鬼が舞う
神とは、遥か過去より在りながら人が信仰するまで名称と形を持っていなかった存在。天使、悪魔、精霊などもその類いである。
その在り方は歪でありながら自然。不純物でありながら溶け込んでいる。魂と精神のみで構築された物理法則に縛られない生き物、不死でありながら成長する術を持ち合わせていなかった。
しかし、中には肉体を持とうとした幾らかの神がいた。
ある神は雷となり、ある神は炎となり、ある神は嵐となり、様々な姿形をもって地上に現れるも荒らすばかりだった。
人による信仰、人の創造力によって姿形を補えるようになった神々は人に近しい姿で君臨するようになり、その上で人の作り出した概念、知恵や鍛冶などを司る神も生まれたり兼ねるようになった。
だが近年において神は跡形もなく消え去った。それは人類という群体に備わった一つの機能、自浄作用。
神の手から離れ、神が障害として人類の前に立ち塞がったときに作用してしまった神殺しの毒。即ち、人類に依存していた肉体を持たない存在はこの時信仰が薄れると共に魂が霧散した。
これにより地上から神とそれと同等の存在は消え去り、その魂は形を維持できずに世界を巡っている。
しかし、一人の例外がここにいる。
天条咲哉、神として生まれ、神として崇められ、ある日を境に人として生き、人として成長した歪んだ存在。その正体は神話に存在しない名無しの神である。
しかし、本来の神の在り方とはかなり変わっている。それは受肉していること。ただの受肉ではない、生まれつき肉体を有している。
それが意味することはただ一つ、他の神のように人類に依存せずとも魂を維持し、世界に干渉できる。
同時に、肉体を有するということは物理法則に囚われるということでもある。が、それは魂だけで過ごしてきた神であれば億劫かもしれない。
咲哉は生まれつき肉体を有した神、であれば、物理法則に囚われるなぞハンデにすらならない。
対人類であれば尚の事。超人的な身体能力、魂から溢れる潤沢な魔力、天才的な剣の才能と技量、そこに神としての力が加わり九割九分の人間には端から勝ち目がない。例え複数で掛かったとしても殺すことはまず不可能である。
目に見えて強かった。圧倒的、絶対的な差がそこにはあった。
剣に纏うは概念の強化、斬るということを極限まで引き上げた結果目に見えない拡張された剣があらゆるものを通過して肉を、ひいては骨を断つ。
だがそれは無意識か、天条咲哉という少年が構えて技を繰り出すときにのみの防御貫通の強化だった。
だが、彼の真価は強化ではない。
アリウスが槍を構えて突っ込む。人が到底太刀打ちできる素早さではない。しかし、咲哉はそれを難なく往なす。
受け流され、態勢を整えようとするも瞬時に鎧の隙間へ切っ先をねじ込もうとしてくる。
それをロスターが防ぐ。焦りながらも的確に、しかしそれが精一杯だった。
速く鋭く重く、人の限界を遥かに上回るその動きその妙技、守りからの反撃があまりにも早すぎた。
守りと攻めがほぼ同時に繰り出されている。加えて守りは硬く、回避は最小に。そして、どんな体勢からでも必ず守るか回避する。
それは剣術が行き着く一つの究極、息をするように剣を振るう、無茶な体勢から技を繰り出す無の構え。特に守りにおいて天条咲哉を超えるものは居ない。
対して攻勢に回るときは手数は少ない。一撃二擊で仕留めようとしてくるが構えてからの斬擊よりも脅威は低い。
だが、アリウスはすぐに違和感を覚える。攻撃させられていることに。
咲哉は完全なる防御と回避を続け、その上で息が上がっていないことに。
アリウスはロスターに距離を取るように指示を出し咲哉から離れる。
咲哉はその場から動かずにすぐさま楓を守りに行ける距離に留まる。
その戦い方は敵の攻撃させ続け体力が減ったところで止めを刺す長期戦前提の戦い方。それに特化した体の動かし方と距離の取り方を極めていた。
「……見謝っていたか」
「そのようです」
アリウスは咲哉を見たとき左右に揺れる重心に油断した。慢心した。決して強い部類の存在ではないと。しかし、剣を手に立つその姿は体の中に一本の棒がある。そして放たれる存在感は段違いであった。
剣を持つ前と後で明らかに変わった何かがある。
「剣聖、否、剣の鬼か」
「加えて、神の如く力を有している。盾や鎧の上から肉を斬り骨を断つ力。人……ではない」
明らかに足止めを食らっている。どちらか一人が離れれば即座に素っ首切り落とされる予感がある。
天条咲哉、修羅を心に飼う男は恐ろしく冷静で、比類無き剣技を修めていた。
真正面から攻めてもらちが明かない。ならば取る手は一つ。
「ロスター……」
「承知しております」
「グレイ!」
「解っています!」
子供たちに左腕を再生して貰ったグレイが槍を手に立ち上がる。
「一人でも欠ければ打ち崩されるであろう。故に、真正面からは儂が行く」
胸当てと兜を外し盾を捨て槍一本でアリウスは構える。
騎士二人と正体不明の男一人を前に咲哉は静かに佇んで居るが、構えている。敵が複数人である以上無闇に突っ込むことはできないがしかし、妨害はできる。冬樹とティアラが降りてくるまでの辛抱だった。
「無名一刀……」
油断はしない。慢心はない。それでも意識外からの攻撃にはどうあがいても動揺した。
それは唐突に、何もない場所から現れる。
一瞬の空気を切る音、咲哉は察知してそちらに視線を向けるまでの一瞬の間に黒い刀身の短剣が面前に迫っていた。
構えを解いて剣で弾く。けれど、その一瞬は隙となってしまった。
アスファルトを割るほどの震脚、地面を蹴って瞬く間に咲哉へ跳んだアリウスの槍が短剣よりも近く迫り、気付かれる。
「ッ!」
咲哉の守りはギリギリのところで間に合った。正確には即死と致命傷は回避した。だから、左脇腹を浅く大きく抉られた。
痛みを堪え悶える息が漏れ、大きくよろめく。けれど攻撃の波は止まない。それどころかグレイが混ざり激しさを増していく。
加えて何もない場所から短剣が飛んでくる。
目に見えて押され始める。体に生傷が増えていく。咲哉の剣技を初見殺しと経験と連携で上回ろうとする。気づけば防戦一方になっていた。
「手足の一、二本は覚悟してもらうぞ!」
アリウスが防御を崩しグレイが隙間を縫うように咲哉の息の根を止めに鋭い攻撃を、短剣は咲哉の注意を散らし二人に集中させないために。
けれど、僅か一刹那の後、視界が沈みアリウスの体勢が大きく崩れる。
目を疑う、振るったはずの槍は咲哉の足に踏まれていた。
「あぁ、なるほど」
次の瞬間、グレイの槍を火花を散らしながら受け流し、短剣を手に取りながらアリウスの急所へと突き刺そうとする。
槍を手放し数歩退く。そして何もない場所から槍を取り出し構える。
空振り、その場に佇む咲哉は足元を見た。
「……影……、これはシャルロットちゃんに謝らないと。スカイホールによる転移じゃなかった」
咲哉が自分の足元の影に短剣を投げ込むと離れた場所にいたロスターへ突き刺さる。
「なっにぃ!」
グレイも数歩退き構え直し、息を飲む。
全身が傷だらけ、流している血の量も少なくはない。それでも、咲哉の剣技は鋭さを増していく。
「……無名一刀……」
構える。いつもの刃より軽く短い剣で。
「攻勢の構え」
刹那、跳ぶ。
アリウスの目の前に一瞬姿を消して跳んで現れた咲哉の振り上げた剣を槍で防ごうとする。
直感、アリウスは防ぐことをせずに回避、予感は的中した。咲哉の振り下ろした刃はその延長線上に有るものに切り傷をつける。
剣にかかった強化は鋭く、盾や防具をすり抜ける程度に留まらない。それはもはや鋼鉄すら切り裂く。
悉くを斬る。堅牢かつ素早い守りは消え去りそこには自らが傷付くことを厭わない攻めの剣技。それは、勝ち筋が見えたことを意味していた。
「くっ!」
振り下ろされた剣は即時軌道を変え下から上にアリウスに向かって軌跡を描く。
槍で防ぐが、グレイのカバー共々すでに遅かった。
刃が空を走り槍を真正面から切り裂いていく。その様はまるで粘土細工を加工するが如く鮮やかに。
「再現剣技……『燕返し』」
咲哉が一歩踏み込み剣を振り抜く。血飛沫が花を描きアリウスの右腕が宙を舞う。
少し遅れて痛みが全身を走る。
「ぐっぅ!」
痛みに悶え息を漏らす。
しかし、咲哉の猛攻は止まらない。次はその素っ首向けて軌跡を描く。
瞬間、アリウス、グレイは自らの影の中に落ちる。そして、離れた場所にいたロスターのローブから姿を現す。
「右腕は回収してあります。治療を」
「「「は、ハイッ!」」」
少年少女たち六人は咄嗟に右腕を持ち全員で魔術による治癒を行う。
「……攻めては来ないか」
咲哉は再び楓の近くで敵の様子を伺う。警戒心を一切解かず、召喚が行われる気配があれば即座に攻撃できるように。
ロスターに咲哉を打破する策はない。あれだけの剣技、あれだけの強さ、三人掛かりでようやく拮抗する存在を相手にはできなかった。
膠着、妙な静けさが時間を遅く感じさせた。
けれどその膠着状態を突如として轟音と巨大な影が打ち破る。
巨大な影が落ちたのは咲哉の背後、振り返り楓を抱えての警戒を無視し声が響く。
「クラウン!」
鱗を貫き焼かれ血を噴き出す巨大な竜はされど空を睨む。
雲の上から真下へ急降下、星を纏いし少年を背負う竜はもう一度息吹を溜める。
地に落ちた竜も喉にエネルギーを溜め口を大きく開く。
その瞬間を冬樹は見逃さなかった。
「『流れ、落ちる、星々の光』」
総数二十もの星が空を駆けるように一斉に流れ射出される。息吹よりも速くクラウンの口から体の内側に突入、体内をひいては内蔵を掻き回して貫通した。
悲鳴すら上がらず、クラウンの体は地に伏せた。
「冬樹!」
咲哉が思わず叫び、空に居る冬樹とティアラはその叫び声で咲哉が来ていることに気が付いた。
「咲哉!門を!」
地上に急降下するその最中、ティアラの肉体は砕け人に近しい少女の姿になる。顔色は悪く、意識も朦朧とし、生命力とも呼べる魔力が底を尽きかけていた。
咲哉が楓を米俵の様に抱き上げ、剣を地面に刺そうとする。しかし、真下の影から短剣を手にした腕が伸びる。
ロスターの腕、冬樹の言葉で咲哉が門を開けるとわかった瞬間に血相を変えて咲哉をとめにはいる。
しかし、もはや前兆と天性の感覚により咲哉は難なく避け、地面に剣を刺す。
金属の心地よい音が響くと同時、鳥居が現れる。それが彼の門、どこにでも繋がりどこでもない場所に繋がる彼の力の面影。
「レーヴァテイン!力を貸して!」
恐らくはなにも知らないレーヴァテインが呼び出されて姿を見せる。
「咲哉様!?その傷は……」
「話は後で!空を歩くルーンを冬樹に……」
瞬間、ロスターが影から目の前に姿を現す。
守りが強い咲哉でも人一人を抱えたままではうまく立ち回りができない。それを見越してロスターは仕留めに来た。
しかし、門はすでに開かれた。ならばその先に居るもの、咲哉を主と慕う一つの存在が相手取る。
それは紫の炎、どんな相手だろうと世界を焼いた炎は特効と化す。咲哉周りと冬樹周りを除くほぼ全ての範囲内に炎の竜巻を起こし侵入を防ぐ。
そしてロスターには紫色の火球をぶつけ大爆発と共に吹き飛ばす。
そして空にルーンを刻む。それは冬樹の足の裏に刻まれ突如として空中で歩行が可能になる。
「おわっ!」
その後、レーヴァテインの補助もあり、ゆっくりと着地する。
「さぁ、速く!」
全員が門を潜ると咲哉が閉じる。
ロスターは歯を食い縛り炎の竜巻が消えるのを待った。
「やられた」
消えて、真っ先に向かったのはアルマの元。他の者共も同じだった。アリウスもグレイも、子供達も。騎士と黒いローブの男が前に、子供達が後ろに並んでいた。
「アルマ団長……」
「大丈夫です。大丈夫……まだ、挽回はできます」
クラウンが浅く息をしながら視線を向ける。
「今は回復に勤めなさい。準備が整い次第、あの船に攻撃を仕掛ける。回収する必要はありません。かのドラゴンだけ奪還します!」
全員の目に光が灯る。それほどまでに力強く。
「アリウス、貴方の腕を切り落とした相手はそれほど手練れですか?」
腕が治療途中で仮止めだけで済まされているアリウスを見てアルマは質問する。
「……正直によろしいですか?」
「ええ、もちろん」
「儂では勝てません」
アリウスの正直な返答にアルマが驚く。どんな状況でも打ち勝ってきたあのアルマが勝てないと断言したのだから。
「そも、戦い方が上手すぎる。守りは固く、攻めは烈火の様、緩急を着け動きに慣れさせない。身に付けた技術は恐ろしく洗練されている。あれほど若く、そして鍛え上げている。肉体も技術も全盛期そのもの、一人では勝てる見込みはありませぬ」
「では複数人であれば?」
「ロスターではなく貴方様が、加わるのであれば三人で、であればまだ可能性が」
「ではそのように、後で策を伝えなさい」
「承知しました」
アルマは一人悩む。どうするべきか、その胸中を仲間に伝えないまま、急速を指示しようとしたその刹那。
鳥居型の門が再び開く。
それは子供達の真後ろ、そしてその先では咲哉が居た。
アルマが子供達に叫ぶよりも速く咲哉の手は二人の子供を捕まえ鳥居の内側に引きずり込む。
「あれ?これじゃない」
「逆側です咲哉様」
門が閉じ、再び門が開く。次は地面に突き立てた剣の近くに開き咲哉が剣を手に取って門は閉じた。
「待って……」
全てが遅かった。反応も行動も。
「そんな……」
大事な団員を連れ去られたアルマは叫ぶ。
「……ぁぁぁぁあああああ!!!」
いつの日にか味わった屈辱と侮蔑、それらがあの子達に襲い掛からないことを願うしかなかった。
「……この剣良いやつだからね?貰っておこうと思って」
「お前は剣と人間どうやったら間違えるんだよ」
満面の笑みで誤魔化す咲哉に常軌を逸した天然っぷりを見て呆れる冬樹と明らかにドス黒い怒りを放ち、無言の圧をかけるレーヴァテインを二人は視線を向けずに話し合う。
「……咲哉様ぁ?」
「庇って冬樹」
「俺は思ったより薄情者でな」
「冬樹ぃぃ!?」
後ろから肩を掴まれ小さくもはっきりと聞き取れる声で言葉を発する。
「危ないことしないと約束しましたよね」
「すいませんでした」
「これだけ血だらけで……、どうかお願いです」
絞り出すようにか細くなる彼女の声は苦しそうに……。
「心配させないで下さいませ」
その言葉に咲哉は申し訳ない気持ちで答えた。
「本当にごめんね、次は気を付けるから」
「守った試しなどありませんが……」
振り返りレーヴァテインの頭を撫でる。
「『僕』は大丈夫だ。本当に大丈夫」
「……わかりました。その代わり、そちらの二人含めて治癒しますので必ず傷を癒してください」
「うん、わかった」
そう言って、場の緊張がほんの少し和らぐも、たった一言の叫び声によって破られる。
「ふざけるなッス!何良いムード出してるッスカ!」
「あっ」
「忘れてた」
金髪青目の少年ジェイド、同じく金髪で少年より少し緑かかった碧眼の少女アリシアが咲哉に間違って
「やめなよぅ。この人、騎士様相手にして勝った人だよぅ」
「勝ってねぇ!……あれは、戦略的撤退ッス!」
震える手と体でアリシアを背に守るように咲哉を睨み、手には短剣を握られている。
「俺はジェイド!勇敢な騎士を目指す見習い!覚悟するッス!」
短剣を腰で構えて咲哉に突っ込む。が、そんな攻撃が通じるわけもなく。
無刀取りによる短剣の奪取、その後重心の乗った足に足を引っ掻け払い、その場で取り押さえる。
「俺は咲哉だ。よろしく、ジェイド君」
「うっせぇッス!離せ~!」
ふと咲哉は冬樹に視線をやる。
「どうする?冬樹?」
「……どうもしない。尋問も拷問も得意じゃねぇ。ガキ殺したら気分も悪い」
その返答に笑って咲哉はジェイドを離す。
「へ?は?」
「嫌がらせも含めて君達はここに置いておくから、それ以上はなにもしない。良い子にしてね」
ジェイドの表情が明らかに理解できないものを処理しているときの表情に変わる。
「ふ……」
アリシアは頭に浮かんだ何故を処理できずにいた。
「ふざけるなッスぅぅぅ!」
一歩二歩下がり、咲哉は舞うようにジェイドの方を向いた。
「ここは迷い家にして隠れ家、世界のどこでもあり、どこでもない場所、天条咲哉の世界の一部にようこそ。少年少女」
笑う咲哉に二人の少年少女は畏怖する。先程まで殺し合っていた筈の男は何事もなかったように振る舞い、到来を歓迎したのだから。




