという形で戦意を削いで降伏させるために。
けれど願うならば、戦った彼らが自発的に退いてくれる事こそが冬樹にとっての完全勝利だった。
煮えきれない気持ちが胸中を渦巻く。もっと平和的に解決できたんじゃないかと、考えても仕方の無い結果論が頭を巡る。
ため息混じりに星を見上げた瞬間、ガタンと音がした。
全員が音の発生源に視線を向けて構える。それは門から投げ出された木箱のようなものから発生していた。
「父上?もう大丈夫ですか?」
少年の声がして、木箱が内側から叩かれる。
「ちちうえー!出てもよろしいですかー?」
木箱を細い生足が蹴破って出てくる。
「……ん?どこ?ここ……ちちうえー?」
「皇子!」
「ん?」
薄緑色の白髪、エメラルドの瞳の少年が現れた。服装は蒼に近い紫で染め上げられ金糸で編まれた美しい刺繍は見たことの無い花を象っている。
「グレイ?ロスター?なにゆえ傷だらけで……」
瞳が揺れる、怯えて体が震える。そうして徐々に、自らがおかれた状況を理解し始めていた。
目の前でそれは行われた。
不死を殺す、人外未知の超技術、もしくは神の権能。
だが、白髪赤目の少年は自らの力でやってのけた。かつて彼が見た、最強無敵の英雄のように。
燻っていた何かに薪をくべられた。消えかけていたものが再燃する。
アリウスはその光景を血を吐きながら、けれど静かに刮目した。
拘束された体を無理に動かそうと、前に出ようとする。
それを見て楓はより一層拘束を強めた。
「何故だ、何故、不死を殺せる……」
それは咲哉に向けて放たれた言葉。その言葉に咲哉は振り返る。
「……不死は、本当に死なない訳じゃないよ。生と死は表裏一体、切っても切れない物、だから上から死なないという概念で塗り潰す。そうすると不死もとい不死身が出来上がるけど、結局、生死の概念は克服できていない。なら、本気で、全力で、集中して、切れば殺せる」
咲哉が彼の前に立ってそう説明した。
曖昧で理解などできない。言葉にできない何かが咲哉の力の根元に存在しているのだから。
けれど、アリウスは納得できていなかった。
「誰に教わったのだ!どれ程の鍛練を積み上げたのだ!儂は、それと同じことをできる人間を目標に戦場に立っておったのに!」
「それこそが過ちだよ。不死を切るは、命を奪うことでは成し得ない技なのだから」
歯噛みする。根本から違ったのだから。全てが、見ているものも、手にしている業物も、身に付けた技術も。
ふと、初めて咲哉と出会った昼間を思い出す。無力な少年に見えた彼は剣を手にした途端に怪物のように見えた。けれど違う、それは自らの中にある恐怖、手の届かない強き者という恐怖対象が咲哉を通じて見えていただけ。ならば、今見えている少年、神々しさすら放つ今の咲哉こそが本来の彼の姿、見るべき姿だった。
「あぁ、そうだったのか」
何もかもが失われた。もはや残るものはない。それを知ってか、咲哉は楓に提案する。
「拘束を解いてあげて」
「でも……」
咲哉の優しそうな笑みが全てを物語る。
もう、終わったと。
「……わかった」
楓がアリウスの拘束を解くと膝から崩れ落ちて項垂れた。
目指していたものへとは続かない道を歩み、願っていた強さには届かないと実感し、祖国の繁栄と存続は露と消えた。
全て取り零した。この手にはもう何も……。何も……。
けれどその手には槍が握られていた。
咲哉が脇を通り、楓の元へ歩み寄る。
「ありがとう。助かったよ」
「いや、偶然だよ、偶然」
「偶然~?」
ニヤニヤしながら咲哉が質問する。
「船から落ちた時にタイミング良くぶつかってきたのは何だったのかな?」
「ギックゥ!」
「あと、彼を拘束した時も臨機応変に対処できるように広範囲の地面を柔らかくしてたよね」
「わーわーわー!!それ以上言わないで!!」
楓が顔を赤くしてあたふたとし始める。
「本当に、ありがとね」
偶然を装いかったようで、唸りながら照れ隠しをする。
「ははは」
二人で上の仕事が終わるまで待つつもりだった。のんびりと、一息着こうかと思ったその瞬間、身の毛がよだつ殺意が全身を貫いた。
咲哉の持つ驚異の気配探知、それは、逆に気配が強ければ錯覚を起こす。
故に今までとはキレの違う居合いを真後ろに向けて放つ。しかしその場には誰もいない。少し離れた場所に槍を手にした老騎士が居た以外は。
「……どうしたの咲哉……」
「下がって」
「え?」
「今すぐ下がって!」
始めてみる余裕の無い険しい表情を浮かべ、強張った声音に気圧されて咲哉の指示にしたがってしまう。
咲哉が刃を鞘に納め居合いの構えをとる。
「どういうつもり?もう戦う理由はないよね」
アリウスは口を結んで何も答えない。ただ、槍を構える。
咲哉の目が据わる。見極めるわけでも、蔑むわけでもなく。この次に来る攻撃が大体予想がついていた。故に見切ることに注力した。
咲哉の予想は当たる。アリウスは一直線に咲哉めがけ突撃し槍を突き出す。その突きを、咲哉は最小限の動きで槍を避け剣で槍を破壊する。
鮮やかなるその剣技を間近で見てアリウスは確信する。
「……やはり、儂が目指した道の先に……小僧、いや。貴殿は居たのだな」
「何を……」
「儂はな、かつて見たのよ。不死を殺し、戦場を駆ける英雄を」
アリウスの瞳に少年のような輝きが宿る。
「儂が戦場に立つ頃には死んでおったがな」
咲哉が数歩引いて剣を構える。
「あの英雄を殺す、その目標は終ぞ果たされぬ物へ変わったが……」
瞬間、アリウスの瞳が咲哉に向いた。
「のぉ、貴殿ならば……」
「『僕』がそんな、戦闘狂に見えるか?」
「見えぬ。が、殺し合いとなれば否が応でも殺すだろう?」
「…………ふざけた冗談だよ」
アリウスが自らの鎧を脱いでいく。兜、胸当て、腰当て、残ったものは手甲とすね当てから下、それ以外は布地の服だった。
「ふざけてなどおらん。儂にはもう何もない」
アリウスが左手を宙に広げ何かを掴もうとする。また武器の召喚が来ると思った咲哉は最大限警戒した。
「だがのぉ、思いの外残っておったものはあった」
「へぇ?何?」
「培った技術と経験。そして名前と、命」
瞬間、雷が走る。
「昼間は、名乗らずすまんかった」
それを咲哉は見ていない。雷を炎を風を纏いし龍王の剣槍を。
「儂の名はアリウス・ユーティルス。最強を目指しただけの男よ」
その左手には後方から飛んできたインペリアルが握られている。彼の祖国にて国宝と呼ばれる王家の血筋しか手にできないはずの武器が手に握られている。
「……何で戦うの?」
「貴殿に勝ちたいからじゃ。儂が見た最強にもっとも近いからな」
「俺の……、『僕』の……、意思は?」
「殺し合いになればその意思も関係なかろうて。何より、戦う気がなければ逃げとる」
その言葉通り、咲哉はここに立っている。どこか気になっている。アリウスの強さが。
だがそれは周りを危険にさらす行為、それはできなかった。が……。
「……一つ、お願いがある」
「ん……」
咲哉が恐る恐る口を開く。
「これは貴方のワガママ、俺以外に危害を加えないなら、やってやる」
「重々承知の上よ。儂は、お主以外と戦うつもりはない」
その言葉に裏は無い。その思いに偽りはない。ならば、咲哉が成すべき事はただ一つ。
「わかった、殺るよ。その代わり後悔だけは今のうちに済ませておけ」
アリウスの口角がグッと上がる。その表情から余程であることを読み取った。
「皆伝に至らず、無名の剣技を振るうことをここに詫びる。だが、過つことなかれ、この剣技は我が研鑽、我が鍛練、我が才の果てと知れ」
咲哉が刃を抜いて構える。
左半身を前に、けれど右手で持った剣は地面と水平に、脱力しているようで筋があり、揺れているようで止まっている。
「剣術無名、我流、天上の咲哉。いざいざいざ!参る!」




