持つべきものは友達だよね?
キッド。男性。友人の一人。
長身で細身。両腕と両足が長い。
キッドはゲームプレイの仲間でもあり、数多くのゲームに一緒に参加している。キッドは僕よりゲームがうまいので最後まで生き残ることも多い。そのことをよく自慢されて嫌な気分を味わうこともしばしば。キッドのプレイは自己中心的であり、パーティープレイは不得意。この前なんか、僕が敵にやられて瀕死状態なのに、「お前の死は無駄にしない」と半笑いで一人ラスボスの城に走っていった。あの時のキッドの背中を僕は忘れないだろう。
雨が激しく降っているのに傘もささない。全身をびしょ濡れにして空を見上げては「空が泣いてやがるぜ。人間の愚かさに」と泣きながら歩き、次の日、風邪を引いて寝込んだりする。そして「俺が死んだら、太陽が一番最初に登るあの丘の上に、愛剣とともに埋めてくれ。なあ、泣かないでくれ。俺の死が悲しいのはわかる……」このあたりでミカが「永遠にその口を塞いであげましょう。今すぐに!」とうれしそうな顔で拳を振り上げるのを見て、「死神もミカの顔を見て逃げ出した! キッドは全快した!」と叫びながら跳ね起きる行事を何度も見てる。
動物はあまり好きではないらしい。よく犬に吠えられている。だから動物園には近づかないとか。
食事もジャンクフードばかり口してまともな食事をしたがらない。いつも病人みたいな顔をしているとミカに言われても気にならないらしい。健康管理をしているAIに注意されても「代わりにお前が食えばいい。遠慮するな。さあ、口を開けろ!」とAIを困らせている。
ミカ。女性。友人の一人。
キッドに言わせれば外見だけなら完璧な美少女だとか。
ミカもまたゲームプレイの仲間で今まで何度か一緒にプレイしている。
ミカは普段スカートを穿かない。すらりと伸びた長い足が映えるパンツルックが定番だ。
ミカにはすごい特技がある。光速の拳だ。あまりにも速すぎて、神の目にしかその軌道を捉えることができない光速の拳はキッド専用と思えるほどキッドに対してのみ使用されている。ミカの拳が僕に使用されたことは今まで一度もない。
ゲーム内では前衛から後衛まで何でもこなすマルチプレイヤーで、彼女のサポートなしではとても僕は生き残れない。彼女にはお世話になりっぱなしだ。それでも彼女から文句を言われたことがない。僕に言わせれば見た目だけでなく心も美しい女の子だと思う。
キッドに対する対応はやはり初めて会った時のことが原因かも知れない。
ここは一つ、三人が初めて一つのゲームでパーティーを組んだ日のことを話したいと思う。
僕たち三人はあるファンタジーゲームで知り合った。
ドラゴンを倒してヒーローになる内容だった。
ネットでこのゲームを熱く語る人物がいた。それに熱いコメントを返す人物もいた。キッドとミカだった。僕はその書き込みを読んで、何気ないコメントを送った。そしたら三人でパーティーを組まないかって話になった。僕はゲームを所有していないので断ったら、後日ゲームライセンスをキッドから送られてきた。次の日はミカからも。二人がいい人に思えた僕はゲーム参加を決めた。
仮想空間への移動は専用のゲートを通過しなくてはならない。
ゲートは個別に用意される。大抵は家庭用のAIを通して利用者のナンバリングが行われる。キャラ指定やスタート地点の指定もこの時に行う。そして指定した時間になるとダイブが始まる。
スタート地点に降り立つと目の前にはゲームごとに用意された世界観に沿った景色が展開する。また他のプレイヤーとの衝突を避ける意味で、この時点では個別の世界時間が使用されている。この後共有時間へ移る。これは例えば何かアクションを起こしたりした時、うまいこと切り替えてくれる。町中を歩いていて角を曲がると共有時間へ変わるといった感じだ。量子世界では見えていないところは存在しないのでこういうことが簡単にできる。
僕たちはそれぞれ異なる場所からゲートくぐり三人だけで共有時間をシンクロさせることにした。
僕は指定された時間にゲートをくぐり、指定された場所で待っていた。
キッドは超イケメンの魔法剣士の姿で現れた。
ミカは可愛らしい女の子のソーサラーで現れた。
そして僕は……。
「忍者か」
「忍者ですね」
そう、僕は忍者を選択した。
忍者は強いらしいぞって聞いていたんだけど、僕はいきなり雑魚キャラに負けて死亡した。あっさりと。
途中で死亡した僕を横目に二人はラスボス戦で大活躍し初めてだというのに意気投合しオフ会をやることになった。
二人は僕を呼んでくれた。いい奴らだ。
「ハハハ! いきなり三秒で消えたド下手野郎! 初めて見たぜ!!」
キッドはいきなり指さして笑いやがった。罠だった。罠だったんだ。初めからすべて罠だったんだ!
僕はこの時キッドという人間を理解した。次は誘われても絶対に断ろうと誓った。
「まあ、そう腐るなよ。あんなプレイ見せられたら誰だって笑い転げるぜ。……それよりだ」
キッドはニヤけながら続けた。
「あのミカってやつどう思う?」
「どうって?」
僕はキッドの考えがわからなかった。
「わからないやつだな。いいか?」
キッドは得意げな顔つきでさらに続けた。
「見たろ、あのキャラ? あんないかにも可愛い可愛いしたキャラを使うミカって女。とんでもなくダークな感じがしないか?」
あの超イケメンキャラを使っているキッドの顔がどれだけダークに染まっているかを僕は教えてあげたかった。
「待たせてごめんなさい。慣れないのよねスカートって」
僕たちの目の前に正真正銘の美少女が立っていた。
「誰?」
キッドが素っ頓狂の声で聞いた。
「一緒にプレイしたじゃないですか? 私ミカです」
「え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」
キッドと僕は同時に叫んだ。
「そんな訳ない。ミカはもっとダークな女で……」
さっきまでの僕に対する強気な態度はどこ行ったのか。キッドの指先はワナワナ震えてた。
「美人過ぎる美人過ぎる美人過ぎる美人過ぎる美人過ぎる……永久リピート」
キッドは狼狽えはじめた。現実を受け入れられないようだ。
「もう、褒めすぎですよ。でも、ちょっとうれしいかな?」
ミカははにかんだ。その天使のような笑顔をキッドは見逃さなかった。
キッドがのそりと立ち上がるのを見て僕は嫌な予感がした。
「話があまりにもできすぎている。貴様、何者だ?」
正体を現せとキッドはミカに襲いかかった。しかし、顔はにやけていてうれしそうだったので、今思うと抱きつきたかっただけだろうと思う。
キッドはそういう男だ。
「えっ……? ちょっと、やめて……くださ……いっ!!」
その光速の拳を見たのはそれが最初だった。見えなかった。速すぎて。
ただグシャリと鈍い音と原形をとどめないくらい歪んだキッドの顔右側面にミカの右拳がめり込んでいたのが見えただけだった。床に崩れ落ちていくキッドを見て、凄惨な虐殺を目撃してしまったと思った。
「しかし、キッドは生きていた……!」
そう、キッドはその程度で死ぬ男ではなかった。そして立ち上がった。自らを鼓舞する言葉とともに。膝は震え、顔面は歪み、鼻から流血しているにもかかわらず。
「ふふ。すごい武器を持ってるな。しかし、貴様の攻撃は見切った!」
キッドは前傾姿勢で低く構えた。その視線の先はスカートからのぞいている美脚という名のお宝だった。
「拳の届かない下半身に強烈な抱きつき攻撃をしてやる!」
「ひっ、そんな……!?」
ミカの顔が青ざめたように見えた。キッドがどんな男か理解したのだろう。この日以来キッドの前でスカートを穿くことがなくなった。
「この汚れちまった俺の顔をお前の太ももに押しつけて、二度と拭えない破廉恥な感触を貴様の脳に永久記憶させてやる!」
キッドは床を蹴った。猛烈な加速度でミカの太ももめがけて飛びかかった。
あと少し、キッドの顔面がミカの太ももへダイレクトタッチできそうな瞬間。ミカの拳が高々と天をついた。そして……
ドゴッ!!!
またしても見えなかった。キッドが弓なりに反って床に叩きつけられたのが見えただけだった。
ミカの拳が光速で鉄槌のごとくキッドの背中に振り下ろされていたのだ。
キッドはしばらくの間床とキッスをしていた。その後立ち上がったキッドは無言で店を出て行った。僕はその後ろ姿をいつまでも見ていた。そして残された請求書に気がついた……。
こうしてオフ会は終了した。
「それで、その魔女ってのは本当に見たのか?」
珍しくキッドが真剣な顔をしていた。
「でも怖いわ。いきなり攻撃してくるんでしょう?」
ミカが困惑していた。無理もない話だ。
「見たよ。そして消えた。読んでいた本も」
僕は正直に話した。包み隠さず。
キッドはしばらく考えてから口を開いた。
「それでその魔女は本当に美人だったのか?」
キッドの真剣な眼差しが僕に向けられていた。
「いい女かって聞いてる」
「キッド……」
ミカの声がいつもより低く聞こえた。
「待て、ミカ。早まるな! これは大事なことなんだ。魔女の容姿に騙されないようにしないとな。みんなこれにやられる」
キッドは慌ててミカを制した。
「実ははっきりと覚えていないんだ。幻惑されたって感じで……」
「それだよ。魔女の手口は!」
キッドは得意げに言った。
「とりあえず明日その図書館へ行ってみよう。何かわかるかも知れない」
「何かって?」
ミカが鋭い質問をした。
「何かは何かだよ」
キッドが憮然と答えた。
「そうしてもらえると助かる。やっぱり二人に相談してよかった」
僕は二人の気持ちだけでも充分だった。
「ようし、決まった!」
「キッドがリーダーみたいね」
ミカは不満を口にした。
「リーダーだろ。どう見ても」
キッドは解散を宣言し、一人行動をはじめた。
あのオフ会の日。こうして三人が行動を共にするなんて思いもしなかったけど、キッドはあれで意外とまめにゲームに誘ってきた。ゲームライセンスを大量に送りつけて、「この前の詫びだ」なんて。いいところもあるんだな。
ミカもあんなひどい目に遭っているにもかかわらず、一緒にゲームをプレイしている。本当にゲームが好きなようだ。
人間の縁とは不思議なものだ。
「うまくいくといいわね。ジン」
ミカが優しい笑顔を投げかけてきた。
「そうだね」
僕も笑顔で答えた。
ミカの言葉通りうまくいくことを期待して。