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エセルは大柄な男達に囲まれて困惑した。
いつの間にか前も後ろも知らない男達に塞がれている。
「困ります、離してくださいっ……」
「一緒に飲もうと言ってるだけじゃないか」
「ほら、こっちに来いよ!」
男達は大分酔っているらしく、かなり酒の匂いが漂っている。
エセルは抵抗をしたが、酒が入って気も大きくなっている男達は退く気配はなかった。
その内の一人の男が、エセルの体を引き寄せようと腕を伸ばした。
「エセル!」
その手を阻んだのは、ジェラルドだった。
ジェラルドは男達の手を払いのけると、エセルを背に庇った。
「私の連れに何の用だ」
「ジェラルド様……」
男達は邪魔をされたことに一瞬不機嫌な表情をしたが、ジェラルドの騎士としての雰囲気に気づいたのか、顔を見合わせて後ずさった。
自分たちに勝算がないことが分かるくらいの判断力は残っていたらしい。
「何だ、男連れか」
「揶揄っただけじゃねぇか」
一言、二言捨て台詞を残しながら、大人しく離れて行った。
エセルはほっと安堵する。
「エセル、行くぞ」
「は、はいっ……」
ジェラルドはエセルの腕をつかむと、その場を後にした。
エセルは腕をつかむ強さに驚いたが、普段冷静なジェラルドの機嫌が悪そうな様子を初めて見て、何も言えず黙ってついていった。
「部屋の鍵を」
「一部屋でよろしいですかい?」
「ああ。後で適当に食事を持ってきてくれ」
ジェラルドは早口でそう言うと、大目に金を渡して鍵を受け取り、エセルを連れて二階へ上がった。
宿屋の主人とのやり取りが理解できなかったエセルだったが、連れてこられた部屋が一部屋だということに気づいて、目を瞬かせる。
ジェラルドもさすがに若干気まずそうな表情を浮かべながら、つかんでいた腕を離した。
「個室は一部屋しかないらしい」
「わ、私は大部屋でも……」
「先ほどみたいなことがあったらどうするんだ。素性のしれない中は危険だ」
ジェラルドはエセルを相部屋には泊まらせられないと判断した。
男慣れしていない年頃で、城で女官として同性に囲まれて働いてきたエセルは、先ほどの騒動から見ても危機管理が乏しい。
しかし、エセルにも異性と同室ということの意味はもちろん分かっている。
さすがに同じ部屋では眠れない。
そう思った。
「もちろん君に無礼な真似はしないと誓う」
ジェラルドの言葉に、エセルは目の前の人物が王族だと思い出した。
望めば何でも手に入る身分のジェラルドが、十歳近くも年下のただの女官に手を出すはずがない。
相手にされないことは明らかで、エセルは自分が自意識過剰だったことに恥ずかしくなって両手を握り合わせた。
その仕草に、ジェラルドが目を細める。
「先ほどつかんだ時に怪我をさせてしまったか?」
「あ、いいえ! 何でもありません」
心配そうに手を覗き込むジェラルドに、エセルは手を広げて横に振った。
それでもジェラルドはまだ気にかけている様子だった。
「一人で行動するのは危険だ。これからはなるべく私の側を離れないように」
「はい。分かりました」
ジェラルドの言葉はどこか騎士らしいもので、身分的にはあべこべに思えた。
しばらくすると頼んでいた夕食が運ばれてきて、部屋で食事をとった。
ここに来るまで色々なことがあったため、落ち着いて食事をしたのは久しぶりだった。
食事を終えると翌日の準備をしてから、二人は休むことにした。
並んだベッドに入ると、エセルはジェラルドと反対側を向いて静かに目を閉じた。
同じ部屋ということに最初は驚いたが、ジェラルドは気を使っているのか身動きをする様子もあまりなく静かで、思っていたよりも緊張することはなかった。
エセルはふと酒場で酔った男達に囲まれた時のことを思い出す。
あの時の男達には怖いと感じたが、ジェラルドに対してはそんな感情は沸かない。
もちろん男達は知らない相手で、その上酔ってもいたので、ジェラルドとは比べる要素が異なるのだから当然だろう。
それでも、同じ男性なのに人によって違うのだと思うと、不思議だとエセルは感じた。