姫様が変わられた〜 わたくしは生まれ変わりましたの、 オーホホホホ。
「わたくしを突き飛ばした者と、馬丁をむち打ちの刑に処しなさい」
ひと声上げたあと皆、言葉を失ったかのように静まる、唖然とした空気が部屋いっぱいに広がっています。まあ……そうですわ、以前のわたくしならば……
「わたくしを守る為に突き飛ばした者にお礼を、馬丁に罰を与えぬよう」
こう言いますもの、でもわたくしは頭を打って、生まれ変わりましたの!『いい人』で『お人好し』はいなくなりましたの!
「大臣?聞こえてませんでしたの?病床のわたくしに、二度まで言わすおつもり?」
「……は!かしこまりました、姫様!朦朧した拙にひとつお教えいただけないでしょうか」
保身が上手い彼が直ぐに応えました。そして案の定わたくしの意を聞いてくきますわ。なんでしょうと聞き返しましたの。
「馬丁はともかく、守る為に行動を起こした者までとは、何故でございましょう」
「……、貴方はご自分をよくわかってらっしゃるわ、言葉通り朦朧なさっているようね、わたくしを見てなんとも思わないのですの?怪我をしているのですよ、当然の処置ですわ」
「しかし……それは」
「身を呈してでもわたくしを、無傷で助けるのが当然ではなくて?少なくとも、わたくしの側仕え達はそうですわ」
そう、突き飛ばしたのは、ここに居る者達ではない、ならば誰?救う様に見せかけて、石の地面に転ばした者は……、打ちどころが悪ければお母様のところに逝ってましてよ!
わたくしはあれこれ考えながら、人前で無様に地面に転がされましたの、しかも怪我迄させられて……。と、大袈裟にため息をつきながら話します。
「無能の者を庇いだてするのなら、お前も同類だとお父様にお話するから……下がっていいわ」
「は!かしこまりました。姫様」
トドメの一言。自分が、家名がなりより大切な目の前の呆け面は、顔色を青くし答えると、一礼をした後、忙しげに私の前から消えました。
☆☆☆☆☆
……、あのことを聞いたか?二の姫様が変わられた、馬に蹴られて、オツムの打たれどころか悪かったのか……
あちらこちらでヒソヒソと囁やかれていますわ、中には魔物が取り憑いたとか、良くない霊と入れ替わったとか……床上げの後わたくしの与えたソレを聞き、わたくしの目の前でコレを話した者達には、しっかりと、新しい侍従と共に『褒美』を与えましたから当然ですわね。
「出来る限り、姫様の望みを叶える様、陛下に仰せつかっております」
わたくしの見舞いに来たあの家臣が、新しい侍従として仕える事になりましたの。どんなことでも?と聞くと生真面目なお顔で頷きましたから、早速『褒美』のお手伝いをして頂きました。
オーホホホホ、数人ですかしら?じいの話によると……、表舞台から消えましてよ。
――、そんな日々の夜、部屋で就寝前のお茶を楽しんでましたら、ある事に気が付きました。とても香りが良い茶葉なのですの、花の蜜も澄んでいて雑味がありません。こう言ってはなんですが、わたくしの手もとに届くお品は、王妃様の采配なのかそう良いものは回されない筈ですのに……。
寝台の上を見ます、そこには軽い羽毛が詰められた真新しい寝具、これも最近取り替えられました。そういえばカーテンも、わたくしの好みの色に、いつの間にか取り替えられてます。
「姫様、姫様のおかげでマーヤも皆も喜んでおります」
そう話すマーヤ、新しいお仕着せに変わっていることに気がつきました。そして……数少ないのですが、ここに仕える侍女達も、新しい装い……皆、にこにこと嬉しそうにしています。
「……、そういえばわたくしのドレスも……じい、コレはどういう事なのかしら?それにお祖母様の『箱』お父様からと貴方は言っていますが……」
――、今日からわたくしめが、ここにお仕えすることになりました。これは陛下からの贈り物でございます。
あの日の翌日、そう挨拶に来た侍従長……呼び名は慣例に従い年寄りであろうと若者であろうと『じい』となる。彼が差し出してきた箱の覆いを外して驚いたわたくし。
「まぁ……これは、お祖母様の宝石箱ではありませんか……、これをお父様がわたくしに下賜されると?」
「は!さようでございます。姫様」
美しく装う様に、とのお言葉を伝えるよう命ぜられております、と今までの生活から一変するような言葉。そしてそれは、その通りとなったのです。
修繕をしてあげましょうと、お義母さまに言いくるめられ持ち出された、調度品やら絵画、装飾品……新しいお品が日々届けられ、お母さまが生きていらした時のように、贅沢にそして色鮮やかになる住まい。
「失礼ではございますが、姫様にはもちっと、お若いお色目のほうが、陛下のお言葉でございます」
そう言ってこちらも日々仕立て上げられたドレスを、靴を持ってくるので、マーヤや皆は喜々としてドレスを選び、靴をどれにするかと悩み、下賜された宝飾品をあわせ喜んでいます。わたくしはまるで着せ替え人形にでもなったかのよう。
「姫様、お綺麗でございます」
口々にそう褒めそやかされますの。思えばこうした、華やかなお城勤めを夢見ていた彼女達に、わたくしは、それらしいことを何もさせてやれなかった、とその笑顔を見て、そして過去を振り返り、心が少しばかり痛みました。
それもこれも……わたくしが弱かったから、皆に肩身の狭い思いをさせていたのです、自身の不甲斐なさに、我ながら呆れますわ。
「……今まで苦労をかけたわね、これからはわたくしが皆を守るわ」
わたくしは……マーヤ達にそう話しました。姫様……と何やらしんみりとした空気が広がります。そうですわ!皆を守らなくてはいけません。わたくしは心に誓いました。
お姉さまなどに負けてなるものか!と……、そんなわたくしを、新しき侍従の彼が満足そうに頷くのを目にしましたの。
オーホホホホ!大丈夫ですわ!じい。