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山奥の河原で、できるだけ白くて丸い石を拾ってくるバイト

作者: 村崎羯諦

 最近、変わってはいるが、割のいいバイトを始めた。山道から少し離れたところにある河原にいって、そこでできる限り丸くて白い石をみつけ、拾っていくバイトだ。


 青いバケツの三分の一くらいをノルマに作業を進め、それが済んだら、山を下ったところの小屋に住んでいる雇い主の下に運んでいく。その雇い主の名前は佐伯さんといって、職業は画家だ。佐伯さんは受け取ったバケツの中からさらに丸くて白い石を選別し、いつも半分くらいを買い取ってもらう。


 一週間に一度のペースで行い、大体、拾うのに二時間で、平均的には二千円分ほど支払ってくれる。たくさん稼げるわけではないが、特段疲れるわけでもなく、小遣い稼ぎにはうってつけのバイトだ。

 

 買取後、佐伯さんは選別した石を丁寧に水で洗い、それから、画を描きながら、時折それを一つずつ口に放り込み、ぼりぼりと食べる。


 丸くて白い石ほどほんのりと甘く、またちょうどいい固さで食べ応えがあるんだと佐伯さんは言う。もちろん、そうでない石も食べれないことはないが、佐伯さんはおいしいものしか口にしたくないという偏狭な美食家でもあった。


 買い取られなかった石の残りは全部もらえることになっていて、俺も仕事の後、佐伯さんから借りた漫画本を読みながら、それをひとつづつぼりぼりと食べている。そうして日が暮れるまで佐伯さんの家でだらだら過ごし、帰る時間になると食べきれなかった分を、佐伯さんが飼っている雑種の犬に気前よくあげることにしている。犬の名前はゴーギャンといって、食い意地を張っているのか、俺の姿を見るたびに石がもらえると思って、その短い尻尾を左右に激しく振るのだった。






 さて、そんなある日、俺と佐伯さんの価値観をがらりと変えてしまうような出来事が起こった。


 俺がいつものように河原で石集めをしていると、ふと今まで見たことのないような石を見つけた。河原に転がっている普通の石は角が取れ、石鹸のような白色かペットショップの鼠のような灰色をしているのに対し、その石は薄い水色で角が取れきっておらず、そして、それを太陽にかざすとラメのようにきらきらと輝くのだった。


 もちろん今までそんな石を拾ったことはなかったし、拾った最初はそれが石なのかということもよくわからなかった。しかし、改めて周りを見渡してみると、確かに数は少ないものの、確かに同じような石が所々に見つかった。これまで見落としていただけなのか、それとも、最近になって急に現れ始めたのかはわからない。それでも俺は好奇心に駆られ、バイトをほったらかしで、その輝く石を探し始めた。


 一時間か二時間かけて、両手では収まらないほどの輝く石を集めると、俺はそれを佐伯さんのところへ意気揚々と持っていった。佐伯さんは初めその不思議な石を単なるガラスだと決めつけ、さらに俺がそのガラス集めに没頭して普段の石をあまり集めていないことに不平不満を漏らした。それでも、俺が根気強く説明することで、佐伯さんはようやくそれがガラスではなく石であるということを認めてくれた。


 そして、そうなると問題となるのは、それが食べられるかどうかということだ。佐伯さんは毒見だと称して、俺が最初に食べるように言ってきた。もちろん、最初は断ったものの、バイトそっちのけでこの石を持ってきたのは自分である以上、渋々毒見することを承知した。きちんと水で洗い、佐伯さんが興味津々な様子で見守る中、俺は手ごろな石の端っこを八重歯でかじってみる。


「うまいっ!」


 俺は輝く石を口に入れた瞬間、そう叫んだ。


 佐伯さんは突然の俺の大声にびくっと体を震わせた後、疑うような目で俺を見つめた。俺があまりにも早く、味の感想を叫んだため、佐伯さんは、自分をからかうために嘘をついているのではないかと考えたのだ。もちろん、俺にそんな意図はない。ただありのまま感情が、自然に口から発せられただけ。俺にそうさせるだけの美味しさが、その光輝く石に含まれていた。


 そして、俺にせかされるまま、佐伯さんも半信半疑のままその石を一口かじってみた。そして、その瞬間、わかりやすく佐伯さんの目が大きく見開かれた。佐伯さんは自分の味覚が信用できないと言わんばかりにもう一口、二口、そして終いには一個をぺろりと口の中に放り込んでしまった。


 ぼりぼりと石をかみ砕き、それを大きく音を立てて飲み込んだあと、佐伯さんはじっと俺の目を見つめた。それは、何とか先ほどの謝罪を言わなければならないという気持ちと、これまで味わったことのない石に対する驚きを伝えたいという気持ちがこんがらがって何も言葉が思いつかず、それらを何とか目と表情だけで伝えようとしているかのようだった。


 俺たちは互いに見つめあった後、二人して、俺が持っているバケツ、すなわち残りの輝く石へと視線を落とした。申し合わせたように俺たちはお互いにバケツの中から石を取り出し、一心不乱にそれを食べ始める。佐伯さんは画を描くことも忘れ、そして俺もバケツを下に置くことさえ忘れて食べ続けた。


 石は固く、小さな石とは言えども、飲み込まない限りは食べきるのにそれなりの時間と顎の力が必要となる。そういうわけで、いつもは俺たちは一日に十個も食べず、余らせた分は、犬のゴーギャンに与えていた。しかし、今日という今日は、顎の疲れなど存在しないかのように、拾ってきたすべての石、おそらく数十個ほどを食べつくしてしまった。途中から様子がおかしいぞと気が付いたゴーギャンがワンワンとやかましくほえたて始めたのも気にせず、俺と佐伯さんは黙々と石を食べ続けた。


 バケツの中からすっかり石がなくなって初めて、俺と佐伯さんは息をつき、夢のように美味しい石について語り合った。そして、佐伯さんは倍の値段を払うからこの石だけを次は拾って来てくれと俺に依頼し、もちろん、そういわれなくとも俺はそうする心づもりだったので、その申し出を快諾した。お金も稼げて、自分もこんなにおいしいものを食べられるのだから、断る理由なんて思いつかない。俺は、あまりものをもらえず不満たらたらのゴーギャンの頭を優しくなで、上機嫌で佐伯さんの小屋を後にした。







 それからというもの、俺は今まで以上にバイトに精を出すようになった。


 以前より速い時間から河原で石を拾い始め、以前より遅く佐伯さんの小屋を訪れるようになった。俺が小屋にやってくると、佐伯さんは持っていた筆を放り出し、両手を広げて俺を歓迎する。佐伯さんはすべての石を買い取るのではなく、一緒に食べるために俺の分を少しだけ残してくれた。それから俺たちは二人してその石を一心不乱にかじり始める。


 俺は味を存分に堪能するために、以前のように漫画を読みながら食べるようなことはしなくなったし、佐伯さんも、同じ理由から、石を食べ終えるまでは一切筆を取ることはしなくなった。俺たちは会話を交わすこともなく、黙々と石を食べた。その光景は傍から見ると、異常に映ったかもしれない。しかし、そんなことが気にならないほど、俺たちはその輝く石に夢中になっていた。俺たちの歯は固さを増し、顎の筋肉は鋼のような強靱さを兼ね備えるようになり、そしてそうなればそうなるだけ、俺たちはより多くの石を、より早いペースで食べることができるようになっていった。



 さて、この新しく発見した輝く石についてだが、なぜ急に現れたのかという謎はいまだに解明されないものの、いろいろと不思議な性質を有しているということが少しずつ判明していった。


 もちろん、他の石と違って、光にかざすとラメのようにキラキラと輝くという性質もあるが、それ以上に特異な性質として、それを食べた生き物の身体をもその輝く石にしてしまうというものがあった。俺たちが輝く石を食べ終わったある日、ふと自分の左の小指を見てみると、小指の第二関節より上が、さっきまで食べていた石とまったく同じになっていることに気が付いた。


 痛みや熱さを感じることはできず、輝く石と同じ光沢と固さを帯びていた。もちろん、小指だけが石となっただけで、他の箇所は石化していない。それに日常生活に何の支障ももたらさないということで、それほど気にする必要はない。しかし、一番困ることは、輝く石を十分に食べることができなかったとき、ふと自分の左手に目線をやると、そこにはおいしそうな石が目に映ってしまい、自分の中の食欲が抑えきれなくなってしまうということだった。自分の指である以上、食べるわけにはいかないと思いつつ、少しだけならと、誘惑に負けてかじってしまうことが時々あり、しまいには俺の左手の指は四本になってしまった。


 また、石化するのは人間だけでなく、動物も同じだった。しかも、食べた量と石化する体積の比は、人間と比較にならないほどに大きい。


 石を食べ始めて初期の頃、俺と佐伯さんは顎の筋肉痛に襲われ、泣く泣く輝く石を残してしまったことがあった。その時、いくつかは明日のために保存したものの、長い間ほったらかしにしていたゴーギャンのことを思い出し、数個をゴーギャンに与えたのだ。


 ゴーギャンは石に夢中になっていた俺と佐伯さんからその存在をすっかり忘れ去られており、長い間俺たちからご飯をもらっていなかった。そのため、ゴーギャンは雨水と、時々小屋に現れる鼠とゴキブリを食べて飢えをしのがざるをえず、その時にはもう骨と皮ばかりの哀れな外見をしていた。


 ゴーギャンは久しぶりのごちそうに対して狂ったように食らいつき、十分にかみ砕かないままぺろりと輝く石を食べ終えてしまった。そして、食後一時間たったくらいだろうか、ふとゴーギャンへと目をやると、その右脚全体が石化していることに佐伯さんが気が付いた。しかも、俺や佐伯さんは大量の石を食べてようやく小指一本が石化するに至るのに対して、ゴーギャンは数個の石を食べただけで右脚全体が石化したのだ。


 俺と佐伯さんはこの不思議な現象を目の当たりにしたのち、ゴーギャンを使った実験を行うことにした。


 河原で輝く石を拾い集めることはできていたものの、日々の乱獲によってその量は目に見えて減少しており、何度も二人でどうすればいいのかを真剣に話し合っていたところに、このような錬金術的な現象が起きたのだ。しかし、輝く石を自分たちで増やすことができるのであれば、この問題はたちまち解消する。


 俺たちは早速、河原で輝く石を拾い集め、それを飢えで食欲の鬼と化していたゴーギャンに惜しみなく与えた。すると、ゴーギャンの身体は食事の最中から石化を始め、ついには皿に顔を突っ込んだ状態のまま全身が石化してしまった。俺と佐伯さんは石化してゆくゴーギャンを前に、喜びで舞い上がった。


 さっそく俺と佐伯さんはゴーギャンが動かなくなったことを確認するや否や、すぐさまノミとトンカチでゴーギャンの大きな体をちょうど胴体部分で二つに割り、下半身を俺、上半身を佐伯さんという風に分け合った。その後、俺たちはそれぞれ、尻尾と鼻先部分から切断面へと向かって、一心不乱にかじり続けた。


 しかし、食べ物の宿命として、食べたら食べた分だけなくなってしまう。しかも、河原へ採集に赴く必要もなくなったので、その分の時間を食べることに費やすことができ、消費スピードは格段に早くなっていた。大型犬一匹分の量の食料といえども、俺と佐伯さんが寝る間も惜しんでひたすら食べ続けたことで、元ゴーギャンの体積のおよそ四分の三があっという間に食い尽くされてしまった。


 俺と佐伯さんは後ろ右脚と前右脚の先っぽをかじりながら、今後の対策を真剣に話し合った。


 もちろん、そこらへんから野良犬を引っ張ってきて、石化させれば済む話だ。しかし、それでいいのだろうか。俺と佐伯さんの中に芽生え始めていた底無き食への探求心がそう問いかけた。


 なるほど確かに、野良犬などそこらへんをうろついているし、そいつらを上手に飼いならすことができば、今後とも輝く石の供給に困ることはなくなるだろう。しかし、その一方で、俺と佐伯さんはゴーギャン一匹分の輝く石をかじりつくすという幸福を知ってしまったいた。そして、それは俺たちに満足感を与えるのではなく、さらなる高みへと俺たちを追い立てるものであった。


 もっともっとおいしい輝く石はないのか、もっとスケールの大きい輝く石を作り出すことはできないのか。そのような思考に囚われた俺たちがそこらへんの犬という小物に満足することなど不可能だった。そして、俺と佐伯さんの頭に、ある一つのアイデアが同時に頭の中に思い浮ぶことになった。











 深夜。俺は佐伯さんが運転する軽トラックに乗り込み、市内へと出発した。


 山のふもとにある小屋から車を走らせること小一時間、俺たちは閉園し、ひっそりと寝静まった動物園へと到着した。佐伯さんが目立たぬところに車を停め、ロープやら何やらの道具を持って車を降り、それらを台車に乗せ、できる限り音を立てないようにしながら動物園へと向かっていく。俺はその後ろを、必死になって貯めた輝く石がいっぱいに詰まった袋をかついで歩いて行った。


 市内で唯一の動物園の規模は小さく、またセキュリティも緩い。俺たちは裏口のカギを壊し、難なく園内へ侵入することができた。俺たちは予め叩き込んでいた園内マップに従い、ある目標へと黙々と歩みを進めた。そして、俺たちはついに、アジアゾウ、ヒメコがいる小屋へとたどり着いた。


 閉園時にはヒメコは外に出されるのではなく、寝床でもある小屋の中にいる。俺たちは職員用入口から扉をこじ開け、ヒメコがいる小屋とつながる廊下へと出た。急に現れた不審人物二人に驚くかと思いきや、幸運にもヒメコは檻の外から不思議そうに俺たちを見つめるだけだった。


 佐伯さんはリュックから高性能の電動のこぎりを取り出す。そして、音が立たないような細工を施した後で、ゆっくりと檻の格子を切断していく。俺は外に立ち、見張り役を買って出た。それでも、佐伯さんの作業の進行が気になり、ついつい象小屋の方へと振り返ってしまう。しかし、何度振り返ってみても、佐伯さんの作業は遅々として進んでおらず、俺は振り返るたびにやきもきした気持ちに襲われることになった。


 何分、いや、何時間立っただろうか。緊張と興奮で、時間間隔はとっくに狂ってしまっていたが、途方もなく長く感じられる時間を経て、ようやく佐伯さんは格子を外しきった。俺は佐伯さんに促され、輝く石が詰まった袋を持って、小屋の中に入る。


 小屋は固いコンクリートでできていて、下には所々にわらが散らばっていた。そして、格子の反対面は大きなガラスが埋め込まれており、雨の日などはそこから客がこの像の姿を観れるようになっていた。俺と佐伯さんは珍客を興味津々で見つめるヒメコに近づいて行った。


 ヒメコは想像していた以上の巨体をもち、またその身体からは糞や藁が混じった強烈なにおいがしていた。俺はその激臭に思わず眉をひそめてしまったが、それでもなお、目の前のヒメコの身体が輝く石になったと考えるだけで、口の中からは膨大な量の唾液が分泌された。


 俺たちははやる気持ちを抑えながら、袋の中から石を手ですくって取り出す。まずは佐伯さんが両手一杯の石をヒメコの口元にもっていった。しかし、ヒメコはその丸く大きな瞳で俺たちを見つめるだけで、なかなか口を空けようとしなかった。


 いつ職員や警備員がこの場所に巡回に来るかわからない以上、俺たちには時間がない。なんとか佐伯さんは石を食べさせようと口元に押し付けるように石を持っていくが、それでもなおヒメコは頑なに口を空けようとせず、むしろ俺たちに対する警戒心を持ち始めたかのようにも見えた。


 そこで俺は象はまず鼻で食べ物を確認するという話を思い出した。俺は佐伯さんに代わり、口元ではなく、数個の石を鼻の前に持っていった。するとヒメコはようやくその輝く石の存在を認識したかのように、鼻の先の穴で熱心にその臭いやらを嗅ぎ始めた。そして、納得したかのように、輝く石を俺の手から鼻で奪い取り、器用にそれを口元まで持っていった。ヒメコは輝く石を堪能し、ようやくそのおいしさに気が付いたらしい。石を飲み込むやいなや、すぐさま俺の手から次の石を取り、嬉しそうに目を細めながらその石を食べ始める。


 俺と佐伯さんはお互いに視線を交わし、思わず笑みを浮かべてしまう。そして、佐伯さんは俺に石やりの役割を任せ、ゆっくりと食事に夢中になっているヒメコの周りを歩き出した。すると、ちょうど三周したあたりで、佐伯さんは「あっ!」と声を出し、慌てて自分の口をふさいだ。そして、俺に対して、ヒメコの左後ろ足近辺を指で指し示した。俺はヒメコに石を与えつつ、身体を傾けて、佐伯さんが指さした場所へと視線を向ける。すると、そこには石化を始めた、キラキラと輝くヒメコの太く大きな脚が見えた。


 ヒメコが石を口に運ぶたびに、その石化部分はみるみるうちに増えていった。四本の足元から、胴体へと石化が進行し、そして、持ってきた輝く石をすべて食べさせ終わらないうちに、ヒメコの身体はすっかり石になってしまった。ヒメコは鼻を口の中に突っ込んだ状態で、はく製のようにまったく動かなくなった。俺と佐伯さんは計画の成功に、音を立てずに歓喜した。しかし、これですべてが終わったわけではない。この像一頭分の石を園外にもちだす作業がまだ残っている。


 俺と佐伯さんは外に置いておいたつるはしを持ってきて、すぐさま元ヒメコの身体をカーンカーンとたたき出す。すると、面白いようにヒメコの身体は崩れていき、三十分もすれば、ヒメコの頭部分をすっかり胴体部分から離すことができた。


 俺と佐伯さんはあふれる汗を手の袖でぬぐい、ひとまず砕き終えたかけらを袋の中に入れ始める。しかし、佐伯さんはその作業の途中、あまりにおいしそうな輝く石に目を奪われ、ちょうど一口大の石をぽいっと口の中に放り込んだ。俺はさっさと作業を終えるべきだと、佐伯さんの行動を非難したが、佐伯さんのあまりに幸せそうな表情を見、ついつい、自分も一口だけと思いながら輝く石を口の中に放り込んだ。


 元ヒメコである輝く石は、河原で拾ってきた石とも、ゴーギャンでできた石とも違う味わいを持っており、今まで食べた中でもダントツのおいしさだった。佐伯さんは一口では止まらなくなったのか、袋の中に手を突っ込み、二、三個をまとめて取り出し、それをおいしそうにむさぼり始める。その姿は俺の食欲を大いにそそり、いけないことだとわかりつつも、俺ももう少しだけと自分をだましだまし、袋から取り出した石にかじりついた。


 石が口の中に入った瞬間、なんとも言えない風味と味が口の中に広がる。それがさらに俺の脳に命令し、次の石を俺の口の中に持っていかせる。そうして、俺と佐伯さんはいつしか、自分が今までやっていたこと、今いる場所を忘れ、狂ったように石を食べるペースをあげていった。


 ずっと石を食べ続けてきたこともあって、俺たちの顎の筋肉と歯は驚異的な進化を遂げており、以前よりはるかに速く、大量に石を食べることができた。それでも、今までは保有している石が限られていたこともあり、俺たちは一種のセーブを自分たちにかけることができていた。しかし、俺たちの目の前には、象一頭分の石がある。その事実が俺たちの欲望を際限なく暴走させた。


 俺と佐伯さんはあっという間に、つるはしで削って砕いた分を食べ終わった。俺と佐伯さんは互いに目を合わせ、次に、目の前に立つ大きな石化した象の胴体へと視線を移す。俺たちはつるはしさえ使うこともせず、欲望に駆られるままにヒメコの身体部分に顔をくっつけ、がりがりと直接石をかじり始めた。理性はとっくにどこかへ吹っ飛び、認識できたことは、目の前にある巨大な石と、口の中に広がる快楽にも近い味覚だけだった。もはやすぐ隣にいる佐伯さんすら目に入らず、ただただ食べるということしか今の俺には考えられなくなる。


 しかし、ふと俺は口を動かしながらも、自分の足に若干の違和感を覚え始めた。俺は目だけを器用に動かし、自分の足を見てみた。すると、俺の右足のひざまでが、すっかり石化してしまっていた。俺はその事実におもわず叫び声をあげそうになったが、それよりも俺の口は食べることに集中しており、ただ喃語にも似た声をあげるだけだった。


 観察していると、今までにないスピードで、俺の身体が石化していくことに気が付く。横にいる佐伯さんに目を移すと、佐伯さんはすでに下半身全体が石化してしまっていた。石化を食い止めるためには、いますぐ食事を中止しなければならない。しかし、後少しだけ、あと少しだけ。俺は欲望に突き動かされるように、石化の事実を把握しながらも口を動かし続ける。


 もう腰が動かない、いや、腕もいつの間にか石化してしまっている。それでも俺は食べ続けた。俺の隣にいる佐伯さんもそうだ。


 俺の意識も徐々に薄れていく。ただ口の中に広がる快感だけが俺がまだ生き続けていることを示していた。


 しかし、次第にその快感もまるでどこか遠いところにあるもののように感じ始める。


 きっと俺は死んでしまうのだろう。


 俺はふと横にいた佐伯さんへと視線を移した。ぼんやりとした意識の中、最期に俺の目に映ったのは、輝く石となってしまった佐伯さんの、この上なく幸せそうな表情だった。

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