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翌日からも国を目指して歩き続けた。
エセルは先を行くジェラルドの背だけを見つめる。
離れないようについていくが、時々距離が開き、慌ててスカートの裾をはためかせながら追い駆けた。
昼間は歩き続け、日が暮れると森の中で休み、また夜が明ければ歩くことを繰り返す――。
ジェラルドは一刻も早く国に戻ることを切望していた。
夜明けとともに出発をすると、黙々と長い距離を歩き続けて、途中でようやく休憩を取ろうと告げた。
エセルは木の根元に座ると、自然と背中が木の幹に寄りかかった。
ジェラルドの方は、休憩の時でも座り込んで休むことは稀で、近くを調べて道を再確認している様子だった。
「そろそろ出発しよう」
少し休憩を取った後、ジェラルドは再び足を動かした。
エセルも慌てて立ち上がる。
ジェラルドに続こうとして、踏み出した足がふらりと揺れてしまい何とか力を入れて一歩前に出た。
しかし、さらに一歩進もうとした体は、ぐらりと傾いてその場に崩れ込んだ。
「おい!?」
突然倒れたエセルを目にして、ジェラルドは驚く。
駆け寄って抱き上げると、エセルの体はひどく熱かった。
顔を覗き込むと、顔色は悪く荒い息遣いを繰り返して朦朧としている。
ジェラルドはエセルの体を抱えて一番近い町へ急ぐと、宿屋の主人に医者を呼ぶよう頼んだ。
エセルを診た医者は、その経緯を聞いて呆れたように重い溜息をついた。
「野宿続きでずっと歩いてきたのか? そりゃあ女にはきついってもんだよ。おまえさんは体力がありそうだがね」
厳つい容貌の医者らしくない壮年の男は、ジェラルドには厳しい視線を向けたが、患者に対しては丁寧な診察をした。
「だが彼女は何も……」
ジェラルドはベッドで眠っているエセルを見る。
熱で頬は真っ赤に上気していた。
この数日間、エセルは異議を唱えることなく着いてきていた。
具合が悪いとは一言も言わなかったと、ジェラルドは思い返す。
医者は道具を鞄にしまうと、ため息を零した。
「言わなかったんじゃなくて、言えなかったんじゃないか?」
その言葉はジェラルドに突き刺さった。
何も反論が出てこず、言葉に詰まって唇を噛みしめた。
医者を見送ってから、眠っているエセルの元へ戻った。
エセルは変わらず苦しそうな表情で呼吸を繰り返している。
急に具合が悪くなったわけではなく、朝から辛かったかもしれないと、ジェラルドは思った。
もしかしたら昨日から悪かったのだろうか。
そのことに気づきもしなかった。
騎士団では冷静な判断をするよう訓練してきたが、先を急ぐあまり側にいたのエセルのことを気にかけることもしなかったのは、冷静さを欠いていたとしか言えない。
ジェラルドは自分の未熟さを痛感した。
診察にきてくれたあの医者は、ジェラルドの身分を知らないからああ言えたのだろう。
国では王族であるジェラルドに向かって、あんなことを言える者は当然いない。
だから余計に言葉はジェラルドに鋭く突き刺さった。
「ん……」
エセルの声が聞こえて、目を覚ましたのだろうかと覗き込んだが、苦しそうに寝返りを打っただけで起きたわけではなかった。
赤い頬には汗が浮かんでいる。
ジェラルドは枕元に用意された盥の水で布を絞ると、頬を落ちる汗を拭った。