偵察に来られましてよ!憂さが少しばかり蕩けて消えましたの 〜オーホホホホホ。
「ドレスのおいろ、へんてこね!やっぱりお前はニセモノなのよ!だから召使いなの!」
お姉さまの開かれたお茶会、子供の頃でしたから、『お茶会ごっこ』ですわね。わたくしはそこで『召使い』でしたのよ。
「召使い!お菓子が床に落ちました」
「召使い!窓が汚れてます」
「召使い!お茶をこぼしちゃった!」
マーヤと共に訪れたそこで始まった『お姫さまと召使いごっこ』……、遊び相手の令嬢達は知らぬ顔をしていました。面白がり主をそそのかす側仕え、そして調子に乗ったお姉さまに言いつけられ、お菓子のクリームでわざと汚した手で窓を触ったり、お茶をこぼしたりするお相手達……、今でも隅々までよく覚えてましてよ!
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「ああ……、今日訪れたのは『御祝いのお品』を持ってきたのです、これ!ここに」
お姉さまが、あの側仕えから箱を受け取りました。コトリとクロスが掛けられたテーブルの上に置きます。お受け取りになって、と話される前にわたくしは、手で制止をかけます。クロシェ夫人が戻ってきましたから。手には美しく細工された小箱を抱えています。
「まって、お姉さま……、実はわたくしも、御祝いのお品を用意しておりますの、ああ……クロシェ夫人ご苦労様、それをお姉さまにお渡しして」
姫様からの贈り物で御座います、と深々と頭を下げそれを差し出した、彼女。お姉さまがお受け取りになると、わたくしは蓋を開けてご覧になってくださいな、と言葉を添えます。
「まぁ……アリアネッサ様から、何かしら」
お姉さまの側仕えが、どこか緊張をした面持ちでじっと目を凝らしています。彼女に対してわたくしは良くない感情を持ってますの、何故なら彼女からもあれこれと、わたくしばかりか、マーヤ達まで嫌がらせをされてましまから。
お姉さまをよくけしかけておりましたわ。お姫さま、そこはもっととか、こうしたらよろしいのでは?とか……、マーヤ達も何も言いませんが、酷い目にあっていたのは、薄々知っております。『褒美』を是非とも与えたいお相手ですが……、余程のことがない限り、慶事を控えたわたくしが、手出しをすることは出来ません。
そのマーヤは澄ました顔で控えています。覆いを取り蓋を開けたお姉さま、目を見開き手に取られましたわ。
「……、なんて見事な首飾り、これをわたくしに?」
「ええ、ターワンのお国のお花のお色は紅、そして煌めく水面を表した『黄色』がお色とお聞きしていますから、いずれ王妃となりお国の花を、その身に担われる事になりますから、真紅の柘榴石とカナリートルマリンにいたしましたの、ではわたくしも拝見いたしますわ」
手に取り眺められているお姉さまは、うっとりなさっておいでです。側に立ち見守るクロシェ夫人の目には、どこか人のお悪い光が宿っております。
――「姫様、良いですか、先手必勝というお言葉が御座います、二の姫様がご用意されたお品を持ってこられた時には、先様にまず、こちらの品を手に取るように仕向けるのです」
「?はい、わかりましたが、どちらが先でも良くなくて」
わたくしの言葉に軽く首を振る夫人、いいですか!必ず、と念をおされてましたから、
――、その通りにいたしましたわ、この蓋を開ければどうなるのかしら?わたくしはドキドキとしながら、覆いを外し蓋を開けようとした時。
「あ!お!お待ちくださいませ!」
息をつめて見ていたあの側仕えが、許しも請わずに大声でそれを遮りました。わたくしは手を止め、彼女に目を向けます。キョトンとしているお姉さま。クロシェ夫人の叱責が飛びます。
「何事ですの!そなた慶事を控えたニ姫様に対して、遮る行為を行うとは……、不敬な上に邪な事を考えておるのか!」
「い!いいえいいえ、決してその様な事は……、わ、わたくし別のお品を持ってしまったのです、べ、別の……あ、う、う、お、お許し下さいまし」
床にひれ伏し涙ながらに謝罪をする彼女。間違えた?そんな筈は無いでしょうに、お姉さま一体何を入れて来られたのやら、わたくしは覆いを元に戻しました。マーヤがそれを手に持ちます。クロシェ夫人が何が起こったのかわからないお姉さまに話します。
わたくしは事の成り行きを、端然と見守ればいいだけの様子、ならばしっかりと味あわせていただきましょう。
「ニの姫様、先ずはそのお品を」
ええ、とお姉さまはそれを仕舞うと、箱をご自分の手の内に引き込みました。返せとは言いませんわよ。慶事を控えた身ですもの、『遮る』『返す』『切る』この三つは避けているのですから……、それはわたくしに仕える者全てが、気をつける様にと表の儀典長から、固く指示されている事。
ならば……あら!この側仕えやらかしてましてよ。まぁ……わたくしの手で『褒美』を与えてやりたいところですが、さてどうなるのかしら……。
「お互い慶事を控えた御身、なのでニ姫様からどうとかしないように取り計らいます故、先ずはこのお品はこちらでお預かりいたします。そしてその側仕えは、儀典長『預かり』になりますが、よろしいでしょうか?」
マーヤの手にした箱を指し示しながらクロシェ夫人の冷静な声が、床から上がるすすり泣きに混ざります。儀典長!と聞き顔を上げて首を振る側仕えの彼女。
「……、そうですね、クロシェの良いように、わたくしは何も知りません」
さすがはお姉さまですわ、わたくしも見習わなければならないのですわ……、これは『蜥蜴の尻尾切り』不始末をしでかした者は『用無し』この潔さ。
「かしこまりましたわ、マーヤ、それをあちらに持っていった後に、アーノルドに衛兵を連れて来るように言ってきなさい、さっ、お立ちなさい!口を開けば……よろしくありませんよ」
手で抑えて首を振る側仕え、少しばかり可哀想な気もいたしますが、過去のあれこれと合わせると……、わたくしもお姉さまに習い、もう居ないものとして、その助命を宿した姿を黙殺いたします。マーヤがかしこまりましましたと嬉々とした響きの声で応えると、部屋から下がりました。
――、「……、お姉さま、お聞きいたしましたが、先に出立なさると、遠方である事とお義母様のお国に立ち寄ることから、共に行かれるとのお話ですが、母娘で諸国をめでられるとは、素敵ですわね」
わたくしはお姉さまに、先の話をいたします。黙ったままだと気まずいのか、笑顔を浮かべると乗ってこられたお姉さま。
「ええ、ですからね、今荷造りで大変ですの、宿を取る各国にお土産でしょ、それにお母様のお国にも、何しろ
馬車で十日、ようやくついたお母様のお国で静養した後、さらに船で向かいますのよ、ホホホ」
嬉しそうに話されるお姉さま。すすり泣きつつ立ち上がる彼女。やがてマーヤがじいを伴って戻ってきましたら、クロシェ夫人に連れられ出ていきました。
「ああ……マーヤ、甘いお茶を入れなさい」
長年の憂さが晴れたマーヤは、晴れ晴れとした満面の笑みで、はいと新しいお茶の準備をいたします。ほんのちょっぴり残っている、かつてのわたくしは哀れに思いつつも、今のわたくしは……、
わたくしの中で、彼女に対する澱のように溜まった憂さが、とろける様に消えていくのを感じてましたの。
オーホホホホホ!人の不幸は蜜の味とは、上手い喩えですわ。
誤字脱字報告ありがとうございます