対界戦争ー開戦ー
空は厚い雲に覆われ雪が降る。あの雲の向こうに世界を蝕む穴がある。それを常に右目は監視し続ける。見ることに特化した魔眼は一時も文字通り目を離さずに。
「お勤めご苦労様」
甲板に立つ冬樹は声をした方を振り向く。
「咲哉……レーヴァテインのお説教はもう大丈夫か?」
「なんとかね。これからどうするのかと怒られたけど」
暖かそうな服装をしている咲哉は冬樹の隣に立つと服を一枚寄越した。
「昔、魔術師やってた頃のレーヴァテインが編んでくれた半纏なんだ。良かったら使って」
冬樹は半纏を手に取り袖を通した。
「あったけぇ。こんなもん作れるなんて結構名の知れた魔術師だったんじゃねぇか?」
「多分ね。あまり昔の事には干渉しないからわかんないけど」
「そうか……」
冬樹が沈黙するその傍らで咲哉も同じように空を見上げる。
赤い瞳が揺れる。炎のように。
「冬樹……」
「ん?」
「頑張ってね」
「?お、おう?」
咲哉はその言葉を残してその場を立ち去った。
その言葉が何を意味するのか理解できないまま。
十輪がアインの手のひらの傷を直すその最中、咲哉が訪ねてくる。
「居た居た、はい、半纏」
「ありがとうです。急にどうなされたのです?」
「いや、今寒いから少しでも暖まってもらおうと思ってね」
アインも十輪も袖を通すと思いの外暖かった。
「おー、これは良い奴」
「サイズは同じのしかないから小さかったらごめんね。今皆に配ってるんだ。船員の皆には配ったから後はティアラと楓ちゃんとシャルロットちゃんだけなんだけど」
「シャルロットちゃんなら下の方から入る方法があるから試してみて」
「ありがとう。二人とも頑張ってね」
咲哉が退出する寸前、アインが呼び止めた。
「咲哉さん、最初は仏頂面です。が、今の笑ってくれる方が好感が持てるです」
その言葉に照れくさそうに笑って咲哉が自分の手で頬を押して口角をあげる。
「そ、そう?なら良かった。昔っから緊張すると表情が出なくて……。そっか、うまく笑えてるのか。ありがとうアイン」
そのままにやけた状態で退出し、二人は見合って首を傾げる。
「あんな性格の人です?」
「そうなのでわ?じゃないとあんな風に喜ばないでしょ」
「シャルロットちゃーん」
『ちゃん呼びはよしてください』
『そうですよ咲哉様』
アラクネ制御室に二人は居た。現在は最終調整中でレーヴァテインがバックアップしていた。
「人が神話の兵器を再現して作るなんて流石」
『船が空を飛ぶのがですか?』
「うん。空を飛ぶこと自体そうだよ」
咲哉は機械に繋がれたシャルロットの近くに半纏を置いた。
『咲哉様……それは……』
「半纏、もし仕事が終わったら着てみてね。暖かいから」
『ありがとうございます』
「それじゃ、頑張ってね」
咲哉が制御室を後にしようとするとシャルロットが質問する。
『そういえば、私のチョコレート知りませんか?』
「チョコレート?あっ」
ふと、初めて会った日に冬樹から貰った甘い菓子を思い出した。
「……あー」
『……知ってるんですね』
「冬樹から貰ったようなそんな気がする」
『ありがとうございます。後で隊長シバキマス』
咲哉はスタコラサッサその場から逃げるように制御室を出た。
『もしかして、この半纏何か細工が?』
『……特には。私が、外出できない咲哉様の為に色々と魔術的加護を施した以外は』
『そうですか。なら、大丈夫そうですね』
寒いと呟きながら体を震わせる楓の元に咲哉がやって来た。
「大丈夫?これ着る?」
「あっ、ばんわ咲哉さん。これ半纏?こんなもので暖かくなるはずか暖かぁい!」
「レーヴァテインのお手製半纏。暖かいからどうぞ、あげるよ」
「良いんですか?レーヴァテインさんに許可は?」
「許可は貰ってないけど誰にも着られない服なんて飾り物と一緒だからね。誰かに大事に着て貰った方がタンスの奥底に眠るよりは良いと思う」
咲哉はそう言って立ち去ろうとするが、楓は咲哉の袖をつかんで止める。
「あっ、ごめんなさい」
「いいよ。どうかしたの?」
咲哉は楓の隣に立つと少女の方を向いて待つ。
「……助けてくれてありがとうございます」
「大丈夫、俺でよければいつでも助けるよ」
笑う彼に見惚れて楓は言の葉を紡ぐ。
「あの、好きな人……とか、居る?」
「……居るよ」
「あーーーーでぇすよねぇ」
沈黙が気まずさを増させる。けれど勇気を出して楓は聞いてみた。
「どんな、人なんですか?」
「……明るくて、厳しくて、優しくて、強い人」
「正反対……」
「まぁ、そろそろ諦めないといけないとは思ってるんだけど」
その言葉にハッとする。諦めると言うことはそういうことだと。
「……あの!」
「ん?」
「私と付き合ってください!」
「無理。楓ちゃんの事何も知らないし」
「ハーーーーァ(高音)」
あからさまに落胆する彼女を咲哉は慰める。
「知り合うということで、まずは友人から、ね」
落胆から一転、目を輝かせて咲哉の言葉に頷きまくる。
「うん!友人から!友達から!」
ふやけるように笑みを浮かべて喜ぶ楓を咲哉は白髪を揺らして笑い返す。
肉体年齢だけ同じぐらいの少年少女に囲まれてティアラは揉みくしゃにされながらも笑みを浮かべて楽しそうにしていた。
「どうも」
「どーも!」
「半纏くばってんのお?」
「そうだよ。暖かい?」
「「「暖かーい!」」」
「そっか!なら良かったよ」
ティアラにも半纏を渡すと着方がわからないと言わんばかりの表情で咲哉を見る。
「これはここに腕を通して、そうそう。そっちも。そしたらここを結んで。はい、これで大丈夫」
「暖かい。これは、良いものだな」
「そっかぁ、なら良かった」
じゃあねと咲哉は手を振って何処かへ行った。
「変わった人だよね」
「うん。なんか、気付いたら楽しく笑ってるよね。あまり笑ってるところ見た覚え無いのに」
作戦開始三十分前。
遥か遠方の丸い大きな建物の中でクラウンは治療を受けていた。
片翼を切り落とされ、決死の主戦力暗殺は咲哉によって防がれた。
それでも得るものはあった。
「クラウン……」
「今しばらくお待ちを。我が主」
どういうことか、クラウンの回復速度は本来の竜の速度を越えていた。それ故か翼は既に形を取り戻している。
「しかし、あのおなごの様な小僧、よもやあの船の端から端までを瞬時に移動してこようとは。これはもはや身体強化も保有していると見て良かろう」
「加えてあの技量、搦め手を用いても拮抗しないやも」
アリウスとグレイは対咲哉戦に向けて策を巡らせる。
「やはり、強力な一撃があればあの守り、突破できるやも」
目線を向けるはアルマの剣槍『インペリアル』のあの投擲ならば可能性があった。
すかさずアルマの元へ馳せ膝を着き頭を垂れる。
「アルマ団長、儂と共に白髪の小僧を戦ってはくれませぬか」
少年少女四人がクラウンの治療を施す最中に巨竜の顔にくっついて離れないアルマが返事をする。
「勝てると?」
「見込みはあります」
「……えぇ、ならば。アリアス、我らの王国にて最強の名を欲しいままにした騎士よ。あなたの策に乗りましょう」
アリウスは返事をしないままその場を離れた。
「グレイ、儂、団長の三人で小僧をやる」
「ロスターはどうしますか?」
「既に潜伏済であるが故、小僧を足止めた後に主戦力の五人を暗殺。我らの飛竜とクラウン殿は注意を引く陽動に。子供達は地上で待機させる」
頷く、その策が磐石なものと信じて。
「……少し前に敷かれた魔方陣を用いてドラグーンを召喚しておきましょう」
「そうしておこう。クラウン殿の決死の突撃が水泡にならぬうちにのう」
アリウスとグレイは急ぎその場を離れ咲哉と戦っていた跡地へと向かう。
アルマとクラウン、そして子供達を残して。
「ジェイドとアリシアが居ないから上手く魔術が使えないよ~」
「弱音を吐かないでマリア!」
「でも、ジェイド、魔術詳しい、騎士見習い、なのに」
「ブリッジの言うとおり、アリシアさんは魔女の血脈だから詳しいのは当たり前だけど」
ただの治癒魔術でも二人の技術と知識有っての事、それ故かいつもより時間が掛かっていた。
「……四人とも、もう大丈夫です。少し休み……」
「「「「大丈夫です」」」」
アルマの言葉も跳ね退けてクラウンの治療を行う。
「我が主、貴女の部下であれば頑固者でしょう。ここは諦めるべきです」
どこか笑うクラウが憎たらしく、アルマはコツンと頭を拳で小突く。
「そうですね、我の部下なら頑固者でしょうね。貴方含めて」
ほんの少しの幸せに身を委ねる一人と一匹は今は黙って身を寄せ合った。
「死なないで、我のクラウン」
「死なぬとも。我がプリンセス」
のろけてるなぁ、と端で治療に専念する子供達は思いながらその手は止めなかった。
作戦開始十分前。
咲哉は一度自宅に帰りジェイドとアリシアの様子を伺いにやって来た。
「ご飯美味しい?」
「ンムッ!」
居間で余った握り飯を頬張り予期せぬ訪問者に驚いて喉に詰まらせたのか、むせて咳き込む少年と背中を擦る少女が居た。
「な、何しに来たッスか!」
「いや、ここ俺の家……」
「占領済みッス!」
どう見ても居候しているだけの少年の主張を乾いた笑いで流す咲哉にアリシアは感謝を述べる。
「……豪勢な食事をいただきありがとぅ」
「お、おい」
「……ねぇ?ジェイド……。この人なら助けてくれるか……」
その言葉がジェイドの逆鱗に触れたのか、拳を振り上げる少年の腕を咲哉はとっさに掴む。
「それは、流石に見過ごせないよ」
「離せ!これは、俺達の問題ッス!」
「だとしても、子供ながらに鍛えた肉体でも人を殴ればどうなるかぐらいわかるよね」
怒りに満ちるジェイドとは裏腹にアリシアは殴られるのも覚悟していたのか一切微動だにしなかった。
「……私は彼女、アルマ・ドラゴンスレイユに雇われただけの魔術師で、本来共に戦う理由は無いんだよぅ」
「お前!」
「だけど、ジェイドの為なら私は戦えるんだよぅ……」
その言葉にジェイドの表情が複雑なものに変わり、腕から力が抜けて咲哉の手のひらからするりと落ちる。
「……私達の国は、あと数ヵ月で……」
「アリシア……」
「……」
「頼む……お願いだから……もう」
「……あと数ヵ月で滅ぶ……。もう、後戻りできないんだよぅ」
その場で崩れるように座るジェイドを見詰めながらアリシアは無情に現実を突きつける。
「王都が攻め込まれるまで指で数える程度、第一から第八の皇子皇女はアルマ以外死亡、残った王の子供達はまだ幼すぎるよぅ」
「それでも!アルマ様が……」
「新しいドラゴンウェポンを持って敵を殲滅してくれる?建国王にして竜友の英雄ように?それはむりだよぅ」
咲哉に語る筈だったものをジェイドに言い聞かせるように語る。
「無理じゃないッス……、絶対……だって……王家は奇跡を……」
「その奇跡は誰かが犠牲になって成し遂げたものだよぅ」
反論の余地はなく、ジェイドは言葉を失って、ただただ泣いた。
「だから、だからね、二人で逃げよう。こっちの世界に」
「嫌だッス。故郷を失うぐらいなら、戦って死にたい」
誇りはひび割れかけ、辛うじて保っている信念は今にも壊れてしまいそうで、それでも、彼の心が死ぬことだけはなかった。
「……ジェイド」
「……」
けれどもその様はとても諦めろ等言い出せる状況ではなかった。
「少年」
咲哉が二人から見えるように脇に屈んで口を開いた。
「少年にとって、守るべきものは何?国?王室?」
「それは……」
言葉を詰まらせるも、考えてジェイドは答えを告げる。
「人、国民、か弱い人々ッス」
「なら、死んだら守れない。生きて守る道を探した方がお得、だろう」
咲哉は静かに立ち上がり庵を出ていこうとする。
「どうして……励ますようなことするッスか」
「聞くけれど、少年の前に居るそこの少女は、君の守るべき人々ではないのかい?」
咲哉が居間から土間に降りようとするととっさに脱ぎ捨てた下駄が散乱していた。
「『僕』から見れば、矢面に立って戦ってくれている少年の事を心配しているように見えるんだが」
咲哉の言葉に何かを気付かされる。
「恥も外聞も捨てなされ、自分の身一つ生かせずに何を救える。何が守れる」
「……変な人ッスね」
「……うん」
土間に降りて咲哉は出ていこうとしていた。
「俺はこれで、喧嘩はしないでね」
「待つッス」
手を振る咲哉をジェイドは引き留めた。
「……こちらの世界での作法は知らないッスけど、どうか、お願いします」
皮肉にも頭を下げて乞い願う様は土下座の形となっていた。
「あの人達を殺さないでくださいッス」
「君が信頼する人達が負けると?」
「あんたが戦う様を間近で見てたッスから」
足袋のまま土間に降り草履を拾いあがり框に座って履く。
「難儀だよ。正直、死んでも止まらなそうな人達なのに」
咲哉の後ろ姿にジェイドは頭を下げ、アリシアは語る言葉を持たずにただただ黙り込んだ。
「……約束はしない。加減ができるほど強くはないからね。けど、善処はする」
その言葉に少年は面をあげる。
「本当ッスか!?」
「子供の願いを無下にするほど俺は落ちぶれてないよ」
立ち上がり振り向く。少女のような顔に上絹のような髪、宝石を埋め込んだような赤い瞳が炎に照される。そんな彼が緊張しているのか不器用に笑みを浮かべた。
「じゃあね」
優しい声音は炎のように温かく、けれどどこか憐れむように視線を外す。
自宅の玄関を出る。ほんのりとアリシアの宥める声とジェイドの咽び泣く声が籠るように響いて漏れる。
咲哉の胸中になんとも言えない怒りが湧く。
思い返すはほんの少し前のドラゴン襲撃。その際、少年少女を優先するわけではなく、冬樹の暗殺、船の破壊を主目的としていた。その行動は二人を見殺そうとしたと思える行動。
怒りが湧く。
それでも、アリシアはジェイドを生かそうとし、ジェイドは頭を下げてでも殺さないことを懇願した。
「子供にここまで言わせるのか」
咲哉が門の前に立つと左手を少し開く。
瞬間、家の中からわずかな隙間を通って日本刀が飛んでくる。拵は簡素、特に装飾を施されていない代物。しかし、その刀身は手入れの行き届いた業物だった。
「行くか」
銘を、くさり断ち『縁』は腐れ縁、即ち悪縁を断つ刀であり、人を縛る鎖を斬る刀でもある。目に見えぬものを斬る刀は同時に咲哉に足りないものを補ってくれる。
刀を腰に差し、咲哉は門を潜り閉じた。その先が戦場であると覚悟して。
作戦開始直前。
冬樹はモニターに映る魔力観測数値とスカイホールの周辺状況を見ながら自らの仮説と事実を擦り合わせていく。
その様子を咲哉は少し後ろで見ていた。
「どう?いける?」
「……わかんね」
操舵室、舵なんてどこにも見当たらないがそれでも人はここに集まっていた。
「アラクネ、魔術駆動部異常なし、魔力供給安定、術式展開準備済、魔力供給係より魔力電池に接続済」
操舵室は咲哉と冬樹以外にアインと十輪が臨戦態勢に、ティアラには楓が付いており三名の船員が異常がないか確認している。
他の船員は全員緊急時に備え魔力不足が起きた場合の予備として所定位置についた。レーヴァテインが直接魔力を供給しているが対策を重ねている。
「スカイホールからだだ漏れる魔力さえ無ければ『アーク』に通信とれて、助けを申請することもできたんだがなぁ」
「出来ないもんは出来ないで諦めて。私、隊長に賭けてるんだから」
「ですです、頑張るです」
皮肉を言うだけの余裕はまだあった。
「……スカイホールの先はまだブラックボックスだ。俺の目を持ってしても至近距離からじゃねぇと向こう側は観測れない」
「じゃあ、やっぱり俺が必要か?」
「あぁ。頼む、咲哉」
「わかった。今度、つぶあんの美味しい菓子屋でも紹介してね」
「……………………わかった。お前と今後も関係があるならな」
着物のままの咲哉にもはや寒いのかどうかすら誰も聞かないが戦力強化としては申し分なかった。
冬樹が立ち上がり、深呼吸して、一息ついて、目の前のスピーカーをオンにする。
『……東京奪還作戦隊隊長、東雲冬樹……です』
船内に響き渡る冬樹の声は思いの外緊張で震えていた。
『俺の、奇跡に近い竜退治の実績を信じてくれてありがとう。信じれなかったやつは、不安にさせてすまなかった』
本来は魔術師の彼はその身にかかる重圧を物ともせずに肝を据える。
『安心しろとは言わない。が、公開はさせない』
冬樹は覚悟を決めて口にする。
『俺の、東雲冬樹の本領を魅せる時!』
瞬間、船の外装部に魔力が走る。
『東京奪還作戦、改。空門を閉じる者を開始する!』
術式が展開される。それは多くの神話の中でも数少ない代物の再現。
『シャルロットより東雲隊長へ、術式接続完了、起動の許可を』
『許可する。頼むシャル』
『はい!』
術式に魔力が走る。術式が白く発光する。
『第二術式起動、外部魔力炉より術式に装填開始、展開対象の状態良好、機体内の重力地場固定開始』
船内に術式が走り、ずしんと一瞬重くなるが、すぐに楽になった。
『重力地場固定完了、装填完了まで残り十秒』
海に張った氷にヒビが入る。船全体が大きく揺れる。
『九、八、七、六……』
瞬間、楓の背後の僅かな影から気付かれないように手が伸びる。短剣を持って。
完全な死角、誰の目にも入ってはいない。しかし、一瞬の後、影から伸びる短剣は空を斬る。
「見つけた」
ロスターの気配を察知した咲哉が楓とティアラを瞬時に引き寄せ刀の先を影を媒体とした門の中に捩じ込む。
影の中にいるロスターの頬を掠め、腕が影に沈むと共に門は閉じ、咲哉の刀も折られる前に引き抜く。
「咲哉何が……」
「続けて!」
咲哉が操舵室は飛び出すと一目散にシャルロットとレーヴァテインの元へ急ぐ。
アインと十輪は何も気づかなかったが、飛び出した咲哉を見て冬樹が察する。
その瞬間、術式の緊急停止が頭を過る。一瞬の判断、間違えてはならない。止めればレーヴァテインとシャルロットが奇襲に気付く。しかし、シャルロットの命の保証はない。最悪の場合、船の制御は誰にもできない。
直感を信じるか咲哉を信じるか。
否、その時の冬樹は誰でもない、シャルロットを信じた。
『五、四……』
『シャルロット!右下!』
シャルロットの意識は術式の起動に向いたまま、首を動かし視線は機械の隙間に向く。瞬間、短剣がその隙間から飛んでくる。瞬時に右腕で短剣を防ぎ、視線を離さずに術式の起動を急ぐ。
しかし、短剣の二投目は背後から。しかしその投擲は飛び込んできた咲哉によって防がれる。
「さんっ……にぃ……!」
レーヴァテインが瞬時に魔術による治療を平行して開始する。
「いち!」
咲哉が瞬時にロスターが開いた門を捉え次は腕をねじ込み引きずり出す。
「やっと出てきた!」
「貴様っ!」
影のない広い場所に放り投げ膠着。
「ぜろ!発動!『空を行く大帆船』」
船が大きく揺れて鋼鉄の船は大きさを可変させる魔法の船の力を得る。しかし、その真骨頂は可変ではなくもう一つの力。空飛ぶ船と化すことである。
アラクネ、ギリシャの蜘蛛に変えられた悲劇の女性はしかし、戦女神の盾を携えた少女によって空を目指す船に変わった。
『シャル!』
冬樹がスピーカーを通じて声をかけた瞬間、ロスターは小さな窓ガラスを割って外に出る。そして刮目する。異界の人類が到達した偉業を。
「……空を……」
船体が浮かぶ、船首を空に向ける。世界を侵食する空の穴、異界に通じる暗き門に向かって飛んでいく。
「『聖なる守人』」
奇跡によって強化された拳がロスターの顔面に向かって衝突する。大きく体を仰け反り倒れそうになる。しかしその背後には影があった。潜り込もうとする、逃げようとする。しかしそれを彼女は見逃さなかった。
「逃げんな!!」
十輪が下に潜り込み低い位置から真上に向けて蹴りを入れる。
「私の可愛い女の子代表楓ちゃんを傷付けようとした事を後悔させてやる!」
そのまま脳天直下のかかと落としを御見舞いする。が、一切効いている様子はない。
ロスターは撤退の一手、その為に高くジャンプする。日は沈み世界は闇夜に包まれているならば影が門になる以上、何処からでも逃げおおせれる。
そんなことは冬樹がとっくに見抜いていた。
「ライトアップ!」
冬樹の一声により船の全ての明かりが灯り、常にロスターへ照明が向けられている状態になる。
甲板に降り立つも周りに影はない。ローブで影を作ろうとするもその隙に咲哉が斬りかかり、気付いたロスターは短剣で受ける。
「……ッ!貴様!……貴様!貴様!貴様!貴様!貴様ァ!」
「うるさい!」
縦横無尽に駆け巡る咲哉が船の先から先まで全てを警戒していた。気配を察知する技能を用いて。
「貴様さえ居なければ全てが!上手くいったというのに!」
「お前達が諦めて帰っていれば、何も起きなかったんだよ!」
咲哉一人の力で先手が悉く潰された。故にロスターの苛立ちは頂点にまで到達している。特に咲哉に関して。しかし、彼も戦士である。平常心を心掛け、最大の好機を物にするためならば私情なんぞあっさり捨てて益を取る。自分一人のせいで作戦を台無しにすることはない。戦闘可能な強者の数は自らの方が上なのだから。
下から猛スピードでドラゴンが船を追い越し、進行方向の頭上に陣取る。そしてそこから人一人が乗れるほどの大きさの二足で翼を持つ飛竜が複数体現れた。
そして甲板の上に別の誰かが飛び降りた。
槍を携え、盾を携え、その身を鋼鉄の鎧で包み、それでも戦場を縦横無尽に駆け回り殺戮の限りを尽くす。血生臭く、咲哉以上の鬼のような存在達。
ロスターと咲哉、互いに距離を取る。
「これならば、門を移動させる手間もありませんね。そのまま突っ込む事はしないと思いますが」
竜王の剣槍、その担い手アルマ・ドラゴンスレイユ。老齢の騎士アリウス、顔に傷を持つ騎士グレイ。その三人が甲板に降り立っていた。
「手筈通りに、行きますぞ」
三人が三人とも構え、臨戦態勢に入る。
「次は負けぬ」
そして遥か頭上にかのドラゴン、クラウンがドラグーンを従えて飛翔する。
咆哮、船を揺らす。
しかしそれに怯えることはもはやない。覚悟はとうの果てに決めているのだから。
「手伝うわよ。現地民一人に全部やらせるとか面子潰れるどころじゃないし」
「私は特に関係なくやらせてもらうです。本来はこっちの仕事です」
十輪とアインが咲哉に並び立つ。冬樹と楓も応戦しようとするもティアラに止められる。
「冬樹、貴様にはやるべき事があるだろう。今ここで力を消耗すべきではない。楓も、まだ全快しておらぬ。余と共に最終防衛戦に当たるべきである」
冬樹も楓も納得いかない表情をするが、スピーカーからする声に宥められる。
『ドラゴンとドラグーンはお任せください』
『こっちでなんとか出来ます。レーヴァテインさんに頼りっきりだけど』
アラクネの周囲に大量のルーンと術式が浮かび、ルーンからは紫色の炎、術式からは魔力を弾として撃ち出し、ドラゴンと空中戦を繰り出す。
「……雪村」
「は、はい!」
「お前は任務に当たって日が浅い。コンビネーションもクソもない。おとなしくしとけ。だが、いざとなったら」
「逃げません私!」
「と言うと思ったから、出来る範囲で良い、シャルと他の戦えないやつを逃がす手伝いをしてくれ」
楓の唇がぎゅっと噛み締める。力になれないことに憤りながら。それでも、やるべき事があるやつは強くなれる。
「わかりました……、死んでも必ず!」
「死ぬなよ!死んだらあの世で説教だぞ!」
冬樹が再び前を向く。咲哉達に目を向ける。
出来ることは限られている、本領を発揮できるまで時間がかかる。けれど、このまま計画通りに進めば数分で冬樹達の勝ちが決まる。
冬樹率いる軍団がスカイホールに近づき閉じるのが先か、アルマ率いる軍団の殺戮と奪還が先か。
たった数分、けれどここが勝敗の分け目。
自らの信じるもののために、自らが取り戻したい未来のために……。
対界戦争、その火蓋が切られた。




