洗礼ですわね!受けて立ちましてよ。
「お可哀そうなキャロライン様、病であの様に……、亡き王妃様はお美しいお身体であらせられましたのに……」
やんごとないお話が拡がっておりますのよ、エレーヌが教えて下さいましたの。マーヤもここに来るなりそうそうに、贈り物を下仕えの者達に配りそこで仕入れた、わたくしの知らない話を教えてくれます。
皇太子の存在がいらっしゃらない場合……色々と宮廷人の思惑が、違ってまいりましてよ。特にこのお国は……、何しろ『樽ドレス』の王女、お一人しかいらっしゃいませんから。中でも熱心に我が子を目立たせようと頑張っていらっしゃるのは、陛下の弟君様ですの。
サーシェリーというお名前の娘ですわ、年頃はキャロラインと同じ、見目麗しい令嬢ですの。勿論『樽』ではありません。王族の娘なのですからどこにでも引く手数多の筈なのですが……、どうやら目星はお兄さまに定めているご様子。
キャロラインを病で肥っていると噂を拡めて、療養目的で出家させ、その後ご自分の娘を王女としてお兄さまの花嫁に……、そうなればわたくしの祖国の外戚になる、お子が生まれれば……!全く、これもそれも誰もかれも計算高くて……困った事ですわ!
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わたくしは館に籠もらず、出来る限り城内に向かいますの。籠ればそれはそれで何かしら言われ、噂になりますから。年が離れている陛下とわたくし。口さがない人達にとって、はかっこうの標的ですわ。
これ以上の事を言われる事がわかっておりますからそう、わたくしが初めて城中に上がった日の事ですわ、あちらでヒソヒソ、こちらでコソコソ……
――「お可哀そうに、親子ほども離れた陛下と……」
わたくしは可哀想ではございません事よ!陛下とは仲良くしていますもの。
「何でもお国元には恋人が居られたそうですわよ」
おりませんことよ!不埒な事をお考えになる貴方達の、おつむりの中を覗いてみたいですわ!
「お館に籠もられる事になるでしょうね……、毎日泣いてお過ごしに」
なりません、わたくしはその時誓いましたの。幸い城中にも、わたくしのお部屋が用意されておりましたから。
「……そういえば聞きまして?お化粧料としてお国元から荷が届くそうですわよ」
「荷が、まさか!その従者に紛れ込んで……」
誰が来るのです!
「お若いのですから、致し方ありませんけれど、ほほほほ」
くぅぅぅ!何という屈辱!それに当然ですが、わたくしの存在が目障りなお方々も多いのです!
――「王子でも産まれでもしたら……、今迄の事が水の泡」
何をしてらいらしたのかしら……。
「しかし王女様を攫う事など無理ではないか!転がして運ぶ訳にはいかん」
「そこはだな、王女様には出家して頂き……当家息子を養子に……」
まあ!何て軟弱な……、お気持ちはわかりますが、我がお兄さまは、日々鍛えておられますわよ!報われて欲しいものですわ!
「ご自分の娘と変わらぬ様な……羨ましい事よの……」
「もし!陛下が……やりすぎて……」
何をやりすぎるのですか!何を!朝っぱらから、不謹慎ですわ!この様にわたくしが居ても、ヒソヒソとあるのですわ!居なければ、とんでもない事になると思いますの。
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「何やら賑やかだな」
「どうって事は御座いませんわ」
わたくしを気遣って、陛下がある日話して来られました。まだわたくしの側には近しい者はおりません。わたくしから声は掛けておりますが、辺り一辺倒の挨拶をした後、離れていかれますの、わざとですわね!
ですがわたくし、この手の事には慣れておりましてよ、お姉さまの取り巻きに、鍛えられてきましたもの。陛下はわたくしの生い立ちをじいから聞いた様です。さほど心配する様子もなく、お手並み拝見という風情で、眺めておられますの。
「ハッハッハ、そうかそうか……、そうだ、王妃は馬を連れてきておったな、今度共に駆けてみないか?」
「まぁ、陛下と、嬉しゅう御座いますわ、そういえば陛下の馬の名前は?あの時のコで御座いましょう?」
ロクサーヌもそろそろこちらに慣れて来た頃、わたくしは嬉しくなり、人前では御座いますが陛下と睦まじく話をいたします。その様子を見るなり、ヒソヒソ、ヒソヒソと始まるのですわ!
夫婦の仲が良くて、一体何がいけないのかしら?
「カイザーという、駿馬だぞ、駆け比べならば負けはしない」
「まあ!わたくしのロクサーヌも速くてよ」
「ならば勝負だな、私が勝ったら……」
耳元で甘い言葉を囁いて来ますの!そんな事を⁉こ、これは勝たねばなりません。
「わかりましたわ、わたくしが勝ったら……一つお願いを聞いてもらえませんこと?」
ヨシヨシ、勝ったら何でも聞いてやろうぞ、と笑う陛下。骨抜きにされて……、王の座を狙われているのか、王子でもお産まれになられたら困った事になりましょう……、ヒソヒソが聞こえて来ます。
「……、そうだな、これをやろう」
用意させていたのか、小姓の一人がそれを手渡しました。わたくしは受け取ります。それは美しく細工を施された乗馬用の鞭でしたの。まぁなんて見事な、彫りに目をやっておりますと……
「王妃よ。この様な話があるのだが……そなたならどうする?」
何でございましょう?とわたくしは始まりましたお話をお伺い致しました。
「少しばかり年老いた木に花が咲いたのだ。その木には未だ果実が実り熟した事はない。木は喜んでおった、ところがその木の手入れをしている庭師が、木の衰えを心配して花をむしり取ってしまったのだ。よくよく見れば葉も青々と繁らし、木肌の艶も良い、ただ少しばかり年老いていたのだな、それだけなのに、惜しいことよの、そなたなら庭師をどう扱う」
わたくしは少しばかり考えました。そして背を正し先程手にした鞭を空いている手のひらにパン!と置きます。
「そうですわね。わたくしならば……『褒美』を与えますわ!陛下」
耳を済ませてわたくしの一言ひとことを、漏らさぬ様に聞く人々。
「ほう、褒美とな?心配をした庭師をねぎらうのか?優しい事よの」
「ええ、褒美ですわ!職務に怠慢なその庭師に褒美を与えとう御座いますわ陛下、憶測だけで物事を進める等、言語道断!」
「……、そういえばそなたの国では『褒美』とは確か……」
わたくしの答えを面白そうに受けられる陛下。皆まで言わさずわたくしが引き取りました。
「ええ!わたくしの国の『褒美』とは『鞭打ち』の事で御座いますわ!幸い、陛下からとても握り心地の良いお品を頂きました事ですし、試すのには絶好の機会、その憶測で動く庭師とやらを、ここに連れてきて下さいませ!」
ゴクリ……空気がそう合わせて音を立てましたわ。し……んと静まり冷たく固まるその場。ピタリと声が止みましてよ。
ヒュン!わたくしはわざと鞭を振り上げましたの。後ずさりする者たちもおりましてよ。クツクツクツと陛下がわたくしの側で笑われますの。
「さあ!褒美が欲しい者は授けますから、お並びなさいな」
そなたは花のように笑う……愛らしいぞと陛下に言われているわたくし、その笑みをここにいる皆に向けましたの。パンパン……パン、鞭を空いた手のひらに拍子をつけて置いたり上げたり……、残念ながら誰一人として、わたくしの前には来られませんでしたの。
オーホホホホホ!お姉さまにも感謝ですわ!