驚きましたの ああ……キャロライン、その一口が危険ですの
雲雀が歌う 卵を抱え喜んで
ある日餌を食べようと
ピーチクピッピと啄めば
血を吐き倒れる草の上
卵は冷たいゆりかごに
踊り子おどる 宮廷で
ある日出された飲み物を
コクンと一口飲みこめば
血を吐き倒れる石の上
手にした果実は流れて消える
蕾をつける 赤い華
ある日そろそろひらこうと
柔な花弁を解いてみれば
刃物でチョキンと切られて
ポトリと落ちた土の上
ねんねんころり 赤子は眠る 地の下で。
〜おとなりのお国の子守唄より
まあ!こういう理由で、王女しかお育ちになられてませんのね!あらでも……何処の王室も、同じようなものなのですかしら?
ここに嫁いだわたくしに、お父様から課せられた使命は三つ、ジャックの石を夫に手渡す事。そして、それを両国の軍事強化の為に、この国の技術で加工をし、新しい武器を創り上げる事。
材料は、わたくしの毎月送られる化粧料に忍び込みこませ、完成品は祖国に嫁いだ王女、キャロラインの化粧料に忍び込み込ませる。
なので二つ目は、キャロライン王女の婚礼話を取りまとめる事。どういう訳か夫となった陛下が、ここ最近になり渋っているらしいのですの。
王女は私より年下といえど、お年頃を迎えているのですわ。
そして最後のひとつは、王子を産むことですけれど……、それは神様だけがご存知ですわね。ねんねんころりにならないように、わたくしは負けませんことよ!
☆☆☆☆☆
銀の盆の上のうさぎになり、めくるめく夜を過ごしたわたくし。美味しく頂戴された様な?気がいたしますの。翌日目を覚ますと、夫から小さな『鍵』を手渡されました。
「後で使い方を教えてやろう」
そう言う夫も対になる物を、首から下げていましたの。呼ばれたマーヤを始め侍女達により、朝の身支度をその場で終えると、夫に従い朝の礼拝へと向かいました。少々細かな違いは有りますが、大まかな事は祖国と変わりはありません。
そこでわたくしは娘となる、キャロライン王女と出会いましたの、ええ、ひと目でわかりましたわ。夫が渋る理由が……。
「ごきげんよう、お父様……お義母さま」
甘く可愛らしい声でご挨拶をされた彼女。あの……どうしてなのですの?とお聞きしそうになりました。わたくし、初めてですわ!城下に出る事もなく、公の場にもようやく最近になり出たのですから……、
他者にあまり会わずに来たのでございます。でも待ってくださいまし、祈りを捧げる最中も、ついつい王女に目を向けそうになります。そして祖国のお兄さまのあの『大』にこだわった意味がわかりましたの。
キャロライン、何故貴方は『パンパンに丸い』のです?コルセットの存在意義は?くびれはどこに……?それよりもコルセット……してらっしゃるのかしら?お聞きしたいのですが、いきなり聞くのは失礼ですわね。
わたくしは頭が痛くなりましてよ。祈りつつアレコレと考えていきます。『樽』を抱え上げ、お兄さまは列席者の前で宣誓を行う……。抱き上げ……られるのかしら?無理な様な気がいたしますの……。
――「我が城では、食事は皆で取るのが決まりなのだ」
礼拝が終わると夫がそう教えてくださいました。わたくしの祖国では、晩餐会以外で、揃って頂く事は無かったのです、家族で揃って頂く、何やら温かい風習と思いましたら……
「そうしておけば、盛られる事が少なくなってな、私の目の前ではやりにくいらしい、ハッハッハ!」
何を盛るのかしら……。礼拝堂から出て朝の光の中で夫は話しますの。外で待っていた馬車に乗り込みます。
「私にはキャロラインの母、正妃と側妃が五人いたのだが、この女の戦いが凄くての!どれもこれもまともに子供が育たんかったのだ、正妃が王女を残して身罷った時に、残っておった側妃は二人に減っとった、嫌気がさして出家したり病で逝ったりしてな」
朝からどの様なお話なのかしら……。残された二人お妃達は確か廃されたとお聞きしておりますが、
「今、私には妃は独りしかおらぬぞ!そなただけだ、残った二人をそのままにしておくと、王妃の座を巡り争うのが目に見えておったからな、出家する様取り計らった」
出家されてその後は……もしやしたら、皆様の後を追って、逝かれているのやもしれませんわね。王からの賜るお品で。機嫌よく話される陛下、そろりとわたくしは手を握られ、甘く囁かれましたの。
「だから……王子を産んでくれまいか?」
もちろん、とわたくしは昨夜の事を少しばかり思い出し、どぎまぎとしながら微笑んで頷きました。
☆☆☆☆☆
パンにスープに焼いた塩漬けのお肉、チーズ、ジャムに香草に果物……、まぁぁ!わたくしは初めて拝見させて頂いてますの。人間とはこんなにも食べられるものなのですの?入るのですか?
わたくしが一つのパンを食べる間に、二つスープに千切って入れて食べられますわ!それもスープはお代わり、お代わり……。王女、それ以上お召し上がりになられるのは……いかがなものかと思いますの。思わずわたくしは、食べるのを忘れてまじまじと見ていましましたの。
「お義母さま?お口にあいませんか?」
手が止まっているわたくしに気がついて、話してきてくださるキャロライン、可愛いですわ。
「いえ、とても美味しくてよ、あの……とてもよくお召し上がりになられるのね」
三つ目のパンに、琥珀色のジャムを給仕に挟んで貰いながら、食べるのが好きなのですとはにかむキャロライン。その笑顔より三つ目が気になるわたくし。
それを受け取るキャロラインのふくふくとした、丸い白い手。
「王女よ……、その。なんだな、貴婦人とは小鳥が啄む様にな、その少しばかり……なんだな……年頃でもあるし」
焼いた塩漬け肉を切り分けながら、父親である陛下がもごもごと話してきました。
「………、わたくしを持ち上げられない様なお方とは、一緒になりません事よ、お父様」
言わんことを察した王女は、パンを千切って口に入れつつプイッとそっぽを向きます。お兄さま、無理でございましてよ。そしてキャロライン、このままですと貴方は結婚は無理ですわ!
樽を抱えて盗み出すこと等出来る殿方が、いるとしたら、ほら、なんて言えばよろしいのかしら。ぴったりなお言葉を探って行きます。『私』の語録からありましたわ!
ゴリマッチョ、そう!ゴリマッチョ!筋肉ムキムキのゴリマッチョ……。
「美味しいですわ、お義母さま、デザートは甘い糖蜜をかけたフルーツケーキにしようと思うのですが、一緒にいかがですか?」
わたくしが『ゴリマッチョ』を思い浮かべておりますと、デザートのお誘いが……、まだ食べるのですか!これは……いけませんの!いけませんわ!
夫は首を振りため息をつかれておりますし、ケーキの皿を運んできた給仕の目が、呆れ果てております。
「ケーキ大好きですの、甘くて……美味しいですわ、お義母さま」
樽がドレスをまとったわたくしの娘は、にっこりと誘う様に笑い、蜜が染み渡っているケーキをスプーンですくうと、パくんと口に運びましたの。