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翌日、歩みを再開するために宿を後にした。
これまでとは違い、ジェラルドは街道を選んだ。
宿に泊まることを考えれば、距離を優先した道を進むより、街道に沿った方が良い。
もちろん体力的には楽になるが、道を限定されるため遠回りになる。
それでもジェラルドは街道を進むことにした。
「途中まで行く馬車があるらしい。それに乗ろう」
「馬車でございますか?」
「ああ。交渉しておいた」
いつの間に交渉をすませていたのだろう。
町の入り口のところに馬車は停まっていた。
馬車に乗り込もうとしたエセルの前に、手が差し出される。
驚いて顔を上げると、ジェラルドの手だった。
エセルは恐縮しながらその手を借りて、馬車に乗り込んだ。
王族の手を借りることなど通常ではありえないことで、エセルは落ち着かなかった。
だが思い返せば、倒れてしまっていた間、ジェラルドが看病をしてくれていたのだ。
自分は不敬罪になるのではないかと、そんな心配が沸き上がって隣に座るジェラルドを伺うが、普段と変わらない様子だった。
そんな思いを乗せて、馬車は静かに川辺の町から離れて街道を進んだ。
砂利道で時折り大きく揺れるが、やはり徒歩よりは大分楽だ。
町を出た馬車は並木道を通り抜け、次第に見晴らしのいい丘陵地を走る。
馬車の走ってきた道が長く伸びる左右には、緑の草原がどこまでも広がった。
風が吹き抜けるたびに一面は波のように揺れ、広い緑の地にまるで包み込まれるようだ。
そんな景色の中を、馬車は走り抜けた。
次に着いたのは、山の麓に広がる町だった。
町は交易地点らしく、多くの人で溢れかえっている。
まずは今夜の宿泊場所を決めることにした。
「部屋を借りたい。個室はあるか?」
町の中心部にある宿屋に入ると、ジェラルドは宿屋の主人に尋ねた。
エセルはその後ろに控えている。
ずっと城で女官として働いてきたエセルより、こういった交渉事はジェラルドに任せた方が良さそうだ。
宿屋は二階が宿泊場所で、一階には食事ができる場所がある。
ジェラルドが部屋の交渉をしている間に、食事の手配をしておこうかとエセルは考えた。
「ジェラルド様。食事を頼んでおきます」
「ああ、頼む」
ジェラルドに一声かけてから、食堂の方へと向かう。
こういったところは酒場を兼ねているので、大勢の人たちで賑わい、飲んで騒いでいる男達の集団も多い。
そんな混雑した中をエセルは縫うように通り抜けた。
思った以上に人が多く、ゆっくりと食事ができる雰囲気ではない。
「部屋で食べることもできるのかしら……」
食事を部屋に運んで貰えるか、掛け合ってみようと考える。
さすがにここでは落ち着いて食事をすることは難しそうだ。
そう思っていた時、エセルの背後から声がかけられた。
部屋の交渉をしていたジェラルドは、眉間にしわを寄せた。
「一部屋しかない?」
宿屋の主人は淡々とした声で言う。
「個室は一つだけです。他は相部屋ですよ」
「二部屋必要なんだ。相部屋を貸切ることはできないのか?」
「今日はお客さんも多いので、ほとんど埋まっているんですよ。よそも同じだと思いますよ」
客が多いのは、町に入った時から旅行者や商人の姿をよく見かけたので気づいていた。
宿屋の主人の言う通り、どこの宿も同じ状況だろう。
だがジェラルドは悩んだ。
異性であるエセルと同室になるわけにはいかない。
エセルが熱を出していた時は看病をしていたので問題なかったが、そうでなければ話は別だ。
しかし、エセル一人を相部屋に宿泊させるわけにもいかず、どうしようかと考える。
その時、酒場の方から騒ぐ声が聞こえてジェラルドは振り返った。
男達の大声と、覚えのある女性の悲鳴のような声だった。