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凪のしるべ  作者: 細井雪
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 夜になってもエセルの熱は下がらなかった。

 熱で顔は赤く、苦しげに呼吸を繰り返している。

 ジェラルドが汗の滲んでいる頬を拭うと、閉じていた瞼が震えて、ゆっくりと目が開いた。


「気がついたか?」


 ジェラルドは枕元へ近づくと声をかけた。

 エセルは赤い顔のまま、目を虚ろにして弱々しく瞬いている。

 視線をゆっくりとジェラルドの方へと動かすと、小さく唇を開いた。


「……、……」

「……何だ?」


 だが声は消え入るようにか細く、ジェラルドには聞き取れなかった。

 体を屈めて近づくと、熱い吐息と共に掠れた声が耳に届く。


「……迷惑をかけて……申しわけ……ありま……せ……ん」


 聞こえた小さな声に、ジェラルドは目を見開いた。

 エセルは熱で赤らむ目をジェラルドへと向ける。

 その表情は、ただただ申し訳なさを浮かべていた。

 それだけを伝えるとエセルの目は再び閉じた。

 起きたわけではなく、一瞬目が覚めただけだったらしい。


 その後も、エセルの熱は上がったままだった。

 日中歩き続けたせいと、知らない土地での慣れない中で野宿を続けたから、心身共に疲労がたまってしまい体調を崩してしまったのだろう。

 ジェラルドが先を急ぐと言ったために、エセルは具合が悪いことも、行程が辛いことも言えなかったのかもしれない。

 けれど声を上げなかった結果、体が先に限界を訴えて倒れてしまった。


 それなのに、エセルはジェラルドを責めなかった。

 それどころか、まだ熱も引いてなく夢うつつのような状態で、まず一番最初に謝罪の言葉を口にした。

 思いもよらないエセルの謝罪に、ジェラルドは目を見開いたまま見つめた――。







 エセルの熱が下がったのは、二日後のことだった。

 だが、ジェラルドはすぐに出発しなかった。


「あと一日借りている。まだ休むんだ」


 起きようとしたエセルを、ジェラルドはベッドに押し戻した。

 エセルの熱は下がったが、顔色はまだ良いとは言えない。

 食欲も戻っていないらしく、今朝もあまり食べていなかった。


「で、ですが、私のせいで遅れてしまっているので……」

「いや。君のせいではない」


 エセルは戻されたベッドの中から、側に立つジェラルドを見上げる。

 自分が倒れたために予定が狂い、国に戻るのが遅くなっていることに申し訳なかった。

 そんなエセルに、ジェラルドは首を横に振った。


「急ぎすぎた私の責任だ。この先はできるだけ野宿はしない。宿で休むことにする」


 ジェラルドの言葉にエセルは驚き慌てた。

 ただでも自分のせいで予定が遅れたのに、これ以上の迷惑はかけたくなかった。

 大丈夫だと何度も伝える。

 だが、何を言ってもジェラルドは首を横に振るだけだった。


「まずは体調を整えることを考えろ」

「けれど……」

「これ以上話していては、また熱が上がるだろう。休んでいろ」


 ジェラルドは話を切り上げると、エセルに毛布を掛けて眠るよう促した。

 エセルは大丈夫だと再度言ったが、ジェラルドはその言葉は聞き入れようとしなかった。

 どうしたら良いのか困惑したエセルだったが、体調はまだ万全ではなかったらしく、しばらくすると再び眠りに落ちた。

 起きた時にはジェラルドが食事を運んできて、またエセルを驚かせた。

 夜になってようやく食事を全て食べれるようになったエセルを、ジェラルドは安堵した表情を浮かべて見ていた。

 歩いている間、背中しか見えなかったジェラルドがこちらを向いていることに、何だか不思議な感じがすると、エセルはそう思った。





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