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叛逆の赤い月  作者: 九尾
第1章
5/23

赤い月

「ちょっと待ってくれ! ぼくが一体何をしたっていうんだ!」


 どうして自分が攻撃されなければならないのか。

 その当たり前の問いに、男はどうしようもない答えを提示した。


「それは、キミが忌鬼(いみおに)だからさ」


「――は?」


 忌鬼というものが何なのか、和巳にはまだよくわからない。ただ、何かしらの人種、種別、あるいは性格のようなものであると捉えている。だから問う。


「そんな、理由で?」


 和巳の問いに男は目を細めた。その眼は、悪行を悪行と知らぬ罪人に向ける眼だ。


「知らないようなら教えてあげるよ。キミら忌鬼と呼ばれる者が力を使う度、その周囲にいる人々を狂わせるんだ。キミだって、自覚はあるだろう?」


 和巳にそんな自覚はない。つい先ほど、ようやく忌鬼について聞いたばかりだ。それにあの少女は、一言も人を狂わせるなどと言わなかった。

 だいたい、何を根拠にそんなことを言うのか。


「意味が、分からない……それに、そのこととぼくとなんの関係が――」


 なぜなら和巳は、彼の言う『力』を使っていない。

 だが男は、「何を言っているんだい」と一層目を細めた。


「ま、自覚がないのならば仕方がない。しかし無関係ではないだろう。キミら忌鬼は一人の人間を殺したのだから。彼の名は、何だったかな……小牧弦――と言ったかな」


 その名に、和巳は息を呑んだ。

 確かに和巳は昨日、襲ってきた小牧たちを殴り倒した。冷静に考えてもみれば、あの状況はおかしかった。あり得ないと言っても過言ではないほどに。

 どうしてロクに喧嘩もしたことがない和巳が、複数の不良たちを相手取って叩き伏せることができたのか。あの時は疑問に思うことはなかったが、今にして思うと、疑問に思わなかったこと自体が異常に思えた。

 そして和巳はもう一つ、異常に感じていたことがある。

 一週間前に病院で目覚めてから、和巳はどうも、身体が軽く感じていた。自分がそこにいないような。自分のことなのに、客観的に見てしまうような、奇妙な感覚。


 ――それが、今は無くなっている。


 まるで、今起きている『異常』こそが、和巳にとっての『普通』であるかのように。

 動揺する和巳を見て、「それも無自覚だったか」と男は呟いた。


「忌鬼には『夜』という人ならざる力が与えられる。これは人の常識の範疇を越えた強大な力だ。不可能犯罪や異常犯罪を起こすことだって容易になる」


 ちなみに――と、男は付け加えた。


「小牧という少年の死に様は異常だ。ぼくたちの見立てでは、『夜』によって殺されている」


 何が、言いたい。この男は、何を。

 和巳は自分の胸が激しく脈打つのを感じた。

 高揚ではない。興奮ではない。――恐怖。

 自分の持つ、未知なる力。それに対する、恐怖。自分が人という枠からはみ出してしまう、恐怖。そして、自分が自分で無くなってしまうことに対する、恐怖。


「ぼくが、彼を殺したっていうのか……」


 男は、肯定も否定もしない。


「キミたち忌鬼は、悪だ。人に、害を及ぼす悪なんだ」


 代わりに、その事実を和巳の胸に染み込ませるかのように言った。


「ぼくたちの目指す世界は、悪意のない世界だ。誰もが幸福でいられる世界だ。なあ……そこにキミたちのように悪意を振りまく存在は――要らないだろう?」


 だから、死ねと。

 だからお前は死ねと、彼は言うのだろうか。

 本人の意志とは、無関係に。自分以外の、見知らぬ誰かの幸福のために。

 ただ、そう生まれついたから死ねと。ただ、そういう存在だから死ねと。

 和巳はこんな力など望んでいない。人を殺す力なんて、欲しくない。

 ただ、日常が欲しい。幸福が欲しい。夕凪と、友人たちと笑っていられる未来が欲しい。それを望むのは、許されないことなのか。

 天城和巳という存在は、生きていること自体が、悪なのか。


「――嫌、だ……」


 和巳は、噛み合わない歯をかちかちと鳴らした。

 嫌だ、死にたくない。見知らぬ他人の都合でなど、死にたくない。


 赤い炎が見える。赤い血が脳裏をよぎる。

 足元から着々と迫り、気絶することも許されぬまま、足から炎に焼かれていく様を想像した。

 皮膚が爛れ、爪が剥がれ、果実の皮のように皮膚が捲れ、そして肉を焦がされる。それだけで途方もない熱さだろう。想像を絶する痛みだろう。だが炎は止まらない。肉を焼けば骨、そして骨の芯まで焼かれた暁には、『自分』は何も残らない――。


 ――嫌だ。死にたくない。

 ――死にたくない。


「うわぁあああああッ!」


 動かなかった身体に、力が入るのを感じた。拳を振りかぶり、男に向かって駆けた。

 男は闇雲に振るわれた和巳の拳を難なく避けて、その腹部に蹴りを叩き込んだ。まるで空気の詰まった人形のように和巳の肉体は宙を舞い、傍にそびえていたジャングルジムに衝突した。大きく鉄を捻じ曲げて、和巳の身体は小さな山に沈み込む。


 痛い、と思った。

 苦しい、と思った。

 それはこれまでのような客観的な痛みでなければ、客観的な苦しみでもない。

 死ぬと思った。

 目の前の敵には和巳を殺す理由がある。殺す手段もある。

 しかし和巳は、抵抗する理由はあれど、手段も方法も、何も知らない。

 動かないといけない。だがせいぜい指先を動かすことが精一杯だ。歪んだジャングルジムに沈んだまま、立ち上がることすらできなかった。


「夜の使用もままならない新参者か。それにしても、『擬態』とは、また悪辣な力を持った鬼もいたものだ。もっとも、他の奴らは騙せても、このぼくの眼は誤魔化せないが」


 男が、一歩、また一歩と和巳に向けて歩を進める。

 勝者の余裕。弱者への哀れみ。そして、強者として弱者を踏みつけることへの、恍惚。和巳を見る男の視線からは、そういったものを感じた。


「キミは生きているだけで悪なるものだ。多くの人を不幸にする悪なるものだ。だからこそ、ここで死ななければならない。分かっているね」


 分かるものか。ふざけるな。

 家族は死んだ。残っているのは、夕凪だけだ。もし自分がいなくなれば、夕凪は本当に一人になってしまう。

 こんなところでは、死ねない。死にたくない。

 そのためには――この男を、ここで。

 敵意を持った視線を向けた和巳を見て、男は大きく嘆息した。


「根っからの悪人気質か。まったく、キミがその調子なら、家族はさぞ苦労しただろう。もし両親がそのようにキミを育てたのなら――キミの両親も悪辣だ」


「――だまれ」


 父を侮辱するな。母を侮辱するな。

 彼らの死に様すら、知らないくせに。

 お前が、あの人たちの何を知っているという。


「知ったような口を、聞くな」


 男に対して感じていた恐怖。それは男が、一歩、また一歩と歩を進めるごとに、あるいは、和巳が男の視線から滲み出る感情を理解する度に消えていった。

 代わりに沸き上がったのは、怒りだった。

 何もできない弱者(じぶん)をいたぶって恍惚とする男に対して。そして、大切な人たちを侮辱されながら、何もできない自分に対して。


 グッと、和巳は拳を握る。

 動かなかったはずの身体が動く。震える足を抑えて立ち上がる。


 例え何もできずとも、諦めて死ぬつもりは毛頭ない。抵抗くらいはさせてもらう。

 敵は強い。敵の力は常人の身体能力を遥かに上回る。ベンチを破壊するほど固い拳、そして蹴り飛ばされたときの痛みを考慮すると、彼の肉体はまるで彫像だ。

 対する自分の『夜』は依然不明。

 仮に小牧弦を殺したのが和巳だとするならば、おそらく、意識しないところで相手を殺す力なのだろう。それならば夜という名称にも頷ける。しかし近接戦闘には明らかに不利な力だ。だが――だからといって両親を侮辱されて逃げることだけはしたくなかった。


 和巳は一歩を踏み出して、男と対峙する。

 小さな曼荼羅が見えた気がした。

 目の前のこの男が、曼荼羅の中心にいるような感覚があった。

 四角い世界。男を中心にした小さな四角が目の前に在る。

 あのときと同じだ。小牧たちを殴り倒した、あのときと。


「おぉああああッ!」


 和巳が右拳を振ると同時、男もまた右拳を振るった。

 速度はやはり、男の方が僅かに速いか。

 正面より拳と拳をぶつけるだけの、単純な勝負。和巳と男のように体型が近い場合は、なによりも攻撃の速度が最も重要だ。先に腕を半分以上伸ばせた方が、通常は勝利する。そちらの方が、先に強い力を発揮し、相手の拳を押し込むことができるからである。

 通常ならば。――そう、通常であるならば。


 己の方が力が強い、速度で負けたとて、このまま押し込める。男は勝利を確信していた。

 しかし同時に、和巳もまた勝利を確信していた。


 果たして、拳と拳が衝突したその瞬間。

 そのまま伸ばした拳を押し切り、和巳の肉体に必殺の一撃を加えようとした男の拳。それは和巳の拳を押し込むことなく、乾いた土粘土のように――砕けた。


「は――?」


 男の驚愕。刹那の停止。その僅かな隙を、和巳は逃すことはない。

 和巳の拳は文字通り、拳を振り抜いた。

 それも、男の拳を粉砕するという、誰もが想像し得ぬ形で。

 手傷を負わせた和巳は、今の一撃でバランスを崩し、地面を擦って男の横に倒れこんだ。


「あぁあああ――あああぁああああああああぁぁぁぁ!」


 次に叫んだのは、和巳ではなかった。

 勝利を確信し、しかし得体の知れない力を受けて拳が消滅した男の叫びだった。彼は水に沈んだ蚯蚓のようにのたうち回り、やがて口から一つの音を発する。

 殺してやる――と。


 男の本性、明確な殺意を和巳は感じ取ったがしかし、どうやら今の一撃が限界であったらしい。腕はともかくとして、足が思うように力が入らず動かせない。それはもしか、男の真なる殺意を垣間見たことへの恐怖心が原因としてあったのかもしれないが、この場で動けなければ同じことだ。


 立ち上がった男の足が大地を抉って踏み込み、拳を放った。

 今度は先のように拳を振る時間も、余裕もない。同じことができる自信もなかった。

 眼を閉じる。咄嗟に脳裏に映ったのは、自分の頭がザクロのように弾ける瞬間。


 がちん、と、嫌な音がした。


 だが、それだけだった。

 男から与えられるハズだった痛みや死は、一向に和巳に与えられることはない。

 しばらくして、ぽたた……という、水滴が垂れるような軽い音がした。

 目を開けば、和巳の前には漆黒の髪を揺らす少女が立っていた。――あの少女だ。彼女が、手に持つナイフで男の拳を受け止めている。

 男の拳から血が垂れて、音を立てて地に落ちた。

 ナイフの刃で受け止められてなお、流血がほんの指先を切った程度の男の拳は、強靭どころではないだろう。しかしそんな人ならぬ男の一撃を、涼しい顔をしてナイフの一つで受け止めた少女もまた、尋常ならぬ人である。


「……驚いたわね。基本、『夜』や『天恵(てんけい)』として使用できる異能は一人に一つ。擬態だけが夜だと思っていたけれど――貴方、もしかして分御霊(モデル)がいるのかしら」


 しかしそんな尋常ならぬ動きを見せてなお、少女は自分がしたことの大きさに触れることなく――どころか、眼前の敵に構うこともなく、和巳に問いかけた。

 わからないと答えようとしが、それよりも驚愕ばかりが先に出て、和巳の口からは「あ」とか「え」とかという奇妙な呻きが出るだけだった。


黒蛇(レイヴィーア)……どうしてここに――」


 そんな和巳の代わりに口を開いたのが、少女の前に立つ、形代の男だった。


「あら、まだ一度しか顔を合わせていないのに覚えていてくれたのね。殿方にそこまで想われるなんて、わたしも随分と罪な女になったものだわ」


 ほう、と艶やかな吐息を吐き出された次の瞬間には、彼女の打ち込んだ鋭い蹴りが、男の腹部に炸裂する。男の肉体が数メートルほど後方へ退けられた。


「現在時刻は夜。これより行われるは殺し合い。であるなら、人が戦の血に塗れるところなんて、天照(あまて)らす太陽(めがみ)に見せるべきものではないでしょう。あんまりひどいと、岩屋戸(いわやと)に篭ってしまうかも」


 パチン。少女が指を鳴らして、それはここに訪れた。


 ――夜だ。

 ――赤い月の、夜。


 太陽はない。星もない。ただただ漆黒の闇と、闇世を血のように染め上げる真紅の月だけが空に浮いている。

 不気味。気持ち悪い。グロテスク。いずれもこの空間の異質を形容するには足りない。

 全身の毛穴という毛穴から背筋の凍る蛆が沸き出し、肉の筋という筋から怖気の走る羽虫がキチキチと音を立て、口からは吐き気を催す粘液を纏った蝸牛が無数に零れだす。それら地獄の責め苦を同時に受けてもまだ足りぬと思うほどの不快感――しかし和巳には、それがとても居心地の良い場所のように思えた。


 赤い月の夜の下に生きるのが悪魔の証、と彼女は言っていた。始めは何のことかまるで分らなかったが、今ならわかる。この空間は確かに、人の居るべき場所ではない。

 そして天城和巳は、人が居るべきでないこの夜に安堵している。


「このような異質の世界は隔離世(かくりよ)というの。覚えておくといいわ」


 少女は視線だけを和巳に向けた。

 どうやら『カクリヨ』というものは、異常なるもの同士の戦いを一般の人々にに隠蔽する結界のようなものであるようだった。

 視線を和巳から男に戻した少女は、静かに手に持ったナイフを煌めかせ。


「――殺し合うというのなら。わたしは、此方の方が雰囲気がでて、好きよ」


 柔らかに、そして妖艶に微笑む。とても年相応の者には見えぬ笑み。彼女のそれは、何故だろう。百の齢を重ねた魔女を思わせる。

 嘲るような少女の態度に、男はこれまで見せなかった焦燥を露わにした。どこか引き腰で、足がもたつく。先ほど和巳へ向けた怒りも忘れているように見えた。


「どうしたのかしら。貴方、随分と余裕がないわね……もしかして、わたしのファンかしら。だとしたら光栄ね。形代に好かれるなんて、滅多にないことだもの」


「どうして今になって現れた。お前はさっき――」


「だって貴方は、わたしが姿を現していたら逃げるでしょう?」


 男は言葉を返せない。

 くすりと微笑んだ少女は、それよりも、と言葉を続ける。


「あの鉄仮面はどこかしら。もし大の男が可憐な乙女に奇襲をするつもりなら、貴方たちの性根は相当腐っていると思うのだけれど……そこのところ、貴方はどう思う?」


 周囲を見渡し、少女との距離を測りながら、男はギリと歯を鳴らす。そんな男の様子を見て、少女はいよいよをもって嘲笑した。


「ああ、いる筈がないわよね。だって貴方の専売特許は――弱い者虐めだもの」


「この――蛇女がァ!」


 額に青筋を浮かせた男は、残った左手で少女に襲い掛かる。しかし少女は、髪をささやかに揺らすだけでその拳を寸分たがわず回避する。

 彼女を相手取るには平静では務まらないのか、憤怒の形相に顔を歪めて男は拳を振る。

 しかし、まるで舞うかのように円型に立ちまわった少女の前では、男は掴めぬ幻を掴もうとする童子のようだった。華麗なナイフ、そして足捌き。男が幾ら猛ったところで、冷静さを欠いた迫撃が当たる兆しなど微塵もない。

 男の攻撃、敵意。少女は揺れる黒髪を払う仕草と共に、それを雅に受け流していた。


「貴方がわたしのことを知っているように、わたしも貴方たちのことを知ろうと思って調べてみたの。ほら、今の戦争は情報戦から始まる、というでしょう」


 男を挑発するように問うた少女に、立ち上がった男は再度殴りかかる。

 だがやはり、男の拳が届くことはない。


「石垣卓弘(石垣たくひろ)、『天恵』は『不動尊彫(ふどうそんちょう)』。不動明王が如き正義の象徴たらんと願い、己の肉体を不動明王の彫刻に投影する力。幼き頃より正義の味方に憧れて、我も正義たらんと形代に――立派ね、貴方。ええ、立派。とても立派よ」


 立派、と少女は言うが、言葉の抑揚の節々からは、確かに軽蔑の色が見て取れた。


「けれど貴方が倒したのは、いずれも名の無い忌鬼ばかり。それは一体何故かしら」


「……黙れ、黙れッ!」


 先にもまして、男――石垣卓弘は投げやりになって拳を振る。

 しかし自暴自棄に陥れば陥るほど少女の思うつぼだ。

 石垣は渾身の力を込めた拳を逸らされる度にバランスを崩し、無駄に体力を消耗していった。


「教えてあげるわ。それは貴方が、自分より弱い忌鬼としか戦わなかったから」


「だま――黙れぇッ!」


「本当に黙るべきは、どちらでしょうね」


 大きく拳を振りかぶった石垣。その拳をあっさりと横に交わした少女は、ナイフを持ち変え右手を開き、深い足の踏み込みと同時、防御も何もない彼の顎に掌底を叩き込む。

 ギョル、と石垣卓弘が一瞬、白目を剥く。そして彼の肉体は、華奢な少女の腕によって宙を舞い、どしゃりと地に附した。


「あ、ぐ……」


 倒れて悶絶する石垣に対して、少女は尚も言葉を続けた。


「結局のところ、貴方は忌鬼という巨悪討伐に賛同したものの、命を懸けて敵と戦うだけの勇気がなかった。にもかかわらず、正義という大義を抱えて弱い忌鬼ばかりを攻撃していたものだから、そこらの悪人よりもタチが悪いわ。もし戦う覚悟がなかったのなら、それこそ不動明王の彫刻そのものにでもなるべきだったのよ。――馬鹿な男」


 吐き捨てるように、少女は言った。

 石垣は、悔しそうに大地を握りしめ。


「ああッ!」


 少女を見上げた次の瞬間、奇声と共に握った土砂を投げつけた。目つぶしだ。

 咄嗟に少女は目を閉じたようだったが、僅かばかり目に入ってしまったらしい。すぐに目を開けることができないところを、石垣は襲い掛かった。


「ぼくの正義は本物だ! ぼくが世界を平和にしたいと思ったのは、本当のことなんだ! そこに正義を掲げて、何が悪い!」


「どう思おうと貴方の勝手よ。なんにしても――」


 彼女は。

 ――黒蛇(レイヴィーア)と呼ばれた少女は。

 少女は目を潰されてなお、相手の動きを的確に察知し、逆手に持ち替えたナイフを深く心の臓目掛けて突き刺した。


「――自分のプライドを守るためだけの小さな正義では、わたしは殺せないわ」


 ゴプ、と大平の口から血が零れる。それでもまだ終わりではないと、少女は胸からナイフを引き抜いて、流れるようにその首に走る動脈を切断した。

 血が迸る。噴水のように湧き出た鮮血が、少女の全身を赤く染め、大平であったものは倒れ伏した。倒れた先から尚も血液が零れだし公園を血に染める。


 ――パチン。少女が指を鳴らすと同時、赤い月の夜は終わりを告げた。


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