12【糸電話】
現代の病気の知識からいうと、貧民層の病気は清潔にして栄養とっておけばどうにかなるものが多い。
除菌、大事。
そして、この世界でも除菌に近い概念はあるようで、感染病の類は解毒魔法を使うことが主な治療法で六割程度はそれで解決できている。ただでさえモンスターや賊で物騒なこの世界、病気まで蔓延したら地獄絵図である。だからまっとうな国は教会に圧力をかけて「解毒治療だけは高い料金を取るんじゃないぞ」と言っているし、都市によっては検疫スタッフとしてシスターが駆り出され入門時に除菌も行っているとか。
俺とレオがとんずらしてきた経葉国は検疫は一切なかった。やる気のなさがうかがえる体制である。
さて、夜中に回復魔法を求めているらしい感染者に対して、こちらは治療できる魔法も道具もない。
放り投げた糸電話で、即解決手段がないから、滋養強壮剤を使って時間稼ぎして次の町の教会に駆け込むことを勧めた。あとは、滋養強壮剤やるから、こっちくんな、とも。
「本当に助かりました。あなた方は恩人です。これなら町までもつでしょう」
「では病について教えてもらいたい。こちらも対策をしたいので」
「ええ、お話ししましょう」
そして彼、ロマンさんは、従妹のレアさんと国を出た経緯から語り始めた。
二人は経葉の王都に住む下級騎士と下級貴族の三女でほどほどに親しくしていた。どちらにしろ名ばかりな称号なので副業で狩人をしたり、商家に出入りして賃仕事をしていたのだ。レアは持参金をもって貴族に嫁入りするよりも金をためて商人にでもなったほうがまともに暮らせると思っていたらしい。ついでに、レアの姉は商人に嫁いで国から出て行った。国内で商売するつもりでいたレアだったけれど、国が勇者を召喚して魔湖の魔物を一掃して利権を手に入れると言い出して、それは無茶だろうと思ったそうだ。
魔湖というのはほかの国との間をまたがるように広がる湖だ。そこを好き勝手出来れば貿易で巨利を得られるというのが国の言い分だった。けれど、周辺国でも湖への挑戦は行っていて成功には至っていない。国のじいさんばあさんたちに言わせれば、放っておけば問題ないのだから無茶はよせ、なのだがそういう説教が聞き入れられることはない。身軽な身分で資金のある者たちは見切りをつけて出奔を始めたのである。
ロマンさんも、下っ端だから詳しくは知らないが勇者召喚とやらには本当に金が必要らしい。適当な口実をでっちあげて税金を徴収する残念な国なのだけれど、勇者の件は必要なものがあるとかでいろいろかき集めていたようだ。幸か不幸かロマンさんは騎士団をやめるといっても惜しまれるほどの人材ではなく、支給品をきちんと返納することを念を押されるだけで済んだ。
そして二人は海燕経由で狐李を目指して旅を始めた。もと騎士団とはいえ下っ端が護衛の旅というのはモンスターが少ない街道沿いでも危険なので、商隊の雑用として雇ってもらい旅をしていたのである。護衛を雇う金がない旅人はこうした仕事について安全を確保することがよくあるのだそうだ。給金はかなり安いし食料は自前で用意しなければならないが、乗合馬車よりは安い。
ロマンは力仕事ができたし、レアも便利な魔法をいくつか持っていたのですんなりと採用された。そこまではよかったのだけれど、野営中の空き時間に薬草をつんでいたレアは野垂れ死にした旅人の遺体を見た後、肺の流行り病にかかってしまった。肺の病は吐息でうつる。商隊に蔓延しては危険だとクビにされ最寄りの町を目指していた。
適当に話をしながら、なるほどそういう旅の仕方もあったかと思うが、人当たりが悪くなる呪い持ちのレオには難しい話だろう。ノブの芋スキルで緩和されているようだけれど、別々の仕事を言いつけられて距離を開けたらスキル効果がなくなってしまう。
ほかにも、いくつか気になることはあったけれど、ほぼ他人事なので知ったことではない。レオとは町に着いたら解毒魔法をかけてもらおうと言い合ったくらいだ。