フラスコに花束を
「ん……」
眩い光を瞼に感じて、私は目を開けた。無影灯から光が発せられている。何が起きたのか、全くわからずに。私は放心していた。
ノストロ・ペリカノ。
甘美な声が耳をくすぐる。独特な声に反応して、私は勢い良く身体を起こした。
「手術台……?」
辺りの様子は、まさにそれ。狭い室内に手術台、無影灯。そして、私の目に飛び込んできたのは、鋭く尖ったメスの先端。にやりと、笑うリデルの顔。そして、リデルの胸元で瞬くロザリオ。
「おはよう、歩ちゃん」
「なんで……?」
For sin pays wage-death!
メスを振り上げたリデルが、私の目を離さない。間一髪で、私は手術台から飛び降りる。刹那、手術台にメスが振り下ろされた。
「逃げないでね」
リデルが口元を緩める。私は出口を探した。右の方に扉が見えた。
「余所見しないでよ」
私の顔をメスが掠めて、壁に突き刺さる。思わず、私は短い悲鳴を上げた。鮮血が頰を伝う。腰が抜けたみたいだった。へなへなと、私は座り込んだ。
「そう、もっと……」
少女は、小声で、声を震わせて鳴いた。はあ、と甘い吐息を漏らす。そして、青い瞳を濡らして、懇願するかのような声を出す。
「歩ちゃんの、血が欲しいの……。汚れを知らない、純潔の血が」
リデルの両目が私を捕らえて離さない。燦然と輝くリデルの瞳。飢えと渇きに果てた目は、獲物を映して興奮している。
「ねえ、……血が欲しいの。身体を洗う、澄んだ血が」
手術台を飛び越えて、悪魔は私に近づいた。
「血を血では洗い流せない」
しどろもどろになって、切り返す私。
「構わないわ」と、目を細める悪魔。
キレイな血なら。
狂ったように。狂喜の中で舞う彼女は、震える私に顔を近づける。そして、指で私の頰を伝う一筋の血液を拭って、舐めた。
彼女は恍惚とした表情を浮かべて、私を見つめる。魅せられる、悪魔の蒼白の仮面。その、紅の唇がゆっくりと動いた。
アイシテル。
何もかもを引き裂いて、その人は泣いていた。白い床も、白い壁も、真っ赤な血に染めて。美しく咲いている。
「綺麗だよ、歩ちゃん」
空の瞳に映る紅は美しく艶めいて、床を流れていく。無影灯が、煌々と照らす手術室の中。壊れた人形は笑うことを止めない。
罪人に対価の血を。
少女の仰いだ空からは、歓喜の雨が降り注ぐ。