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竜と少年は闇の底

 

 ◇◆◇




「っ……痛ってえ」

 全身の痛みで目を覚ました。

 夜空にぽっかりと浮かぶ月が静かに周囲を照らしている。

 一体どうなっているのかと見回してみても、目に映るのは岩ばかりで他の人間は見当たらないどころか、生き物の気配を感じられない。俺自身、ベッドの上じゃなく、石や土だらけの硬い地面に倒れていることに気付いた。


 空の見えない天井も、清らかな白で統一された壁やカーテンも無い。

 俺――大瀬良(オオセラ) (ヒロ)が毎日見ていた風景は何処にも在りはしなかった。



 ◇◆◇



 何気なく頭に手をやると乾きかかった血が付いたので驚いた。

「なッ……血だ!?ってかよく見たらボロボロじゃないか!俺何があった!?」

 出血は止まっているようだが、身体のあちこちに擦り傷やらアザやらができている。どうりでずきずきと痛むわけだ。背中とケツが特に痛い気がする。でも、違和感はもっと根本的な所にあった。

「俺の身体……じゃない……?」

 月明かりの下で見た自分の手は、記憶の中の、病で衰えた手よりも大きくてやや色黒だと思えた。おまけに、なんとなく背が縮んだように感じる。しかし、いま着ている服や周りに散らばった荷物には、周りの景色同様、全く見覚えがなかった。

「ダメだ、全ッ然わかんない……」

 ここは何処なのか。病室で寝ていたはずなのに、どうしてこんな場所にいるのか。どうやったら戻れる?

頭が混乱する。次から次へと疑問が浮かぶばかりでこの後どうすればいいのか、思いつかない。


 その時不意に、風を肌に感じた。

 よく目を凝らすと、壁のようにそびえる岩の合間に、穴が開いているのが分かった。風はその穴の先から吹いて来るようだ。

「行ってみる、か?」

 誰かの助けは期待できそうにない。今いる所は大きな岩に囲まれた窪地のようになっていて、他に通れそうな道も見当たらない。ざっと3mはありそうな岩壁を上るのはもっと無理だ。ずっとここに居るわけにはいかないが、洞穴から風が吹いているのなら、きっとトンネルのようにどこかに繋がっているはずだ。そんなことを考えながら、俺は覚悟を決めて穴の中へ入り込んだ。



 ◇◆◇



 内部には辛うじて1本の道がある。しかし、進み始めてまもなく、光も届かない真っ暗闇になってしまった。時おり吹き抜ける風は微かにあたたかい。

 やっぱり中に入るのは止めておけばよかったかもしれない、と俺は早くも後悔した。


 ときどき足元の段差につっかかり、あるいは低い天井に頭をぶつけないよう慎重に歩き、少し下って少し登ってゆくうちに、広い空間に出たようだ。前にも横にも伸ばした手がざらざらした岩に触れることは無い。

「あれは……?」

 何気なく見上げた先のやや上方に黄金色の丸い光がふたつ、並んで浮かんでいた。

よく見ようと一歩近づいた時、すぐ傍から、地の底から響くような低い声が響いた。

「血の臭いがするなァ。何だ、其処にいるのは?」


 なにかいる。たぶん、デカいやつ。


 ()()()は重ねて問いかける。

「答えろ。誰だお前?どうやって此処に来た?」

 同時に、湿った生温かい風が肌に触れる。洞穴の奥から吹いていたのは正体不明の生物の息吹だったのだ。闇と静寂が支配する場所で自分の鼓動と呼吸音がやけに大きく聞こえる。


 無言のまま流れる時間が、俺にはとっては1時間も経ったように感じた。

「俺は……」ハッキリ喋ったつもりだったのに、声が震えた。「穴の外から来た」

「名は?」

「…………康」

虚ろな空間に自分の声がやけに響いた気がした。


 なにかは怪訝そうに唸った。「外から来ただと?此処には入口も出口も無え。……そういえば少し前に地震があったが……まさか、そのせいか?」

 記憶をたどるかのようにブツブツ言うのをよそに、俺はたったいま判明した重大な事実に愕然とした。入口も出口もない、つまり、トンネルのようにどこか別の場所に抜けられるという俺の考えは大外れだったという事になる。

「行き止まりなのか……」

 これ以上先には進めないなら、引き返した方がいいと思った。こんな所で正体不明の巨大生物と二人きりなんて不安だ。

「それにしても、そっちこそここで何をしていたんだろう……?」

 ほとんど無意識に俺は疑問を口に出していた。

 やや間があって、答えが返ってきた。

「うん?オレの名はフィーグニル。長い間ここに封印されている身だ」

「…………フィーグニル?」

 初めて聞くはずのその名前に、何故か聞き覚えがある気がした。でも、思い出せない。

「ここは窮屈で退屈で、誰かと話をするのも久々だなァ!オイ、『外』の話をしてくれ!」

「ええっ!?」

 困った。外界の事なんてむしろ俺の方が知りたいのに。

「あー……分からない……俺はずっと病気で、自由に出歩けなかったからさ」

 一応、うそは言っていない。

 その時、ふと、考えてしまった。――考えたくなかったけど――俺は、もしかして死んでしまったのではないか。

 俺は、俺が病気のせいで長く生きられないことを知っていた。

 数年前から入退院を繰り返していた。学校に行ったり、好きな物を食べたりするありふれた日常に代わり、白い天井や壁で囲まれた清らかな病室の中から、揺らめくカーテン越しに外を眺めるのが俺の日常になった。

 俺の命はついに尽きてしまったのだろうか。でも、俺は今ここに居る。

いわゆるあの世とは違うけれど、死んだ俺の魂かなにかは元いた場所とは異なる世界に来てしまった……かもしれない。


「そうか」

 沈黙していたフィーグニルが吐いたため息が温風となって当たり、俺は現実に引き戻された。

「自由、か」

 今までで一番静かな声だった。


「なぁ、ヒロよ。オレが何年ここにいるか分かるか?」

「さ、さあ?」

「オレにも分からねえ。なんせ、此処には朝も夜も無いからな。封印されている間……食う事はできても腹は空かず、眠る事はできても眠くはならない。ずっと独りきりだ」

 フィーグニルはうんざりした様子で言った。

「だが、それも終いだ!封印を破ってオレは自由の身となるのだ!ヒロ、お前さえいれば出来るはずだ。手伝って貰うぞ!」

「……はい?」あまりにも無茶な提案で、一瞬呆気にとられた。俺は全く出来る気がしないので、全力で拒否した。

「封印を破るって……なんだそれ!?まさか呪文を唱えたり、魔法陣みたいのを書いたりするのか?イヤイヤイヤ、無理だろ!!」

「なァに、難しい事じゃない。必要なのは――お前の血だけだ!!」

 血、という物騒な言葉を認識した時にはすでに遅く、がばりと開いた大顎がもう目の前に現れていて、暗闇よりも深い闇に俺は飲まれた。






 今度こそ死んだと思った。




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