15
ジェラルドはエセルに自国でのこの一年のことを話した。
「あの日、陛下は忠臣や妃らを突然手にかけていったらしい。ひどく錯乱した様子で、周囲が見えていない様子だったという」
「そんな……」
自国の河港に着いたときに聞いた噂は事実だったようだ。
エセルは隣国の王太子からも教えてもらったけれど、こうしてジェラルドの口から聞くとやはり真実味が増した。
「私が城に着いたときには、以前より改革を望んでいた者達の手によって、すでに息絶えていた。やむを得ない状況だったことは、助かった者達からの証言でも明らかだった」
ジェラルドの辛そうな様子に、エセルはその心情を思い胸がつぶれそうだった。
近い者から自らの手にかけたという国王は、敵対する者よりも、信頼している者に裏切られることの方を、何よりも恐怖に感じていたのかもしれない。
それゆえに、騎士として忠誠を誓っていた異母弟であるジェラルドにも刺客を放ったのだろうか。
エセルはずっと、仲が悪いという噂もなく、兄王を慕っていたジェラルドが殺されようとしていたことを不思議に思っていた。
信じる思いが、逆に裏切られることへの恐れを生んだのだろうか。
けれど、それも全て国王が亡き今は真相がわからないままだ。
「城の中は対立しあったが、それもようやく解決した。まだ安定しているとは言えないが、これからは立て直しに取り掛かるだろう」
「あの、新しい国王陛下は……」
「空いた王座を巡って争いが生じたが、最終的には王制を廃止することになった」
ジェラルドの言葉に、エセルは息を飲んだ。
それはつまり、王のいない国になるということだ。
エセルが生まれるよりもずっと前から築かれてきた、長い王族の歴史がなくなるという。
「長い年月の中で、王族は力を持ちすぎた。今回のことも、民のためでは決してなく国を混乱させてしまった。他にも王制でない国はあるらしいから、それを参考にして新しい国づくりを進めるらしい」
説明するジェラルドを、エセルは不安そうな顔で見上げる。
王制がなくなるということは、王族の身分だった人々はどうなるのだろう。
王位争いに敗れた場合などは、処刑されることもある。
その心配を読み取ったのか、ジェラルドは静かに首を横に振った。
「正式には認められていなかったが私は王位継承権を放棄していたため、温情で助命して貰えることになった。だが、これからは一切政治には関わらず、一国民として生きていくことになるのが条件になる」
ジェラルドの命が助かることに、エセルは安堵した。
王族の身分を失い一国民として生きると言ったジェラルドの表情は、それほど落ち込んでいる様子はなかった。
王族としての生き方を息苦しそうにしていたから、その束縛から解き放たれたのかもしれない。
だが、それはそれで苦労も多いだろうと、エセルは心配した。
「それと、君の家族だが、王都から離れたところに避難させて無事でいる。心配ない」
「ありがとうございます」
その言葉にエセルはほっとした。
自国の交流が断絶したため、手紙も送れずにずっと心配していたのだ。
ジェラルドが家族のことにまで気を配ってくれていたことが嬉しかった。
一通りのことを話し終えると、ジェラルドは部屋の中を見回した。
華美さはないが、手製であろうキルトやクッションが並び、エセルの性格が反映されたような落ち着く部屋だ。
エセルの生活する様子が感じられる。
「ここで生活してきたのか。苦労をかけてすまなかった」
「いえ、王太子殿下が良くしてくださいました」
「あいつにはどれだけ礼を言っても足りないくらいだ」
隣国の王太子はジェラルドの願いを受け、エセルに必要なものを全て用意してくれた。
王太子は城で生活をして良いとまで言ってくれたが、エセルはそれについては辞退した。
自分は何の身分も持たない女官だ。
隣国の城で思いあがった振る舞いをすれば、ジェラルドの評価を傷をつけると思った。
唯一、住むところを提供してもらう時、川が見える場所を願った。
自国が平和になれば、また川にたくさんの船が行きかうのを見れるだろうと思ったからだ。
まだ交流が再開できるわけではなく、今回は特別にジェラルドだけが渡ってきたらしい。
それでも、国が少しずつ落ち着いてきているということは、それも夢ではないのだろうと思えた。
「預けていた物を持っているか?」
「あ、はい。お返しいたします」
ジェラルドの言っている物が、王家の紋章の入ったペンダントだということはすぐに分かった。
エセルは服の中から手繰り寄せると、首から外してジェラルドに返した。
「いや。王族ではなくなったから、これはもう意味がないんだ」
そう言うと、ジェラルドは剣で王家の紋章を潰した。
精巧な作りがなくなる瞬間に、エセルはあっと息を飲む。
テーブルの上では、元の形が分からないほどに粉々に崩れた残骸だけが残っている。
けれど王制は廃止されたのだから、逆に所持するわけにはいかず仕方ないのだ。
それでもこの一年ずっと大事に持っていたためか愛着があり、エセルは少し寂しく思った。
エセルは形を失ってしまったペンダント取ると、手の平に乗せて見つめた。
「どうした?」
「……いえ、ずっと持っていたので、少しだけ寂しいと思ってしまいました。でも、これはジェラルド様のものですから……」
本来の持ち主がどうするかは自由だ。
そう思って、形を失ったそれを返そうとした手を、ジェラルドが握りしめた。
「別のものを贈ろう。これからはそれを身に着けていれば良い」
「え……?」
何を贈るというのだろう。
そんなことを考えたエセルの手をジェラルドが引き寄せる。
顔が近づき、唇が重ねられた。
覚えている一度目の口づけより長く、唇が合わさる。
ややあってゆっくりと離れると、ジェラルドの腕の中に抱きしめられた。
「必ず迎えに行くと言っただろう」
あの日の最後の言葉が耳元で聞こえる。
けれど、あの日のような手の届かない距離ではない。
すぐ側で、腕の温もりがそれを教えてくれた。
それからしばらくして、再び両国の間の川には船が行きかうようになった。
静かに凪ぐ川を、二人はいつまでも見つめ続けた――。
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