エリオットからの依頼
「まずどこから話せばいいだろうか?」
エリオットの端正な顔が優しく微笑んだ。
「エリオット様のことなら何でも!」
ミカの美しい顔も優しく微笑んだ。
「そんな男のどこがいいんだ?」
キッドがふてくされた。
「すべてよ、すべて!」
ミカが勝ち誇った。
「よく見ろ、ミカ! その男を! レインコートを着た、ただの男を!」
エリオットは確かにレインコートによく似た服を着ていた。
「よく見て、キッド! エリオット様を! 造形美といってもいいそのお姿を!」
コートの素材ははっきりとはわからないけど、かなり薄く丈夫そうに見えた。ナノテクノロジーみたいな技術が向こうにもあるのかも知れない。その薄い生地の下には美術の教科書に出てくる彫刻ボディを匂わすシルエットが見えた。
「そのコートは体型を隠すためなんだろう。スカーレット様のようにボディラインをはっきり見て取れるスーツを着ることができなんだ」
そのスカーレットは魔女だったけど。
「こちらの服が正式なんだ」
エリオットは苦笑いを浮かべた。
「こんな見た目だけの男にのぼせるとはミカらしくもない。男は中身が大事なんだ」
「ふん。キッドだって見た目だけの女にのぼせてたじゃない」
「スカーレット様の見た目は半端ないからいいんだ」
「エリオット様だって半端ないわ!」
「まあ、まあ。その辺でやめてくれ! とりあえず私の話を聞いて欲しい」
たまらずエリオットは二人を止めた。
「はい!」
ミカの顔が輝いた。
「ふん! 聞きたくないね!」
キッドがまた膨れた。
「これはスカーレットのためでもあるんだ」
エリオットの言葉にキッドの顔色が変わった。
「本物のスカーレット様?」
「もちろん!」
「仕方がねえ。そういうことなら聞くしかあるまい!」
キッドの機嫌が直った。エリオットはただの男ではなかった。
エリオットは一度僕に視線を交わしてから、
「そうだな、まずは『少年』のことから話そう。といっても彼等の名前はここでは教えることはできないし、口に出すこともできない。理由はそれが危険だからだが、どうしてなのかは魔女を見てわかるだろう。おっと、それから魔女も名前は禁止だ。いいね?」
「魔女は自分たちの世界が『少年』に滅ぼされたって」
「その通りだ、ジン。魔女は自分たちの力を試すために『少年』の名前を口にした。その『少年』を私たちは『あの男』と呼んでいる。極めて強力な能力者で危険な存在だ」
「危険ってどれくらい危険なんだ?」
キッドが当然の疑問をぶつけた。エリオットの顔が少し曇ったように見えた。
「そうだな。言葉で説明するには限度がある。難しいが……」
「ラスボス級ってことだな?」
キッドが先回りをした。
「そうなるかな? ただ、ラスボスは何人もいるんだ。『少年』は一人じゃない。スカーレットはそのうちの一人に会いに行っている」
「スカーレット様が!?」
キッドの瞳が輝いた。
「やはりスカーレット様だ。やることが違う。主役級の活躍だ。そして俺はその従者だ。そしてラストは……」
「絶対結ばれないと思う」
ミカが先回りした。
「わかってないな、ミカ」
キッドは目を閉じ、得意げに語りはじめた。
「大魔王クラスのラスボス相手に傷ついたスカーレット様を助けるのがこの俺だ! そして俺の優しさと強さに心打たれたスカーレット様は『あなたこそ勇者の生まれ変わり! 私が探し求めていた御方!』と、俺を受け入れてハッピーエンドのファンファーレが鳴り響く……」
「キッドに勝てるの?」
キッドの夢想に僕はつい一言口にしてしまった。
「勝てるかだと、ジン? 最弱のスライム級に勝てないお前と一緒にしないでくれ!」
怒るのかと思いきや、キッドは笑っていた。
「愛は必ず勝つ!」
キッドはついに愛を語った。そこまでスカーレットに心奪われていたとは。お幸せに、キッド。
「ジン。君はゲームが苦手なのか?」
エリオットは不思議そうな顔をしていた。
「苦手も苦手。雑魚に瞬殺されるやつを初めて見たよ」
キッドはまたも笑っていた。
「そうか。君はまだ自分の本当の力に気づいてなかったんだね」
「それってジンが凄いって意味ですか?」
ミカが僕に代わってエリオットに質問した。
「凄いなんてもんじゃない。ジンは『少年』と話をしたんだろう?」
そういえばそうだった。
「ジンの凄さは『少年』も知ってるのさ。魔女もそうだったように」
「わからないな? ジンのどこが凄いのか」
キッドは挑戦的な笑みで僕を見た。キッドのこういうところは好きになれそうもない。
「魔女がジンに近づいたのは明らかにジンの力を知っていたからだ。そしてこの世界のカラクリも利用しようとした。電子化された内容を仮想化できるシステムを悪用する気だったんだ」
「あっ……」
僕は思わず声を出した。
「それであの時……」
「そうだ。空間を転移させたのはAIとの接続を切るためと、君の思考を切り替えさせるためだろう」
「そんなことまで知っているなんて……」
僕はエリオットを畏怖した。何でも知ってそうで恐ろしかった。
「ちょっと聞きたいが、その『少年』はスカーレット様が会いに行った『少年』のことか?」
「そうだろうな。『少年』はスカーレットが会いに来ることをすでに知っていたのだろう。もしくは他に理由があるのかも知れないが」
僕が友達になってくれと頼んだ相手がそんな凄いやつだとは知らなかった。
「エリオット様。ジンの力って結局どんなものですか?」
「まだはっきりとはしていないが、魔女はジンと接触して彼の力のベクトルを都合よくコントロールしようとした。魔女はそういうのが巧みなんだ」
「危ないところだったんだ、僕は」
「しっかりしろ、ジン。スカーレット様だけには迷惑をかけるな!」
「そこで提案だが、ジンと魔女の接触を避けるために君たち二人の協力をお願いしたい」
「はい。エリオット様」
ミカは喜んで承諾した。
「嫌だ。男の頼みは聞きたくない。もっとも女に頼まれても断るが」
ミカが喜ぶのを見て、キッドは不機嫌に断った。
「キッド!」
「さっき二度とジンには近づかないっていってただろ?」
「魔女の言葉を信じてたら痛い目に遭う」
ああ、わかる気がするな、それ。僕はキッドの顔を見た。そういえばキッドは魔女のことを気に入ってたな……。
「でもまた魔女に会えるかも知れないよ」
僕は思わず思ったことを口にしていた。キッドの顔色が変わったのがわかった。
「そうか、仕方がないな……。友人のためだし、乗りかかった船だ。スカーレット様に化けてくるなら会いたいし……」
限定条件?
「よかった。協力してくれて」
エリオットは笑った。
僕たちは仮想空間を出た。エリオットは影の国に帰っていった。ミカは少し寂しそうに見えた。