27【審美眼の有無】
元の大きさのネコサンのブラッシングを終えたノブは「ねる」と一言残しベッドに伏した。ネコサンも縮んでから「にゃん」と言ってノブの上に伏した。
動く毛布。
ノブに撫でられてゴロゴロ言いながらもあっさりまどろむ。
自由に生きている。
レオだって昔よりずいぶん好きに生きれるようになった。人目や敵意を賊以外に気にすることなく町を歩け、そばにはノブかネコサンがいる。先を急ぐ旅でもなく、多少つっこまれても「有力者の妾の子で、小遣いもらって遊学している」とでも言っておけばいい。
好きにできることも幸せ、好きな旅仲間がいることも幸せ。
レオも一休みすることにした。野宿の時も、ノブが蔓で編み込んだベッドをこしらえているので寝心地はいい、でも宿屋のベッドには負ける。
「ノブー。明日の予定どうする?」
「織物展があるみたいだから見に行きたい」
「それは僕も気になる!」
「レオは審美眼あるから」
「んみゃ」
「ん?ネコサン一人でお留守番?寝て待ってるの?」
「みゃ!」
「宿屋のおっちゃんにも言づけておけばいいんじゃないかな」
「ああ、あのおっさんは悪いおっさんじゃなかった」
あのおっさんは宿の呼び込みをしたときに「私はそのネコサンのためなら火の中だって飛び込めますよ!宿をお探しならぜひうちに」と宣言した。そして真偽判定は真。
翌日、宿屋のおっさんに、ぬいぐるみの方のネコサンを抱えてうとうとしているネコサンとの留守番をお願いしたら奇声を上げて崩れ落ちた。ちゃんと留守番をしてくれるようなのでお土産買って帰ってこよう。
ノブが宿屋のおかみさんに「ちょっと旦那さん借ります」とあいさつすると、おかみさんはいやそうな顔一つせず、むしろ上機嫌。もしかしたら旦那さんとの間で、何か裏取引でもあったのかもしれない。
「領主様所蔵のドラゴンの毛織物は一見の価値ありだよ」
「そんなに凄いのか」
「図柄か技巧、両方がすごいんだろ」
領主の持ち物なのだから、織物の町の技術の粋を結集した物に違いない。図柄がドラゴンなのも気合の入りようを感じる。
「図柄ねぇ、まあありゃ凄いもんだよ。織物屋で奉公したことがあるアタシが言うんだから」
おかみさんは何か含んだ笑顔だけれど、悪い感じはしなかった。
織物展の受付に二人分の料金を払って中に入ったけれど、引っかかることが一つ。
「妙だな?」
「うちの地元だと美術展とかでは入場料とるもんだけど」
「武器を預かってないだろ」
仮にも領主のお宝が展示してある場所に武器持った余所者を入れるのはかなりおかしい。ノブの地元の異世界はどうかは知らないが、こっちでは異常だ。
「そういえば剣ぶら下げた兄ちゃんとかいるな、俺はこん棒おいてきたのに」
「遅くなったらまたネコサンが折ってるかもな」
「俺のこんぼう、釘バットから鉄メッキバットに直したんだけどなぁ、あれ、こん棒としてじゃなくてネコサンのフラストレーション測定機になってるよな…」
ネコサンはかまってもらえずご機嫌斜めの時に八つ当たりする。賢いのでけが人が出ることはないけれど、その矛先は使用頻度が低いノブのこん棒に向けられていた。
「中の警備に自信があるのか」
「それにしては警備の人が少ないような、私服魔法使いがこっそり待機してるならあり?」
ノブと少ない警備に首を傾げつつ、展示品を見て回る。
***
細やかな文様が色鮮やかに描かれている織物は、一枚の絵画と言ってもいい美しさがある。
それが展示場の壁いっぱいに吊られていた。
けれど俺は、へーすごい以外に思いつく感想はない。
確かに、技術力や精密性が売りのあちらの世界でも工芸品として飾られていてもおかしくないものばかりだけれど、根本的に興味が薄いので、ありがたみがなかった。
しかし、確かな審美眼のあるレオは違った。
「すごいなあれ!最高だなあれ!つくったやつ何考えてたんだ!ほんとすごいな!細かい!」
「おー、レオ、近づきすぎたらだめ、美術品にはお手を触れちゃダメ」
「でもすごい!すごい!こんなのはじめて」
美術品がすごくてレオが大興奮。
幸いにも地元民の人は、特産品が手放しで褒められるのはまんざらでもないようで「あらあら まぁまぁ」と好意的に見てくれているけれど、恥ずかしいものは恥ずかしい。
「また 来よ、ね。例のとっておきもあるから、ね」
レオを引きずって『ドラゴンの毛織物』が展示されているという別室へ、部屋に入る前、妙に静かなことが気になった。
すごかった。
審美眼ポンコツの俺ですら言葉がなくなるくらいなので、感動に打ち震えているレオはほとんど魂が抜けている。
「君たち、初見?あれはすごいよね」
いいとこ坊ちゃん風の青年が声をかけてくる。秘書と護衛らしき二人もくっついているので、本物坊ちゃんに違いない。
「俺は最初、ドラゴンが描かれている織物だと思ってたんで、でも、あれは凄まじいですよ、真珠やダイヤをまぜてそのまま布にしたって言われても納得できます・・・あれ?そもそも、どこがドラゴン?」
口に出してあの布について考える。一点の曇りもなく艶やかな輝きを放った白い布は、ただそれだけで人の心を奪う美しさだった。美しすぎて警備なんて必要ない圧倒的な力に満ちていた。
「ドラゴンの毛を使っているんだよ」
「毛?鱗をどうにかこうにか糸に加工したとかではなく」
「ドラゴンには鱗がなくても、ドラゴンに相当する生き物がいるんだよ、確かにタンポポドラゴンはマイナーだけど、意思疎通ができれば抜け毛をもらえてああして加工できるんだよ」
ケットシーみたいに、人間には危なくないモンスターもいるわけで、状況次第では襲ってこないドラゴンというのもいるのかもしれない。後で攻略本のモンスター図鑑を確認してみよう。
「領主様はあの布使って何を作るんですかね・・・」
「難しいとおもうよ、あの布、魔法や刃物で傷つけることができないらしいから」
「かこうができない」
だめじゃん。
「いや、えらいひとは珍しいものを持ってるだけでやんややんやいってもらえるから、あのままでもいいんだよ。あのままでも十分」
青年が妙に偉い人をかばう言い方をするけれど、もしかして彼の家にも、この手のどうしようもないアイテムがあったりするんだろうか。でも、あの布は火事になったら防火シート代わりにもできる。そのままでもお役立ちに違いない。青年との会話は切り上げまだ放心状態のレオの手を引いて、宿に帰ることにした。
出口付近には、商魂たくましく土産屋があったので組紐と大判のスカーフをいくつか購入。なかなかいいお値段だったけれどその価値はあるように見える。
「兄ちゃん 値切らず買ってくねぇ」
「間抜けだけど、この値段でもいいと思ったんですよ」
お店のおっちゃんが言う通り値切らないのは商人としては、間違っているかもしれない。けれど、純粋にこの値段でも惜しくないと思えた。
「あと、プレゼントなんで、そういうの値切るのはいかんでしょう」
「あんた、地味な顔していい男だな!」
口笛吹いたおっちゃんにばしばしと肩を叩かれたけれど、プレゼント相手はレオとネコサンである。
恋人とかじゃない。ふつうの身内。
いまだに足元がおぼつかないレオを宿に連れ帰る。ただならぬ様子にネコサンはそわそわしていたけれど「びっくりしただけで怪我や病気じゃないよ」と答えたらネコサンは納得してくれた。かしこい。
レオを寝かせ、ネコサンがレオにのっかって毛布になったをの見守った後、攻略本の図鑑でタンポポドラゴンを探してみた。その、あまりの姿に咽た。
ほぼタンポポの綿毛だった。綿毛から先端が黒くなった細いしっぽがてでいるだけ。どこが頭なのか毛玉過ぎてわからない。しかし、あの毛織物の材料手に入れたやつは、よくもまあこんなわけわからん見た目のやつと対話しようと思ったもんだ。
スローペースですがこっちも追加しました。
<a href="https://ncode.syosetu.com/n4608fl/">冥王様のゆるゆるダンジョンライフ</a>
ネクロマンサーとダンジョンマスターがでてくるゆるいはなしです。