表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/17

夕刻メランコリー

 殺さないことよ、最も残酷な殺し方は。

 だから、私はあなたを殺さないの、と冷笑していた彼女が、最近……笑わない。


 金曜日の放課後。校舎の外では再び、雨が降り始めた。息苦しい曇り空を映していた水溜まりが、雨粒によって揺らぐ。彼女は真っ黒な瞳を窓に向けて、空を仰いでいた。彼女の顔に表情はない。


 私と顔を合わせるたびに、少々の皮肉を混ぜて、憎たらしい冷笑を浮かべていた彼女だが、最近はすっかり無表情になった。どうやら、私に興味がなくなったらしい。


 それがどうも気に入らなくて。彼女と顔を合わせるたびに、私は嫌味を言った。すると、彼女は少しだけ口元を歪ませて、私を見る。否、見下す。


 今まで私を侮辱するだけ、侮辱してきたくせに。そんな態度をとる彼女が、許せなかった。私の中で彼女への殺意が芽生えたのは、最近になってからのことだ。


 この想いをどうにかしたくて。滅多に人が来ることのない、第3棟の校舎の家庭科室に、私は彼女を呼び出した。


(あるく)さん、お久しぶりね」 


 しっとりした声質の持ち主である有栖川夜(ありすがわよる)は、不思議な人だった。端正な顔に、漆黒の髪。横髪を耳にかける彼女の仕草は美しく、どこか冷淡で艶やかな佇まいを魅せた。


 彼女を自分と同じ高校生なのだと、認識することは難しい。だから、彼女を見る同級生の目は、いつも尊敬と嫉妬に輝いていた。


「お話って何かしら。また嫌味の1つでも言いに来たの?」


 うんざりするくらい見てきたはずの冷笑なのに。久しぶりに見た気がする。黒くて冷たい瞳に私を映して、彼女は静かに微笑んだ。


 笑みを見たかったはずなのに。改めて眺めると、やっぱり不快だった。まるで、矛盾を抱える私の心模様を読んだように。いじらしく笑いながら、彼女は言葉を口にする。


「私は忙しいのよ、あなたと違って。手短かにしてくださる?」


 あまりにも彼女が憎らしくて。気がつけば、私は戸棚のガラスを拳で突き破っていた。ガラス片が空を切って、散らばった。床が煌めく。


 一瞬だけ冷静になった。彼女が私を見ていた。笑っている。


 湧き上がる殺意は、止まることを知らない。衝動的に、私は戸棚に収納されていた包丁を握りしめた。鋭い刃の先端を彼女に向ける。


 切れかけの蛍光灯が瞬き、刃を濁らせる。ちらり、と私を見た彼女の瞳が恐怖に震える。でも、すぐに、また。あの冷笑を彼女は浮かべた。


「やっとその気になったのね。いいわ。待っていたのよ」


 刃を横にして、利き手に力を込めて、もう一方の手を添える。ついに私は、笑っている彼女の胸に包丁を突き刺した。そして、彼女の身体を蹴る。


 脳内が痺れて、思わず溜め息の零れるような快感が身体をめぐる。引き抜かれた刃。夏服の白いブラウスを染める紅。仰向けに崩れる彼女。長い黒髪が宙を舞う。私は彼女に跨る。もう、何も考えられなかった。


 振りかざした刃は、彼女の胸を貫いた。何度も、何度も。飛び散る血が、白い壁に紅い花を描いて、綺麗だった。笑いが止まらない。心が躍る。刺すたびに脳内へ快感がめぐって、止められなかった。


 光を失った瞳が私を見ている。黒い瞳に私だけが映っている。血溜まりに沈んだ彼女の顔が、不気味な笑みを浮かべていた。


 ようこそ、と彼女の唇が小さく動いて、世界が暗転した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ