対界戦争ー決戦ー
『魔法』と『魔術』には明確な違いがある。
魔法とは生まれつき備わるか、人から人へと継がれていく理の力。
魔術とは魔法を再現しようとした様々なアプローチの事。
炎で例えるならば、魔術は小さな火種を魔力でブーストさせ大きくさせるとか、火が起きる状況を作り炎を灯すとか、魔力を操ると発生する故意の自然現象を用い発火現象が起きているように見せるだけ。
しかし、魔法ならばゼロから魔力を炎に転じて燃やせる。
魔力を操作するか、変換するか。
故に絶対的な壁がある。届くことはあっても越えることのできない壁が。
そして、東雲冬樹は魔法使いである。
星を造る魔法。それが東雲冬樹に備わった魔法。
一つ作れば『大地を照らす星』、爆発させれば眩しい光で視界を塞ぐ、最も輝く星。
三つ作れば『夜に浮かぶ大三角』、物理的な破壊力を持って攻撃する武器の一つ。
七つ作れば『守護の七星』、自身とその周囲を守る無敵の守り。その守りは物理だけではなく呪いや概念といった物も防ぐ。
造り出す星の数と配置によって効果が変わる魔法、しかし、冬樹の魔力は決して潤沢とは言えない。一つ作れば一割は持っていかれる。全力を出しても十の星を造り出すのがやっとである。それではドラゴンは倒せない。
一つの例外を除いて。
冬樹の右目は魔眼である。観測の魔眼、星見の瞳。見る以外できない魔眼は東雲冬樹の魔法ひいては魂に結び付くことで天文台の役割を果たす。
その魂の分類は世にも珍しい星の概念、輝かない星、即ち惑星、地球である。
天動の地球という魔術の世界では役に立たない矛盾の塊が魔法をもって生まれ、魔眼を手にしたことで条件次第ではあるが魔法使いとして無類の強さを誇る。
その仕組みは星を造る際の行程をいくつか飛ばし、魔力の消費が激減、潤沢と言えない魔力量で無数の星を造り出す。
リアルタイムで見えている星の数、配置でしか扱えないが空を覆うほどの星を操る。そして星が見える場所で、月が出ていない夜、であれば東雲冬樹という魔法使いは最強となる。
それは神の名を冠した至上二人目の大偉業。見上げる天幕から手の内に収まる天体球へ。
星を落とし、操る。人間の肉眼で見える四千を超える星を生成した場合のみその魔法は名を得る。
それが……
『夜空を映す星図』
総数一万を超えた星々は彼の周りを天動するように回る。
ドラゴンを墜落させ、地に星を落とした魔法使いは、ついに本領を発揮する。
空を飛び回るクラウンに無数の星が追尾する。否、追い込む。
あり得ない速度と角度の旋回、五十メートルある巨体を瞬時に移動させるほどの推進力があればこその神業。
それに対して使用される星の数はほぼ全て。冬樹は自分の近くに百ほどの星を置いているだけである。
一発一発は弱いが配置、数、特定の条件を達成することで強力な力を発揮する。
特に状況変化から発生までがもっとも早い攻撃、十以上の星が纏まり強力な放射がもっとも厄介であった。
追い詰める、星の軌跡が監獄ように夜空を覆う。自由である空を不自由へと塗り替えていく。
冬樹より高い所で攻防一転、急停止から急降下を始める。一身に膨大な数の星をぶつけながら冬樹めがけて加速する。
「我が身の内より現れろ」
七つの星が北斗七星を象る。守護の陣形に向かってクラウンは奥の手を使う。
それは槍となった竜王の模倣、自らの魂を限界まで武器という概念と融合させ自らの肉体を強力な兵器と変形させる。
ジェット噴射のような飛翔に、槍のような頭部、対象を体当たりで貫くための最適を選ぶ。
それはシャルロットがクラウンにやって見せた体当たり戦術だった。
「『守護の七星』」
衝突した瞬間、周囲の空気が震え衝撃と共に守りにヒビが入る。ほんのわずかな時間で守りは突破されそうになるも、冬樹の周りに浮遊していた透明な魚が結界の前に現れる。
(星、配置、複製)
冬樹による操作から使い魔による操作へ変更される。そうして行われるは守りの多重複。張られる守りの結界は冬樹がより強力な星の配置を行うまで新たに何度も張られていく。
「我が身の内より現れろ」
冬樹の詠唱、その言葉が出た瞬間にクラウンは離脱する。
「チィッ、変な勘だけは鋭いなまったく」
百の星を用いた配置図は無意に終わる。しかしこれで敵の底は知れた。
冬樹の瞳に確かな勝利のイメージが映る。
「ヘイエ」
(準備、完了、いつでも)
「ありがとう。今のうちに皆の治癒に当たってくれ」
(主、必ず、勝ち)
「あぁ」
透明な魚が冬樹の側から消える。補助の無くなった全ての星は冬樹の意のままに。
全ての星を一斉掃射、クラウンを確実に追い詰めていく。
対して、音速で飛翔しこれら全てを撒く。
こうなってしまうと魔力が枯れた方が敗北し、桁違いの魔力生成を誇る魔力炉を持つドラゴンの方が有利になってしまう。
だが、冬樹の心に焦燥はない。こうなってしまっても勝てる自信があったのだから。
「…………」
静かに、着々と、配置図は書き換えられていく。
星が姿を現す、全ての星が露になる。
その瞬間、千の星を圧縮、一際大きく眩く光る星を七つ生成し、『夜空を映す星図』の効果と七つの星以外が消滅した。
突如として変わった戦況、クラウンは旋回し冬樹に向かって突っ込んでいく。
冬樹の星が配置につく。その配置は星を線で繋げるとよく知る星座と化した。
「『夜空映す星図』配置図抜粋」
七つの星で象られしは星の帯を身に付けし英雄の座。
「配置図現実投影」
七つの星が砕け冬樹の背後で大弓へ姿を変え、魔力の弦が一人でに引かれる。
同時に、クラウンが再び赤雷、黒炎、血刃を身に纏い高速を遥かに越える速度でソニックブームを発生させ、かつ回転しながら自らを槍とさせ突撃する。
「『女神を射止めた狩人の』」
星の弓に光の矢をつがえる。突撃してくる巨竜に狙いを定める。
途端、光の虚像が現れる。筋骨隆々の長身の男が現れる。それは弓を握り矢を引き絞る。
それこそがオリオン、ギリシャ最高峰の狩人の一人。冬の星座の代表。
ならば、この場に置いて彼に射抜けぬものはなく、彼が討てぬものはない。
冬樹が右腕を大きくあげる。そして……
「『狩猟』」
振り下ろすと同時にオリオンが矢を放つ。
刹那、それは光の線となって空を走った。
たった一瞬で、遥か彼方の地平線に光の矢は消え、瞬きの後に空間ごとドラゴンの弱点、魔力炉である心臓を完全に撃ち抜き肉体の七割以上を削り取る。
クラウンは失墜しオリオンは消えた。アラクネの脇を落ちていき船が大きく揺れる。
「目標墜落、『夜空を映す星図』停止、怪我してる奴はどれだけ居る?」
とっさに冬樹が船員の心配をするが、目の前に透明な魚が飛んでくる。
(主、未だ、倒しきれず)
一瞬の戸惑い、けれど右目はその亡骸だったものがまだ生きていることを確認する。
思考が止まる、意識が微睡む、鼓動が停止する。
死骸となった肉片が地に向かって落ちていく。
「あ……る…………ま」
(何かしら、ドラゴンさん)
高貴な服装とは裏腹に少女は悪戯に微笑む。
夢の中で。
「……あ…………る………………ま」
(ほらほら、もっと高くまで飛んで見せて)
はしたなく城内を駆け回った後に背に跨がってベシベシと叩く。
夢の中で。
「……………あ………………………………る………………………ま……」
(貴方は、我と共に居てくれるのか?)
無理に笑い、その瞳から涙を流して多くの悲劇を耐える姿があった。
夢の中で。
「………………………………………………………………………………………………ぁ」
(お願い……。我を、わたくしを独りにしないで…………)
走馬灯が駆け巡る。死の間際にて見た最後の光景。愛しの人が鎧を身に纏い戦場の真ん中で涙を流し生涯を共にしたいと願っていた相手の、クラウンの死に泣き叫ぶ。
(いやだ、くらうん…………いかないで……………………たすけて……)
思考が再開する、意識が覚醒する、撃ち抜かれた心臓を再生させる。
彼方へと轟く咆哮、大地を、空を、震わせた。
賭けるものはまだあると、犠牲にできるものはまだあると。
自らの魂を割り、砕き、溶かす。魔力へと変換し急速に力へと変えていく。
最後の飛翔、勝っても負けても命はここで絶える。あの笑顔に二度と会えないと知っていても、不死と化した竜は雲の向こう、空飛ぶ船、星を落とす男を目掛けて空を駆ける。
再生しながら飛び続ける。肉体の全てを取り戻し駆け巡る。
多くの思い出を失っても、不出来な不死をそれでも行使し続ける。
彼女の為に。
雲を抜ける、星空の元へ辿り着く。そうして瞳に入ったものは、空を駆ける星々だった。
「あぁ……」
(見て見て!綺麗な星空よ!)
(ありがとう、わたくしのわがまま、聞いてくれて)
見惚れる、その美しき光景にかつてを思い馳せる。
天幕をまるで流星群の様に、黒い布地に散りばめた砂粒のような星が落ちていく。
それら全てが、東雲冬樹の作り出した星と気付いたときには全てが遅かった。
数多の星が彼の手の内に収まっていく。
それこそは最終奥義、使用までに時間がかかってしまう故に使う機会のない星落とし。
「『星の滴』」
鳥籠のように指先だけを合わせた手の中に束ねられた星が落ちる。
小さく雨粒のようなそれは眩い光を発しながらクラウンに衝突した。
瞬間、音もなく衝撃もなく広範囲に光が行き渡る。地上にすら届きうるほどの光の爆発は炎すら効かないドラゴンの鱗を焼き尽くす。
船の底には光が当たらないように七つ星の守りが展開されていた。
触れれば灰すら残らない光熱、もし、クラウンにぶつからず地上に落ちていた場合辺り一体が灰塵と化していた。
次第に光が収まる。月の無い星空が視界に広がる。
「忠告と誘導助かった」
(生体、反応、消失)
透明な魚が冬樹の周りをふよふよと浮かぶ。
「……本命に移るぞ……」
(主、遠方、怨嗟……)
ヘイエの言葉に冬樹は彼女を、十輪とアインに連れて治療しに行くティアラに視線を向けた。
「……彼女は大丈夫だ。お前の言うものには……」
(怨嗟、少女、否定)
「は?」
透明な魚が冬樹の目の前に来て意見を否定する。
(白髪、赤目、女顔)
いま思えば、彼と彼女はほぼ同時に現れた。
(今一度、神、御注意)
ふよふよと浮かぶ透明な魚に、冬樹な戸惑いを見せることは無かった。
「わかった。だが、いまはこっちが最優先だ。その話は、地上に降りてから……」
一瞬、言葉が詰まる。けれども、きっとそういうことなのだろうと言い聞かせて……。
「咲哉に……聞いてみる」
その言葉を聞いて寂しそうにその場で回って、そして透明な魚は消えた。ここから先は自らのバックアップは必要とされないと悟り。
「……さて、シャル!まだ行けるか!?」
『問題ありません!まだ行けます!』
『治療はこちらにお任せを。気兼ねなく、世界に挑んでくださいませ』
船が再び動き出す。目指すは空に開いた大きな穴、異世界からの出口。
一行は星を落とす魔法使いを筆頭に空を行く。
地上にて、白熱した接近戦が行われる。
炎と雷と風が驚異となって襲い掛かる。それを片っ端から切り落としていく少年一人、一振の刃を手に剣技の極致を繰り出す。
武器の性能差を技量で大きく上回る。一度『技』を使わせれば必殺の剣が万物を両断する。
二対一の戦いであるはず。なのに……。
「ハァ……ハァ……」
「どうなっているの……ハァ……どうして呼吸一つも乱さないの」
双方全力を出している、にもかかわらず呼吸を乱すどころか汗一つ掻いていない。
天条咲哉、その剣技は遥か高み、人のみで挑むには些か高過ぎた。
「……アルマ団長」
本来の目的、三人で足止めしインペリアルの投擲により咲哉を仕留め総攻撃を仕掛ける。しかし、うまくいかなかった。
それはそれでいい。大まかな作戦は複数考えられていた。こうして咲哉を戦場から排除できていることも大局的に見れば大きい功績だ。
ならばあとは迎えが来ることを望むのみであった。
影による門、ロスターの影中移動を駆使すれば……、だが、ロスターが迎えに来る気配はなかった。
「……あの影使い」
アルマとアリアスが咲哉の言葉に反応する。
「ある程度離れると影の門を使えないよね」
アルマの背筋が凍る。ロスターの力を見抜かれて。
「使い勝手、あまり宜しくはなさそうだったから」
瞬間、咲哉の高速二連撃がアルマの身に纏う鎧の弱点、肘の所にある筋肉の腱を断つ。これで武器は握れなくなった。
「ァ"ッ!」
「アルマ様!」
アリアスが一瞬にして激昂する。
その瞬間見せたのは咲哉ですら追いきれない足運びによる視線切り。
一瞬の内に肉体が耐えきれないほどの強化を行い血反吐を吐きながら咲哉の背後に回り咲哉の喉元に刃を届ける。
届く、一センチほど刃が突き刺さるもそこで止まった。
「グゥッ!この……女ぁ……」
とっさに咲哉は離れると、アリアスの体が地面が変形して作られた粘土のようなものに身動きを封じられていた。
「……ナァイス」
「う、上手くいったぁ!」
泣きべそを掻きながら楓が変形させた地面にアリアスは封じられた。
「……勝った?」
子供達がすぐにどうにかしようと魔術を起動させようとするが対する咲哉は地面に仰向けて倒れているアルマを鎧の上から踏みつけ喉元に刃を当てる。
「もう終わり、こんな不毛の争いはやめにしよう」
瞬間、激しい光が空の上で起きる。星の光、冬樹の魔法の光だった。
「……俺達の勝ちだよ、投降してくれる?」
優しい言葉と掛けられると同時に空からそれは降ってくるそれをアルマは最初に目にした。光によって全身を焼かれ不死を得てそれでも主の為に戦い続けた憐れな竜が冬樹の星の滴を受けて落ちてきた。
それは痛みなぞ比べ物になら無い悲痛の叫び。声にならない悲鳴。涙を溢し、落ちてくるそれに、騎士団の長としてではなく、一国の姫として、一人の女として、名前を呼んだ。
「ク……ラ……ウン……イヤァ…………クラウン!」
名前を呼ばれてもその竜は動かない。自重に任せて落ちるのみだった。
武器を捨て、戦う意思を捨て、誇りも捨てて、その場に居た敵全員が戦意を失う。
もう、為す術など無いと知って。
けれどその中で一人燻る。まだ心の奥底に滾る何かを宿した人がそこには居た。




