再び手を伸ばして
目の前には煮える釜に豆が、その隣のまな板の上にゴボウや大根といった食材が並んでいる。
そして重箱を取り出して何かを作っている。
「何をしているのですか?」
レーヴァテインが二階から降りてきて何かを作る咲哉の側に寄る。
「……んーなんか暇だからなんか作ってる」
「……あんこ、作ってます?」
何かを理解したようにレーヴァテインの顔が咲哉に向いた。
「持っていくつもりですか?彼らに」
咲哉はそっぽを向いた。
「持っていくなとは言いませんが、あまり首を突っ込まないようにしてください」
その一言だけ言って咲哉の側を離れようとする。
グツグツの煮える鍋を見ながら、咲哉はあることを思い付く。
「レーヴァテイン」
「はい、なんでしょう」
瞬間、咲哉はレーヴァテインを抱き上げて庭を駆け回った。
「わー」
「う"わ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"!!」
庭の真ん中辺りで少しだけくるくると回った後に高い高いして話しかける。
「どう?楽しかった?」
「ビックリしました!いきなり何をするのですか!?」
咲哉が笑みを向ける。それを見てレーヴァテインは少しばかり不安な気持ちになる。
「レーヴァテイン、『僕』は君を残して先立つ。だから、人を嫌いにならないでくれ」
それを聞いて、レーヴァテインの胸中はなんとも言えない感情で埋め尽くされる。
「嫌いではありません。好きではないだけです」
「なら、仲良くなっていて損はないだろう」
久しぶりに子供のように振る舞う。子供のように扱われているのはレーヴァテインだが。
「『僕』のわがまま、聞いてくれる?」
その笑顔は卑怯だった。
それはかの日から見せなくなった笑顔だったのだから。
一気に、アラクネの船内は混乱に陥った。
ティアラが居なくなったことではない。船内にドラゴンを連れた連中の反応が突如として現れ、そして消えたことにあった。
冬樹はその記録を見る。数値はその証拠を表し、カメラの映像で確証とした。
「やられた、防壁をすり抜けて来やがった」
「なんで……」
「魔術防壁は一種の結界だ。結界をすり抜ける魔術……この場合は『魔法』か、『権能』か。それがあれば不可能じゃない」
頭を抱える。ドラゴンを相手取るなら防壁が役立つが、あの異界人と対するとこの船はただの鉄の城塞。しかし、容易く侵入されている時点でその意味もない。
「これで良かったんじゃない?」
周りはその声で溢れ返っていた。何よりも、奇しくも危機は脱したのだから。
「助けに……」
「今蒸し返さないでくれ」
冬樹が楓の口を塞いで静かにするよう促す。
「少し考える時間をくれ」
映像と数値、そして状況を冬樹は整理する。
まず、どう全員が助かるか。それは、ここから逃げることか、敵が戦意を失うことである。
ここから逃げるはほぼ不可能である。船の本領さえ発揮できればゼロではないがかなり低い。防壁を打ち破れるドラゴンが追跡してくるからである。ならば、戦意を失うこと、それは、目的をご破算にする事。
その手段は現状無い。可能性まで無いわけではないし、逃げるよりも可能性はある。故に、冬樹は戦意を失わせる策を組み立てていた。
しかし、奴等は侵入しティアラを連れ去った。わざわざ交渉を持ちかけた上で。
その上で、違和感を感じる。
「なにか……」
違和、それは窓の外、遥か彼方にてその答えはあった。
ドラゴンが船内を伺いながら睨みを効かせている。
瞬間、冬樹はハッとした。
「やってくれたな」
言葉を出した。遥か遠方のドラゴンに向けて。
「あぁ、その通りだ」
そう声が響く。ドラゴンからの声が。
「あ"ぁ"!!クッソォ!そういうことか!」
その場に居た全員が冬樹の普段出さない怒声に肩を震わせ一斉に視線が向く。
「はじめから俺たちと交渉する気なんざ無かったんだ!」
焦燥が全身を駆け巡る。状況が二転三転する。情報の整理が間に合わない。
周囲の声がざわめき、混乱が加速する。
「な、なんで!?」
「消去法、最初から潜入して連れ去れるなら姿を現す必要はなかった。交渉を持ちかける必要もなかった。なのに姿を晒して交渉を持ち掛けてきた。その気なんざ更々無いからだ!じゃあなんでそんな茶番が必要なのか、それは」
思い返すは最初の怪物が現れたとき。明らかに統率のとれた巨体の怪物三体。その後にティアラは落ちてきた。
その際、怪物は光と共に落ちてきた。地に落ちても、光のようなものが身を守ってダメージを受け付けなかったが、ティアラはその様なものはなく直接落ちてきた。ならばやはり、怪物は送り込まれたのだ。
その理由、侵略と同時に一つの可能性が浮かぶ。
もしも、人材と資材を誰の邪魔もされずに回収できる土地があれば、それは国にとっての宝島である。
「俺達も向こう側に連れていく為だ」
冬樹は歯が割れる勢いで食い縛る。
「クソが、筋ぐらい通せよ」
睨み付けるは遠方のドラゴン。恐らくは、今も思考の声を聞いている。その為にずうっと船内を伺っていたのだから。
「喧嘩を、戦争を望んだからには付き合ってもらうぞ」
ドラゴンの近くで彼女達は雨風を凌げる建物の中で焚き火をしながら集まっていた。
その場にいるのは三名のみ。他のメンバーは別行動をしていた。
「うむ、慣れない」
そう、甲冑の男が言う。
「今のうちに慣れなさい。この世界の言語に」
男の言葉に、交渉の宣言をした女性は言い放つ。
「アルマ団長。本当に彼らも連れていくのですか?」
その言葉を放ったのは甲冑の男と同じものを身に纏って居るが、声は若く甲冑自体も傷があまりついていない物を着用した若い男だった。。
「無論です。見なさい。鋼鉄の船、広範囲の探知範囲を誇るカラクリの蜘蛛。そしてそれらを最大限活用する為の人材。これだけいれば、我らの祖国を守る戦いに転用できるでしょう」
「しかしですね」
アルマの緑色の瞳が若い男に向き、その瞳の内に宿る鋭い殺意に体が強張る。
「団長、あまり若い奴をいじめんでください」
「いじめているつもりはない。だが、我に物申したのだ。この程度で口を閉じるのならば、意見など最初からするな」
「……了解、しました」
沈黙が包み込む。それはしばらく続くも、ドラゴンの一言で破られた。
「こちらの思惑に気付かれました」
一際高い高層ビルの屋上にいるにも関わらずその場から全員に向けて声が届く。
「ほう、して、どのような対策をしている」
アルマは微動だにせず声を発する。そして驚くことにその声をドラゴンは拾った。
「特には。多くの者が慌て、ふためいている。そのような状況です。一人一人の声の区別がつかなくなってしまいましたが」
「ふむ、思念の声が聞こえないと言っていた『少年』はどうだ」
「依然かわりなく。先程一度だけ我が思考に届くよう語りかけてきましたが」
笑う、想像以上に優秀な少年、冬樹の価値を品定めして。
「そいつと、周囲に居た男女三名は確実に連れて帰りたい」
「もう一人居りませんでしたかな?」
甲冑の男が楓に言及した。
「いらん。精神が伴っていない奴はどのみちすぐ死ぬ」
アルマは楓に役立たずと吐き捨て眼中に無かった。
「まぁ、労働力程度にはなるだろう」
その言葉を聞き流していたドラゴンが会話を割って入る。
「成功したようです。我が主」
ドラゴンがその言葉を吐いたその数秒後、黒い外套を身につけ顔を隠した一人の男がアルマの前に現れた。
「ご命令、慎んでご報告を」
膝をつけ、頭を垂れて、そして手足を拘束した状態のティアラを置いて言葉を待った。
「わかった。申してみろ」
「神の竜玉を宿した竜、無傷で回収いたしました」
ティアラは猿轡をはめられ目隠しをされた状態であるが声の主が自らの仲間を殺して回った女であることを認識する。
「おあえ!」
けれどティアラの言葉に耳を傾けずに会話を続けた。
「これで、損をやっと取り戻した。プラスにできれば我が団の汚名を返上できるでしょう」
「うっこーしえやう!」
「しかし、大胆な計画を思い付きましたな。門の位置を移動させて船ごと取り込み向こうに送るとは」
「おひ!」
「我のドラゴン……いえ、クラウンでは破壊しかねない。日没までは魔力不十分で作戦も決行できない。しかし、籠城され日が沈んだ頃には魔力は十二分に回復する。そうなればこちらの勝ちです」
アルマが仲間と会話をしていたその僅かな時間、猿轡を噛み砕きアルマを音で何処に居るか把握していたティアラに襲い掛かろうとした。
それを黒い外套の男が跳ぶ前に取り押さえる。
「ドラゴン風情が何をしようとした」
牙を剥き出し威嚇をするティアラに物を見るような冷たい視線をその場にいる全員が向ける。
「殺してやる……」
殺意を込めた呪詛を吐こうとしたが、アルマはその様子を見て気怠く溜め息を吐いた。
「自分の立場が分かっていないようね。これから死ぬのよ?ここでは殺さないけれど」
「余は……余は次代竜王、ティアラ・ノゥブルと知って、この様な事を……」
「知っています。貴女の体内にある神の竜玉が目的なのですから」
怒りと悔しさと惨めさに歯を食い縛る。力を入れすぎて歯が欠けるほど。
「まぁ、私達に貴女を生かしたまま竜玉を取り出す技術は有りませんので、向こうに着くまで暫くの延命です。涙を流し命を請いても死は変わりません。どうか、幸せな夢を見ながら現実を逃避してくださいませ。その命終わるまで」
「うっ……うぅ」
温情を吐き捨てる。運命は変わらないのだから妄想していろ、と。
血も涙もない冷徹なその女は何事もなかったように部下との会話に戻る。
「さて、クラウン。様子はどうかしら」
「先程から騒がしくなって参りました。パンティのティをティーで返すな、など訳の分からぬことを言っております。それと」
「それと?」
「一部声が聞こえません。騒がしいからだけかもしれませんが」
「何か、逃げるための策を思案している?」
「恐らくは」
クラウンと呼ばれたドラゴンは主であるアルマを気にかけるように見る。
「なんだ」
「いえ、寒くないか案じておりました」
「気遣いご苦労。しかし私達の先祖は極寒の環境に国を設けました。この程度、慣れています」
「ソーッスよ!ドラゴンの兄貴!」
「コラ!仮にもアルマ様と契約された竜種ですよ!そのような言葉遣い……」
「構いません。そうでしょう、クラウン」
「我が主のお仲間であれば」
別の建物の中から現れたのは残りの男女三名づつ計六名。そして、白い髪に緑色の瞳をしていた。
男女ともに幼いと言った方がしっくりと来る見た目で何かの肉を捌いていた。
「ジェイド、どうですか。食べれそうですか?」
「食べれないこともない……ッスよ?ただ、本当に食うんスか?ゴブリンの肉」
「食べれるのなら」
「うえー」
全員が兜を取る。アルマと一緒に居た二人の男は一人が老齢。もう一人がまだまだ若いが顔に傷のある修羅場を潜り抜けたような顔付きだった。
そして、アルマと同じ様に白髪に緑色の瞳を持っていた。
「焼きましょう。そうすれば多少はマシになります」
全員が焚き火の周りに集まり肉を串のような物に刺しながら肉を並べていく。
「ロスター、あなたもこちらに」
「これはいかが致しますか?」
これ、と言って示したのはティアラだった。
「そこの石の柱にくくりつけておきなさい。もう、叫ぶ気力すらないようなので」
黒い外套の男、ロスターが頷いてティアラを近くの柱にくくりつけて放置する。
「変な気は起こすな。死ねないだろうが」
ぐったりとしてなにもしない、無気力にただ地面を見つめるティアラを置いてロスターはアルマ達の元に集まった。
「アリウス、グレイ」
「「はい」」
名前を呼ばれて返事をしたのは甲冑をきていた老齢の男と顔に傷のある男。
「ジェイド、ブリッジ、ユーリア」
「「「はい!」」」
返事をしたのはまだ年端もいかない幼い少年達。防寒着を着込んでゴブリンの肉を捌いていた。
「セリア、マリア、アリシア」
「は、「「はい!」」」
返事をしたのはこちらもまた年端もいかない幼い少女達。捌かれたゴブリンの肉を洗っていた。
「ロスター」
「ハッ」
返事をしたのは黒い外套の男。生気がなく命令だけを聞き入れ動くただの人形。
「そして我の竜、クラウン」
「はい」
アルマは笑って、語りかけた。
「無茶な命令に従ってくれてありがとう。あなた達は我の誇りです」
「それはどちらの立場で言っておられますかな?」
老齢の男、アリウスが笑いながら質問する。
「……もちろん、皇女として」
全員がその言葉を受けて頭を垂れる。
「共に、祖国を救いましょう」
全員が返事をする。アルマのその在り方は王気を放ち、王に相応しい風格を持つ。
「さぁ、食べるぞ」
アルマが自分に一番近いところにある串に刺さった肉を食べる。
「まだ火が通ってねぇッス……」
ジェイドが止めようとするも手遅れだった。
「あっ!生焼け!」
笑い声が上がる。嬉々として焚き火を囲む。その片隅で少女の形をしたドラゴンが歯を食い縛る。
幸福と平穏を根こそぎ奪われなが生きることを選んだ少女を殺すことを躊躇わない連中を前に。
人を象った一匹のドラゴンは叫んだ。
重く、空気を震わして遥か彼方に届くほどの咆哮を。
しかし、その叫びは巨大なドラゴンの軽い咆哮によって相殺される。
「うるせぇッスねぇ、人が飯食ってるッつーのに」
「叫びたくもなるのでしょう。最後の抵抗のようです……が」
アルマがティアラの方を向いた。失望した顔をしているのか、怒りに震える顔をしているのか気になって。しかしなぜか笑っていた。
悪寒が走る。何かを見落としているような、なんとも言えない不安が胸中を満たす。
刹那、クラウンが警戒体制に入り叫ぶ。
「我が主!」
同時、船から黒い一条の光が建物を吹き飛ばしながらアルマ達が居る場所に着弾する。
わずか一瞬の出来事、その場にいる全員が状況を飲み込めずにいると瓦礫と砂塵の中からそれは辺りを見渡す。
黒い髪を靡かせ黒い瞳が周囲を一瞬で把握する。
右目に魔眼を宿した存在が光が当たらない場所に居る何者かを捉え伝える。
「見つけた!」
砂塵と瓦礫から現れた二人はティアラと出会いまだ一日も経っていないのに助けてくれた人だった。
「追い込まれた上にケツを叩いてやっとかよ、楓」
「そ、そんな言い方はセクハラですよ!東雲隊長!」
「はいはい、すまねーな」
それはまるで流星のように駆け付けた『人間』だった。
二人が駆け付けてくれたことにティアラは瞳に涙を浮かべながらもやっと笑みを浮かべた。
「行こうティアラちゃん」




