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【第二部完結】新たなセカイの神話  作者: 御誑団子
地に落ちた星、天に咲く花
11/59

獣の力

 一時間前

「いいな、声を出すなよ。俺以外『会話』すると筒抜けになるからな」

 アラクネ全体に放送機器を使ってまで行う。

「ドラゴンの性質上、会話をした場合の思考を聞いてる。物理的に聞こえない距離でも聞こえるんだ。それと、筆談は恐らく大丈夫だ。話をしたい場合は筆談にしてくれ。それでも不安だと言う奴はすまんが何人かドラゴンに向けて罵詈雑言でも吐いてくれ。多少は雑音(ノイズ)になる」

 そこまで言って冬樹は心を落ち着ける。ようやく冷静になれた。

 船内放送を切って振り返る。十五人の船員、楓と駆け付けた十輪の姿があった。

「さっきの話をする前に一つルールを設ける」

 冬樹はそう言って手を出した。

「俺には精神に侵入してくるものを防御する魔術がある。これは思考を読むことに対してもある程度効く。だから、意見がある場合は俺の手を取ってくれ。同じ魔術を手を握られている時だけかける」

 十輪が挙手し冬樹が手を差し伸べ手を取った。

 暖かい何かが流れ込む感覚と共に魔術をかけられる。

「もう?」

「大丈夫」

「これは触れている間だけ?それとも手を握ってるときだけ?」

「まぁ、何処に触れてても不可能ではないけれど」

「冬樹を取り押さえろぉー!」

 するとその場に居た十五人の船員ほぼ全員が冬樹に襲い掛かる。

「掛かれぇ!」

「いつものお返しじゃあ!」

「かくごぉ!」

「バカ!止めろ!冷たい手を服の中に突っ込むな!服を引っ張るなぁぁぁ!!」

 身震いをしながらくっつく少年少女達を離そうとするも片手は十輪によって塞がれている。

 なるがまま、冬樹は楓とハワイの事を語った少年以外の十四名に身動きをまともにとれない状況へと持ち込まれた。

「腰の、辺りでモゾモゾしてるの誰だ?場合によってはぶっころ」

「わたしだよぅ」

「特に問題ないな」

「やっぱり幼女趣味が」

「人妻とか未亡人とかの方がまだマシだなぁぁ!」

 観念して触れている全員に魔術をかける。精神への干渉、心を読むことへも耐性を持つ魔術を。

「で、何でこうなった」

「それは隊長ような推察を否定するために」

「その第一手がこの精神攻撃って反論も対案もないって言ってるようなもんだぞ」

 十輪の不適な笑みに呆れながらも、仮説は否定されていく。

「それで、突拍子もなく、証拠のない、私達を連れていく説、どこから来たの?『東雲冬樹』隊長」

 先程の一件以来、十輪から若干舐められている感が否めない冬樹は、しかし自らの説を補強する。

「消去法」

「ふざけてるの?」

「世界一有名な名探偵も同じ推理方法をしていたと思うが?」

「シャーロック・ホームズは創作、現実的な話をして」

「はいはい」

 窓の外を見る。そこには五十メートル程の大きさを持つドラゴンが佇んでいる。

「まず、ドラゴンの言語は恐らく存在しない。会話はほとんど思考のやり取りで行われる」

 全員が首を傾げる。もちろん、その意味が分からずに。

「咲哉、現地協力者と今は言っとく。その現地協力者はドラゴンの会話は思考の会話と言っていた。額面通りに受け取れば、心の声が聞けると言っているようなものだ」

「そうじゃないの?」

「正確には違う。心の声を聞いているんじゃなくて、発した言葉の意味を心を読んで解読している、それが一番正しい」

 全員が一気に首を傾げる。疑問が一切晴れない。

「そうだな、俺達の心を辞書代わりにして言葉を常に解読している、感じかな」

「そ、それだとティアラちゃんが」

「手ぇ!」

「あっ!」

 側に居た楓が思わず口を開くが冬樹の言葉とルールを思い出して一度口を閉じる。そして、十輪が握っている冬樹の手に触れて魔術がかけられたことを確認し口を開いた。

「あの、ティアラちゃんは何で私達に言葉を伝えられたの?」

「言葉を伝えているのではなくて、自分が何を言いたいのかを伝えているだけだ。だから聞くが、ティアラの一人称は『余』か?」

「?『(わし)』じゃないの?」

「えっ!?『あたし』でした、よね?」

 ティアラと話したことがあるもの全員が混乱し始める。

「じゃあ、ティアラと話したやつ以外で、声を聞いたことがあるやつは?」

 冬樹に触れている十輪以外の全員が首を横に振った。

「きぃたことなぃよぅ」

「舌っ足らずどうも。つまるところ、ドラゴンの声や口調は受けとる人間によって声音やニュアンスが変わる。発した言葉と言えない音の羅列は頭に直接届く伝えたい意味によって言葉と錯覚する。かわいいと思えば可愛らしく、偉そうにと思えば高圧的に、高貴だと思えば上品に」

 一同が息を飲み愕然としながら冬樹は続けて消去法で導きだした説を唱える。

「そこで、五十メートルあるドラゴンが俺達を盗聴している可能性があるんじゃないかと思って、そしてそれはほぼ確実に当たってる」

「言葉を聞かずとも何を考えているかだけは分かるってこと?」

「そう、そしてそれをする必要性を次に考えてみてくれ」

「中の様子を知りたい……、竜娘の居場所か!」

 船員の一人が大きな声を出して意見を口にした。

「半分当たりだ。まだ理由はある」

「監視ですね!逃げるか、戦うかの」

「そういうことだ、意外と鋭いな雪村」

「楓で大丈夫です」

「待って、何で逃げるか戦うかなの?だって、ティアラを連れ去った時点で目的は達成されてるじゃない」

「じゃあ、窓の外のあいつはどう説明をつける」

 窓の外には遠方からこちらを伺うドラゴンの姿があった。

「目的を達成しているなら帰れば良い、侵略するなら今すぐ俺達を殺せば良い。でもしない。なぜか。俺達を生かしておく必要性があるからだ」

 一つ一つ可能性をあげて、そこから削ぎ落として見つけた真実に限りなく近い仮説を冬樹は展開する。

「じゃあ、生かしておく必要性は何か。何かに利用するから。何に?それは相手の利益になること」

「働かせたいからじゃ?」

「奴隷のように?なら、何の働きをさせたいのか」

「分かったぁ!」

 少女の船員が空いた手をあげて発言する。

「東雲さ……隊長さんはティアラ?さんが傷だらけだと仰ってましたよね!」

「う……うん」

「なら!ドラゴンと戦っていた、あるいはドラゴンを従えて国と戦争していたのでわ!」

「突拍子もないが、可能性はかなりある。戦争をしていた、兵士が足らなくなったから他所から拐った子供を少年兵に鍛え上げるのはよくあったことらしいからな」

 冬樹の腰に掴まった幼い少女は震え怯える腕で抱き締める。

「ここまで出た言葉の全てが俺の仮説、推察だ。反論あるか?」

「……本当に消去法と言うか、上がった可能性の中からあり得そうなものをピックアップしただけと言うか。けど、筋は通ってると言うか」

 十輪の意思が揺らぎ退く。彼女の中にこれを否定できるだけの材料がなかった。

「否定したいけど、最悪の場合を想定してるし」

「あ、あの!帰るにしても方法がないとかあり得るんじゃ」

「片道切符でここ来るか?」

「帰るために時間がかかるとか?エネルギーチャージとか?制限時間を設けたのはその為ではありませんか?」

「確かにそうなんだが、こう言っちゃなんだが怪物がスカイホールを通ったときに何かしらの魔術を行使していたことを考えると魔力が必要で」

「でしたら」

 楓の言葉を遮って冬樹が続ける。

「ただ、魔力の補填に関してはドラゴンの魔力を使えば即座に解決する。無尽蔵に近い魔力を保有して、永遠と魔力を産み続ける心臓を持っている。いつから居たか知らないが、十人居れば数時間で事足りるから、もし仮に俺たちが襲われたタイミングで現れたものだったら、あと一時間あれば帰れるだろ」

 楓の言葉が詰まる。それ以上反論の余地はない。

「だったら、ティアラは何で拐われたの?私達と一緒のタイミングで連れていけば良いじゃない」

「保険、絶対に連れ帰らなければならない存在、だからどうしても手の届く範囲に置いておきたかった、感じじゃねぇかなぁ」

 十輪もその言葉に反論はなかった。

 完璧とは言いがたい、けれど今ある事実を繋げて肉付けした冬樹の仮説は奇しくもほぼ当たっていた。

「……もうない?無いなら、これからどうするかの話をするぞ」

「……どうするの?」

「……多分逃げ切れないから、戦意を、戦う理由を奪う」

 それは一番最初に行った作戦。本来ならば起きなかったこの問題を引き起こす事態になった策である。

「スカイホールを閉じる。こちら側だけを閉じるのでは無く、向こうも閉じる。スカイホールの完全閉門を目指す」

 かつて行われた作戦の名前、多くの犠牲を出し、北米大陸を駆けずり回り、ついぞ成し遂げられなかった作戦名を冬樹は口にする。

緊急任務(オペレーション)空の虚を目指す者(スカイレッドライン)、それをここで成功させてみせる」




 十分前

 冬樹と楓は船の一番高い所で辺りを見渡した。

「この結界の内側なら、あのドラゴンに声が届かないのですか?」

「あぁ、確実にな」

 冬樹の周り数メートルに結界を敷き、その内側に冬樹と楓が入っていた。

 下の甲板では冬樹の話を聞いていた少年少女の船員達がドラゴンに向けて何か叫んでいた。

「バーカ!」

「アーホ!」

「爬虫類!」

 楓はその様子を不思議そうに見つめていた。

「ノイズ代わりだ。流石に思考を聞き取れると言っても自らに向けられたものは強く聞こえるはず。俺がわざわざ向けていった言葉をご丁寧に返したんだからな」

「聞かれていた可能性があるのでは?」

「ない。作戦聞いた時点で襲いかからなきゃ負けるんだからな」

「た、確かに」

 船員を見る。明らかに年が低いことを思いながら。

「リンゴ!」

「ゴリラ!」

「ラッパ!」

「ぱ、ぱ、パンツはさっき言ったし……パンティ!」

「………………………………ティー!」

「バカ!下着(パンティ)をお(ティー)で返すな!卑猥だろ!」

「お前の頭がピンクなだけじゃね」

「何であいつらしりとりしてんだよ」

 幼い少年少女達が少ない語彙で必死に罵倒する。

 その様を見ながら冬樹がボソリと溢した。

「あれでも、ちゃんとした報告ができるぐらいには優秀なんだぞ、あいつら」

 楓が振り替えると冬樹が最終準備を始めた。

「シャルは同調と調整に入った。十輪はアインのティアラに折られた骨を治しに行った。アインは矢面に立ってくれる戦闘員だ。俺は、まぁ出来るが分からんが魔術による閉門を目指す」

 何を言われるのかわかって身構え、楓はしてはいけないこと、非戦闘員の船員達を身代わりにした。

「か、彼女達は……、どうなんですか?何かの役に」

「このアラクネという船は鉄板の一枚一枚に術式が刻み込まれ、エンジンすら魔力で動き、行き先や天候への対応は出港時に入力して全自動。スパイダー一機に十基の魔力電池、アラクネには三百基の魔力電池が、だが、その魔力が尽きれば生体魔力を使わないといけない」

「あっ……」

「彼女、彼らは、魔力電池を充填し、それでも枯渇した場合の為に乗ってくれている。戦えない自分達が何らかの役に立つために」

 聞きたくない答えを聞いて、うつ向きながら冬樹の次の言葉を聞いた。

「雪村楓、お前、何かしたか?」

「……わた」

「確かに初任務でいろいろ経験積ませて成長させるのが上の目的だろうよ。だけど、お前はティアラを助けたいっつったんだぞ」

「今蒸し返すなと」

「言ったよ。だから今話してる。お前は何のために『彼女』を助けるんだ?」

 嫌だ、逃げたい、そんな本心が胸中に渦巻く中、父と母が脳裏をちらつく。

 どちらも素晴らしき人間で非人間。尊敬に値し、けれどそんな風には成りたくないと思えるほどに偉大。そんな父と母の子、当然期待も大きかった。

 ここに居るのも期待という重荷から逃げるために辿り着いた場所だった。

 本能は逃げたいと叫んでいる。理性は止まるべきと縛り付ける。

「……あ、あなたは、善人じゃないから助けたとかわけわからないこと言ってましたよね。助けた理由なんて本当は適当で、気まぐれだったんじゃないですか?」

 思わず口から出たのは冬樹を批判する言葉だった。

「……俺は昔、命を見捨てた」

「だ、だから?」

「お前の質問に対する答えだ。見捨てた命はもう助からないと思って助けなかったんだ。車に引かれていたんだから。でも、その脇で子猫が鳴くんだ」

 黙って聞いた。うつむいたまま彼を見ずに。

「一度は見捨てて、でも、子猫だけでもと思って子猫だけ助けた。でも、子猫は母猫に近寄ろうとするんだよ」

「……助からなかったんですよね。母猫は。だったら仕方ないことだと思います」

「仕方なくねぇよ。見捨てた命は、その子猫にとっては母だったんだから、仕方ないことだとしてもこう、精神的に来るんだよ」

 冬樹が手で顔をあげろと指図する。

 顔を上げた先には年下のはずの男が質問の答えを返す。

「俺は、本当に善人じゃない。自分の都合、自分が嫌な気分になるから目の前の死ぬはずの命を助けたい。ヒーローにはならねぇよ」

 強い人の答えだった。けれど、眩しく、美しく、羨ましくない。

 それでも、自らの心、感情は確かに。

「お前は?何で助けたいって」

「助けたいですよ。心底、でも、私……助けられるか……不安で……」

 黒髪の間から見える黒瞳から涙が頬を伝う。

 冬樹が受け取った前情報には、雪村楓と言う少女は能力と成績は最高水準、ただ精神が育っておらず実戦では十分に実力が発揮できないと断言されていた。

 過小評価とトラウマが精神の成長を妨げている。それは誰が見ても明らかだった。

「バカじゃねぇの!不安だぁ!?じゃあてめぇは!たすけるって言いながら他人に助けさせる気だったのか!?」

 その小心と態度に冬樹は遂にキレてしまった。

「でも」

「でもじゃねぇ!自分で言ったんだ!自分でやれ!自分の正義感を他人に押し付けるな!」

 眉間にシワを寄せて、怖い顔になりながら冬樹は続けて口を開いた。

 怒りに似た何かが楓の心中を埋め尽くす。同時に、不安と呼べるものが薄れていった。

「お前は何が出来る!?」

「……私は……」

 彼の言葉が、声が、今ここにいる雪村楓という人間を鼓舞するためのものであると理解し、返答を、歯を食い縛り、悔しさと怒りをもって口にする。

「戦えます!それしか……出来ませんが!」

 冬樹は浅く息を吸い込んで心を落ち着けて、呆れ果てるように溜め息を吐いた

「……なら、戦え。どこでどういう風に戦えば良いかは俺が指示する」

「あと……」

「ん?」

 瞳に涙を、歯は食い縛り、口元は少しばかり歪んで、睨み付けながら吐き捨てる。

「私、貴方が大嫌いです」

「結構、役に立つのなら」

 冬樹が笑って返す。余裕と気楽さに腹を立てながら楓は自分に出来ることをやる。そう決意した。

「さぁてと、やるか」

 結界を解いて喉に手を当てる。

「あ、あの……」

「しー」

 やろうとしていることに楓が疑問を抱き質問しようとするも冬樹は自らの唇に人差し指を置いて静かにするように促す。

 そして冬樹は喋り出す。

「ティアラ。この声は、多分お前に届いているはずだ。何も喋らなくて良い。言い返すな」

 冬樹は少女の形をしたドラゴンに向けて言葉を紡ぐ。

「今から助けに行く。待っていてくれ」

 冬樹は自らをヒーローにはならないと評した。けれど、その在り方はきっと何かにとっての、誰かにとっての救いとして存在している。

 人外も人も等しく同じ命として見ることが出来る。それは聖人の素質そのものだった。

「ここからは結界を張った場合のみ会話する。だから」

 冬樹が振り返り楓に作戦の内容を伝えようとしたその時、咆哮が轟く。

 その声はドラゴンが居座る方から響き渡る。瞬時に冬樹は右目の魔眼を開く。

 その魔眼は見ることに置いてのみに特化した観測の魔眼。しかし、その魔眼は確かに救うべき存在を捉えた。

「居た!あのドラゴンが居座るビルの向かいの建物!」

 慎重に事を進めようとした冬樹とは裏腹に、楓は冬樹を掴んで跳ぼうとした。

「なら、すぐに行かないと!」

「素が出てんぞ雪村某!」

 彼女が手のひらを空中に触れると黒い光のようなものが彼女の周りを包み込む。

 目標は既に補足した。後は足に力を込めるだけとなった。

 それは人の内より生じる力、魔術、奇跡、この二つとは異なる系譜の希少能力。

 超能、人の力をギリギリ超えてたり超えてなかったりする能力全般。

 彼女の場合はぶっちぎりで人の力を超え、神の領域に片足を突っ込んでいた。

 だからだろうか、彼女の七変幻無自在、正式名称『黒狐(くろぎつね)』は前述した期待を超えれるほどの力を持っていた。

 踏み締める、蹴り飛ぶ、それは黒い弾丸、いや砲弾となって建物を破壊しながら物理法則を無視して彼女のそばに着弾する。

「見つけた!」

 瞬時に周囲を見渡して状況を把握した上でティアラを見つける。その顔には安堵の笑みが溢れた。

「追い込まれた上にケツを叩いてやっとか、楓」

 さんざん楓が雪村でなくて良いと言ってきた事を実践する。

「そ、そんな言い方はセクハラですよ!東雲隊長」

「はいはい、すまねーな」

 二人はやり取りを済ませ、ティアラの側に寄る。

 ほとんど仏頂面な彼女が笑みを浮かべていた。

 出会って一日も経っていない二人がそれでも助けに来てくれたことに心の奥底から嬉しくて。

「さぁ、行こう!」

 拘束を解いて手を差し伸べる。何度でも。

 その手を、少女の形をしたドラゴンは確かに握り締めた。




 僅か数秒、砂塵と瓦礫によって視界が塞がり状況を把握する方法がない。

「クラウン!」

 唯一難を逃れたクラウンだけが冬樹と楓の存在を認知していた。

 クラウンは選択を迫られていた。冬樹達を仕留めるか、主を救うか。

 苦渋の決断、それは主を救うことだった。

()が主!」

 クラウンが翼で風をおこし砂塵と瓦礫をある程度どける。

 開けた視界に飛び込んできたのは冬樹と楓がティアラを抱えあげていたまさにその瞬間だった。

「貴様等ぁ!」

「てめぇの約束ぐらいは守れよなぁ!」

 瞬間、冬樹はバックパックから爆弾を取り出し四方八方に投げ付ける。

 一見、それは退路を塞いでいるように見えた。しかし、楓の身体能力と超能があれば真上に逃げることも可能である。

 爆炎と共に煙が上がる。煙幕が再び視界を塞いだ。

 少し遅れて、崩れかけた天井を突き破り何者かが飛び出す。

「お任せを!」

 老齢の騎士アリウスが盾と槍を持ち出して追いかけるが、崩れた穴を飛び出した瞬間、少女の細い足で蹴り飛ばされる。

 鉄筋コンクリートの壁を貫通し隣の建物にめり込む。

「ティアラちゃん!?」

 あまりの怪力に二人は足を止めて驚愕するも、すぐさま動き出した。

「作戦が無駄になるとかヤッバイなぁ。さぁ、早いところ逃げるぞ」

 楓がティアラを抱え、三人で建物の外に出る。

 飛び出すように外に出ると目の前にクラウンが姿を現した。

「行かせん!」

「東雲隊長!パス!」

 冬樹にティアラを渡すと楓はドラゴン目掛けて真正面から戦いを挑む。

「死ぬなよ!」

 ドラゴンが大きく息を吸い込む。それは咆哮の兆し、遥か彼方まで轟く音響攻撃。

 それを、彼女は先手を売って防いでみせる。

「三又槍」

 地面に触れると触れた箇所からアスファルトが柔らかく変形する。

 触れた物の形状と材質を変える超能を用いてアスファルトを金属の巨大な槍に変形させる。それを限りなく音に近い速度で射出する。

 咆哮する直前、直撃を防ぐ為ドラゴンは仰け反り吸い込んだ空気を漏らしてしまった。

「今のうちに!」

 冬樹とティアラを捕まえて、再び黒い光を纏って逃げようとするがしかし、それよりも早く囲まれる。

「逃がすものか!」

 顔に傷がある男の騎士グレイが真っ先に斬り込む。

 それに反応した冬樹は懐から銃を取り出して安全装置を外し不格好に引き金を引いて撃つが最小限の動きで弾丸を避けられる。

「飛び道具ならば効かん!」

「クソッ!」

 銃声に反応した楓が更に三又槍を作り出して飛ばす。

 それは盾と槍を弾くも体勢を崩すまでには至らず、グレイは腰に携えた剣で冬樹に斬りかかる。

「これで……」

 瞬間、雲の隙間から太陽が見え、その光を右目の魔眼は見逃さなかった。

我が元につどえ(スタートアップ)大地を照らす星(ザ・サン)』」

 それは一つの星、太陽の模造。決して早くは無いが自在に動くその星をグレイに確実に当てて距離を取る。

「楓!無計画に突っ込むからいきなり危機的状況じゃねぇか!」

「鉄砲玉のつもりだったのですが!」

「それ使い捨ての駒だからな!」

 襲撃からおよそ十数秒、退路をドラゴンが、真正面には戦闘経験があるだろう四人の騎士、その後方にはまだ小さい少年少女達に、一瞬にして囲まれた。

「……わざわざ出向くなんて」

 アルマが前に出て言葉を投げ掛ける。

「それを渡せば、逃がしましょう」

「……信用できるわけねぇだろ」

 冬樹の殺意が込められた返答にアルマは気分を害される。

「なぜ、信用できないのですか?(われ)達が異界の……」

「自分の心に聞きゃあ分かるだろう。交渉持ち掛けておいて騙したんだからな」

 冷たく、鋭く、冬樹の言葉は深々と心を抉る。

「自らを悲観しているようだが、先に手を出したのはお前達だ。知り合いを殺そうとしたのは、お前達だ。覚悟はしてもらうぞ」

 その言葉は冬樹の腕の中に居るティアラにも届く。

「状況を理解もせず敵を挑発……私の目はどうも曇っていたらしい」

「結構、てめぇなんぞにおみそれされる謂れもない」

 冬樹はティアラを抱き締め、冷たい表皮を暖める。今出来るせめてもの事を。

 対して、アルマの興味は冬樹から完全に失せた。その証拠に、その瞳からはもはや冬樹は見えていない。

「冬樹、余を置いて逃げよ」

「断る。今お前を見捨てたら、後悔する。だからできない」

「しかし、状況が」

 ティアラの瞳からは涙が溢れる。

 そこには覚悟と悲嘆が、小さい体を震わせる程の恐怖を抱え込んでいた。

「……東雲冬樹は『魔法使い』だ。嘗めてもらっちゃあ困る!」

 冬樹が楓を見る。楓は目の合図を受け取って頷いた。

 それは戦線離脱、恐らくは戦闘能力が低い子供たちの頭上を通って逃げることだった。

 そして予想通り、楓は冬樹とティアラを掴んで跳んだ。

 しかし、敵も三人を逃さない。

 同じように距離を積めるためアリアスとグレイの二人が跳ぶ。

 敵の視線は三人を見つめる。それが冬樹にとって最大の好機だった。

星よ、終わりにて輝け(スーパーノヴァ)

 作り出した太陽が目の前で目映く輝きだす。

「二人とも、目を瞑れ」

 冬樹がそう伝えると楓とティアラは強く目を瞑る。冬樹は腕でその光を遮る。

 それは敵の視界を潰す目眩まし、爆発は弱く大した威力ではないが光量に関してはそこいらの装備を使うよりも出る。

 東雲冬樹の魔法の仕様上魔力が瞬時に底を付かない数少ない代物を敵に使った。

 結果、光が鎮まったその後には視界を奪われた敵に溢れ返った。

「目がぁ!」

「あの小僧!」

「団長!」

 余さず、全員に直撃した。

「良いぞ!目を開け!」

 楓がまぶたを開けるとそこは地面すれすれだった。

「わっぷ!」

「このままアラクネへ!そう長くは持たないからな!」

 右目の魔眼にも多少のダメージを負ったが、すぐに閉じたため大事には至らず、楓がティアラを持ち上げ冬樹は自らの足で走り始める。

「よく俺の意図がわかったな」

「心読めますので」

「先に言えよそれ!」

「目を会わせた人だけ限定ですので」

 ともかくこれで勝負は着いた。敵全員が身動きのとれない状況に陥り冬樹達は逃げる。

 安堵と余裕が心を埋め尽くしたその刹那、金属の鎧が擦れる音がした。

「すまん楓!」

 冬樹が楓とティアラを押し退け、元居た場所から退く。そしてさっきまで居たその場所を高速で何かが通り過ぎた。

 高温、熱を発しながら高濃度の魔力が増え続ける。

「これはかつて英雄が友であった竜から作り上げた槍」

 大きな槍から炎と(いかづち)が纏われ、形が変わり鍔に竜の(あぎと)が飾られている。

 小さく、ティアラが呟く。

「ドラゴン……ウェポン」

「竜王の剣槍『インペリアル』」

 地面を抉り、その跡が通ったその先にその槍と盾を持ち、兜を被った誰かが居た。否、その鎧には見覚えがある。

(われ)を敵に回したのだ。ただで済むと思うか?」

 アルマであった。

 盾を構え、槍を構え、型を構え、地面を蹴る。次の瞬間には冬樹の目の前に槍の先端が迫り来た。

 魔法を使う暇も、魔術を使う暇もない。

 魔眼と思考は危機を捉えているのに体が追い付かない。

 焦燥、絶望、立場が一瞬にして変わり心が動揺する。それ故に最適解が思い付かない。

 身動きの取れない冬樹に、しかし、槍が届くことはなかった。

 自らと槍の間に鋼鉄の壁が生まれたから。

「小娘……」

「起きて!ティアラちゃん!」

 あからさまに身体機能も上がっているアルマに対して唯一追い付いている楓が地面を触れて作り出していた。

「東雲隊長!ティアラちゃんを!」

 呼び声に思考がクリアになる。瞬時に動き出す。

「私が止めます!」

 アルマが再び動き出す。その一つ一つの動作を冬樹は見逃さない。

「槍の性能に体が追い付いてない!」

 一瞬、アルマの動きが鈍くなるがすぐに建て直して楓を襲う。

 炎と雷を纏う槍で。

 冬樹は銃を取り出して狙いを定める。

 削るべきは機動力、鎧の上からでは貫通しないことを危惧して鎧の隙間、間接の内側を狙う。即ち、膝。

 打ち出した弾丸はアルマの体を貫通しない。あろうことか弾丸が手前で勢いを失った。

「矢避け……」

 再び鋼鉄の壁が現れ、インペリアルの切っ先が壁に埋もれる。その隙に冬樹はティアラを抱き抱える。

「逃げるぞ!」

「私は残ります!」

「何を言っておる!インペリアルは竜王の死骸から作られた決戦兵器であるぞ!」

「だ、だからこそ!私以外に止められる人はここに居ない!」

 ティアラの心配もどこ吹く風、楓の覚悟は決まりきっていた。ならば、冬樹の取るべき行動は……。

「お前が残るなら俺も残る、役に立つことはあるさ」

「余も!」

 暖かい言葉に感涙を受けるも良い状況ではなかった。

(われ)を前に、逃げれると!?」

 鋼鉄の壁が破壊される。槍を大きく振りかぶり渾身の一撃を溜める。

 一瞬、冬樹と楓の目が合う。

「苦肉の策だが……」

 冬樹は魔法ではなく魔術を行使する。

 魔力を動かし形を成す簡単な砲弾。それを銃弾で射出する。

 それを盾で受け止められる。

 僅かな時間稼ぎは、しかし十分と言える程稼いだ。

 楓の力が鋼鉄の壁をドーム状に作り出す。その防壁はアルマを包み込んだ。

「ティアラ……」

 大きく息を吸い込み、限界で一息分の時間止める。そして吐き出す。

 竜の咆哮は音響兵器となって周囲の石材やガラスごとありとあらゆるものを破壊して、音を伝えやすい鋼鉄の中でアルマに直撃する。

 咆哮が止むと静まり返る。

 肺から血を吐きながら辛うじて呼吸をするティアラに冬樹は魔術による治癒を施す。

「治しながら退くぞ。早いとこトンズラするぞ」

「わ、かりました!」

「うぅ、血の味」

 三人はその場を後にしようとする。背を向けて足早に。

 それを待ち望んでいたかのように鋼鉄の壁を突き破ってアルマが冬樹目掛けて槍を突き出す。

 一瞬にも満たない隙を、今度は楓が身を呈して庇う。けれど冬樹の時のように上手くはなかった。

 突き刺さる、肉を焼きながら臓物に再生不可のダメージを負わせながら……


 その槍は、雪村楓の体を貫いた。


 体の内から炎が焦がし、雷が全身を巡る。

 悲鳴にならない叫びを響かせながら、それでも楓はアルマを捉えようと腕を伸ばす。けれど、無情にもアルマは槍を引き抜き距離を取った。

「本当に、伴っていない」

 楓が力が抜けるように地面に倒れ、腹部には腕が通るほどの大穴が煙をあげていた。

 アルマの視線は腰を着いた冬樹とティアラに向く。冬樹はさっきと同じ魔術を使い隙を作ろうとする。しかし、一度見せた手は二度も効かなかった。

 魔力の砲弾は軽く弾かれ近くの建物に直撃する。

「……今なら助けて」

 アルマの言葉を遮るように、ティアラが冬樹の前に腕を広げて飛び出す。

「余が居れば、大丈夫なのだろう?だから、この者共に手を」

「喋るな、人外」

 鎧の隙間から見えるその瞳はとにかく冷たく、残酷なものだった。

「お前を連れ帰りようやく犠牲と釣り合うのです。お前の父が大暴れして出来た犠牲と」

 冬樹からはティアラの表情は見えない。けれど、怒りに歪んでいることは想像に難しくなかった。

 それと同時に、震える背中が恐怖と身の内の怒りと戦っていることが見てとれる。

 東雲冬樹は英雄ではない。英雄にはなれない。けれど、その心は誰よりも聖人だった。

 彼女を左腕で抱き、右手に銃を握り締め銃口をアルマに向ける。

 自らの魂を溶かしてでも今ここでティアラを救うために全てを賭けて。

「お前なんかより、こいつの方がまともだ。よっぽど!」

 残りの魔力は七割弱、アルマに勝つには自らの魂を魔力に変換してその全てを魔法につぎ込むこと。そうすればこの規格外をどうにか出来る。

 魔力量が増幅し始める。魔眼を開き魔法を使用しかける。

「お前……!死ぬぞ!」

「上等!こいつらに負けるならば、足掻いて死んでやる!」

 そして、ティアラに耳打ちをする。

「俺が戦いだしたらすぐ船ににげろ」

 アルマが炎と雷を容赦なく冬樹に放とうとした。

 瞬間、アルマは謎の攻撃を受けて吹き飛ばされた。

 冬樹とティアラはそれを見ていた。誰が、何をしたか。

「パパ、ママ……」

 楓が、瀕死でありながら立ち上がり動いていた。

 頬には涙が流れ落ち、焼かれた腹部は再生し始めていた。

「ごめんなさい……私……」

 人と呼ぶには遠い在り方、姿形を取り始める。

「約束を……破ります」

 それは狐、黒い狐が楓を飲み込む。

 それは人ならざる超能、人の領域を超え、そして人の在り方さえ歪める封印級の獣の力。

 自らの体に触れて自分の体を改造する。理性も本能も吐き捨てて、自らの在り方を無くしその名の通りの姿へ変幻する。

黒狐(くろぎつね)

 姿形は全長で二メートル程、全身が黒い体毛に覆われその瞳は黄金に輝く。何より特徴的なのは数本の尻尾。

 およそ七本、尻尾が揺れている。

「楓、お前は」

 ティアラの瞳が楓の変わり果てた姿を捉える。恐怖というよりも同情と悲しみが胸を埋め尽くす。

「いや……」

「お前は本当に……人間か?」

 彼女の遠吠えが瓦礫の街に響き渡る。人ならざるものが、人が残した痕跡の上で異世界からの侵略者に牙を剥く。

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