3話 のぞきは犯罪です(後編)
「なあ、絶対切っちゃダメって言いかけたのって青だよな?え?」
戸惑う坂谷。
「まあ大丈夫だ。まだ助かる方法は数十個あるから。とりあえず落ち着いてさっきの窓から外に出てくれ。」
「はい、でた。これってまだ壁にへばりついといたほうがいい?」
坂谷は今体育館の2階の外壁に握力でしがみついている。
「うん、そのまま右に…2m移動してくれ。」
無線越しの目的のよくわからない白井の指示にもちゃんと従う坂谷。
「けどもうすぐ先生更衣室に駆けつけてくるよな?あの天井の穴見られたらまずいんじゃね?」
珍しくまともな指摘をする坂谷にも動じず、白井は指示を続ける。
「そこは多分死角だから大丈夫。それよりあと200秒後にその位置で壁を軽く殴ってくれないか?」
「お、おう。よくわかんねえけど、壁に穴が開かないレベルだな?」
*****
一方そのころ、非常ベルが鳴り響いた職員室の空気は少し騒然としていた。
「女子更衣室から危険信号が出ていますが、どなたか女性の先生行って様子を見てきてくださいませんか?」
校長がそういうと、2,3人の女性教員が返事をして歩き始めた。
「女子更衣室でトラブルなんて、やーねー」
「ほんとほんと、どっかから変態が侵入したんじゃないかしら」
ぺらぺらと女性教員たちがしゃべっていると、あっというまに更衣室前に到着した。
赤色の『女子更衣室』という表示を見て、
「懐かしいわね。私も昔水泳部だったのよ」
とまたしゃべり始めた。
「とりあえず入りましょ。」
女性教員たちが女子更衣室に入ったが、そこには天井に穴もなく誰もいず、特に異常はなかった。
「おかしいわね…もう変態が逃げた後かしら。とりあえず体育館周辺しらみつぶしに探しましょう!」
一人やる気の高い女性教員がそう言ったとき、右の壁の方から
「196、197、198…」
と数を数える男子生徒の声が聞こえた。
「どこなの?」
女性教員がそう言った直後、
「200!」
とうれしそうな声が響いて、ドンッと壁のたたかれる音がしてロッカー倒れこんできた。
「きゃあ!」
大量のロッカーがバリケードになってドアが開かなくなってしまった。
「どうすんのよこれ…」
*****
「白井!200秒きっかりで壁殴ったぞ!ちなみに俺が殴った部屋ってどこだ?」
「ああ、そこ男子更衣室だよ。」
「え?なんか女の人の声聞こえたけどな…」
「細かいことは気にすんな。とりあえず坂谷、ミッション終了だぞ。左に10m進んだところの窓から部屋に入ってくれ。」
「は?まだカメラつけてないけど?てかその部屋何の部屋だ?」
「いいからいいから。」
頭に疑問符を大量に浮かべながら坂谷はその指示通りの部屋に入る。
…その部屋は真っ暗で、多々今は言ってきた窓と大きな窓が一つついているだけの空間だった。ちょうど、女子更衣室についていた鏡ほどの大きさの窓が。
そしてその暗闇のなか、一人たたずんでいる男がいた。白井である。
「は?白井お前、なんでここにいんの?どういうこと?ちょっと説明してくれよ!」
―3日前。学校の監視カメラをハッキングした白井は、女子更衣室の隣に使われていなく入り口もない空間があることに気が付いた。
―白井は深夜、学校のセキュリティをすべてOFFにしてそこに侵入。電動のこぎりで女子更衣室とその部屋の境の壁に穴をあけて、大きなマジックミラーを取り付けた。
―そしてそこから2日後、坂谷の思考を誘導して「女子更衣室をのぞく」という発想に至らせる。
―坂谷の技量を計算してわざとその作戦を失敗させたのも、白井の計画。
―駆け付けた先生たちを間違って男子更衣室に誘導するため、坂谷に指示を出しながら自身も体育館に足を運んで男子更衣室の看板と女子更衣室の赤い看板を入れ替えたのも白井。
―そして先生たちの部屋に入るタイミングを見計らってロッカーを雪崩れさせたのも白井の作戦。
―すべてはこの真っ暗な部屋から坂谷と二人で女子更衣室をのぞくため…!
という内容のことを物分かりの悪い坂谷に端的に説明をする白井。
「もしかして一昨日って言ってた用事って電ノコ…?」
「うんそうだよ。我ながら完璧な作戦だなー」
「いや、ちょっと待て。看板入れ替えたくらいで部屋間違うか普通。そんな古典的な!」
「毎日見てるものが入れ替わってたって案外気づかないもんだよ?お前信号の色の並び言えるか?」
「そうかもしれないけど、なんで俺に計画全部教えてくれねえんだよ!なんで一回失敗させるんだよ!」
「敵を欺くには見方からってことだよ。まあいいや。そろそろ水泳部女子のおでましだ!」
白井は心底嬉しそうにマジックミラーを見つめる。
「白井、お前結構むっつりだったのか…」
そう言いつつもマジックミラーをガン見する坂谷。
―だが、完璧な計画をやってのけた白井には一つ大きな計算ミスがあった。
「着替え始めるぞ!」
―その失敗は、女性経験の少なさゆえのものだった。
「あれ?」
―そう、女子生徒は…
「なんかバスタオルみたいなの体に巻いて着替えてるな…」
「テルテル坊主見てえだな」
―女子生徒は、こうやって着替えるのだ…
「まじかよ!」
白井は思い切り頭を抱えて倒れこんだ
「なんだばからし。かえろ」
坂谷はトンっと窓から外へ飛び降りる。
「白井も、はやくいこーぜ」
「僕そんな中国雑技団みたいなことできないから!」
そういって自前の縄梯子で下へ降りていく白井。
―これから始まるのは、こんなアホで天才な二人組の日常…