罪人はアリアを歌う
「歩さん?」
声をかけられて、辺りを見回した。怪訝な顔で、メアとリアの2人が私を見ている。
——今のは?
思わず首を触る。引き裂かれて流れたはずの、生暖かい血がない。この世界は、いったい何? 頭が追いついていかない。
「歩さん、ここがメアとリアの家」
メアとリアが指を差した先には、真っ白な壁の家があった。ずいぶん、大きな家だ。白い壁を夕日が茜色に染める。
こっち、こっち、とリアに手を引かれる。家へと足を進めようとした時、鈍い衝撃が私の頭部を打った。
茜色の空が見えて、そのまま倒れる。メアかリアのどちらかが、私を覗き込んで、愛くるしい笑顔を向ける。その唇が、ゆっくりと歪んだ。
「人殺し」
人の気配がして、目を開けた。頭が痛い。視界が霞む。身体が動かない……?
手足を縛られて、鉄でできた椅子に胴を括りつけられていた。そう気づいた私の視界に2対の足が映る。私は顔を上げた。暗鬱な瞳で私を嘲ける双子がいた。
——あの目だ。アイツの目。私を見下す、あの目。
憎らしさに、2人を睨んだ。
「怖い顔しないで」
「じゃあ、縄を解いて」
「い・や」
窓から夕日が差す。その光だけが、室内を照らしていた。薄暗い室内で2つの狂気が揺れる。メアとリアは各々、右手にナイフを持って、座らされている私を目で捉えていた。
「殺人は罪なんだよ。罪はつぐなわなきゃね」
2人は声を合わせる。不気味な笑みを浮かべた彼女達の持つナイフが、夕日に瞬く。
「ね、歩さん」
悲鳴が静まり返った家に響く。メアが私の右腕をナイフで切りつけていた。血が夏服に染みる。反らそうとする身体に縄が食い込んだ。
「痛い? 痛いの?」
嬉々とした表情でメアが聞く。私は早くこの時間が、過ぎ去ってくれないかと願う。
「こんなのは、どう?」
次はリアが、私の左肩にナイフを突き刺す。口から零れるのは、吐息ばかり。なおも、リアは突き刺したナイフを押し込む。
「痛いんだ?」とメアが笑った。
右の太ももにメアがナイフを突き刺す。それから、ナイフをゆっくりと縦に引いた。肉が裂けて、大量の血が溢れる。私の顔はすでに、血の気を失っていた。
目に涙が浮かび、胸がむかむかする。いっそのこと、もう殺して欲しかった。
「いただきまーす!」
裂いた肉を口元へ運び、メアは嬉しそうに噛んだ。クチャクチャと、ガムのように肉を噛み続ける。鮮血がメアの顎を伝う。
「あっ! ずるーい!」
リアが私の肩に差していたナイフを抜く。そのナイフを左腕に突き立てると、彼女は刃を這わせた。
私は顔を苦痛に歪ませて嘔吐した。ぬべぬべしたものが、夏服を濡らす。瞬時に、メアが私の頰を打った。
「きったなーい!」
彼女は噛んでいた肉を床に放って、左手で私の耳を掴むと、ナイフの刃を当てた。ゆっくりと前後に動かす。ナイフの刃が揺れるたびに、痛みが走った。
「楽しそう! リアもするー!」
リアもメアと反対の耳に刃を這わせる。
「やっと切れた!」
メアが、歓声を上げる。切り取られた耳からは、ぽたり、ぽたり、と血が滴る。その血が、私の顔に落ちてきた。短く荒い呼吸音だけが、口から漏れる。
「メアー、難しいよー」
「しょうがないなー、リアは不器用なんだから。貸して」
紅い紅い血が、視界を染めていく。無邪気な笑い声が、いつまでも響いていた。




