20【どきどきはじめてのモンスター】
俺は暢気に弧李の国境の町カノプスを堪能している。
今日はため池を作ろうという話になって、農家のおじちゃんおばちゃんたちと実行に移すことになった。俺が錬金術を駆使すれば一瞬でため池はできるのだけれど、有能魔法使いとして目立ってしまうともろもろ面倒なことになる。権力闘争に巻き込まれるか、危険人物として命を狙われるか、道具として使いつぶされるかとろくな選択肢がない上に同行しているレオにまで迷惑がかかるのは確実だ。
だから、俺はあくまでも目立たないようにため池づくりに関与する。
ため池づくりのために、農家の人が持ち寄ったゴーレムの核三十個を使って動かしているジャイアントゴーレムは、俺が発案ではない。陰からそれとなく誘導はしたけれど、芋スキルのおかげか誰も主犯は俺だとは思っていない。俺はジャイアントゴーレムを農家の皆さんと一緒に見上げてわーきゃー言っている暇な旅人でなのある。実際にジャイアントゴーレムの雄姿には合体ロボを彷彿とさせて感動した。テーマソング作りたいくらい心揺さぶられた。転倒しないようにさりげなく各部位のサイズには口を出したけれど基本は農家の皆さんが試行錯誤してできたものだ。
トラクターから大型重機になったゴーレムはごりごりと水路やため池を作っていく。
昔はため池を作るのも一苦労で、生贄を一緒に埋めたというひどい話もあったけれど、今はゴーレムがどうにかしてくれる。誘導ついでに、生贄よりも別のものを奉げたほうがよりどりみどりじゃないかとも言っておいたら、掘り起こしたばかりのため池の真ん中で不用品のお焚き上げが始まった。
途中、煙に誘われたオークの集団が「メスメス」鳴きながら突撃してきてゴーレムハンマーにつぶされて、ため池が血の池になったり、煙に巻かれたオーガが呼吸ができなくなってばたばた倒れたくらいだった。実は煙でなくて、オーガの頭の周りの空気の流れを遮断する錬金術が成功しただけだ。俺としては呼吸器があるモンスターは遠距離から仕留められると実験できただけで満足。アンデッドやスライムには効きそうにないのは非常に悲しい。錬金術はその場にあるものに干渉しかできない。
加護のおかげで弱いモンスターしか近寄れないはずなので、弱いやつ限定だけれども。
ジャイアントゴーレムを見ていた面々はモンスター襲来時はさっさと城壁内に引っ込んだのでけが人はいなかった。
***
弧李の第三王子サンドロは別名、村長王子と呼ばれている。
生まれた時には既に第一王子が王太子となっているので他の跡継ぎ候補として邪魔にならないように扱われているのだ。ただ、面倒ごとが苦手で研究者肌の当人に希望のあり、所有地はワインが特産の小さめの町一つ。直属の部下も騎士ロベルト、参謀マルコムの二人だけ。ついでに第一王子親衛隊の領地に隣接しありていに言えば監視されている。
特にやましいこともないので気にしてはいない。
しかし、王子らしく国内の情報収集くらいはしているのだ。
「オーク98体は合体ゴーレムがすべてを粉砕。血の池を製造。オーガ7体は煙に巻かれ死亡。最後にハンバーグはたいへんおいしい。以上がカノプスへのモンスター襲撃事件についての報告要約になります」
いつもは、髪を後ろに撫で付けモノクルをかけた見た目通りまじめな報告をしてくれるマルコムの発言がおかしいし、彼の目が淀んでいることにサンドロは危機感を感じつつも、一つづつ確認することに決めた。
「最初から全部訳が分からないのだが、まず、合体ゴーレムとはなんだ」
「四階建相当の高さのあるゴーレムのようです。通常のゴーレム核では大きくて大人の倍程度でしたが、同時に複数個の核を使用し体のパーツを合体させることにより実現させています。王都の学院でやっていたゴーレム巨大化研究は農家の皆さんの前に敗北しました。まあ学院は個人主義かつ手柄争いがありましたから、みんなで作るという発想が出なかったのも無理ないことでしょう。学院では核の巨大化を中心にやっていましたから」
学者肌のサンドロは学院のことを思い遠い目をした。
「国から予算減らされないといいのだが、ところでオーガは煙程度で死ぬのか?」
「煙が特殊といえば特殊でしたが、異臭に参ったのではないかと目撃した冒険者や兵士は証言しています」
「特殊」
「野郎のおぱんつです」
「おぱんつ?」
マルコムは真顔だった。長い付き合いがなければサンドロや、そばに控えているロベルトでなければ、マルコムの頭がもう駄目だと判断し強制的に休養を取らせる発言である。しかし、彼は正気である気がした。
「昔はあの地方でため池を作る際に生贄をささげる邪教じみた風習があったのですが、それは人道的ではないということで、酔った勢いで、不要になった脱ぎたて下着でもささげたらいいんじゃないかという話になったそうです」
「いや、有り余るくらい邪教成分あるだろう」
我慢できずに口を出したのはロベルトだった。さりげなく腰に下げた剣に手を伸ばしかけているのは討伐の必要性を感じているからか。
「ちなみにオークは女性のおぱんつを焚き上げた煙に反応しまんまとゴーレムのもとに誘い出されたので、結果的に大規模襲撃での被害はため池が血の池になったくらいです。むしろ素材や肉で釣りが来たでしょう」
モンスターの大規模襲撃には近所の国が黒幕だというのは各国上層部では公然の秘密扱いだ。海燕と経葉は玖明に抑えられてはいるものの、あくまでも玖明に手向かいしないように抑えられているだけである。隙あらばこちらにちょっかい出してくるので、国は農業用と言って国境の町にはゴーレムの核をそれなりに用意しておいた。
町長レベルならどういう意図で用意されているかは知っており、緊急時は防御に使用するよう言い含めてはあったのだが、上まで通達が行く前にすべては片付いた。
「・・・海燕もがっかりどころか発狂しただろうな」
サンドロは王子として喜びたいけれど、統治者の端くれとして、もし我が身だったらと思うとなんとも言えない気持ちである。
「迷宮出現のどさくさに紛れて農業都市くらい奪えると思っていたのに、全滅だろ」
ボスを操ってけしかけたテイマーの心は折れただろうとロベルトは確信している。農業都市どころかちょっとした砦相手でも戦える過剰戦力だったというのにまさかの全滅。悪ければ責任を問われ秘密裏に処刑されているはずだ。
「オーガは調査部隊が来る前に解体がされてしまったので、詳細な死因がおぱんつスモークだとは判断しかねる情報です。研究者は認めはしないでしょうし実験するのも危険なので、謎のままになるのではないかと。ゴーレムの件が衝撃的過ぎて、国王陛下が異例の褒章を出すとかそんな勢いらしいですから」
もしそれが証明されたら野郎の脱ぎたて下着を防犯用に備えておくかおかないか国で議論になるので、わからないままでいてほしいなと、サンドロたちは切実に思った。
登場人物のところにムンク系ゴーレムの画像追加しました。