5
夜になってもエセルの熱は下がらなかった。
熱で顔は赤く、苦しげに呼吸を繰り返している。
ジェラルドが汗の滲んでいる頬を拭うと、閉じていた瞼が震えて、ゆっくりと目が開いた。
「気がついたか?」
ジェラルドは枕元へ近づくと声をかけた。
エセルは赤い顔のまま、目を虚ろにして弱々しく瞬いている。
視線をゆっくりとジェラルドの方へと動かすと、小さく唇を開いた。
「……、……」
「……何だ?」
だが声は消え入るようにか細く、ジェラルドには聞き取れなかった。
体を屈めて近づくと、熱い吐息と共に掠れた声が耳に届く。
「……迷惑をかけて……申しわけ……ありま……せ……ん」
聞こえた小さな声に、ジェラルドは目を見開いた。
エセルは熱で赤らむ目をジェラルドへと向ける。
その表情は、ただただ申し訳なさを浮かべていた。
それだけを伝えるとエセルの目は再び閉じた。
起きたわけではなく、一瞬目が覚めただけだったらしい。
その後も、エセルの熱は上がったままだった。
日中歩き続けたせいと、知らない土地での慣れない中で野宿を続けたから、心身共に疲労がたまってしまい体調を崩してしまったのだろう。
ジェラルドが先を急ぐと言ったために、エセルは具合が悪いことも、行程が辛いことも言えなかったのかもしれない。
けれど声を上げなかった結果、体が先に限界を訴えて倒れてしまった。
それなのに、エセルはジェラルドを責めなかった。
それどころか、まだ熱も引いてなく夢うつつのような状態で、まず一番最初に謝罪の言葉を口にした。
思いもよらないエセルの謝罪に、ジェラルドは目を見開いたまま見つめた――。
エセルの熱が下がったのは、二日後のことだった。
だが、ジェラルドはすぐに出発しなかった。
「あと一日借りている。まだ休むんだ」
起きようとしたエセルを、ジェラルドはベッドに押し戻した。
エセルの熱は下がったが、顔色はまだ良いとは言えない。
食欲も戻っていないらしく、今朝もあまり食べていなかった。
「で、ですが、私のせいで遅れてしまっているので……」
「いや。君のせいではない」
エセルは戻されたベッドの中から、側に立つジェラルドを見上げる。
自分が倒れたために予定が狂い、国に戻るのが遅くなっていることに申し訳なかった。
そんなエセルに、ジェラルドは首を横に振った。
「急ぎすぎた私の責任だ。この先はできるだけ野宿はしない。宿で休むことにする」
ジェラルドの言葉にエセルは驚き慌てた。
ただでも自分のせいで予定が遅れたのに、これ以上の迷惑はかけたくなかった。
大丈夫だと何度も伝える。
だが、何を言ってもジェラルドは首を横に振るだけだった。
「まずは体調を整えることを考えろ」
「けれど……」
「これ以上話していては、また熱が上がるだろう。休んでいろ」
ジェラルドは話を切り上げると、エセルに毛布を掛けて眠るよう促した。
エセルは大丈夫だと再度言ったが、ジェラルドはその言葉は聞き入れようとしなかった。
どうしたら良いのか困惑したエセルだったが、体調はまだ万全ではなかったらしく、しばらくすると再び眠りに落ちた。
起きた時にはジェラルドが食事を運んできて、またエセルを驚かせた。
夜になってようやく食事を全て食べれるようになったエセルを、ジェラルドは安堵した表情を浮かべて見ていた。
歩いている間、背中しか見えなかったジェラルドがこちらを向いていることに、何だか不思議な感じがすると、エセルはそう思った。