ぷろろーぐ・泣き虫姫と企む王様
あるところにお姫さまがいました。お姫さまには、お兄さまとお姉さまがおられました。お兄さまは少しばかり大事に育てられたので、のほほほーんとしたお方でした。そしてお姉さまは
「お兄さまとわたくしのお母さまが王妃さまよ!一番なの!あんたのお母さまは二番目!二番目はね、ニセモノなの!」
とっても意地悪なお姫さまでした。そして王妃様もこの親にしてこの子ありな、お人柄でした。ああ……可哀相なお姫さま、彼女の母親は美しく優しいお妃様でしたが、王妃様にあれこれ嫌がらせを受け……お姫さまを置いて、先に空へと旅立ってしまいました。
ああ……、可哀相なお姫さま、形見に譲られた宝飾品の数々は、お手入れをしてあげましょう、今日からわたくしが貴方の『お義母さま』になりましたの。と言葉巧みに近づいてきた、強欲な王妃様に取り上げられてしまいました。
ああ……可哀相なお姫さま。取り巻く皆は、ご自分の娘や王子様と共にお育てする様、王妃様のお住まいに、お移しになられるかと思っていましたが、その気配は一向にありませんでした。お姫さまはそのままに、二の宮と呼ばれる館で、僅かに残った者達と誰の訪れもない、寂しく静かな日々を過ごす事となったのです。
時に正殿と言われる公の場に出向けば、母親のいない彼女は、あちらでコソコソ、こちらでヒソヒソ……粗末な身なりを囁かれます。王妃様の采配で、くすんだ様な色のドレスしか与えられないのです。
「アハハハ!変な色!側によらないで!はずかしいもの!」
お姉さまのお姫さまは、妹のお姫さまを笑います。そして……お相手に集められた貴族の子供達は、命じられるまま、大人の目を盗んで、偶然を装いぶつかったり、ドレスの裾を踏んで転ぶ様に仕向けたり……お姫さまが困る事ばかりを仕掛けて来ました。のほほんとしたお兄さまは、見ていてもオロオロとするだけで役にもたちません。
ああ……、なんて可哀相なお姫さま。人には礼儀正しく、そして優しくという亡き母親の教えを守り、酷いことをされているというのに、誰にも言わず、一人でこっそりと泣いて、辛抱をしています。
時々絵本を読もうと誘ってくるお兄さまと一緒に、そのお話を楽しむだけがお姫さまの小さな幸せ、ああ……なんて可哀相なお姫さま。
泣いて、泣いて……独りぼっちで泣いて……お姫さまは大きくなり、お年頃を迎えました……。
☆☆☆☆☆
さて、どうするべきか、王の執務室で、届けられた親書を読んだ後、主が何やら考え込んでいる。
コンコン……ドアがノックされ開かれた、お小姓が優雅に一礼をし、主に来客が来たことを知らせた。通す様に命じる。
「失礼いたします国王陛下」
「ん?そちか……どうした?泣き虫姫の怪我が酷かったのか?」
入ってきた一人の家臣に鷹揚に声をかけた。
「いえ……お怪我はそれほど無い様でございますが……頭を打たれたのか……」
「ちこう寄れ」
はい、と主に応じ側によると耳元で、何やらヒソヒソと話をする家臣。少々めんどくさそうに聞いていた主だったが、次第に顔に喜色を浮かべる。
「……ほう、おつむりを打って目が覚めたのか……それは何よりだな、読め」
手にしていた親書を家臣に手渡す主。それをうやうやしく受け取ると素早く目を通していく家臣。顔に驚愕が浮かぶ。
「きな臭い動き、そして隣国の喪が明け、姫の目が覚めた……、二の宮の役立たずの侍従を閑職に送っとけ」
「は!かしこまりました。して次なる者と、姫様の事は……」
「次はお前に任ずる、姫の名を持って『褒美』を与えておけ、ワシはお前を買っている、家名と自己保身の為ならば、手段を厭わぬという点は長所だとな」
「……、あ、ありがとうございます、が……わたくしが二の姫様の侍従に……」
「ああ、期待しているぞ、ちと、姫をこう……可愛らしくしてくれ、住まいもなんとかならんのか!さしずめ王妃の差し金とはいえ……困ったものだ、ワシが何も知らぬとでも思っているのか……、これを持ち宝物庫に行け、亡き我が母上の『箱』を姫に与える」
王はサラサラと何やらしたためると、差し出した。親書と引き換えに受け取る家臣。機嫌が良くなり饒舌になる王。
「さて……どう動くか……、アレの母親は賢い女だった故……ククク、そうか、あの泣き虫が!弱いままだと打ち捨てておこうかと思ったが!ハッハッハ、コレは痛快!しばらくは見てみぬふりをする故、姫の思う通りにしてやれ」
「はっ!かしこまりました。国王陛下」
「絹を二の宮に集めろ、華やかな色が良い」
「はっ!かしこまりました。国王陛下」
「王妃や一の姫から文句が出れば、ワシに直ぐに伝えろ!」
「は!かしこまりました。国王陛下」
「用は済んだ、下がれ」
「はっ!かしこまりました国王陛下」
テキパキと、やり取りをすると、侍従となった家臣は部屋から出た。それを見送り、キシリと椅子の背に持たれる王、クククク、ククククと思い出し笑いをする。
「そうか、おつむりを打って、何が幸いするかはわからん、どれ気分が良い、これ!誰かおらぬか!酒を用意しろ」
はい!只今直ぐに……とお小姓の声が上がる。
「く、クククク、祈願の一杯といくか……われの企みに成功を……な」
直ぐ様用意された酒器を手にする。中には深く赤い色が満たされている。少し掲げて口にした。
そうか、泣き虫姫の目が覚めた……楽しみなことよの……。
――、王がゆるりと酒を楽しむ、そしてこのお話は、これから少しばかり巻き戻る。